学位論文要旨



No 215948
著者(漢字) 高橋,浩一
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,コウイチ
標題(和) 洪積層における地中掘削に関する合理的な設計・施工管理手法についての研究 : 施工中の地盤変形特性のひずみレベル依存性を考慮した設計・施工管理手法の検討
標題(洋)
報告番号 215948
報告番号 乙15948
学位授与日 2004.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15948号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 古関,潤一
 東京大学 講師 内村,太郎
内容要旨 要旨を表示する

洪積層、とりわけ東京礫層と称される高被圧水を有する砂礫層における掘削工事では、土留の弱点部や地盤改良の不足などの原因により、出水事故が後を絶たない。

トラブルの原因を分析すると、構造部材は許容応力度内であっても、掘削による地盤変形により、新たなみず道が生じるなど弱点部が拡大し、出水に至るケースがほとんどである。

また、変形予測においては、地盤の剛性の評価が予測精度に大きく影響を及ぼすが、ほとんどのケースで、掘削による地盤ひずみの増加や拘束圧の低下による地盤剛性低下を考慮せず、単にN値からもとまる経験式により、地盤剛性を設定し、予測をしているに過ぎなかった。 この場合、地盤変形係数は、実際より小さめの値となり、解析により得られる変形量や荷重の予測値は過大な傾向を示す場合が多かった。

本研究の目的のひとつは、前述の背景をふまえ、洪積層地盤における掘削による周辺地盤と地下構造物に及ぼす影響について、地盤ひずみを考慮した地盤剛性の設定による変形解析と動態観測の結果の比較をとおし、より合理的な設計・施工方法について考察を行うものである。

平成14年12月に開業した、りんかい線の大井町駅は、極めて特殊な地下駅であり、重要構造物に囲まれた密集市街地内で、軌道+プラットホームを収容する直径10mの大断面シールドトンネルを離隔1mで上下2段に掘進し、さらにコンコースや改札口などの駅部本体の立坑をシールドトンネルから約1m離して開削工法で構築し、それらを最大延長30mにわたって連絡通路として地中で連結させるという構造である。 地中連結工位置の地質は、上段が洪積層の粘性土層である東京粘性土層、下段が洪積層の砂礫層である東京礫層であった。 地中連結工の掘削中はシールドセグメントを一部撤去するなど不安定な構造であるため、精度の高い地盤変形解析と動態観測が不可欠であり、ひずみ依存性を考慮した地盤剛性の設定が重要であると考えた。

もうひとつの目的は、出水事故回避のためのリスクマネージメント手法に関する考察である。

りんかい線大井町駅での地中連結工に際しては、建設コスト、工期(時間コスト)、事故リスク等を総合的に勘案し、補助工法として、止水を目的とする薬液注入工法とリスク軽減のため揚水工を実施した。

従来、出水事故発生の原因として、地盤改良効果の確認の不徹底や計測管理が不十分であることが挙げられる。 本論文では、改良効果の確認方法についての考察と、掘削時の変形・荷重がFEMステップ解析をもとに、施工過程ごとに設定した施工管理基準範囲にあるかを動態観測により確認しながら工事を進める施工管理手法について評価を行った。

また、大井町周辺のシールドトンネル掘進についても、掘削による地盤ひずみレベルを考慮した地盤剛性の設定が変形解析に有効ではないかと考えた。

そこで、施工中の動態観測を実施した後、周辺地盤の変形解析を行って、従来の経験式である応力解放率を用いた解析手法との比較を行い、合理的な設計手法の提案を行うことを目的とした。

本研究で得られた知見および新たに開発した事柄を示す。

洪積層中での掘削における解析的検討

(1)洪積層である東京礫層において微小ひずみレベルのPS検層から求めた変形係数は、大ひずみのN値から求めた変形係数に比べ約10倍ほど大きい。

この変形係数をもとに、二次元および三次元弾性FEM解析を実施したところ、地中連結工の主要部材の荷重や変形、周辺地盤の変位などは、N値による変形係数の解析結果は、PS検層による解析結果の2〜3倍の値を示した。

(2)二次元解析結果と三次元解析結果を比較すると、同じ物性値を使った場合は、二次元結果のほうが三次元結果よりも変形・応力ともに大きめの予測値となった。 安全性と実務性を考慮すると、施工管理上は簡易な二次元解析値による施工管理手法で十分であると考えられる。

