学位論文要旨



No 215962
著者(漢字) 加藤,久人
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ヒサト
標題(和) Re系二重整列ペロブスカイト酸化物の構造と物性
標題(洋)
報告番号 215962
報告番号 乙15962
学位授与日 2004.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15962号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 十倉,好紀
 東京大学 教授 五神,真
 東京大学 教授 永長,直人
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 助教授 朝光,敦
内容要旨 要旨を表示する

現代の情報化社会を支えているのはシリコン(Si)を中心とした半導体エレクトロニクス技術である。半導体エレクトロニクス技術では、キャリアである電子の電荷自由度を用いて情報の輸送や記憶を行い、またハードディスクなどは電子のスピン自由度を用いて情報を記憶している。近年、このような半導体エレクトロニクス技術に対して、キャリアである電子の電荷自由度だけでなくスピンの自由度も同時に利用して新しい機能を実現する試みが行われている。これがスピントロニクスと呼ばれる技術である。ハードディスクのヘッドとして既に実用化されている巨大磁気抵抗(GMR)素子やトンネル磁気抵抗(TMR)素子、また最近話題となっている不揮発性磁気メモリーMRAMなどがその例である。

スピントロニクスでは、素子の性能はキャリアのスピン偏極率に大きく依存することから、スピン偏極率の高い物質が必要となる。このような物質として期待されているのがSr2FeMoO6,Sr2FeReO6に代表される二重整列ペロブスカイト酸化物である。Sr2FeMoO6, Sr2FeReO6は理論的にダウンスピンを持った電子のみが電気伝導に寄与しているハーフメタルである事が予言され、実際に粒界トンネリングタイプの磁気抵抗を示す事から、ハーフメタルである事が証明されている。またこれらの物質は非常に高い磁気転移温度をもっているので、室温において巨大な磁気抵抗が得られる物質として様々な方面から研究がなされている。しかしながら、この研究の中心は磁気転移温度が高く単結晶も合成可能なSr2FeMoO6であり、同様な物性を持つSr2FeReO6に関しては単結晶の合成が難しいなどの理由によりあまり研究が進んでいない。本研究の目的は、このようなRe系二重整列ペロブスカイト酸化物の結晶構造、磁気物性、伝導性を体系的に研究して、特に磁性と伝導性との関連を明らかにすることにある。さらには、このような物質について、AサイトイオンをSrからイオン半径の小さなCaに変えて結晶を歪ませた時の物性変化についても検討を行っている。

本研究で得られた主な成果を下記に示す。・(Sr1-yCay)2FeReO6が、y≧0.4、T≦150Kで1次相転移を起こし、強磁性金属(高温相)から強磁性絶縁体相(低温相)へと相転移する事を見出し、温度−組成平面における(Sr1-yCay)2FeReO6の相図を完成させた。さらに、この転移において、Re5+のt2g軌道自由度が重要な役割を果たしている事を見出した。・CrRe系およびFeRe系において、AサイトをSrからCaへと変えてバンド幅を制御することで、電気伝導性は金属から絶縁体へと転移することを見出した。・Sr2CrReO6がペロブスカイト酸化物中最高のTcをもつハーフメタルである事を見出した。・多種のRe系二重整列ペロブスカイトの構造と物性を評価し、Re系二重整列ペロブスカイト酸化物の結晶構造、磁気物性、伝導性を体系的に検討した。ここでは、予備的に行った二重整列ペロブスカイト構造を用いた強誘電強磁性体の探索についても併せて以下に詳細を報告する。

Re系二重整列ペロブスカイト酸化物の物性

様々なRe系二重整列ペロブスカイト酸化物A2MReO6(A=Sr,Ca; M=Mg, Sc, Cr, Mn, Fe, Co, Ni, Zn)を合成し、その結晶構造と物性を調査した。結晶構造は基本的にA=Srでは正方晶であり、Aサイトにイオン半径の小さなCa、もしくはBサイトにイオン半径の大きなSc, Mn, Znなどを用いることで結晶構造は単斜晶へと歪んでいく。また結晶構造からBond-Valence Sumを見積もると、M=Mn, Co, Ni, Znは実験的にM=Mgと同様にRe6+であり、M=Cr, Feは実験的にM=Scと同様にRe5+である事が判明した。さらに、Sr2CrReO6, Sr2FeReO6, Ca2FeReO6ではReの価数が5.3〜5.4とRe5.5+に近い値を示しており、室温で金属性を示す事に対応している。また、磁気物性はAサイトイオンに関係なくM= Cr, Mn, Fe, Niの時に強磁性となり、M=Mg, Sc, Co, Znでは反強磁性を示した。これらの酸化物のなかで、磁気転移温度の高いSr2CrReO6、Sr2FeReO6のみ基底状態まで金属的な電気物性を示し、また粒界トンネリングによる磁気抵抗を示す事から、ハーフメタルである事を示した。そして、AサイトをSrからCaへと変えて結晶を歪ませる事により、CrRe系,FeRe系ともに金属から絶縁体へと変化し、バンド幅制御による金属絶縁体転移が観測された。

