学位論文要旨



No 215944
著者(漢字) 鎌田,厚
著者(英字)
著者(カナ) カマダ,アツシ
標題(和) 有用生理活性物質の構造と合成に関する研究
標題(洋)
報告番号 215944
報告番号 乙15944
学位授与日 2004.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15944号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 早川,洋一
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

有機合成化学は、科学研究の対象として、あるいは科学研究のツールとして発展してきたが、特に生理活性物質に関する研究において多大な成果を収めている。筆者は、有用な生理活性物質の構造と合成に関しての研究を行い、以下に示すような結果を得ることができた。

分化誘導活性物質ディフェラニソールAの合成

ディフェラニソール A (Differanisole A) 1-4は、旭らにより土壌細菌Chaetomium RB-001の培養液から単離構造決定された6置換含塩素芳香族化合物である。1-4は分化誘導物質のスクリーニング系として用いられるFriend白血病細胞に作用し、分化誘導活性の指標であるヘモグロビン産生を惹起することが明らかになっている。また、1-4はマウス神経芽腫細胞C-1300の増殖を、10mg/kg/dayの投与で部分的に阻害することも明らかにされている。1-4は以上に述べたような生理活性を有するとともに、芳香環がすべて官能基で置換されているという点で合成的にも興味深い化合物である。本研究では、4置換レゾルシン型芳香族化合物の構築反応を応用した1-4の合成を行った。

合成はβ-ケトエステル1-1由来のアニオンとジケテン1-2との反応による重要中間体1-3の形成を鍵段階として行い、目的とする1-4を市販原料からわずか5工程で得ることができた(Scheme 1)。得られた1-4のスペクトルデータならびに物性値は、天然品のそれと良い一致を示したため、合成品1-4は天然品と同一構造を有することが確認された。

オーキシングルタル酸の合成

植物の子葉鞘の光屈曲現象を誘導する物質として、1930年代にKoglらはオーキシン-aとそのラクトン体であるオーキシン-aラクトンならびにオーキシン-bを単離したと報告した(Fig.1)。

ところが、他のグループによるオーキシン単離の追試では再現性が認められず、またオーキシンと同じ原料から得られたインドール酢酸が、オーキシン様の活性を余すことなく示したことより、Koglのオーキシン類はその存在自体が疑われるようになった。更に、Koglの死後に残されたサンプル類の再分析では、それらがオーキシン類とは全く異なる構造の化合物であることが明らかにされた。加えて、松井らにより合成されたオーキシン-bラクトンの立体異性体混合物は、オーキシン様活性を全く示さなかった。

以上のように、Koglのオーキシン類の存在に関しては、否定的な報告が相次いでいた。特に、松井らの報告は、Koglらの主張するオーキシンと同じ構造を有する合成品での生物活性を検証しているため決定的と思われたが、松井らの合成品は立体異性体混合物であったため、非天然型の立体異性体が活性を阻害している可能性を否定できなかった。

ところでKoglらは、オーキシン類の構造決定を行う際に得られた分解物をオーキシングルタル酸 2-1 と命名し、その全異性体の合成およびそれらの物性値を報告している(Fig.1)。2-1の構造は、Koglのオーキシン類の共通骨格であるシクロペンテン環に対応している。従って、2-1を合成し、その物性値がKoglらの報告値と異なることを証明できたならば、シクロペンテン部分の構造を否定できることになり、ひいてはKoglのオーキシン類そのものの存在を否定できることになる。そこで、筆者は2-1の全異性体の合成を行い、Koglの報告値と比較し、その真偽を明らかにすることとした。

2-1の合成はScheme 2に概要記載の方法にて行った。

すなわち、光学活性カルボン酸2-2から誘導される2-3と2-4より2-5aを合成した。2-5aの水酸基を脱離基に変換した後に、分子内閉環反応により2-6を得た。2-6を酸性条件下で酸化し、2-1のジアステレオマー混合物を得た。各々のジアステレオマーを分離し、物性値を測定したところ、Koglらの報告値と明らかに異なっていた(Table 1, 2)。この結果は、Koglのオーキシンの存在を否定する強力な証拠といえる。

選択的エストロゲン受容体修飾化合物(Selective Estrogen Receptor Modulator, SERM)の探索合成研究

エストロゲン(Fig.2)は、女性ホルモンとして生殖機能を調節するのみならず、骨密度の維持あるいは心血管系健全性維持等の作用を有していることが明らかにされている。

こうした作用に着目して、閉経後女性の更年期障害に対してエストロゲン投与によるホルモン補充療法が臨床適用されており、骨粗鬆症や心血管系疾患への罹患率低下等に寄与している。その一方で、ホルモン補充療法の副作用として、エストロゲン受容体作動作用による乳ガンや子宮ガンの発症率増加が懸念されてきた。

近年、エストロゲン受容体に作用する薬物の探索研究の過程において、生殖器に対してエストロゲン拮抗作用を及ぼす一方で、生殖器以外の臓器においては、エストロゲン様作動活性を発揮する化合物群が発見され、それらは選択的エストロゲン受容体修飾化合物(Selective Estrogen Receptor Modulator, SERM, Fig.2)と称されている。SERMは生殖器に対する副作用の少ないエストロゲン受容体作動薬としてホルモン補充療法を代替しうる治療薬であり、その有用性が臨床的に証明されている。しかしながら、現存のSERMは、組織選択性や生体内利用率等に問題があり、より優れたSERMの出現が待たれている。そこで、筆者は、既存のSERMと比較して有用な新規なSERMを開発すべく研究に着手した。

