学位論文要旨



No 215959
著者(漢字) 目黒,在
著者(英字)
著者(カナ) メグロ,アキラ
標題(和) 衛星搭載用展開アンテナの展開特性評価法に関する研究
標題(洋)
報告番号 215959
報告番号 乙15959
学位授与日 2004.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15959号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名取,通弘
 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 藤本,浩司
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、衛星に搭載される大型展開アンテナ構造を対象とし、現在の試験法における地上展開試験の意味を見直し、存在する問題点を明確にし、評価誤差を定量的に示して、設計の展開力マージンに明確な指針を与えることにある。また、これらにより、展開構造の信頼性を高めることにある。直径4m程度までの板状アンテナのはね上げ展開から、直径10mを超えるアンテナのような柔軟で複雑な3次元展開構造まで、を対象とし、技術試験衛星VI型(ETS−VI)搭載の展開アンテナ鏡面および技術試験衛星VIII型(ETS-VIII) 搭載のモジュラーメッシュ展開アンテナ鏡面を中心に述べる。

軌道上展開特性の正確な予測のためには、地上展開試験結果から重力や大気などの地上試験環境の要因を精度よく定量化し、取り除いて機構特性を正確に評価する研究が必要であるが、それらの研究が十分に行われているとは言い難い。そこで、地上展開試験方法とそれらの問題点の解決を行った。次に、軌道上展開特性と地上展開試験結果に基づいた軌道上特性予測結果の違いを明確にすることが地上試験評価法の妥当性を評価する上で重要である。そこで、軌道上展開による地上展開試験方法の検証を行った。また、以上で述べた展開試験評価法を柔軟で複雑な3次元展開構造へ適用する場合には、地上試験結果が示す展開特性が無重力下での展開特性と異なる事を認識し、展開試験装置が展開構造の特性に与える影響を明確に分離する工夫をすると同時に、展開試験装置の特性を十分に把握する必要がある。また、展開試験の評価誤差を定量化し、その誤差に応じた展開力の余裕を与える必要がある。そこで、10 m級大型展開アンテナの地上展開試験方法の検討を行った。以下、各章で得た結論をまとめ、それらの結論から本論文全体の結論を導く。本論文は以下に述べる5章を中心として構成する。

第2章では、地上展開試験方法とそれらの問題点の解決のため、展開特性に影響を及ぼす地上試験環境要因の定量化を行うことを目的とし、大気および重力の影響を明らかした。通信衛星搭載アンテナ鏡面としては最も一般的な板状アンテナのはね上げ展開を対象としている。アンテナ鏡面流体モデルを用いた大気流体抵抗の定式化と展開機構軸受摩擦の定式化を行い、また、重力補償法や設定誤差要因を検討して、展開運動に関わる各要因の定量化を行った。図1に示すように、地上試験によって展開機能の評価を行うには、従来常識とされている大気や軸受摩擦による付加的なトルクの増加のほかにも、設定誤差の影響を本章で述べた方法で定量化できる。板状で、1軸回りのはね上げ展開動作を行うアンテナ鏡面であれば、本章で述べた大気、軸受摩擦による付加的なトルク、および設定誤差の定式化により、寸法の異なる板状のアンテナのはね上げ展開動作について、地上試験環境要因の評価が可能である。

次に、第3章では、展開試験によって得られた展開角度、展開角速度等の時系列データから、展開運動の支配方程式のシステムパラメータを同定する手法を用い、機構特性、重力補償装置の設定誤差による外乱トルク、そして大気の影響を同時に同定した。実際に衛星に搭載されるアンテナ鏡面は、機構部品から衛星システムまで段階的に開発レベルが設定される。それらの開発レベルの中で実施する展開試験は、異なった試験形態となるため、地上試験環境要因が試験結果に及ぼす影響も異なる。そこで、第2章の定式化を用い、各開発レベルで実施する展開試験結果から地上試験環境要因の影響を取り除き、機構特性の評価を行った。さらに、定量化した要因のうち、地上試験環境、装置に関わる要因の定量化の精度を確認した。その結果、機構特性、大気の影響、ならびに重力補償誤差の試験結果への影響をモデル化して展開運動方程式に取り込み、それらのモデルのパラメータを地上展開試験結果から同定することにより、それらの影響を定量化できた。また、図2に示すように、吊り点位置や張力などの直接測定から積み上げた重力補償誤差トルクと、パラメータ同定によって得られた重力補償誤差トルクとには10%から30%の同定誤差があり、これが地上試験の評価誤差と言える。

