学位論文要旨



No 215953
著者(漢字) 伊東,正篤
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,セイトク
標題(和) パルス管冷凍機の基本動作解析および実験的検証に関する研究
標題(洋)
報告番号 215953
報告番号 乙15953
学位授与日 2004.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15953号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 飛原,英治
内容要旨 要旨を表示する

構造がシンプルであり原理的に高い信頼性を持つパルス管冷凍機は、移動体通信用HTSフィルタの冷却用などへの適用が大いに期待されている。しかしながら熱音響理論などにより冷凍原理が明らかにされ冷凍性能もかなり向上してきたとはいえ、実機を開発する上で重要な指標となる動作係数COPや蓄冷器内ガスの役割およびガスと蓄冷材との熱交換量も求められていない状況にある。また、パルス管内でおこるガスの変位振動や熱振動を実験的に解りやすい形で観察した例はほとんど無くこの研究に携わる工学者のパルス管冷凍機に対する理解の妨げとなっている。さらに、電気的等価回路の検討から理想的な位相調整が可能といわれているイナータンスチューブ型パルス管冷凍機の実験的な検討はあまり進められていない。

そこで本論文においては、まず、動作解析を行い理論的な熱収支や動作係COPと蓄冷器内のガスの挙動を求める。次に、パルス管内でおこるガスの変位振動や熱振動を実験的に求め、動作解析に用いた条件や結果との定性的な検証を行う。さらにイナータンスチューブ型パルス管冷凍機について、相調整機能の特徴を計算および実験で検討し、この冷凍機の性能向上に関する指針を得ることを目的とする。

動作解析では、まず解析モデルを設定し寸法、圧力、温度など解析の条件となる仮定を明らかにし、パルス管冷凍機にとっての理想状態を定義した。ラグランジェ法を用いてパルス管軸方向1次元で解析を行った。パルス管内の解析においては、蓄冷器低温端熱交換器からパルス管内に流入するガスの体積変化と圧力から求められるPV仕事と冷凍能力が等しいことを明らかにした。また、パルス管の長さによらずパルス管高温端熱交換器から冷凍能力と同じ量の熱を捨てていることを示した。蓄冷器内の解析では蓄冷器内のガス体積として低温側ガス、停留するガス、高温側ガスの3種類のガスを定義し解析を進めた。各ガスによる体積変化を蓄冷器内に温度勾配がない場合とある場合について調べグラフ化した。また、蓄冷器内の熱交換に関する一般式を求め3種類のガスによる一周期あたりの熱交換量およびその時間的変化を求めた。その結果、1周期中低温側ガスと停留するガスは蓄冷器内に熱を放出し、高温側ガスは熱を吸収することが解り蓄冷器内ガスの役割を明らかにすることができた。圧縮機内の解析においては、圧縮機から入力された仕事のすべてが蓄冷器高温端熱交換器で捨てられることを示した。以上の結果からパルス管冷凍機の熱収支および動作係数COPを求めた。COPは圧縮比が0に近い時だけ単純な等温モデルから求められていたCOPの値になり、実機に通常使われるの条件ではより小さい値になることが解った。また、圧縮比や蓄冷器の大きさがCOPに与える影響も求めた。その結果、圧縮比が増加するとCOPが減少すること、圧縮比が一定の場合蓄冷器長さが増加するとCOPが増加することが解った。さらに、理想状態でない実際の条件が冷凍性能に与える影響をみるため、ガスの圧力と質量流速との位相差φおよび蓄冷器の熱交換特性を変化させた場合について解析し、圧力とパルス管低温端の質量流速の位相差φが大きくなると冷凍性能が減少すること、そして蓄冷器の熱交換が悪くなると冷凍性能が低下することを明らかにした。

