学位論文要旨



No 215957
著者(漢字) 本間,敬子
著者(英字)
著者(カナ) ホンマ,ケイコ
標題(和) ワイヤパラレル機構を用いた上肢・下肢運動支援装置の研究
標題(洋)
報告番号 215957
報告番号 乙15957
学位授与日 2004.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15957号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土肥,健純
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 助教授 佐々木,健
 東京大学 講師 波多,伸彦
内容要旨 要旨を表示する

近年、急速な高齢化による社会的ニーズの顕在化、ならびにロボット技術の成熟による高度な応用分野への参入意欲の高まりにより、福祉ロボットの研究が一段と活発に行われるようになってきている。従来、医療福祉分野におけるロボット技術の応用においては、産業用ロボットの成果を多く取り入れたため、シリアル型の機構を用いる例が少なくなかった。シリアル型の機構では、負荷を保持するためにそれぞれのリンクの剛性を高める必要がある。これに伴って機構自体の重量が大きくなり、必然的に駆動に必要なアクチュエータの出力も大きくしなくてはならない。アクチュエータの出力が大きくなると、暴走の際に人間に与える危険性が大きくなるばかりでなく、アクチュエータの配置や発熱といった問題が深刻になる。

また、リハビリテーション用機構や介護用パワーアシスト機構の開発では、人間の手足に剛体の支持リンクを取りつけて動作を行わせる、いわゆる外骨格型機構が多く用いられているが、設計・製作の段階や、装着の際に機構の運動軸と人間の関節軸との間にずれが生じがちである。運動軸のずれは、関節に不必要な負荷を生じ、組織の損傷を与えることになりかねない危険をはらんでいる。

そこで本研究では、・上肢に運動障害を持つ人が自らの意思に基づいて腕を動かすのを補助するための上肢運動支援装置・関節拘縮を予防するための多自由度関節運動訓練を行う下肢運動支援装置を対象とし、ワイヤパラレル機構を用いてこれらの装置を実現するための手法を明らかにすることを目的とする。

ワイヤパラレル機構には、・荷重を各アクチュエータで分担するため、それぞれのアクチュエータの出力が小さくて済む・人と力のやりとりをする機構として用いた場合、身体に装着する部分が軽量かつフレキシブルであるため、ユーザの受ける拘束感が比較的小さい・患者に剛体リンクを固定する方式でないため、リンクの軸と関節軸との不一致により患者の身体にダメージを与えることがないといった特徴があり、福祉ロボットに適した機構であると言える。

上肢運動支援装置の研究では、前腕の手首側と肘側を各3本のワイヤで並列に天板から吊り下げ、それぞれのワイヤの長さを制御することにより腕の運動を実現する装置を提案した。

また、提案した装置によって実現される腕の運動について、2通りのモデルを提示した。まず、前腕のみの運動をモデル化した前腕モデルを提示した。前腕モデルは、装置の設計パラメータのみを議論するために有用である。次に、前腕と上腕の運動をモデル化した前腕-上腕モデルを提示した。前腕-上腕モデルは、より現実的な腕の運動について議論するのに役立つ。これら2種類のモデルを用いて可動範囲の予測を行い、装置の設計パラメータについて検討を行った。いずれの場合についても、天板上のワイヤ出口の配置を、底辺で互いに正対する大きさの等しい正三角形に限定した。予測結果からは、正三角形の一辺の長さをなるべく大きく、また互いの距離をなるべく小さくすることにより、より大きな可動範囲が得られると考えられる。

モデルによる検討に続いて、提案する上肢運動支援装置の実現可能性について評価するために実験装置を試作し、動作実験を行った。実験は、前腕モデルおよび前腕-上腕モデルのそれぞれに対応する2種類のモデルアームを用いて行った。

前腕モデルを用いて、主に可動範囲の検討を行った。実験の結果、天板から1000mm下方における可動範囲の断面は、モデルアーム長に対し、157%および137%の長さの対角線を持つほぼ四辺形の形状であった。その断面積はモデルアーム長を一辺とする正方形の面積にほぼ等しいことから、机上作業に対して十分な可動範囲が得られたと考えられる。

前腕-上腕モデルを用いて、実際に人が行う動作に即して目標軌道を設定し、動作精度について検討した。実験結果から、粗大動作における位置決め誤差は目標移動量に対して最大6%であった。微小動作については、x方向、y方向それぞれに最大6mm程度の位置決め誤差が発生した。その原因は、巻取機構の制御における入力指令電圧とモータ出力との非線形関係によるものと考えられる。

これらの実験結果から、提案する上肢運動支援装置により、机上での動作が実現可能であると結論できた。

下肢運動支援装置の研究では、拘縮等を予防するための、多自由度関節訓練を行う装置を提案した。提案する装置は、複数本のワイヤによって脚を吊り下げ、それぞれのワイヤの長さを制御することによって脚の位置決めを行い、多自由度の関節可動域訓練を実現する装置である。この装置は、(1)膝関節屈曲・伸展、(2)股関節屈曲・伸展、(3)股関節内転・外転、(4)股関節内旋・外旋を対象とした関節可動域訓練動作を実現することを目標とする。

