学位論文要旨



No 215964
著者(漢字) 杉原,弘造
著者(英字)
著者(カナ) スギハラ,コウゾウ
標題(和) 軟岩中の坑道掘削が周辺岩盤におよぼす影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 215964
報告番号 乙15964
学位授与日 2004.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15964号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 正路,徹也
 東京大学 教授 金田,博彰
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 助教授 福井,勝則
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、軟岩での坑道掘削に伴う周辺岩盤の性状の変化について、実際に水平坑道や立坑を掘削して、単に力学的な安定性だけでなく、水理学的な面の岩盤の物性の変化についても、その範囲と程度について検討した。

従来より、坑道の掘削に伴って周辺岩盤の物性や状態が影響を受け変化するだろうことは認識されていたが、その定量的な評価は通常の地下空間利用の点からは要請が少なく研究対象として注目されることは比較的少なかった。近年、高レベル放射性廃棄物の地層処分、石油の地下備蓄、地下発電所のような空洞利用が検討されたり実施されてきており、長期の安全評価や大規模な空洞掘削が必要となり、空洞掘削に伴う周辺岩盤への影響が研究されてきている。例えば、地層処分の場合は廃棄物に対する岩盤の包蔵性が1万年を越えるような時間尺度で議論されることもあり、廃棄物を埋設することになる空洞に接して存在する岩盤領域である掘削の影響を受けた岩盤領域(掘削影響領域)の広がりや物性は安全評価上できるだけ定量的な評価が求められることとなる。水理学的な観点も含めた掘削に伴う周辺岩盤の挙動については、石油の地下備蓄に関連する研究等でも行われ知見が蓄積されてきている。一方で、これらのプロジェクトでは大規模な地下空洞を建設する場合が想定されていることから堅固な岩盤が対象となることが多く、本研究で対象としたような軟岩に関する研究は少ない。

以上のように、本研究は対象岩盤が軟岩であること、掘削に伴う周辺岩盤性状の変化を定量的に把握したこと、力学的な検討に加え水理学的な検討も行ったことなどが特徴的である。また、工学的な観点から掘削影響と掘削工法の検討も行っている。

最初に、掘削影響研究の現状と本研究の発端となった高レベル放射性廃棄物の地層処分に関する説明、これまでの研究経緯、研究の作業仮説といえる掘削影響領域のモデルと関連するプロセス、研究の目的、本研究を実施した試験地周辺の地質概要などについて述べた。

最初の現場における研究として、発破工法を用いた水平坑道の掘削に伴う掘削影響を検討した。一軸圧縮強度が約5MPaの堆積軟岩中の地表下、約140mに水平坑道を発破工法により掘削し、坑道壁面地質観察、内空変位・天端沈下測定、岩盤内変位測定、弾性波速度測定(トモグラフィーおよび屈折法調査)、岩盤応力測定、透水試験、数値解析(予測解析および事後解析)を行い、坑道周囲に発生する岩盤の力学的、水理学的性状の変化した領域(掘削影響領域)の広がりと物性および、その計測と解析の手法の研究を実施した。

ここで評価された掘削影響領域は、坑道壁面から約1mの範囲に広がっており、その物性は健岩部と比較して、弾性波速度が50-60%に低下、変形係数が30%に低下、透水係数が1オーダー以上上昇していた。また、この掘削影響領域は数値解析の結果から、主に発破の衝撃により発生したと推定された。

調査・評価手法の検討として、掘削影響領域の弾性波速度分布の測定手法としてはトモグラフィーよりも屈折法の方が適していること、水理特性については、き裂の発達した岩盤を対象とした10cm程度の狭い区間の計測ができる新しい計測機器が必要であること、岩盤の変形挙動を正確に解析するためには、切羽の進行に伴う岩盤の三次元的な力学的挙動を考慮すること、岩盤の応力条件を実測結果に基づいて設定すること、掘削影響領域をモデルに考慮することが必要であることなどを示した。

次に、仕上がり内径が6mの立坑を実際に掘削し、これに伴って発生する掘削影響について研究した。立坑は異なる地層や断層を貫いており、条件の異なる岩盤での検討が可能であった。掘削影響の計測位置は立坑壁面からの距離及び岩相や断層の影響を評価できるように配置した。現場計測として、孔内載荷試験、孔間弾性波測定、透水試験、ボアホールテレビ(BTV)観察を行なった。

これらの結果、各物性等の変化は立坑掘削壁面から50cmから1m程度までの範囲であり、この岩盤領域を掘削影響領域と評価できた。この領域では応力状態の変化により各種の変形性を表わす係数は低下していた。透水係数は2〜3オーダー上昇しており、掘削に伴う割れ目の数や開口幅の増加が示唆された。掘削影響領域の発生原因については発破による損傷が主なものと推定された。

