学位論文要旨



No 215958
著者(漢字) 中村,邦彦
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,クニヒコ
標題(和) テレスコピック部材を有する展開トラス構造の設計に関する研究
標題(洋)
報告番号 215958
報告番号 乙15958
学位授与日 2004.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15958号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名取,通弘
 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 助教授 川口,健一
内容要旨 要旨を表示する

部材に内蔵されたアクチュエータを駆動することにより,その部材長をテレスコピックに変化させてトラスの全体形状を変える展開トラス構造は,展開の過渡的な状態を構造物として利用したりその構造特性を変化させたりすることが可能な構造概念であることから,近未来におけるロバストな宇宙構造システムを実現する有力候補と期待されている.その構造概念の本質的な特長である利用形態の多様性や構造特性の可変性を実現するには,展開トラスは拘束に過不足がない構成となっていることが不可欠である.しかし,拘束に過不足のない展開トラスの構成法については未だ研究はなされていない.

拘束に過不足がないことはまた,展開することに対して基本的に障害を与えない.したがって必要な展開力が存在している限り,正常展開が期待できる.現実の展開トラス構造は一般に過拘束である.また,製造・組立て誤差や駆動誤差があり,ジョイントにはガタがある.誤差やガタに起因するリンク部材の軸線のズレや傾きは,過拘束であると展開の妨げになる.ガタはその原因の一つであると同時に過拘束を緩め,また部材の弾性変形は展開の行詰りを打開する助けになるから,過拘束であれば必ず展開しないとは言い切れないが,その程度如何では展開力の大きな脅威になり得る.この脅威を取り除くために過度の展開力を与えた場合には,その意図とは裏腹に,展開異常やトラスの破壊を招きかねない.逆に,拘束が不足する構成では系の運動自由度が増え,目標とする展開姿勢を得るのが困難になることが予想される.

本論文では,上記のような理由から,拘束に過不足のない展開トラス構造を構成するための設計法を提案し,それを実設計に適用してその機能を確認することを目的とする.

拘束に過不足のないトラス構造を実現する設計法を構築できれば,機構システムのすべての拘束が独立となって駆動部材を独立に駆動できるようになる.このことは,収納/展開の二形態を対象とする従来の展開構造の概念を超えて,展開途中のさまざまな形状の形成/保持や展開後における形状調整等,展開構造システムの利用形態に多様性を与え,また,状況に適応した構造特性の可変性を生み出す等,展開トラス構造物に新しい分野を拓く.拘束に過不足のないことはまた,展開運動を阻害するようには作用しない.この性質は,展開構造物にとって当面の重要課題とされている展開の確実性に応えるものであり,必要な展開力が存在している限り,拘束に過不足のないことは展開するための十分条件として機能することが期待できる.

本論文は以下の5章から成っている.

第1章では,本研究を着手する動機となった背景と従来の研究内容のレビューを通して,本研究の位置付けと意義を明確にする.

展開に確実性を与え,構造形態や構造特性を変化させ得るトラス構造を創出するために,拘束に過不足のない展開構造物が不可欠であることを述べ,本論文の目的は,その設計法の提案にあることを述べる.

第2章は本論文の根幹となる部分であり,拘束に過不足のない展開トラス構造を実現するための設計法を提案する.

この設計法は,展開トラスをホロノミックな拘束で結合された多剛体システムと見做して,拘束ヤコビアンがフルランクとなるように,拘束の種類と駆動すべき部材配置を決定しようとするもので,次の二つのステップからなる.

まず,トラス部材を結合するジョイントの拘束の種類をパラメータとして,機構システムをキネマチックな拘束式の組で表す.それらの組の中から,独立な一般化座標数がテレスコピック部材の部材総数以下となる条件を満たし,且つ,キネマチックな拘束式のヤコビアン行列の階数がフルランクとなるものを探しだすことによって,機構システムを構成するキネマチックな拘束を決定することを示す.

次に,決定されたキネマチックな拘束式に独立な一般化座標数(トラスの運動自由度数)の駆動拘束式の組を付け加えて機構システムの拘束式を作成するが,この駆動拘束を与えるテレスコピック部材の選び方を違えることにより異なる組の拘束式を作成し,それら組の中からヤコビアン行列がフルランクとなるものを探しだす.これにより,与える駆動拘束が互いに独立で,かつキネマチックな拘束とも独立となる駆動拘束の配置,すなわち駆動すべきテレスコピック部材が決定されることを示す.

提案した設計法を三次元展開アンテナトラスの実設計に適用して,拘束に過不足のない構造を実際に構成できることを示す.また,従来の設計法を使った結果と比較して運動特性が著しく向上することを示す.

また,設計解の導出にあたって,多目的遺伝的アルゴリズムを用いた高速な最適化計算手法を自由度解析の手法と結びつけることにより,ジョイント構成の決定過程を最適化問題として取り扱えることを示唆する.

第3章では,第2章で提案した設計法をアンテナトラスに適用するにあたって,アンテナトラスをシステム構造物として機能させるための構造設計について述べる.