第4章では、軌道上展開による地上展開試験方法の検証のため、ETS-VI搭載展開アンテナの軌道上展開において、マイクロスイッチおよび加速度計を用い、展開時間、展開中のアンテナ鏡面先端における展開加速度、およびラッチ固定後の自由減衰振動を計測した。取得した加速度データを展開時間の計測結果を用いて補正することにより、展開特性の推定を行った。計測した展開時間、および加速度データを解析した結果と打ち上げ前に行った地上試験評価結果とを比較した。その結果、表1に示すように、地上展開試験結果に基づいた軌道上展開時間の解析予測値は、軌道上でマイクロスイッチにより測定した結果に対して最大7%の誤差があり、地上試験によって予測した誤差(10%〜30%)以内であった。また、地上展開試験結果に基づいた最大展開角速度の解析予測値は、軌道上加速度データから計算した結果に対して10%の誤差があり、地上試験によって予測した誤差(10%〜30%)と同程度であった。以上のように、軌道上で取得したテレメトリデータを用いて軌道上展開特性を評価し、地上試験環境、装置に関わる要因を除いた特性の予測精度を確認した。

以上、第2章から、第4章までに得られた結論により、通信衛星搭載アンテナ鏡面としては最も一般的な板状アンテナのはね上げ展開を対象とし、現在の試験法における地上展開試験の意味を見直し、存在する問題点を明確し、評価誤差を定量的に示すことができた。これにより、設計の展開力マージンに明確な指針を与え、展開構造の信頼性を高めることが可能である。近い将来において使用される展開アンテナとして、メッシュアンテナや、インフレータブルアンテナが挙げられる。これらのアンテナは、柔軟で複雑な3次元展開構造となるため、展開時間や展開角速度といった全体的な特性だけでなく、ばね等による展開力、部材に加わる軸力・曲げモーメント、そして弾性変形などの局所的な特性も評価することが必要となる。これらの評価に影響を及ぼす要因は、第4章までに述べた要因の定量化だけでは説明できない。

そこで、次に、第5章においては、10m級大型展開アンテナの地上展開試験方法の研究として、柔軟で複雑な3次元展開構造を対象とし、2種類の展開メッシュアンテナ構造を試作し、その地上展開実験と微小重力展開実験を実施し、展開力、部材に加わる軸力・曲げモーメント、そして弾性変形の3次元計測を行って、評価精度に影響を及ぼす要因の明確化を行った。その結果、離散点で展開構造を吊り下げる場合、吊り点荷重は全体重量と全体のモーメントの釣り合いのみを考慮して決定するため、吊り点と、その隣の吊り点との間に存在する中間部材へ加わる軸力を考慮できず、中間部材の荷重は地上展開実験と微小重力実験とで異なった値になることを明らかにした。また、展開動作の非同期性や、全体構造のねじれがあると、部材に曲げモーメントが発生する。地上試験結果では、この曲げモーメントは、部材の位置によって微小重力実験結果より大きくなる場合と、小さくなる場合があることを示した。特に、図3に示すように、大きくなる場合には、軌道上特性の評価のみを実施し、地上試験環境の特性解析を怠ると地上試験評価の段階で供試体を破壊する危険があることが分かった。また、柔軟構造展開解析モデルにより実施した解析の結果と試験結果との比較により、地上展開試験解析では展開構造の質量特性と試験治具モデルの精度が大きな意味を持ち、精度の検討が重要であることが分かった。以上のように、第5章において、弾性変形を考慮した展開解析と、その精度が重要であるという結論を得たが、現実には、展開構造の質量特性と試験治具モデルの精度には限界があることを認識する必要がある。

そこで、第6章では、まず、評価精度向上に有効なモジュール構造の設計方法、展開試験要因の分析、そして評価方法を検討した。次に、ETS-VIII搭載大形展開アンテナを対象に、単体から7モジュールを結合した試験および評価解析を実施することによって、試験精度の定量的検討を行なった。その結果、構造物の大形化に伴って、試験装置の評価誤差が展開特性に支配的な影響を及ぼすことが分かった。また、図4に示すように、モジュールの数が増加し、展開構造の寸法が増大するに従って、解析評価誤差が急激に増加し、単体モジュールで10%程度であった誤差が、7モジュールを結合した場合には50%を超えることが分かった。また、試験評価に必要な精度に応じて、構造を分割して試験することが、高い試験評価精度を保つために有効であることが分かった。

以上のように、直径4m程度までの板状アンテナのはね上げ展開から直径10mを超えるアンテナのような、柔軟で複雑な3次元展開構造まで、を対象とし、現在の試験法における地上展開試験の意味を見直し、存在する問題点を明確し、評価誤差を定量的に示すことができた。これにより、設計の展開力マージンに明確な指針を与え、展開構造の信頼性を高めることが可能である。

