学位論文要旨



No 215956
著者(漢字) 森下,広
著者(英字)
著者(カナ) モリシタ,ヒロシ
標題(和) 走査型電子顕微鏡内サブミクロンマニピュレーションナノロボットシステムの構築
標題(洋)
報告番号 215956
報告番号 乙15956
学位授与日 2004.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15956号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 光石,衛
 東京大学 助教授 松本,潔
内容要旨 要旨を表示する

近年の科学技術の発展の一つの方向は微小世界である。微小なものを操作する手段としては、10μm程度以上の大きさの比較的大きな対象物を操作する手段として光学顕微鏡下のマニピュレーションが細胞操作に多く用いられており、また原子レベルの操作には走査型トンネル顕微鏡のプローブが用いられている。しかしながら、その中間の大きさである、10μmからサブミクロン程度の大きさの対象物を操作することのできるマニピュレータシステムは少ない。この理由としては、動きが微小であることに加え、この大きさの領域では観察に電子顕微鏡を用いることになり、その真空チャンバー内の観察環境下で動作するマニピュレータを製作するための技術的な課題が多いことが挙げられる。

そこで、筆者は、10μmからサブミクロン程度の大きさの物や操作を対象とし、人間は通常の大きさの世界にいながら、実感をもって微小な作業を行うことを可能にするサブミクロンマニピュレーションシステムであるナノロボットシステムを考案した。ナノロボットシステムは、走査型電子顕微鏡の試料室内に設置した微細に動くロボットを電子顕微鏡の画像を見ながら操作することによって微細作業を行うマニピュレーションシステムで、本研究ではそのプロトタイプシステムであるナノロボットシステムIおよび更に実用的な微細作業の実現を目指したナノロボットシステムIIを構築した。ナノロボットシステムIIは、微小な操作の状況を操作者に立体的に見せる双眼走査型電子顕微鏡とその試料室内に置かれた左手ロボット、右手ロボット、ベースステージ、及び微小作業で発生する力を測定するための力センサ、発生する音を工具の振動から拾うための音響ピックアップ、ロボットを制御するジョイスティックボックス等からなる。右手ロボットは、微小世界での右手に相当するロボットで、ロボットの先端に装備されている工具交換用ターレット上の数個の工具を、フルストローク10μm、最小分解能0.01μmで、XYZ三軸方向に動かすことが可能である。左手ロボットは微小世界での左手に相当するロボットで、その上に被加工試料を搭載し、試料の被加工部位を右手ロボット上の工具の可動範囲内に導きいれる機能をもつ。左手ロボットは試料をフルストローク25mm、最小分解能0.2μmで大まかに位置決めし、更にその位置からフルストローク±2.5μm、最小分解能0.01μmで三軸に微細位置決め可能である。ベースステージは右手ロボットおよび左手ロボットを搭載し、これらをまとめて移動して、右手ロボット上の工具先端、すなわち作業の行われる領域を走査型電子顕微鏡の視野の中に導入する機能をもつ。

このナノロボットシステムの構築過程において、力センサの基本構造である平行平板構造の解析および、微小変位を発生する機構の基本構造である平行平板式微動機構の解析を行った。また、小型で剛性が高く大きな移動ストロークをとることができ、かつ走査型電子顕微鏡の試料室内で動作できる機構として、インチワームメカニズムを応用した粗微動機構を開発した。これは移動テーブルの両側に伸縮変位発生部とクランプ部を直列に設けた構造をもち、通常のインチワームメカニズムと同様にレールの把持・解放と伸縮を繰り返して大きなストロークで移動できる機能と、インチワーム動作の停止位置において伸縮変位発生部のプッシュプル動作により微動動作を行う機能を併せ持つものである。この粗微動機構はナノロボットシステムの左手ロボットおよびベースステージの基本構造となっている。

ナノロボットシステムIIを用いて、いくつかの微小作業実験を行った。まず、LSIチップ表面のアルミ配線を切断する実験では工具に電解研磨で製作したタングステンの針を用い、幅約5μmの配線部分の切断を試みたところ、対象物が微小であるということをほとんど意識することなく切断することができ、またその時の音と、加工力を測定することができた。さらに、LSIのボンディングパッドにタングステン針で文字を彫る実験では、約10μm各の文字を10文字彫ることが出来た。

ナノロボットシステムIIは、近年、物理学者に微小な球を並べるための手段として利用され、物理学の世界で成果をあげている。これまで、直径1μm程度の球を思い通りに並べる手段は無かったが、ナノロボットIIによってこれが可能となり、直径1.18μmのシリカとラテックスの球を交互に積み重ね、後でプラズマエッチングによってラテックスの球を取り除くことで、完全フォトニックバンドギャップをもつシリカの球によるダイヤモンド構造を製作しその特性を研究することが可能となった。また、中央にスダレ状の構造をもつ25μm角で厚さ0.5μmのInPの板を20枚積み重ねることで、5周期のフォトニック結晶を製作することにも成功している。