まず,基本構成要素としての汎用性とその要素を組み合わせて得られる展開構造物の一般性の観点から,展開トラス要素を提案する.そして,この要素を組み合わせてできる三次元展開トラス構造がクローズドループを形成するものを設計対象に選び,それを展開アンテナトラスとする.宇宙用展開アンテナに求められる具体仕様を想定し,この仕様を満足するアンテナトラスの具体的な構造部材諸元を求める.その際,従来の力ずくによる設計に対して,一つの設計変数を決定するだけで,トラスの位置決定を簡便に行える方法を提案する.この設計法は,機械設計の座標系の設定を工夫することにより,アンテナ鏡面とその近似曲面を三つのアンテナ設計仕様値(アンテナ開口直径,焦点距離およびオフセットアングル)を使って表現でき,アンテナトラスを構成する各ノード位置とそれらの位置における鏡面補正値とが,座標軸上の一点の座標から一意に決定されると云うものである.また,この設計手法に部材と部材とを連結するオフセットの決定法を取り込むことで,部材の共通化を最大限に図るという設計思想の導入が可能になることを示す.想定仕様の元でアンテナトラスの設計に適用し,展開トラス要素を用いてアンテナトラスの構成決定を行う上で,実際に簡便且つ高精度の設計法として機能することを示す.

設計にあたり,想定する展開運動のどの段階においても展開不能となる特異姿勢が現れないよう構造部材設計を行い,テレスコピック部材の可変長さを規定する.

第4章ではアンテナトラスの展開試験について述べる.拘束に過不足のないことは展開するための必要条件とは言い切れず,展開試験は設計法の検証にはならないが,当面の課題である展開の確実性を示して実用性を強調するところに本展開試験の狙いがある.試験は重力補償を必要としない試験法を採用し,航空機の放物飛行によって得られる微小重力環境下で行う.試験では,トラス部材に内蔵した駆動モータのトルクとアンテナトラスの展開運動変位を測定する.これらの測定値を設計値と比較して提案する設計法が展開運動に対して十分条件として機能することを確認する.

第5章では,本論文を通して得た結論について述べる.

さらに,付録として,従来の研究内容を詳細にレビューして第1章で述べた内容を補足する.

審査要旨 要旨を表示する

工学士 中村 邦彦 提出の論文は「テレスコピック部材を有する展開トラス構造の設計に関する研究」と題し、5章と1項目の補遺とからなっている。

部材に内蔵されたアクチュエータを駆動することにより、その部材長をテレスコピックに変化させてトラスの全体形状を変える展開トラス構造は、展開の過渡的な状態を構造物として利用したりその構造特性を変化させたりすることが可能な構造概念であることから、アンテナ鏡面の支持構造トラスなど近未来におけるロバストな宇宙構造物システムを実現する有力候補と期待されている。その構造概念の本質的な特長である利用形態の多様性や構造特性の可変性を実現するには、展開トラスは拘束に過不足がない構成となっていることが不可欠である。拘束に過不足がないことは、特に展開することに対して基本的な障害を与えない。したがって、そのような展開トラスでは必要な展開力が存在している限り、正常展開を期待できる。それに対し、現実の展開トラス構造は一般に過拘束である。また通常、展開トラス構造には、製造・組立て誤差や駆動誤差があり、ジョイント部にはガタがある。誤差やガタに起因するリンク部材の軸線のズレや傾きは、過拘束であると展開の妨げになる。ガタは同時に過拘束を緩め、また部材の弾性変形が展開の行詰りを打開する助けになることもあるので、過拘束であれば必ず展開しないとは言い切れないが、その程度如何では展開力に対して大きな障害になり得る。この障害を取り除くために過度の展開力を与えた場合には、その意図とは逆に、展開異常やトラスの破壊を起こしかねない。反対に拘束が不足する構成では系の運動自由度が増え、目標とする展開形状を得るのが困難になることが予想される。そのように拘束に過不足のない展開トラス構造は宇宙構造物工学上有用な構造であるにもかかわらず、それらの設計法に関しては具体的な研究はほとんどなされていない。本論文は、そのような展開トラス構造を構成するための設計法を提案し、それを実設計に適用してその有用性を確認したものである。

第1章は序論であり、本研究の背景、従来の研究、本論文の目的および意義をのべている。

第2章では、展開トラスをホロノミックな拘束で結合された多剛体システムと考え、キネマチックな拘束の種類と駆動拘束を与えるテレスコピック部材の選び方を違えて作った拘束式の組の中から、ヤコビアン行列がフルランクとなる組を探し出すことによって、各ジョイントの種類と駆動すべき部材配置を決定していく設計法を提案して、その手順を述べている。さらに、それを三次元展開トラスの実設計に適用して、拘束に過不足のない構造を実際に構成できることを示し、従来の設計法による結果と比較して展開運動特性が著しく向上することを示している。

第3章では、提案する設計法をアンテナ鏡面の支持構造トラスに適用するにあたって、そのようなアンテナトラスをシステム構造物として機能させるための構造設計について述べている。機械設計の座標系の設定の工夫により、アンテナ鏡面とその近似曲面を三つのアンテナ設計仕様値(アンテナ開口直径、焦点距離およびオフセットアングル)を使って表現し、アンテナトラスを構成する各ノード位置とそれらの位置における鏡面補正値とを、座標軸上の一点の座標から一意に決定する方法を提案している。

第4章では、アンテナトラスの航空機による微小重力環境下での展開試験について述べている。展開の確実性を示して、提案する設計法が十分な実用性をもつことを確認している。

第5章は結論であり、本研究の成果を要約している。

以上要するに、本論文は、展開に確実性を与え、かつ構造形態や構造特性を変化させ得るトラス構造を創出するために、拘束に過不足のない展開トラス構造の設計法を提案し、その有用性を示したものであり、宇宙構造物工学、そして航空宇宙工学や機械工学上、貢献するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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