オリフィス型、ダブルインレット型パルス管冷凍機として作動中の、パルス管内のガス変位を、パルス管内に外径がパルス管内径より少し小さく軽量なシャトルと呼ぶ球状物体を入れ高速度カメラで撮影する方法により求めた。その結果、オリフィス型ではPV仕事の増加とともに冷凍性能が増加するがあまり大きくなり過ぎると逆に冷凍性能が低下することが解った。ダブルインレット型ではバイパスバルブを開くことによって変位が減少しPV仕事は減少するが、圧力とパルス管低温端のガス変位の位相差θが大きくなり圧力振幅が大きくなることによりPV仕事の減少が抑えられていることが解った。これらは、蓄冷器低温端からパルス管に流入するガスのPV仕事が増加すると冷凍性能が増加すること、PV仕事が増大し過ぎ蓄冷器の熱交換が悪くなると冷凍性能が低下すること、そして位相差θが大きくなると冷凍性能が増加するとした理論的な解析結果を検証するものである。また、パルス管内のガス温度を2次元で精度良く計測する方法として新たにレイリー散乱を用いる方法を提案し、測定精度について種々の検討を加え高精度で計測できるように実験装置を改良した。また、石英ガラス製の角型パルス管を有するパルス管冷凍機を作製して、パルス管内の温度分布を測定した。ベッシック型、オリフィス型のパルス管内のガス温度分布を可視化画像として示し、圧力と温度の位相差を明らかにした。さらに、パルス管低温端近傍のガス温度の計測結果と動作解析で用いた手法で求めたガス温度を比較して、実機の低温部の温度が理論的な解析条件として用いた断熱モデルでほぼ表せることを確認するとともに、位相差θが大きくなると冷凍性能が向上する解析結果を検証した。

運転周波数が低いイナータンスチューブ型パルス管冷凍機のガス変位をシャトルを用いる方法で計測し、電気的等価回路から導かれる解と比較検討することにより実際のイナータンスチューブの抵抗値が等価変換式の値より大きくなることを明らかにするとともに、このため実機では位相調整の機能に限界があることを示した。また、運転周波数が高い場合のイナータンスチューブの圧力とガス変位との位相差θおよび圧力振幅を計測し、電気的等価回路による計算結果との比較を行い、イナータンスチューブの抵抗とインダクタンスを算出する式が十分表現できていないため両者に定量的な差が生じることが解った。また、イナータンスチューブを巻いた状態と巻かない状態での差を実験的に検討することにより、実施した実験範囲ではイナータンスチューブを巻くと、ほぼインダクタンス成分だけが減少することがわかった。さらに、イナータンスチューブの内径の異なるものを組み合わせ巻くことによりインダクタンスの減少を防ぐことができ、冷凍機の性能を低下させないことが解った。このことから1種類のイナータンスチューブでは達成できない位相と変位の調整が、内径の異なるイナータンスチューブを組み合わせることにより可能になり、これがパルス管冷凍機の性能向上に対する対策の一つになる可能性を見出した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「パルス管冷凍機の基本動作解析および実験的検証に関する研究」と題し、構造がシンプルであり原理的に高い信頼性を持ち、移動体通信用HTSフィルタの冷却用などへの適用が大いに期待されているパルス管冷凍機について、理論的な熱収支や動作係COPと蓄冷器内のガスの挙動を求める動作解析を行い、パルス管内でおこるガスの変位振動や熱振動を実験的に求め、動作解析に用いた条件や結果との定性的な検証を行うとともに、イナータンスチューブ型パルス管冷凍機について、相調整機能の特徴を計算および実験で検討し、この冷凍機の性能向上に関する指針を得ている。

本論文は、5章よりなる。第1章の「序論」では、研究の技術的背景として移動体通信におけるHTSフィルターに対する小型冷凍機の必要性を纏め、パルス管冷凍機を選択した理由およびパルス管冷凍機に関する研究の現状を纏め、研究の目的を述べている。