本研究では、10μmからサブミクロンの大きさをもつ対象物を走査型電子顕微鏡の観察下で操作するシステムについてその機能要求を考察し、要素技術を開発し、2種類のシステムの構築を通じて走査型電子顕微鏡内サブミクロンマニピュレーションシステムの構築法を示した。この研究で培われた力センサ、微動機構、および走査型電子顕微鏡内にマニピュレータを設置するシステム技術が更に発展し、人間が更に違和感なく微小対象物を操作できるシステムの開発につながることを期待する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、サブミクロンオーダの微小対象物を、人間が通常の大きさのものを扱うのと同じ感覚で扱うことの出来るマニピュレーションシステムの構築を目指し、その構成について考察するとともに、構築に必要となる機構の構成要素である平行平板構造、平行平板式微小変位発生機構、および一軸粗微動機構の特性および制御方法を明らかにし、その知見を元にサブミクロンマニピュレーションシステムであるナノロボットシステムIIを構築したものである。本論文は、以下に述べる10章より成る。

第1章は序論であり、人間の知の発達の歴史の中で今、微小な世界が注目されているにも関らず、微細な対象物を自由に扱うことのできるマニピュレーションシステムが存在しないという本研究の必要性を述べ、本論文の目的をその構築に定めている。また、従来の電子顕微鏡内マニピュレーションシステムの開発の歴史に言及し、それが生物試料の切り出しおよび数百μm程度の比較的大きな部品の組み立てに二分されていることを示し、サブミクロンオーダの対象物を自由に操作できるマニピュレーションシステムが欠けていると主張している。

第2章では、サブミクロンマニピュレーションシステムの理想的な構成を、人の手作業を微小世界で実現するものであるとし、その実現に必要な、微細な動きの生成、作業の立体画像の取得、作業力・作業音検出、作業工具、およびそれら要素の統合制御というマニピュレーションシステムの各機能について述べている。また、微細な動きを生成するロボット部に必要な自由度とその配置について検討し、ナノロボットシステムの具体的な構成方針を述べている。

第3章では、微小世界での作業力を測定する力センサの基本構造である平行平板構造について述べている。平行平板構造は従来から力を測定するための構造として用いられてきたが、本章ではこれまで扱われてこなかった、力センサの精密な設計の際の誤差要因となる角穴隅のRやひずみゲージの検出部長の力センサ出力への影響について論じている。

第4章では平行平板式微小変位発生機構について述べている。平行平板式微小変位発生機構は第3章で扱った平行平板構造に積層型圧電アクチュエータを組み込んだ構造になっているため、第3章で扱ったことに加え、積層型圧電アクチュエータを組み付けた場合の接着剤の影響、平行平板構造の二次的変形の影響を考察している。また、平行平板式微小変位発生機構の設計例を挙げその制御方法についても言及している。

第5章では単一機構による粗動・微動動作の実現と題して、新たに考案した平行平板式微動機構を応用したインチワーム式の粗微動機構について述べている。この粗微動機構はインチワーム動作により20mm程度の大きなストロークの移動が可能であると同時に、停止位置では内蔵された2組の平行平板式微小変位発生機構のプッシュプル動作で可動範囲5μmの微動を可能としている。

第6章ではナノロボットシステムIの開発と評価と題し、微小変位発生機構3個と超音波モータを用いて構成したサブミクロンマニピュレーションシステムのプロトタイプであるナノロボットシステムIについて、その構成および各部の構造について述べている。また、当該システムを用いて行った微細作業の例を示し、当該システムの試作によって判明した知見、および当該システムを使用して微細作業を行った結果得られた知見を整理している。

第7章ではナノロボットシステムIIの開発と題し、ナノロボットシステムI開発の経験に基づいて更にロボット部の自由度を増やすことで、実施できる作業の汎用性を高めたナノロボットシステムIIについて、その構成および各構成要素の詳細について述べている。

第8章ではナノロボットシステムIIの評価として、ナノロボットシステムIIのロボット部の構成要素である右手ロボット、左手ロボット、ベースステージについて、静的な位置決め特性、指示値を交流的に変化させた時の出力変位の通過帯域特性、粗動時の速度特性等を評価している。またナノロボットシステムのロボット部を走査型電子顕微鏡の試料室内に導入した場合の走査型電子顕微鏡の画像への影響、真空排気時間への影響、および試料室内でのロボット各部の温度上昇についても評価している。

第9章ではナノロボットシステムIIによる微細作業と題し、ナノロボットシステムIIを用いて半導体膜のスクラッチテスト、著者以外の物理学者によって行われた直径1.18μmの球の積層および25μm角の板の積層、半導体表面のアルミニウム配線層の切断、アルミニウムパッド上への10μm角の文字の描画等を行い、ナノロボットシステムIIで実際にサブミクロンオーダの作業を行えることを示した。

第10章は結論であり、本論文の成果をまとめるとともに、将来課題を示している。

以上述べたように、本論文は、走査型電子顕微鏡内で作動するサブミクロンマニピュレーションシステムの構築のために必要となる基本的な微小変位発生機構の解析に始まり、プロトタイプシステムの構築を経て実用的なシステムの構築までを行うことで、サブミクロオーダのマニピュレーションシステムの構成法を示した論文であり、工学への寄与が大きいと認められる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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