学位論文要旨



No 215951
著者(漢字) 中村,伸也
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,シンヤ
標題(和) 重力式擁壁の合理的な耐震設計手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 215951
報告番号 乙15951
学位授与日 2004.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15951号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 古関,潤一
 東京大学 助教授 目黒,公郎
 東京大学 講師 内村,太郎
内容要旨 要旨を表示する

研究目的

重力式擁壁は、構造の単純さ、施工の容易性のために、道路擁壁を中心にして今日でも広く用いられているが、兵庫県南部地震を契機として各種土木構造物の耐震設計法の見直しの必要性が叫ばれる中、その耐震設計法の見直し合理化が必要となった。

重力式擁壁の現行耐震設計法は、地震力を静的荷重に置き換えたうえで土圧及び慣性力を算出する震度法であり、土圧については物部・岡部式を代表とするクーロン土圧を地震時に援用する手法を用いて算定している。しかしながら、地震時の動的な現象を静的な現象に置き換えることの妥当性については明確な根拠は無く、現行設計法で採用している震度はレベルII地震動に比較して小さな値となっていることや、小規模な擁壁については地震時の検討を省略することは危険側の設定であり、また、地震時の土圧の算定手法が本当に正解値を与えるのか等については明らかとはなっていない。

したがって、従来の震度法による重力式擁壁の設計は、前面土圧抵抗の無視、安全側の盛土のせん断強度の設計値の採用、安全率による安定性評価という安全側の結果が得られるような各種の余裕を持った設定をすることにより、現象の不明な面をカバーする設計法であると言える。(図1)

そこで、本研究は、現行設計法を合理化するためには地震時の重力式擁壁の実挙動を明確に把握したうえで、実際の挙動を適切に設計に反映することが必要であるとの考えの下に、旧建設省土木研究所において行われた実験により得られたデータを詳細に分析することにより、重力式擁壁の地震時挙動を把握し、当該挙動を適切に震度法に取り入れることによる現行設計法の合理化を目的として行ったものである。

研究手法

実験は、図2に示すような模型を、地盤条件、模型形状等を変化させることにより数種類作成したうえで遠心力載荷装置により遠心場に置き、実物と同じ地盤・構造物の変形・応力状態を模型で再現して行った。重力式擁壁に作用する土圧は分割ロードセルにより、擁壁および裏込土の変位はレーザー変位計により計測するとともに、高速度カメラを用いて擁壁と裏込土に設置されたターゲットの座標を高精度に計測した。その結果得られた加速度・土圧・変位・座標データを用いて、重力式擁壁の地震時挙動を詳細に分析した。

結論

物部・岡部理論が想定している地震時における擁壁の挙動は、以下3点において実際に生じる地震時挙動を適切に表現していないことから、物部・岡部式による地震時土圧を用いることは合理的ではない。

(1)物部・岡部理論の想定では、地震時において裏込土は、すべり線に沿った土くさびが主働時には剛体的に落ち込み、受働時には抜けあがることになっているが、実際には、すべり線より擁壁側の部分全体が、擁壁の変位に追随するようにして塑性変形している。(図3)

(2)物部・岡部理論の想定では、裏込土が擁壁の転倒側に加振された時、土圧は常に増加し、また三角形分布をすることになっているが、実際には、入力加速度と土圧との間には直接的な相関関係は無く、分布も時間変動しており三角形分布でもない。(図4)

(3)物部・岡部理論の想定では、裏込土・擁壁全体に対して加速度が同時一様に作用し、位相差は無いことになっているが、実際には、擁壁内において入力加速度は速やかに伝達し、遅れて裏込土内を伝達して行く。(図5-1,2)

以下6点のように現行設計法(震度法)を改良することにより、合理的な耐震設計法を提案した。

(1)図6から、背面土圧増分は慣性力が極大時にゼロ以下となっており、また、作用位置は擁壁高の0.4倍の位置を中心に変動していることが分かる。したがって、背面土圧は常時主働土圧を用い、作用位置は擁壁高の4割地点とする。

(2)図7-1,2から、不規則波のピーク加速度から新設計法による限界加速度への換算係数は2.1となることが分かる。したがって、設計ピーク加速度を兵庫県南部地震動クラスの820galとして、設計震度は820÷980÷2.1=0.4とする。

(3)図8から、前面土圧抵抗は背面土圧を相殺するほどの大きさがあることが分かる。したがって、前面土圧抵抗を適切に評価する。

(4)実験の結果、壁面摩擦係数は地震時においても常時と同一の値が発揮していることが分かった。したがって、地震時も常時と同一の値を用いる。

(5)盛土のせん断強度は擁壁の安定に大きく影響を及ぼすことから、設計においては土質試験を行うことにより現地の値を用いることとする。

(6)実験の結果、擁壁が転倒することにより、つま先部に応力が集中していることが分かった。したがって、つま先部分については、コンクリート置き換え等地盤改良を施すことにより、支持力破壊を防止する。

入力地震波の震度を入力、擁壁に作用する土圧増分6成分(背面、底面、前面×鉛直、せん断)を出力と考え、入力と出力の相関が最大となるよう土圧増分時刻歴の時間軸調整(図9参照)を行うことにより、入出力関係を次のような簡単な経験式により定式化し、当該経験式を用いて擁壁の加速度、変位の算出ができることを示した。

背面鉛直土圧:P1=P10+ΔP1:ΔP1/α1=kh×β1 α1=1/2×γ×H12 背面せん断力:F1=F10+ΔF1:ΔF1/α1=kh×γ1 α2=M×g 底面鉛直土圧:P2=P20+ΔP2:ΔP2/α2=kh×β2 α3=1/2×γ×H22 底面せん断力:F2=F20+ΔF2:ΔF2/α2=kh×γ2 H1:擁壁高さ 前面鉛直土圧:P3=P30+ΔP3:ΔP3/α3=kh×β3 H2:根入深さ前面せん断力:F3=F30+ΔF3:ΔF3/α3=kh×γ3 M:擁壁重量 P,F*0:各成分初期土圧

