学位論文要旨



No 215950
著者(漢字) 原,恒雄
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,ツネオ
標題(和) 東海道新幹線の高速化技術の足跡と今日的課題 : 地盤振動対策の研究
標題(洋)
報告番号 215950
報告番号 乙15950
学位授与日 2004.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15950号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 助教授 目黒,公郎
 千葉大学 教授 山崎,文雄
内容要旨 要旨を表示する

筆者は、東海道新幹線の高速化技術及び沿線環境対策技術等の技術開発に携わってきた。平成15年10月の品川駅開業に合わせ全列車の最高時速270km/h化が完成したが、今後の更なる高速化にも取組んでいる。高速化に際して克服すべき課題は数多くあるが、現在の知見から判断すれば、今後とも新幹線列車走行時の地盤振動対策が最重要課題になるものと考えている。

本研究の目的は二つである。一つ目は、東海道新幹線の高速化技術課題の変遷を通史的にまとめていくことで、課題を解決する為に必要な経営・技術開発上の観点を導き、今後のさらなる高速化技術開発を見据えた、より一般的な指針を導こうとするものである。

二つ目は地盤振動対策として市街地に多用されているラーメン高架橋に適用できることを念頭に、その沿線における地盤振動の特性をもとに数値解析等を活用し、新しい防振対策工を考案することである。

新幹線高速化についてのヒストリカルレビュー

東海道新幹線の発展史については、既往資料では各技術ジャンルの個別的な技術発展を述べたもので、高速化という観点から客観的体系的に何がその時期の最大の課題で、それが全体との調和の中でいかに解決されたか、という立場でまとめたものは、殆どなかった。270km/h運転という一大高速輸送システムが定着した今、高速化技術を通史的に見る意義は大きいと考えている。

そこで新幹線高速化を通史的に見ていった結果、以下の4期に分けることができた。

I期(新幹線誕生期)は、広軌別線建設の答申のあった1958年から1964年の開業に至る6年間であり、国鉄技術陣の技術力を集約して新幹線の基本的な骨格を形作った時代と言える。

II期(新幹線定着期)は、新幹線開業から国鉄民営化までの23年間である。新幹線建設に伴う利子負担や労使関係の悪化に起因するサービスの低下と需要減もあり、経営は悪循環を繰り返した。高速化への要素技術開発は行われていたが、更なる高速化へ繋げていくような時代背景ではなく、新幹線営業開始後の追加的な課題(騒音問題、架線破断等)への対応の時期と言える。

III期(第2世代新幹線誕生期)は、国鉄民営化から300系車両投入までの5年間であり、国鉄民営化後の経営戦略上の要請から大幅な速度向上を実現すべく、システム全体の見直しが行われた時期である。主な技術的な課題は、高速走行性能と軽量化を同時に実現することであり、交流誘導電動機やボルスタレス台車などの技術を採用することで270km/h化を可能にした。

IV期:(第2世代新幹線定着期)は、300系車両投入以降、現在に至るまでの時期を示し、270km/h化新幹線のブラッシュアップの時代と言える。主な技術的な課題は、車内快適性(乗心地)の確保と速度向上に伴い悪化する恐れのある環境に対する対策であった。

高速化技術の変遷をまとめると、「高速走行性能」と「走行安全性の確保」に関しては、I・II期でほぼ骨格が出来上がり、III期で完成した。「快適性の確保」と「省エネルギー化」については開業以降の継続的な課題であるが、III期で飛躍的に向上した。「沿線環境対策」については、II期に騒音問題が顕在化し今日に至るまで対策を進めているが、高速化の際、悪化が避けられないものであり、特にメカニズムが十分に解明されていない地盤振動問題は将来に向けた最も重要、かつ喫緊な技術的課題であることが通史的な視点により明らかとなった。

こうした分析を通じて、高速化を促進する以下の要因を見出すことができる。

再現技術の活用

試験線を建設することは最良の方法であるが、建設コストを考えると現実的ではない。シミュレーション技術や試験装置の発展により、本線に近い状態での再現が可能になってきた。こうした再現技術を利用することで、より安全性・信頼性の高い技術開発が可能になる。

技術ジャンル横断的な技術開発体制

昨今の高速化に伴う技術課題は、各技術ジャンルにまたがり単独の技術ジャンルでは最適解を得ることが困難である。特に各技術ジャンルの境界部や横断的な課題が主であるため、それに応じた技術開発体制が必要と考えられる。

経営戦略に基づく決断

これまで通り一定の高速化技術レベルに達することは必要であるが、より高いレベルの高速化という技術的ブレークスルーには、更に270km/h化の決定時のような経営戦略に基づく決断が重要である。

新幹線高架橋区間の地盤振動の特性解明と新しい防振対策工の開発

列車走行に伴う沿線地盤の防振対策については、今までに車両軽量化や弾性まくらぎ投入等の対策手法が実用化されている。しかし、更に防振を図りたい時に確実性の高い他の具体的手法が見当たらないことから、新たな実用的防振対策工が求められている。特に新幹線では沿線環境への配慮がより必要な市街地ほどラーメン式高架橋であるため、その区間に適用可能な防振対策工が望まれている。