はじめに、提案する方式の実現可能性を検討するため、単自由度実験装置を設計・試作し、動作実験を行った。膝関節は単自由度関節としてモデル化できるため、対象動作としては、膝関節の屈曲・伸展に着目し、この動作を実現する方法として、大腿部1ヶ所の牽引と、踵部のベッド上での直動を組み合わせる方法を用いた。動作実験の結果、提案する概念が実現可能であることが示された。しかし、関節角度の変化が大きくなるにつれて、ワイヤ張力の方向が変化するため所期の動作が十分実現されない、多自由度化するにあたっては、ワイヤ同士の干渉を防ぐ必要がある、といった問題点も明らかになり、多自由度機構の設計に際しての課題が明確化された。

単自由度機構に関する検討結果を踏まえて、2自由度機構および4自由度機構を順次設計し、実験装置の試作を行った。2自由度機構では膝関節および股関節の屈曲・伸展動作を対象とし、4自由度機構では、膝関節の屈曲・伸展動作ならびに股関節の屈曲・伸展、内転・外転、内旋・外旋の各動作を対象とした。単自由度機構を用いた実験で明らかになった問題点を解決するために、2自由度機構では、巻取機構を可動式とし、曲線状のレール上で動かす方式を採用した。この動作を適切に実現するため、数値計算により、レール形状の基本設計を行った。また、それぞれのワイヤの張力および関節に発生する反力について、2次元モデルを用いて予測を行った。両者の予測結果を踏まえて、2自由度機構の試作を行った。

一方、4自由度機構の設計にあたっては、股関節および膝関節の屈曲・伸展については既に試作した2自由度機構を改良した上で利用し、股関節の内転・外転および内旋・外旋については、両者の複合的な動作として実現することを考えた。この運動を実現する目的で、回転機構の設計・試作を行った。

開発した下肢関節訓練装置を用いて動作実験を行い、評価を行った。はじめに、2自由度機構実験装置を用いて、テストダミーによる膝関節屈曲・伸展動作実験および股関節屈曲・伸展動作実験を行った。それぞれの動作には再現性や線形性があり、脚の訓練に必要な動作の生成は可能であった。しかし、ワイヤ張力については、2次元モデルによる予測結果と一致しない挙動が生じた。その原因について考察した結果、実験に使用したテストダミーの表皮の弾力や、関節部分に発生する摩擦力がこれらの挙動に影響しているものと考えられる。

次に、4自由度機構実験装置について、テストダミーを用いて設定した4自由度の動作パターンを実行した。それぞれの動作は、目標値の80%〜100%の範囲で実現できたが、表皮の弾性挙動による影響が角度偏差として生じた。また、実行する動作パターンによって動作速度に変動が生じた。動作速度の変動は、制御負荷の変動に起因すると考えられるため、今後制御アルゴリズムを改良する必要がある。

更に、4自由度機構実験装置と市販のCPM装置を用いて、被験者による動作実験および官能評価を行った。動作実験で得られた動作範囲は、自標動作範囲の20〜50%程度と、テストダミーによる動作実験の結果よりも小さかった。人体に対する装具の位置ずれ、初期位置パラメータの設定後、動作開始までに生じた被験者の体動による位置誤差、関節運動中心位置の測定誤差による位置誤差、装着時のワイヤ初期長の調整誤差などがその原因となったと考えられる。装具のずれに対しては、患者各人に適合した装具の作成を行う必要がある。また人体位置の不確定性に由来している誤差に対しては、リアルタイムでの位置監視とそれに基づく装置パラメータの再調整、力制御の導入などを行っていく必要があると考えられる。

アンケートによる主観的評価では、4自由度機構実験装置は、CPMに比較して、被験者に与える拘束感が有意に小さいという評価が得られた。また、被験者の心拍変動の周波数解析を行い、双方の装置が被験者に与える心理的負担の評価を試みたが、解析結果からは、両者のいずれかが特に心理的負担をもたらすとは判断できなかった。

試作した上肢・下肢運動支援装置について、リスク解析を行った結果、ワイヤパラレル機構を採用することによって、運動軸のずれによる関節への過負荷という危険源が排除できたが、代わりに、ワイヤと患者または第三者との接触などの装置固有の危険源が新たに発生した。ただし、新たに生じた危険源のリスクは比較的小さいと推定された。

本研究の残された課題としては、以下が挙げられる。・上肢運動支援装置を人体に適用した場合に人体組織の特性によって生じる挙動の変化や、手先に重い物を持った場合の挙動の変化の解析・動作指令手法の具体化