またCoRe系では、A=SrではBa2CoReO6のらせん磁性(<001>面内はフェリ的であり、面間で100度回転している)と同様のらせん磁性であるが、SrをCaに置換し結晶を歪ませることにより、らせん磁性を形成しているスピンが傾いて強磁性的となることを見出した。

FeRe系における金属絶縁体転移

FeRe系において、AサイトをSrからCaへと変える事により、バンド幅制御が小さくなり、系が金属から絶縁体へと変わっていく物理を詳細に検討し、(Sr1-yCay)2FeReO6 (0≦y≦1)の相図を完成させた。その結果、Ca2FeReO6は、室温付近では電気伝導度スペクトルにドルーデ成分が観測されることから強磁性金属であり、150K付近で1次相転移を起こしてほぼ直方晶から単斜晶へと変化し、低温において強磁性絶縁体となる事を見出した。さらに、この相転移(金属絶縁体転移)はy>0.4の試料すべてで観測され、yが小さくなるにつれて転移温度が低温にシフトしていく事が判明した。また基底状態では、y=0.4付近を境に強磁性を維持したまま金属(y<0.3)から絶縁体(y>0.4)へと物性が変化しており、バンド幅を制御する事で金属から絶縁体へと転移する事を実証した。そしてこの相転移について、磁気物性、比熱、光学的伝導度スペクトルなどの結果から、電子相関、特にRe原子の5d t2g電子の軌道自由度がこの相転移にとって重要な役割を果たしている事を見出した。

高温ハーフメタル酸化物:Sr2CrReO6

電気物性、光物性、磁気物性、比熱などの物性を詳細に検討し、Sr2CrReO6がペロブスカイト酸化物中で最高の強磁性転移温度:635Kを持った強磁性金属であり、かつハーフメタルである事を示した。また光物性から、この物質は金属と絶縁体との相境界のすぐ隣に位置するような、“bad metal”である事が示唆された。これに対し、Ca2CrReO6は強磁性転移温度360Kをもったモット絶縁体となっている。このようにAサイト原子の種類を変え、1電子のバンド幅を制御することで金属から絶縁体へと制御できる現象は、二重整列ペロブスカイトA2FeReO6(A=Ca, Sr)と共通に見られる現象である。

強誘電強磁性体の検討

Re系二重ペロブスカイトとは異なるものの、二重整列ペロブスカイト系において、磁場による誘電率制御、あるいは電界による透磁率制御を目的に、強磁性と強誘電性とを結合させることを試みた。今回、誘電性を持たせるためにAサイトをPb2+とし、強磁性絶縁体となるようにBサイトをFe3+と(Mn4++W6+)との二重整列ペロブスカイト構造とした物質:Pb2FeMn1/2W1/2O6を検討した。その結果、焼成雰囲気を制御することにより強磁性、強誘電性を作り分けることができることがわかったが、強磁性と強誘電性とを結合させることはできなかった。また、誘電率の磁場依存性を検討した結果、2%酸素雰囲気で焼成したPb2FeMn1/2W1/2O6において、7Tの磁場印加で誘電率が約0.2%上昇することを報告した。

Re系二重整列ペロブスカイト酸化物の構造と物性。ここで、T,Mはそれぞれ正方晶、単斜晶を示す。また、Ms、Mr、Hc、Tc/TNはそれぞれ、5Tにおける磁化、残留磁化、抗磁界、磁気転移温度を示し、rは電子比熱係数を現す。