現行設計法の前提条件

全体側面図

変位ベクトル・変位量コンター線図

土圧分布図 (case21, 神戸波 : 卓越2.0Hz, 600gal)

加速度時刻歴

加速度分布図

土圧増分・作用位置

新設計法による安全率の算出

ピーク加速度の換算係数

水平方向土圧差分と擁壁変位

時間軸調整(模式図)

土圧算定係数一覧

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、主要な土木構造物の一つである重力式擁壁の耐震設計の合理化を目指したものである。従来から、無筋コンクリートを用いて建設される重力式擁壁は、道路・鉄道・宅地構造物等での抗土圧構造物として広く用いられている。現状では、小規模な擁壁に対して、地震の影響を考慮した設計は行われていない。従って、擁壁に作用する地震時外力を過小評価していることになり、危険側である。擁壁が大規模になり地震力を考慮する場合でも、地震力を水平方向の静的荷重(震度)に置き換える震度法を用いた極限釣合い法を用い、震度としては 0.2 程度しか考慮していない。この点では、擁壁に作用する慣性力を過小評価していることとなり危険側である。擁壁背面に作用する地震時土圧としては、クーロン土圧理論を地震時に適用した物部岡部理論によって算定しているが、この方法の妥当性には不明な点が多い。更に、通常の擁壁は根入れ部を有するが、その前面の受働土圧抵抗を設計において考慮することは少ない。この点では安全側である。以上のように、従来の重力式擁壁の設計法はその内容が一貫しておらず合理化すべき点が多くある。本研究はこのような背景の下で行われた。即ち、重力式擁壁模型を用いた遠心力模型実験を系統的に行い、その結果を詳細に分析することにより、重力式擁壁の地震時挙動を把握し、その結果を基礎にして現行設計法における諸仮定条件の妥当性を検討し、実際の挙動を適切に設計に反映できるより合理的な耐震設計法の確立を目指している。

第1章は序論であり、本研究の背景と本論文の目的と構成を説明している。

第2章では、本研究で用いた我が国で最大級の大型遠心力実験装置と、小型擁壁模型、計測装置、地盤材料、模型の製作法について説明している。特に、模型擁壁の背面・底面に作用する土圧を測定面積の漏れがないように非常に多数の二方向(直荷重とせん断荷重)ロードセルで詳細に測定している。また、模型の動的変位分布の時刻歴を、高速度ディジタルカメラで捉えたところに特徴がある。

第3章では、本研究の模型実験の精度を確保するために行った変位計・ロードセル等の検定等と、模型実験の結果を一次的に整理した結果を示している。

第4章では、実験結果を研究目的に沿って解析した結果をまとめている。まず、物部・岡部動土圧理論では、裏込め土は等方剛完全塑性体と仮定し、主働土圧発揮時には剛体くさびが形成され擁壁と裏込め土が一体となって同位相で変位すると仮定していること、この理論を適用するに当たって通常土圧分布は三角形分布であると仮定していることを指摘している。実験結果に基づいて、これらの仮定が妥当ではないことを指摘している。即ち、すべり面より擁壁側の部分の裏込め土の全体が擁壁の変位に位相遅れを伴って追随するよう塑性変形・変位が生じている。また、入力加速度と擁壁が主働状態にあり最も不安定な時点における擁壁背面での動土圧との間には直接的な相関関係は無い。また、擁壁背面の土圧分布は何時の時点においても三角形分布ではない。即ち、物部・岡部理論が想定している地震時における擁壁の挙動は、実際とはかなり異なる面が多く、物部・岡部理論による地震時土圧を直接耐震設計に用いることは合理的ではないことを指摘している。

さらに、実験結果に基づいて、擁壁が主働状態である時には動土圧成分は殆どゼロであり、設計に用いる背面土圧は常時主働土圧で良いこと、その作用位置は擁壁高の4割地点であることを示している。加えて、擁壁の根入れ部前面の受働土圧による擁壁の抵抗力は無視できないほど大きく、設計ではこれを適切に評価することができることを示している。また、擁壁背面と底面の摩擦係数は地震時においても常時と殆ど同じであること、擁壁のつま先部分の支持地盤の支持力が擁壁の転倒崩壊を防ぐ上で決定的に重要であること、従って実務ではその支持地盤をコンクリート構造物で置き換えるなど改良工事をすることにより擁壁の地震時安定性は確実に向上することを指摘している。

引き続き、以上の結果に基づき新しい震度法による耐震設計法を提案している。即ち、1)擁壁背面土圧としては常時主働土圧を用いて作用位置は擁壁高の4割地点とすること、2)擁壁根入れ前面の受働土圧抵抗は考慮すること、3) 地震時擁壁背面と底面の壁面摩擦係数は常時と同じとすること、4)盛土のせん断強度は実測値を用いること、5)擁壁つま先部分の支持地盤は、必要により地盤改良をして支持力破壊を防止すること、6)設計震度は0.4とすることを提案している。

さらに、ブラックボックス的な対処法により、擁壁に作用する土圧6成分と入力加速度による簡略化した運動方程式として定式化して、擁壁の変位の時刻歴を求める方法を提案している。

第5章は、結論である。以上のように本論文は、重力式擁壁を耐震的でかつ経済的に設計する方法を詳細な模型実験結果を基にして提案しており、新しい方法を提案している。今後の本研究分野の発展及び実務設計の改善に寄与する新しい知見を与えている。これらは、土質工学の分野において貢献することが大である。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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