そこで本論文では、東海道新幹線のラーメン橋区間に適用可能な実用的防振対策工を提案する。これは、既設の高架橋自体に対策を行うという意味で、従来殆ど提案されなかった範疇のものである。

過去に鉄道高架橋ではマッシブ・リジッドな高架橋であるほど沿線地盤振動が小さいことが統計的に明らかとなっており、この知見から既設高架橋をマッシブ・リジッド化する手法が検討されたが、適用するとなると大規模な施工となりかねないため、試験的にせよ殆ど試みられていない。僅かな試行事例として、柱の鋼板巻き補強や上下線2本の柱の間をブロックで壁状にする実験が試みられたが、効果は得られていない。また、制振ダンパの代表であるTMD装置は交通振動の制御に関して、まだ基礎的検討段階にあると考えられる.即ち、現状では、高架橋自体に手を加える防振対策工の検討状況は、実用的手法の獲得からは程遠い状態にあると言える。故に、ここでは、既設高架橋自体に対策を行うという方針で、虚心坦懐な立場に立って、あらためて検討しようと考えた。

具体的な研究手順は下記のとおりである。

東海道新幹線の高架橋(図1)は、標準的には、スパン6mの中央3スパン部と両端3mの張り出し部からなる全長24mを単位(ブロック)として建設されており、両隣のブロックとは構造的に切れている。

実高架橋において高架橋と周辺地盤の振動を測定した結果、8〜10Hzの振動を低減する必要があること、また、柱において、ブロック端部で中央部には見られない追加的な振動の発生が認められ、それは8〜20Hzの帯域で生じていることが分かった。そこで、このメカニズムを探り、防振対策工の具体的なイメージに繋げるために、高架橋と柱近傍地盤の振動シミュレーションが可能な数値解析モデルを構築した。高架橋の3次元有限要素モデルに、新幹線軸重に相当する静的な荷重列が移動しながら作用するものと仮定することで、実現象を再現可能な解析手法を確立した。

前述した、端部の柱において中央部では見られない追加的な振動が発生しているという現象から、端部を隣接高架橋と連続的に繋げば振動が低減するのではないか、というアイディアを着想し、このアイディアを確認すべく、数値解析モデルを用いて、端部に何も対策を施さない場合と、隣接高架橋間を剛に連結した場合を比較した。その結果、隣接高架橋間を剛に連結すると、現状に比べ、8Hz以上の帯域において、柱脚部の振動が大きく低減することが分かった。

一方で、高架橋の剛性を高めることを想定したケースについても数値解析により検討を行ったが、隣接高架橋間を剛結したケースに比べ、有意に小さな効果にとどまった。

以上の検討結果から隣接高架橋間を剛接することが振動低減に有効であることが分かったが、端部の隙間は温度応力に対する構造物の安全上必要不可欠で、端部を剛接して連続化することは実現不可能である。そこで、端部を剛接することに準ずる方策として、同様に荷重の隣接ブロックへの乗り移りをスムーズにするために、既設フーチングから基礎コンクリートを介して鋼材を立ち上げ、沓構造によって既設の縦梁を下から支える仕様として、X型端部補強工(図2)を考案した。モデル解析によって、X型補強工を設置することで8〜10Hzの振動数の励起を抑えることを理論的に確認した。

考案された端部補強工を東海道新幹線の高架橋に試験施工し地盤振動測定を実施したところ、ブロック中央の柱直下地盤より端部の柱直下地盤の方が防振効果が大きく3〜5dBの低減効果を得た。軌道中心から12.5m、25m離れた地盤の防振効果は1.5〜2dBであった。また、8〜10Hzの領域で大きな低減を示しており、理論的な予見とも一致することが確認できた。

本研究で考案された端部補強工は、今までに実用化された対策手法に加え、東海道新幹線の高架橋に一般的に適用できる防振対策として、広く適用できるものである。その後、東京〜新大阪間の必要箇所に施工され、十分な防振効果が発揮されたことを実測値により確認している。

本研究は、東海道新幹線の高架橋形式に由来する地盤振動への衝撃的影響を実測と数値計算により発見し、それを低減するために、既設高架橋自体に適用できる新たな防振対策工を考案して、実施工により防振効果を得るという、一連の成果をまとめたものである。既設高架橋への新たな防振対策工を確立した先見的かつ独創的な研究であると考えている。

東海道新幹線のラーメン高架橋

端部補強工(X型補強工)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,東海道新幹線を対象に,その高速化技術の変遷を体系的に論述するとともに,近年その重要性が増している沿線環境対策に対する技術開発を述べたものである