(Sr1-yCay)2FeReO6の電気抵抗と相図PM、FM、FIはそれぞれ常磁性金属、強磁性金属、強磁性絶縁体を表す。

Sr2FeReO6、Sr2CrReO6の磁化、抵抗率の温度依存性。挿入図はC/T-T2でプロットした低温比熱を示す。

審査要旨 要旨を表示する

二重整列ペロブスカイト酸化物のひとつであるSr2FeMoO6(Tc=450K)は、ハーフメタルでありかつ磁気転移温度Tcが高いため、室温においても多結晶粒界に起因した巨大な磁気抵抗効果が報告されている。このため、二重整列ペロブスカイト酸化物は次世代の磁気抵抗材料として着目され、基礎物性から工学への応用まで、様々な方面から研究が現在進められつつある。本研究は、Mo系に比して研究例が少ないが、より多彩な磁気物性を示すことが期待されるRe系の二重整列ペロブスカイト酸化物に注目した。系統的に合成された多結晶試料を用いてその構造と物性を評価し、特に磁性と伝導性との関係を中心に考察したものである。

本論文は全7章からなる。

第1章では、代表的な磁気抵抗材料であるペロブスカイトMn酸化物について概説し、さらにその問題点を洗い出すことにより、磁気抵抗材料としての二重整列ペロブスカイト酸化物の位置付けを明らかにした後、本研究の目的と本論文の構成について述べている。

第2章では、実験に用いた各種多結晶試料の合成方法と、その評価方法について概説している。構造解析に当たっては、すべての試料に中性回折測定を行い、また、金属−絶縁体転移に関しては、通常の磁気輸送測定に加えて、低温磁場比熱、光学伝導度スペクトル測定などを評価手法として盛り込んでいる。

第3章から第6章まで具体的な実験結果とそれに関する議論を述べた部分である。

第3章では、系統的に合成したRe系二重整列ペロブスカイト酸化物の物性を報告している。この中で、構造解析から遷移金属の価数を見積もり、Sr2FeReO6,Ca2FeReO6, Sr2CrReO6ではReは5.3〜5.4価と5.5価に近く、その金属的伝導性を結晶構造からも裏付けている。さらに、A2FeReO6, A2CrReO6がAサイトをSrからCaに変え、バンド幅制御を制御することで金属から絶縁体に転移することを見出した。

第4,5章では、興味深い物性を示したA2FeReO6, A2CrReO6について、さらに詳細な検討を行っている。

第4章では光学測定、低温比熱などを用いて(Sr1-yCay)2FeReO6における金属絶縁体転移に関して議論している。この中で、(Sr1-yCay)2FeReO6がy≧0.4、T≦150Kにおいて1次相転移を起こし、強磁性金属(高温相)から強磁性絶縁体相(低温相)へと相転移することを見出し、温度−組成平面における(Sr1-yCay)2FeReO6の相図を完成させている。さらに、この転移においてRe5+のt2g軌道自由度が主要な役割を果たしていることを明らかにし、強相関電子系としても、この種の物質群が極めて興味深い特徴を有していることを明らかにした。

第5章ではA2CrReO6の物性を検討し、Sr2CrReO6がペロブスカイト酸化物中最高のTc=635Kをもったハーフメタルであることを見出した。これは、ぺロブスカイト型酸化物のスピントロニクス材料としての高いポテンシャルを如実に示す成果である。さらに光学測定により、この物質が金属と絶縁体との相境界のすぐ隣に位置するような「悪い金属」であることも明らかにした。

第6章では、二重整列ペロブスカイト構造を利用して、強磁性と強誘電性を両立させ、さらには磁性と誘電性とを結合させるための実験的な検討を行い、Pb2FeMn0.5W0.5O6が作成条件により強磁性と、強誘電性が作り分けられることを報告している。

第7章では、本研究で得られた成果をまとめて、本研究の意義を述べている。

以上を要約すると、本研究ではRe系二重整列ペロブスカイト酸化物について系統的な研究を行い、その物性、特に磁性と伝導性との関係について考察を行った。この中で、Sr2CrReO6が強磁性転移温度635Kをもったハーフメタルであること、A2FeReO6 、A2CrReO6がバンド幅制御により金属絶縁体転移を示すこと、など、機能応用のみならず、強相関電子物性の観点からも興味深い成果を得ている。さらには、磁気転移温度に関する考察を行い、金属と絶縁体と相境界の近傍で非常に高い転移温度が得られることを示唆している。これらの成果は、強電子相関系の物理の理解のみならず、今後の物性工学の発展に大きく寄与しうる非常に重要な成果である。よって本論文は、博士(工学)の学位申請論文として合格と認められる。

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