(3)動態観測による実測値は、応力・変形ともにN値による変形係数の解析結果とPS検層による解析結果の間にあることがわかった。 現在の一般的な解析手法である弾性FEM解析では、PS検層やN値から算定した変形係数が、掘削によるひずみの増加にかかわらず、一定(線形)であり、これが実測値との乖離を生じている主要な原因であると考えられる。

特に、N値による変形係数での解析では、変形や荷重を実際の挙動以上に予測してしまうことから、結果として過大な設計になってしまうことに注意する必要がある。

(4)しかしながら、動態観測の結果、一部でN値から算定した変形係数を使用しながらも実測値が予測値を上回ったケースが見られた。 このことは、東京礫層中での掘削に伴い、掘削領域近傍の拘束圧が減少した影響と考えられる。 拘束圧に関しては、今回計測していないので、今後さらなる検討が必要である。

(5)本研究では、簡易な地盤ひずみ計を開発し、掘削中の地盤ひずみを直接計測する試みを実施した。 その結果、地中連結工施工中のひずみレベルは、最大1.5×10-3〜5×10-4レベルであり、既存文献の砂礫や洪積粘性土のG/G0〜γ曲線によると、微小ひずみ領域のPS検層による剛性のほぼ1/2に相当する。 この結果から、地盤変形係数をPS検層による変形係数の1/2として再度二次元弾性解析を実施した結果、ほぼ動態観測結果と一致した。

(6)また、大井町周辺のシールド掘進による周辺地盤への影響の検討においても、掘削による地盤ひずみレベル依存性を考慮した地盤剛性の設定を行った解析が、動態観測結果と近似する結果を得られることを確認した。 これは、従来行っている、シールド掘進時の地盤の緩みを応力解放率という経験工学的な補正係数によっていた解析手法に比べ、合理的に検討できる可能性を示唆していると考える。

(7)したがって、洪積層を対象とする場合、簡単に土の応力−ひずみ関係を線形弾性体として変形解析しても、非線形特性を考慮した変形係数の推定、すなわち掘削によるひずみの増加と拘束圧の減少の影響を考慮した変形係数の設定を行えば、実務上は有効であり、コストパーフォーマンスに優れた構造物設計が可能になると考えられる。

新しい設計検討手法について

(1)地盤の変形解析には、ひずみレベルと拘束圧依存性を考慮することが必要であることがわかった。 そこで、構成則に非線形性をいれ、ひずみの増加と拘束圧の減少に伴い、変形係数が低下してくるモデルであるHardening soil modelを検討し、事後解析をおこなって動態観測結果と比較した。 その結果は、確かに弾性解析よりも若干予測精度が向上し、実測値との適合性が良好であることがわかった。 しかしながら、こうした非線形解析モデルは、かなり複雑であり、各地層ごとにパラメータを設定するなど一般の技術者にとっては容易とは言いがたいモデルであるため、設計実務上や施工管理上は早急に普及するとは考えにくい面がある。

(2)そこで、地盤調査や近傍の施工事例から変形係数を設定し、線形弾性体と仮定して解析した結果出力される地盤ひずみと入力時のひずみレベルを比較し、整合するように再度変形係数を補正して解析することを繰返して行うことで、実質的には非線形解析に近い検討となることを提案し、事後解析の結果妥当性を検証できた。 ただし、その手法では、拘束圧依存性に関しては考慮していないので、今後の更なる検討が必要であると考える。

地盤ひずみ計の開発

地盤剛性がひずみレベルに依存し、適切なひずみレベルの設定が解析にあたって重要であることを述べた。 本研究では、新たな試みとして地盤ひずみ測定装置を開発し、地中連結工の施工による地盤ひずみを計測した。

(1)今回試作した地盤ひずみ計は、塩ビ管を輪切りにしたものにひずみゲージを直角4方向に貼付けウレタン樹脂で保護したもので、塩ビ管を使用することで、ひずみ計の剛性は土に比べ十分小さいことから、地盤が変形した場合、地盤と同じように変形する性質を利用しており、構造は極めて単純である。 これを地上からボーリングした孔内の所定の位置に吊り下げ、埋め戻し材で固定することで、地盤内の直交する水平2方向直ひずみを測定するものである。

(2)地盤ひずみ計により、地中連結工施工時の地盤ひずみの変化を観測したところ、剛性の大きい上総層上部では10-5オーダーでほとんど変化せず、それより剛性の小さい洪積層では、掘削の進行にしたがって、10-3から5×10-4オーダーという結果になった。