以上の結果から、掘削影響は掘削工法と関連することが考えられたため、機械(ブームヘッダー)により水平坑道を掘削し、それに伴い発生する掘削影響領域の物性とその広がりについて研究した。

ここで評価された掘削影響領域は、坑道壁面から約O.3mの範囲に広がっており、その物性は健岩部と比較して、弾性波速度が70%に低下していたが、変形係数の変化は変形挙動を解析する上では考慮する必要はなく、水理学的な変化は認められなかった。

この結果、明らかに機械掘削の場合の方が発破掘削と比較して掘削影響の程度が少なく、掘削影響領域の物性とその広がりは掘削工法に依存していることが示された。今回の研究を行ったような岩盤条件においては、機械掘削は掘削影響の低減に効果があり、坑道掘削に伴って発生する掘削影響領域の広がりを狭め、岩盤物性の変化を少なくすることができる。

これら三つの現場試験の結果に基づき、掘削影響領域の物性と広がり、掘削影響と掘削工法の関連性、掘削影響の計測・解析手法について考察した。東濃鉱山における掘削影響研究で得られた重要な知見として以下の二点を示した。

(1)掘削影響領域は坑道壁面に沿って層状に存在し、掘削影響領域と健岩部の二層構造である。

(2)力学的な物性の変化領域と水理学的な物性の変化領域の広がりは同程度である。本研究で検出された掘削影響領域の物性と広がりについて以下のようにまとめた。

(1)発破掘削の場合掘削影響領域の範囲は坑道壁面からlm程度であり、物性は健岩部と比較して、力学的にはP波速度が半分程度、変形係数が30%に低下しており、水理学的には透水係数が2〜3オーダー以上上昇している。また、この領域ではき裂の頻度や開口幅が増加していることが示唆されている。

(2)機械掘削の場合掘削影響領域の範囲は坑道壁面から0.3m程度であり、物性は健岩部と比較して、力学的にはP波速度が70%程度に低下している。しかし、変形挙動を解析する上では考慮する必要はなく、水理学的な変化は認められていないが、計測手法上の制約があり坑道壁面から0.3m以内の領域の透水係数の変化は不明である。

既存研究の結果と本件研究の掘削振動計測の結果に基づき、本研究での掘削影響領域は発破などの掘削に伴う振動により発生する掘削損傷領域であると推定された。海外での研究例などとの比較などから、通常の発破工法で坑道を掘削した場合は坑道壁面からlm程度まで広がっているが、その広がりは制御発破や機械掘削により抑えることができることを示した。

掘削影響領域の物性と範囲を計測・解析するという観点から有効性と問題点などについて、孔内載荷試験、弾性波速度測定(トモグラフィー調査、屈折法調査、孔間測定)、透水試験、そして、数値解析と岩盤変位測定(内空変位・天端沈下測定、岩盤内変位測定)について示すとともに、今回の研究の結果を元に掘削影響を計測・解析する基本的方法を提案した。

最後に、本研究の目的、内容、結果の概要として、各章のまとめ、本研究で把握された掘削影響領域、掘削工法との関係、計測・解析手法の有効性と問題点、掘削影響研究の将来展望を述べた。

本研究は掘削影響を軟岩において事例的に検討した研究であり、掘削影響を明らかにしていくためには、弾性波速度低下のメカニズムに関するもの、掘削影響領域の水理学的な性状、大深度で想定される応力に関するものの三つが今後の課題として考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

杉原弘造氏により提出された論文では,坑道掘削に伴う周辺岩盤の性状の変化について,単に力学的な安定性だけでなく,水理学的な面の岩盤物性の変化についても,その範囲と程度について検討した結果が述べられている.これは本研究が原子力発電利用の結果として発生する高レベル放射性廃棄物の地層処分に関連する研究として始まったことからきている.

本論文の序論では,掘削影響研究の現状と本研究の発端となった高レベル放射性廃棄物の地層処分に関する説明,これまでの研究経緯,研究の作業仮説といえる掘削影響領域のモデルと関連するプロセス,研究の目的が述べられている.

第2章では,本研究を実施した試験地である東濃鉱山の周辺の地質概要および東濃鉱山の地質と坑道の概要が述べられている.

第3章では,最初の現場における研究として,発破工法を用いた水平坑道の掘削に伴う影響の検討結果が述べられている.評価された掘削影響領域は,坑道壁面から約1mの範囲に広がっており,その物性は健岩部と比較して,弾性波速度と変形係数が顕著に低下し,また透水係数が1オーダー以上上昇することを明らかにしている.この掘削影響領域は,有限要素法による数値解析の結果から,主として発破の衝撃により発生したこと,また,有限要素法が有効であったことから,硬岩とは対照的に今回のような岩盤条件下では岩盤が連続体に近い挙動をしていることを明らかにしている.