地上試験環境要因の影響

重力補償誤差の予測値と実測値との比較

予測展開時間と実測展開時間

周辺対角部材(CD)曲げモーメントの時間変化

モジュール数と地上試験の困難性、試験評価精度との関係

審査要旨 要旨を表示する

工学修士 目黒 在 提出の論文は「衛星搭載用展開アンテナの展開特性評価法に関する研究」と題し、7章と4項目の補遺とからなっている。

衛星搭載用展開アンテナでは、大型化と軽量化とに伴って、構造部材要素はより軽量化、柔軟化し、同時により多くの機構要素が用いられるようになってきている。もともと展開構造では、必要な駆動力は機構自身の抵抗力やハーネス類の抵抗力に対して設計されるため、その値は自重の数百分の1、あるいは数千分の1であることが多い。そのため、地上展開試験から軌道上の展開挙動を予測するためには、特に重力補償が重要であり、試験における重力補償誤差やその他の誤差要因の評価精度、および構造の大変形の影響に十分な考慮が必要である。衛星搭載用展開アンテナに限らず、宇宙用の展開構造物の数は限られており、それらの確実な展開特性の評価は今後とも宇宙構造物工学上の重要な課題である。本論文は、技術試験衛星VI型 (ETS-VI) 搭載の板状はね上げ展開アンテナ (直径4mクラス) と技術試験衛星VIII型 (ETS-VIII) 搭載のモジュラーメッシュ展開アンテナ (直径10mクラス) を対象に、軌道上での展開特性や航空機による微小重力環境下での展開特性と地上展開試験結果に基づいた予測展開特性との違いを明確にして、地上試験評価法の妥当性を考察したものである。

第1章は序論であり、研究の背景、問題点の所在、従来の研究、および本論文の目的と構成を述べている。

第2章では、通信衛星搭載アンテナ鏡面としては最も一般的な板状アンテナのはね上げ展開について、地上試験における大気および重力の影響を明らかにしている。アンテナ鏡面流体モデルを用いた大気流体抵抗の定式化と展開機構軸受摩擦の定式化を行い、展開運動に関わる各要因の定量化を行っている。

第3章では、機構部品レベル、鏡面コンポーネントレベル、あるいは衛星システムレベルといった異なる開発レベルにおいて実施される展開試験について、数学モデルのパラメータ同定法により、機構特性、重力補償装置の設定誤差による外乱トルク、そして大気の影響を同時に定量化している。それらによる重力補償誤差の値と吊り点位置や張力などの直接測定から積み上げて求めた値とに10%から30%の誤差があることを指摘して、地上試験の評価誤差がその範囲内であることを述べている。

第4章では、ETS-VI搭載展開アンテナの軌道上展開において得られた加速度データから展開特性の推定を行い、地上展開試験結果に基づいた軌道上での展開時間や最大展開角速度の解析予測値が実際の測定結果に対して10% 以内の誤差であったことを示して、この値が地上試験によって予測した誤差(10%〜30%)以内であることを確認している。

第5章では、展開メッシュアンテナのように柔軟で複雑な3次元的展開をするアンテナについて、試作モデルによる地上展開実験と航空機による微小重力展開実験とを実施し、展開力、部材に加わる軸力や曲げモーメント、そして弾性変形の計測を行って、評価精度に影響を及ぼす要因の明確化を行っている。その結果、地上展開試験解析では展開構造の質量特性と試験治具モデルの精度が重要であることを指摘し、十分な地上試験環境の特性解析を怠ると地上試験評価の段階で供試体を破壊する恐れもあり得ることを述べている。

第6章では、ETS-VIII搭載の大型展開アンテナを対象に、単体から3モジュール、さらに7モジュールを結合した試験および評価解析を実施して、試験精度の定量的検討を行なっている。その結果、構造物の大型化に伴って、試験装置の評価誤差が展開特性に支配的な影響を及ぼすことを指摘し、試験評価に必要な精度に応じて構造を分割して試験することが高い試験評価精度を保つために有効であることを述べている。

第7章は結論であり、本研究の成果を要約している。

以上要するに、本論文は、直径4m程度までの板状はね上げ展開アンテナから直径10mを超えるメッシュアンテナのような柔軟で複雑な3次元展開アンテナを対象とし、現在の試験法における地上展開試験の意味を見直し、存在する問題点を明確化して、評価誤差を定量的に示している。そして、それらにより、設計の展開力マージンに明確な指針を与え、展開アンテナの信頼性を高めることを可能にしたもので、宇宙構造物工学、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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