リスクマネージメントについて

(1)施工管理手法について

地中連結工の施工過程を考慮した地盤挙動解析(二次元および三次元弾性FEM解析)を実施して、各施工段階ごとの変形・荷重予測値を管理基準(範囲)値としてグラフ化し、実施工では、綿密な動態観測を実施して、事前解析結果と比較しながら次の施工ステップに進む施工管理手法を考案した。

この施工管理手法は、施工中の動態観測をとおし、通常の施工管理では問題なしとされる許容応力度内の構造部材の荷重・変形に対しても、設定した各施工段階での管理基準範囲をオーバーした場合には出水事故の危険性がありうると考え、変形等を抑制する手段を講ずることができるものである。 事故リスクの大きい高被圧水を有する洪積砂礫層での大規模な地中掘削にあたっては、掘削の進行にともなう構造部材のわずかな変形によっても新たな水みちの発生等、弱点部の拡大が予想されることから、各施工段階ごとの部材の変位・荷重を精度よく予測することと掘削中の動態観測により管理基準内での値を確認することが重要であると考える。

(2) 事故リスク軽減のための補助工法と効果の確認方法

高被圧水を有する洪積砂礫層(東京礫層)における大規模な地中掘削における事故リスクの軽減のため、薬液注入工による地盤改良とディープウェルによる揚水工を計画した。

薬液注入工は、比較的長期間の止水性を確保する必要があることを念頭に、耐久性と止水性に優れた薬液の選定と注入工法の選定を行った。  また、さらなる安全を期すために、東京礫層の被圧水頭(約0.3MPA)を少しでも下げて安全率を上げるべく開口部周辺にディープウェル工を施工した。

なお、ディープウェル工の実施にあたっては、密集市街地であることに鑑み、三次元浸透流解析を行って、地下水位の低下量を予測するともに粘土層の圧密沈下による地盤沈下の影響を予測し、ほぼ事前の予測どおりの効果と影響を確認した。

事故リスク軽減のためには、薬液注入工による地盤改良効果、とりわけ止水性の向上の確認が極めて重要である。

確認には、現場透水試験やPS検層による弾性波速度の測定、密度検層、不撹乱試料の室内土質試験等を実施したが、いずれもボーリング孔を利用したスポット的な情報であるため、十分とはいいがたい。 そこで比抵抗トモグラフィー法により二次元的に改良状況を把握した。

本研究により得られた知見は、今後増加することが予想される、中〜大深度地下空間での社会資本の整備および改良・更新工事にあたり、社会的な損失が極めて大きい工事事故の防止に貢献できるものと考えられる。

また、施工中の地盤変形、構造物の変形を、地盤ひずみ依存性を考慮した剛性を設定することで比較的簡易に、精度良く予測する可能性を示した。 これらの知見は、今後の洪積層地盤における構造物本体の設計や地盤改良工・近接防護工などの計画・設計・施工や地下空間利用の実務におけるより合理的、経済的な設計に貢献できるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、洪積層における地中掘削工事の合理的な設計・施工管理手法を、ひずみレベル依存性を考慮した数値解析により予測した施工過程での構造物と地盤の応力度とひずみに基づいて行う方法に関するものである。本研究の背景として、東京地域での地下鉄工事やビルの基礎工事等に関連して、高被水圧下にある東京礫層での掘削工事を行った場合、掘削面からの出水により地盤が崩壊する事故がかなり多い事実がある。許容値以内の荷重状態でもわずかな地盤変形により出水の危険性があるが、これはシールド掘削面や土留構造物の変形に伴って地盤が過大に変形して水みちができることが原因と考えられている。従って、掘削面近傍地盤の変形の予測が重要であるが、従来は完成系の地盤・構造物の解析が行われ、施工過程の解析は一般的でなかった。また、地盤の剛性を標準貫入試験によるN値から経験式を用いて推定して線形解析を行うのが一般的であるが、この方法で推定した地盤変形は実測値よりも過大である傾向が強い。その場合は、過大設計となりコストパ−フォマンスが劣ることになる。また、特に止水目的の確実な地盤改良工事が必要であるが、巨礫が存在するために地盤改良工事が不完全なケースが多いことから、地盤改良効果の確認が重要であるが、その合理的な方法は確立していない。具体的な止水工法としては凍結工法の信頼性が高いが、工期とコストの上で問題があり薬液注入工法の信頼度を上げる必要がある。そのためには、施工中の地盤の変形量の実測値を予測値と比較することにより適切に施工管理を行う必要があるが、その方法は確立されていない。