第2章「パルス管冷凍機の動作解析」では、まず等温変化として扱われていたパルス管内のガスの状態変化はむしろ断熱変化に近いとして解析モデルを設定し、寸法、圧力、温度など解析の条件となる仮定を明らかにし、パルス管冷凍機にとっての理想状態を定義し、ラグランジェ法を用いてパルス管軸方向1次元で解析を行っている。この解析により、蓄冷器内において低温側から高温側へと熱が運ばれていることを明らかにし、従来議論のあった蓄冷器の役割を明確にしている。次いで、解析よりパルス管冷凍機の熱収支および動作係数COPを求め、COPは圧縮比が0に近い時だけ従来の等温モデルによる値になり、実機に通常使われる条件ではより小さくなること、圧縮比が増加するとCOPが減少すること、圧縮比が一定の場合は蓄冷器長さが増加するとCOPが増加することなどを初めて理論的に示している。さらに、理想状態でない実際の条件が冷凍性能に与える影響をみるため、ガスの圧力と質量流速との位相差φおよび蓄冷器の熱交換特性を変化させた場合について解析を進め、圧力とパルス管低温端の質量流速の位相差φが大きくなると冷凍性能が減少すること、そして蓄冷器の熱交換が悪くなると冷凍性能が低下することを明らかにした。

第3章「パルス管内の基本性能に関する実験的検証」では、オリフィス型、ダブルインレット型パルス管冷凍機として作動中のパルス管内のガス変位を、パルス管内に外径がパルス管内径より少し小さく軽量なシャトルと呼ぶ球状物体を入れて高速度カメラで撮影する方法により求めている。その結果、オリフィス型ではPV仕事の増加とともに冷凍性能が増加するがあまり大きくなり過ぎると逆に冷凍性能が低下すること、ダブルインレット型ではバイパスバルブを開くことによって変位が減少しPV仕事は減少するが、圧力とパルス管低温端のガス変位の位相差θが大きくなり圧力振幅が大きくなることによりPV仕事の減少が抑えられていることを示し、解析結果を検証している。また、パルス管内のガス温度を2次元で精度良く計測する方法として新たにレイリー散乱を用いる方法を提案し、石英ガラス製の角型パルス管を有するパルス管冷凍機を作製して、パルス管内の温度分布を測定している。その結果、ベッシック型、オリフィス型のパルス管内のガス温度分布を可視化画像として示し、圧力と温度の位相差を明らかにするとともに、実機の低温部の温度が理論的な解析条件として用いた断熱モデルでほぼ表せることを確認するとともに、位相差θが大きくなると冷凍性能が向上することを示す解析結果を検証している。

第4章「イナータンスチューブ型パルス管冷凍機に関する検討」では、運転周波数が低いイナータンスチューブ型パルス管冷凍機のガス変位を上述のシャトル法で計測し、電気的等価回路から導かれる解と比較検討することにより実際のイナータンスチューブの抵抗値が等価変換式の値より大きくなることを明らかにするとともに、このため実機では位相調整の機能に限界があることを示している。また、運転周波数が高い場合のイナータンスチューブの圧力とガス変位との位相差θおよび圧力振幅を計測し、電気的等価回路による計算結果との比較を行い、イナータンスチューブの抵抗とインダクタンスを算出する式が十分表現できていないため両者に定量的な差が生じることを見出している。さらに、イナータンスチューブを巻いた状態と巻かない状態での差を実験的に検討することにより、実施した実験範囲ではイナータンスチューブを巻くと、ほぼインダクタンス成分だけが減少すること、イナータンスチューブの内径の異なるものを組み合わせ巻くことによりインダクタンスの減少を防ぐことができ、冷凍機の性能を低下させないことを示している。このことから1種類のイナータンスチューブでは達成できない位相と変位の調整が、内径の異なるイナータンスチューブを組み合わせることにより可能になり、これがパルス管冷凍機の性能向上に対する対策の一つになる可能性を見出している。

第5章は、以上を纏めた「結論」である。

以上要するに、本論文は移動体通信HTSフィルター用の小型冷凍機としてパルス管冷凍機を選定し、蓄冷器の役割、パラメーターのCOPへの影響などを明かにできる動作解析を行い、ガスの変位や温度分布を計測する手法を提案するとともに、これらの手法による実験により動作解析を検証し、さらにイナータンス型パルス管冷凍機による性能向上法を提案しており、機械工学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50244