学位論文要旨



No 215949
著者(漢字) 松谷,明彦
著者(英字)
著者(カナ) マツタニ,アキヒコ
標題(和) 人口減少高齢社会における社会資本整備の前提条件
標題(洋)
報告番号 215949
報告番号 乙15949
学位授与日 2004.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15949号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 助教授 小澤,一雅
内容要旨 要旨を表示する

人口の急速な減少と高齢化は、戦後日本の経済・社会における最大の環境変化である。そのなかで経済と社会は量的にも質的にも大きく変化するものと考えられ、社会基盤の形成にかかる主要な政策形式である社会資本整備に対しても、そうした変化に対応した新たな政策展開が強く求められているところである。しかしながら人口の減少・高齢化に伴う経済・社会の変化、特に定量的な経済の変化についての研究は、現在のところほとんどみられない。本論文は、マクロ経済学、政治学の手法を用いて、それらの変化方向を導出した上で、今後の社会資本整備にかかる前提条件を明らかにし、かつ社会資本整備のあり方についての方向性を提示することを意図している。

本論文を構成する各章の内容は以下の通りである。

第1章では、本論文の背景と目的について述べている。

第2章では、戦後の社会資本整備の特性とそれを規定した要因を明らかにしている。従来、戦後の社会資本整備は、1970年代において質的に変化したとされてきたが、本論文では、その転換点を1980年代初頭に求めている。社会資本整備は産業構造の高度化に対応した基盤整備から、マクロ経済政策の主要な政策手段へと変貌し、かつ都市における生活基盤社会資本の整備へと、その重点が移行した。それは経済成長率の構造的な低下と人々の政策に対する選好の変化が「政治の場」を変化させたことの結果であると考えられるが、人口の高齢化のもとでの企業行動の変化と、大都市地域における有権者中位年齢の大幅な上昇という社会構造の変化、および社会的統合(Social Integration)の核を引き続き「増加型価値」に求める政治行動が、その背景として存在した。

第3章では、まず2030年に至る労働力人口、労働時間、資本装備率、資本の生産性の変化を推計し、国民所得の長期予測を行うとともに、人口の減少・高齢化に伴う経済の成長径路の変化と景気循環構造の変化から、公共投資の景気拡大機能が無力化することを指摘している。

次に今後の社会資本整備への資源配分の「許容量」を推計しているが、人口の高齢化による国民貯蓄率の顕著な低下によって、日本経済の投資余力は急速に縮小し、かつ社会資本整備による民間設備投資のクラウドアウトの危険性が、日本経済に戦後初めて内包される。そして所得水準の低下は国民厚生を確実に低下させる。それらを踏まえ、社会資本への資源配分は長期的にも大きく抑制されざるを得ないこと、公共投資の展開に当っては、民間設備投資の最大化による国民所得の最大化がその前提条件されるべきであることを論じている。

第4章では、クロスセクション分析により地域経済における労働生産性函数を導出し、県別の労働力の年齢構造の推計をもとに、各地域の県民所得を推計している。労働生産性函数は、資本装備率に関係する労働力の年齢構造、就業率の代理変数としての労働力の性別構造、および産業の集積度の代理変数としての人口密度を説明変数としており、各地域の県民所得については、この労働生産性函数により、第3章で求めた国民所得を各地域に配分するという新たな手法によって推計される。この推計に基づき、大都市圏の経済力の低下と地方地域の経済力の相対的上昇によって、三大都市圏の高い成長力が日本経済を牽引し、成長の成果が全国各地域に分配されるという、これまでの日本の地域間経済構造は大きく変化することを指摘している。

さらに一人当り県民所得の増減率からみて、今後の財政収支の動向は地域によってかなり相違すること、財政収支の悪化は概して地方地域よりも大都市圏において深刻であることから、地域間の社会資本整備余力の相対的な関係は大きく変化することを指摘している。以上の点もまた、今後の社会資本整備政策における重要な前提条件である。

第5章では、上記の前提条件の変化によって、社会資本整備の特性が再び大きく変化せざるを得ないという認識に立ち、今後の社会資本整備は如何なる方向に向かうべきなのか、そしてその移行に当っては如何なる環境設備が必要とされるのかについて考察している。

まず社会資本への資源配分基準については、消費効用と財政効用の純計である総効用の最大化に置かれるべきであるとした上で、社会資本整備と狭義の行政サービスの最適な融合が財政効用を最大化すること、そのためには行政所管の改変が必要であることについて論じている。また、労働力制約によって社会資本の生産力効果は大きく低下することから、その整備コストを国民所得の増加によって回収するという方式は転換を迫られること、民間設備投資のクラウドアウトの危険性の増大から、社会資本整備には民間経済に対する中立性が求められ、歳入による歳出の自動調整機能を活性化させるために、公共投資の財政収支は早期に均衡化されるべきことを指摘している。

次に地域別の社会資本整備については、まず経済効率の高い分野への重点投資、すなわち大都市地域への重点投資は国民所得の拡大効果は大きいものの、それは国民厚生の最大化とは同義ではないこと、および地域経済の自立のためには、近隣地域との水平分業とそれに基づく緊密な経済関係を基軸とした「地方広域経済圏」の形成が重要となることを論じている。