本研究では、りんかい線大井町駅におけるシールドと立坑構造物の地中連結と言う極めて困難な工事において、施工過程を考慮した地盤と構造物の応力度と変形を二次元と三次元FEMで解析している。N値から換算式を用いて求めた大ひずみレベルでの値とPS検層から求めた微小ひずみレベルでの値に基づいた上で剛性のひずみレベル依存性に考慮して地盤剛性を推定して、事前の数値解析を行っている。更に、施工中に詳細な動態観測を行って、地盤掘削により生じた構造物の応力度変化とひずみを計測して、その結果を対象として事後解析を行うことで、上記の地盤剛性の評価法が妥当であるかどうかを検証している。その結果、洪積層を対象とした場合では、土の応力−ひずみ曲線を線形弾性体と簡略化しても、掘削によるひずみレベルの増加を考慮してひずみの関数として地盤剛を設定すれば、実務上合理的な結果が得られることを確認している。その中で、掘削領域近傍に対しては掘削に伴う拘束圧の減少の影響を考慮する必要があることを見出している。また、薬液注入工法による地盤改良効果の確認は、ボーリング孔を利用した透水試験・PS検層・比抵抗トモグラフィ法による改良範囲の確認が重要であることを示している。また、各施工段階での数値解析による変形・荷重予測値を施工管理基準値とするが、数値解析値を動態観測結果と比較して検証しつつ次のステップへ進む情報化施工により安全に施工を実施できることを実証している。

第1章は序論であり、本研究の背景と本論文の目的と構成を説明している。

第2章では、本研究テーマに関連した既往の研究と鉄道地下構造物を対象とした地盤・構造物の応力度・変形解析に関する設計基準と施工管理手法とともに、洪積層地盤の高被圧水を持つ礫層内の掘削工事に伴う事故・トラブルの事例をまとめている。

第3章では、本研究を行った臨海副都心線(りんかい線)の大井町付近での工事を説明している。狭い幅員の都道下に地下駅を構築するため、ホームと本体に分離し、直径10 m に拡径したシールドを上下2段構造とし、それぞれのシールドと駅部立坑を立坑連続壁とシールドセグメントを撤去して連結して連絡通路を建設している。建設コストと工期に配慮した上で事故リスクを最小限にすることを目指した設計・施工計画を説明している。

第4章では、大井町駅での薬液注入工法による地盤止水工事の計画と施工、その効果の確認工事、それに付随した揚水工事の計画と結果をまとめている。トンネル・立坑と周辺地盤の応力度と変形の詳細な動態観測の計画と、新たに開発した地盤ひずみ計の詳細を説明している。

第5章は、施工過程でのトンネル・立坑と周辺地盤の応力度と変形のFEMによる解析の方法とその結果と、それに基づいた施工過程ごとの施工管理基準値の設定について説明している。非線形性を考慮した地盤の剛性の設定、二次元・三次元解析による結果の相違を説明している。

第6章では、動態観測によって得られた施工過程でのシールドセグメントに作用した荷重、シールドトンネルの変形、シールドトンネルと立坑構造物を連結した横坑構造物の支保部材の荷重、周辺地盤の変位と土圧、地盤内ひずみの測定結果を解析した結果をまとめている。

第7章では、事前数値解析の結果と動態観測結果の比較を行い、観測結果を説明できるような解析に用いる地盤の剛性としては、PS険層による値は大きすぎる傾向にあり、N値から経験式によって求めた値は小さすぎる傾向にあることを示している。また、掘削面周辺では拘束圧の低下による剛性の低下も生じていることも指摘している。

第8章では、以上示した検討結果に基づいて、洪積層中の掘削におけるより合理的な設計・施工管理手法を提言し、掘削時の出水事故のリスクを軽減する具体的手法を提案している。

第9章は、結論である。

以上要するに、鉄道トンネル等地下構造物を高被圧水を持つ洪積砂礫地盤内で安全でかつ経済的に施工するための重要な項目である施工中の構造物・地盤の応力度・ひずみの予測に関する研究結果をまとめ、新しい方法を提案している。今後の本研究分野の発展及び実務設計の改善に寄与する新しい知見を与えている。これらは、土質工学の分野において貢献することが大である。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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