論文では,1章で論文の背景を述べ,2章ではまず,新幹線高速化についての技術開発の変遷について論じている.新幹線高速化を通史的に以下の4期に分け,1期(新幹線誕生期:1958〜1964)は,広軌別線建設の答申から開業まであり,国鉄技術陣の技術力を集約して新幹線の基本的な骨格を形作った時代.2期(新幹線定着期:1964〜1987)は,開業から国鉄民営化までとし,新幹線建設に伴う利子負担や労使関係の悪化に起因するサービスの低下と需要減もあり,経営は悪循環を繰り返した.高速化への要素技術開発は行われていたが,更なる高速化へ繋げていくような時代背景ではなく,追加的な課題(騒音問題,架線破断等)への対応の時期としている.3期(第2世代新幹線誕生期:1987〜1992)は,国鉄民営化後の経営戦略上の要請から大幅な速度向上を実現すべく,システム全体の見直しが行われた時期である.主な技術課題は,高速走行性能と軽量化を同時に実現することであり,新たな技術を大幅に導入しシステム全体を見直すことで270km/h化を可能にした.4期:(第2世代新幹線定着期:1992〜)は,300系車両投入以降,現在に至るまでの時期を示し,270km/h化新幹線のブラッシュアップの時代と言える.主な技術的な課題は,車内快適性の確保と速度向上に伴い悪化する恐れのある環境に対する対策であった としている.

高速化技術の変遷をまとめ,「高速走行性能」と「走行安全性の確保」に関しては,1・2期でほぼ骨格が出来上がり,3期で完成したことを明らかにしている.「快適性の確保」と「省エネルギー化」は開業以降の継続的な課題であるが,3期で飛躍的に向上した.「沿線環境対策」は,2期に騒音問題が顕在化し今日に至るまで対策を進めているが,高速化の際に悪化が避けられないものであり,特にメカニズムが十分に解明されていない地盤振動問題は将来に向けた最も重要,かつ喫緊な技術的課題であることが通史的な視点からも明らかとなった.そして,これらの分析を通じて,高速化を促進する以下の3つの要因を抽出している.1)「再現技術の活用」による短期間で経済的にかつ安全性・信頼性の高い技術開発,2)「技術ジャンル横断的な技術開発体制」による各技術の境界部や横断的な課題への対応,3)「経営戦略に基づく決断」による技術的ブレークスルーの促進

論文の後半である,3章以降においては新幹線高架橋区間の地盤振動の特性解明と振動対策工の開発を論じている.具体的には,東海道新幹線のラーメン高架橋区間(図1)を対象とした実用的振動低減対策手法を提案している.これは,既設の高架橋自体に対策を行うという意味で,振動低減対策としては従来ほとんど提案されなかった範疇のものである.

地盤振動問題は,その発生,伝播等の基本特性が十分に解明されていない現象であることから,新幹線走行に伴って発生する振動を実際の高架橋の駆体および周辺地盤で調査した結果を注意深く観察するとともに,数値解析を用いて対策工を具体的に案出することが,最適な開発方針と判断し,現地測定の結果を分析し,東海道新幹線の沿線地盤では振動数8〜10Hzと20Hz成分が卓越し,また高架橋ブロック端部に隣接する柱においてブロック中央の柱には見られないような付加的な振動が発生しており,ブロック端部の張出し部分が地盤振動の発生に影響を与えていることを明らかにしている.このことから,現状では構造的に切れている隣接ブロックの端部の間を剛に繋ぐこと(端部剛接)が,一つの有効な振動低減対策になるであろうことを着眼した.

次に,高架橋と柱近傍地盤の振動シミュレーションが可能な数値解析モデルを構築し,シミュレーションによる検討を行ったところ,端部剛接が他の対策より各段に大きな振動低減効果を有し,実用上最も有効な方策であることを明らかにするとともに,振動数8〜10Hzを中心とした振動を低減できるという振動低減メカニズムを解明した.

既設高架橋の端部隙間を剛接連続化は既設構造物に悪影響を及ぼすため,端部剛接対策に準ずる「X型端部補強工」(図2)なる対策工を考案した.この対策工について,試験施工で振動低減効果を確認の上,沿線の複数箇所に設置したところ,2dB程度の振動低減効果が得られ,また低減する振動数域が数値解析の予見と一致した.

本研究で考案された端部補強工は、今までに実用化された対策手法に加え、東海道新幹線の高架橋に一般的に適用できる防振対策として、広く適用できるものである。その後、東京〜新大阪間の必要箇所に施工され、十分な防振効果が発揮されたことを実測値により確認している。

以上のように,本論文は東海道新幹線の高架橋形式に起因する地盤振動への衝撃的影響を実測と数値計算により発見し、それを低減するために、既設高架橋自体に適用できる新たな防振対策工を考案して、実施工により防振効果を得るという、一連の成果をまとめており,工学的な意義も高い.よって,博士(工学)学位請求論文として合格と判断される.

東海道新幹線のラーメン高架橋

端部補強工(X型補強工)

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