その上で、今後の社会資本整備は、三大都市圏において発生する富の均霑を理念とした大規模ネットワークの形成から、地方地域間の水平分業とその市場競争力の向上を主眼とする地域ネットワークの形成に移行すべきであること、またその地域ネットワークの形成に当っては、農業の移出産業としての機能に鑑み、農業とその関連産業において重層的な産業構造の構築を促進するとの観点もまた必要であることを提言している。

また、人口の高齢化は都市において一層急速に進展する一方、都市人口の減少率は小幅にとどまるため、都市においては、都市が生み出す付加価値と都市を維持するためのコストを比較した「都市の収支」は悪化する可能性が高いことから、都市における社会資本整備に当っては、その付加価値の拡大効果と都市のコストの縮小効果を厳しく評価する必要があることを指摘している。加えて、中位年齢の上昇に伴う社会資本への需要構造の変化にも着目すべきであることも指摘している。

以上、本論文は、今後の国民所得と県民所得および財政収支について2030年まで推計し、社会資本整備許容量と各地域の社会資本整備余力を求めた上で、社会資本整備のあり方を提言したものである。結論においては、2023年には既存の社会資本ストックを維持するために必要となる更新投資額が、社会資本への資源配分の「許容量」を超えることが推計されている。今後の社会資本整備においては、いかなる社会資本を整備するかという問題に加えて、既存の社会資本をいかに整理するかという問題も提起される。長期的な社会資本整備政策が極力早期に確立されなければならない所以である。

審査要旨 要旨を表示する

人口の急速な減少と高齢化は、わが国及び各地域の経済に大きな変化をもたらし、それに対応した社会資本整備政策の持続が求められている。人口の減少、高齢化に伴う経済・社会の変化、特に定量的な経済の変化についての研究はほとんどみられないことから、本論文は、それらを踏まえた社会資本整備の前提条件の動向を明らかにし、かつ今後の社会資本のあり方について方向性を提示することを意図している。

本論文を構成する各章の内容は以下の通りである。

第1章では、本論文の背景と目的について述べている。

第2章では、戦後の社会資本整備は従来言われてきた1970年代ではなく、80年代初頭にその内容が変化したことを指摘し、その原因について論じている。即ち経済成長率の構造的な低下と人々の政策に対する選好の変化が「政治の場」を変化させた結果であること、また人口の高齢化のもとでの企業行動の変化と、大都市地域における有権者中位年齢の大幅な上昇という社会構造の変化等がその背景として存在したと述べている。

第3章では、まず2030年の労働人口、労働時間、労働生産性を推計し、それらを用いて国民所得の長期予測を行っている。更に人口の減少、高齢化による経済の縮小と公共投資によるマクロ経済政策の有効性についての考察を行った上で、国民所得の最大化を図るための社会資本整備への資源配分の「許容量」についての推計を行っている。その結果に対して、社会資本への資源配分は大きく抑制せざるを得ないこと、人口高齢化による貯蓄率の顕著な低下は、社会資本整備による民間設備投資のクラウドアウトの危険性を日本経済に内包させること、所得水準の低下は国民厚生を確実に低下させるものであり、したがって民間設備投資の最適化による国民所得の最大化を、今後の社会資本整備の前提条件の一つとすべきこと等を論じている。

第4章では、県別人口及び労働生産性の将来値を推計した上で、2030年における各地域の県民所得を推計している。推計方法としては、第3章でクロスセクションモデルによって求めた国民所得を各地域に配分しており、配分の基準として資本装備率に関係する労働力の年齢・性別構造および産業の集積度の代理変数としての人口密度を用いている。次に1人当り県民所得の増減率から県別の財政収支を推計し、長期的には地方部よりも大都市圏の問題が深刻であること、及び社会資本整備余力の地域格差が拡大することを指摘している。

第5章では、上記の前提条件の変化によって、社会資本整備の特性が再び大きく変化せざるを得ないという認識に立ち、今後の社会資本整備は如何なる方向に向かうべきなのか、そしてその移行に当っては如何なる環境整備が必要とされるのかについて考察している。即ち社会資本整備の資源配分基準は総効用の最大化に置かれるべきこと、社会資本の生産力効果は低下し、その整備コストを国民所得の増加により回収する方式は転換を迫られること、財政効用の最大化には、社会資本整備と狭義の行政サービスの適正な融合が必要であること等を論じている。また、経済効率の高い分野への重点投資が人口減少社会における国民の選好に合致するかどうかの懸念があることを指摘している。しかし、地域経済の自立に向けて、各地域が市場競争力のある移出産業に資源を集中配分し、近隣地域と密接な経済関係を有する「地方広域経済圏」の形成を図ることが必要であり、その為の社会資本整備を志向することが重要であることを強調している。

都市においては、コスト増大要因と人口減少による収支の悪化を予測し、その結果の考察として、中位年齢の上昇に伴う需要構造の変化を見据え、各都市の付加価値の増加効果とコスト減少効果を厳しく評価した社会資本整備がなされるべきことを提言している。

以上、本論文は、人口減少と高齢化の進展するわが国の所得、財政収支を2030年まで推計し、社会資本整備余力を求めた上で、社会資本整備のあり方を提言したものであり、わが国の長期的公共投資政策に大きく貢献するものである。

よって本論文は、社会基盤工学、土木計画学の発展に寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50243