まず、既知のSERM化合物の構造活性相関を調査し、エストロゲン受容体結合能発現に必須と思われる構造上の特徴を抽出し、仮想の薬物構造(Fig.2-(A))を定義した。それを基に、仮想薬物構造と位相的に同等でかつ新規性がある合成標的化合物(Fig.2-(B))を考案した。そして、合成標的化合物をプロトタイプとしてその周辺化合物への合成展開を行い、構造活性相関を探りつつ構造の最適化を行った。合成展開の指標として、エストロゲン受容体結合能は3H-エストラジオールとの競合活性を測定した。また生殖器に対する影響については、ヒト乳癌由来MCF-7細胞に対する増殖促進作用およびヒト子宮内膜癌由来Ishikawa cellのエストロゲン受容体依存性アルカリフォスファターゼ(ALP)産生促進作用を測定し、それらをエストロゲンによる作用と相対比較することにより評価した。

エストロゲン受容体結合能と構造との相関について、以下の知見が得られた。

1)A環部分とB環部分との間のスペーサーがメチレン2個分の長さの化合物がエストロゲン受容体結合能に優れる

2)スペーサー部分へのアルキル基の導入より結合能が向上する

上記の構造活性相関を反映する化合物として、エストロゲン受容体に良好な結合能を示す化合物3-3と3-4を得ることができた(Fig.2)。一方で、これらの化合物の生殖細胞に及ぼす作動性作用は、エストラジオールの1/100以下であることが判明した。以上のように、SERMとしての資質を有する新規化合物を創出することができた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は生理活性物質に関し、有機合成化学的アプローチで構造解明や有用化合物の創製を行ったものであり、3章よりなる。有機合成化学は、これまで科学研究の対象として、あるいは科学研究のツールとして発展してきたが、特に生理活性物質に関する研究において多大な成果を収めている。筆者は、この観点から以下の3つの合成研究を行った。

まず第1章では分化誘導活性物質であるディフェラニソールAの合成について述べている。土壌細菌Chaetomium RB-001の培養液から単離されたディフェラニソールA (Differanisole A, 1-4)は、Friend白血病細胞やマウス神経芽腫細胞等の腫瘍細胞に対して分化誘導作用を示すとともに芳香環が全置換されており、生理活性的にも合成的にも興味深い化合物である。筆者は、β-ケトエステル1-1とジケテン1-2との反応による4置換レゾルシン型化合物1-3の形成を鍵段階とし、目的物1-4をわずか4工程で合成することに成功し(Scheme 1)、応用性の高い合成アプローチを示すことが出来た。

第2章ではオーキシングルタル酸の合成について述べている。植物子葉鞘の光屈曲現象を誘導する物質として、1930年代にKoglらはオーキシン-a、オーキシン-aラクトンおよびオーキシン-bを単離し、加えてオーキシン類の分解産物であるオーキシングルタル酸 2-1 の全異性体を合成したと報告した(Scheme 2)。

その後、Koglらの単離法には再現性が認められなかったこと、合成オーキシン-bラクトンの立体異性体混合物がオーキシン様活性を示さなかったこと等の理由から、オーキシン類の存在は疑問視されていたが決定的な証明には至っていなかった。筆者は、2-1を合成しその物性値がKoglらの報告値と異なることを証明できたならば、オーキシン類の共通構造であるシクロペンテン部分の存在を、ひいてはオーキシン類の存在を否定できると考えた。そこで、2-1の全異性体を合成し、それらの物性値をKoglの報告値と比較した。

2-1の合成はScheme 2に概要記載の方法にて行った。合成したジアステレオマーの比旋光度や融点は、Koglらの報告値と明らかに異なっていた。これによりKoglらが合成したとするオーキシングルタル酸のデータは虚偽であり、Koglらのオーキシン類の存在そのものも否定する強力な証拠が示された。

第3章では選択的エストロゲン受容体調節化合物(Selective Estrogen Receptor Modulator, SERM)の探索合成研究について述べている。SERMは、生殖器以外の臓器にエストロゲン様作用を及ぼす一方で生殖器にはエストロゲン拮抗作用を示すことを特徴とし、生殖器への副作用が少ないエストロゲン受容体作動薬として閉経後骨粗鬆症等の治療に用いられている。筆者は、前記疾病治療に資すべく新規SERMの探索合成研究を行った。まず、既知SERMの構造活性相関から仮想薬物構造(A)を想定し、それから(A)と位相的に同等な新規合成標的化合物(B)を考案した(Schene 3)。次に(B)をプロトタイプとして、エストロゲン受容体結合能を指標とした合成展開を行った結果、A環とB環を繋ぐスペーサーへのアルキル基導入により結合能が向上することを見出した。さらにこの知見を基にエストロゲン受容体に良好な結合能を示す化合物3-3と3-4を合成した。また、ヒト乳癌由来MCF-7細胞の増殖促進作用とヒト子宮内膜癌由来Ishikawa cellのアルカリフォスファターゼ(ALP)産生促進作用を指標とした生殖器に対する副作用評価を行った。その結果、これらの化合物の刺激作用はエストラジオールの1/100以下であることが判明し、SERMとしての資質を有する新規化合物を創出することに成功した。

以上、本論文は、3種類の生物活性物質に関して、短工程での合成法の確立・天然物としての存在の否定・医薬品として有望な高選択的活性物質の創成をおこなったものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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