また、本研究では準静的な状態を仮定して解析を行ったため、動的な挙動解析には限界があることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

論文題目「ワイヤパラレル機構を用いた上肢・下肢運動支援装置の研究」の学位請求論文は、ワイヤパラレル機構を用いて上肢および下肢を対象とした運動支援装置を実現するための手法を明らかにすることを目的としたものである。本研究の成果は、ワイヤパラレル機構を用いて、障害のある上肢を支持し、机上での書字、描画等の作業の実行を補助する上肢運動支援装置および下肢の関節拘縮を予防・改善するための可動域訓練動作を提供する下肢運動支援装置をそれぞれ開発したことである。

本論文の第1章は序論であり、研究の背景と福祉ロボット分野における従来の研究、安全性の観点からの従来の福祉ロボット研究の問題点を概説している。

第2章では上記本論文の目的を述べるとともに、本研究の特徴ならびに本論文の構成を示している。

第3章および第4章では上肢運動支援装置について述べている。

第3章では、はじめに上肢運動支援装置の使用場面を設定し、同装置に必要となる条件を示している。次に、上肢運動支援装置を実現する方法として、前腕の手首側と肘側を各3本のワイヤで天板から吊り下げ、それぞれのワイヤの長さを制御することにより腕の運動を実現する方式を提案している。続いて、上肢運動支援装置によって得られる腕の運動を予測するための、2種類の数値モデルを構築し、数値計算によって設計パラメータと得られる可動範囲との関係について論じている。

第4章では、提案する上肢運動支援装置の実現可能性について評価するために試作した実験装置について述べるとともに、第3章で構築した数値モデルに対応する2種類のモデルアームを用いて行った動作実験について述べている。実験の結果、天板から1000mm下方における可動範囲の断面は、モデルアーム長に対し、157%および137%の長さの対角線を持つほぼ四辺形の形状であり、その断面積はモデルアーム長を一辺とする正方形の面積にほぼ等しいことから、実験装置を用いて机上作業が可能な可動範囲が達成されることを示している。

第5章から第7章では、下肢運動支援装置について述べている。

第5章では、複数本のワイヤによって脚を吊り下げ、それぞれのワイヤの長さを制御することによって脚の位置決めを行い、多自由度の関節可動域訓練を実現する下肢運動支援装置の概念を提案している。また、対象とする自由度を膝関節の屈曲伸展、股関節の屈曲・伸展、内転・外転、内旋・外旋としている。続いて提案する方式の実現可能性を検討することを目的とした、膝関節の屈曲・伸展を行う単自由度機構実験装置の設計・試作および動作実験について述べている。

第6章では、第5章の議論を踏まえて、膝関節および股関節の屈曲・伸展を行う2自由度機構ならびに膝関節および股関節を対象とした4自由度機構の設計および試作したそれぞれの実験装置について述べている。単自由度機構について行った実験から、巻取機構が固定されていると脚の関節角度変化に伴ってワイヤ張力方向と脚の長軸とのなす角度が大きく変化するため、所期の動作が達成されないという問題点が明らかになった。この問題を解決するために、2自由度機構および4自由度機構では曲線状のレール上を動く可動式巻取機構を採用している。レール形状は脚に対するワイヤ張力の方向および長さを一定にするという基準の下で設計されている。また4自由度機構では、健常成人の正常歩行時の股関節の動きから、内転・内旋ないし外転・外旋を複合的動作として実現するものとし、パンタグラフ状の機構に脚を固定し既存のワイヤで牽引することによって上記動作を実現する方式を提案している。

第7章では、第6章で試作した2自由度機構および4自由度機構の実験装置を用いて行った動作特性評価実験について示している。2自由度機構実験装置では、テストダミーにより膝関節および股関節の屈曲・伸展動作が可能であることを示した。4自由度機構実験装置では、テストダミーによって4種類の動作パターンを実行可能であることを示している。また健常男性5名からなる被験者によって動作特性を評価するとともに、装置の使用感に関する主観評価を行っている。主観評価については、試作した実験装置は市販のCPM装置に比べて拘束感が有意に小さいという評価結果が得られた。

第8章では上肢・下肢運動支援装置について、機械安全、動作の達成度、ワイヤパラレル機構を使用する利点および問題点、残された課題および本研究の限界、ワイヤパラレル機構を医療福祉ロボットに適用するにあたって留意すべき事項の観点からそれぞれ考察を行っている。

第9章では本研究の成果をまとめた結論を示している。

以上のように、本論文はワイヤパラレル機構を上肢および下肢の運動支援に適用するための手法を、数値モデルの構築や装置の試作、実験という一連の手順を通じて明らかにした論文として、極めて高い評価を与えることができる。これにより、より安全性の高い福祉ロボットの実現に道を開き、多くの高齢者・障害者に恩恵をもたらすものといえる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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