第4章では,仕上がり内径が6mの立坑を実際に掘削し,これに伴って発生する掘削影響について述べられている.この研究は研究例の少ない立坑での研究であり,しかも立坑は異なる地層や断層を貫いていたことから,条件の異なる岩盤での掘削影響の検討が可能であった.掘削影響の計測位置は,立坑壁面からの距離及び岩相や断層の影響を評価できるように配置されており,得られた孔内載荷試験,孔間弾性波測定,透水試験,ボアホールテレビ(BTV)観察の結果が詳細に述べられている.測定結果から,各物性等の変化は立坑の掘削壁面から1m程度までの範囲であり,この岩盤領域を掘削影響領域と評価できることが示されている.殊に,透水係数は数オーダー上昇しており,掘削に伴うき裂の数や開口幅の増加が主因であることを明らかにしている.なお,立坑の場合にも,掘削影響領域の発生原因は発破による損傷が主なものであることを明らかにしている.

第5章では,掘削影響は掘削工法と関連することが考えられたため,機械(ブームヘッダー)により水平坑道を掘削し,それに伴い発生する掘削影響領域の物性と広がりについて述べられている.内空変位と岩盤内変位の測定結果および数値解析の結果から,発破掘削と比較して機械掘削の場合は,掘削影響領域は数値解析のモデル上,考慮する必要がないほど物性の変化や広がりが小さいことが示されている.振動計測の結果,機械掘削によって生じる振動速度は発破の場合と比較して約2オーダー小さいので,明らかに機械掘削の場合の方が発破掘削と比較して掘削影響の程度が少ないこと,また掘削影響領域の物性とその広がりは掘削工法に依存していることが述べられている.今回の岩盤条件においては,機械掘削は掘削影響の低減に効果があり,坑道掘削に伴って発生する掘削影響領域の広がりを狭め,岩盤物性の変化を少なくすることができることを明らかにしている.

第6章では,第3章〜第5章の結果に基づき,掘削影響領域の物性と広がり,掘削影響と掘削工法の関連性,掘削影響の計測・解析手法について考察した結果が述べられている.東濃鉱山における掘削影響研究で得られた知見より,掘削影響領域は坑道壁面に沿って層状に存在し,掘削影響領域と健岩部の二層構造であること,また力学的な物性の変化領域と水理学的な物性の変化領域の広がりは同程度であるとの結論を得ている.これらの点を踏まえ,東濃鉱山における掘削影響に関する研究で把握された掘削影響領域の物性と広がりについて,発破掘削の場合掘削影響領域の範囲は坑道壁面から1m程度であり,物性は健岩部と比較して,力学的にはP波速度が半分程度,変形係数が約30%に低下しており,水理学的には透水係数が数オーダー以上上昇しており,この領域ではき裂の頻度や開口幅が増加しているとの結論を得ている.さらに,機械掘削の場合には,掘削影響領域の範囲は坑道壁面から0.3m程度であり,物性は健岩部と比較して,力学的にはP波速度が2/3程度に低下しているが,変形挙動を解析する上では考慮する必要はなく,水理学的な変化は認められていないとの結論を得ている.

第7章では,結言として,本研究の目的,内容,結果の概要として,各章のまとめ,本研究で把握された掘削影響領域,掘削工法との関係,計測・解析手法の有効性と問題点,掘削影響に関する研究の将来展望が述べられている.

従来より,坑道の掘削に伴って周辺岩盤の物性や状態が影響を受け変化するだろうことは認識されていたが,その定量的な評価は通常の地下空間利用の点からは要請が少なく研究対象として注目されることは少なかった.しかし,地層処分の場合は岩盤の包蔵性が1万年を越えるような時間尺度で議論されることもあり,廃棄物を埋設することになる空洞に接して存在する岩盤領域である掘削影響領域の物性と広がりは安全評価上できるだけ定量的な評価が求められることとなる.水理学的な観点も含めた掘削に伴う周辺岩盤の挙動については石油の地下備蓄に関連する研究等でも行われ知見が蓄積されてきているが,これらのプロジェクトでは大規模な地下空洞を建設する場合が想定されていることから堅固な岩盤が対象となることが多く,本研究で対象としたような軟岩に関する研究は少ない.以上のように,本研究は対象岩盤が堆積軟岩であること,掘削に伴う周辺岩盤性状の変化を定量的に把握したこと,力学的な検討に加え水理学的な検討も行ったことなどで特徴的である.また,工学的な観点から掘削影響と掘削工法の検討も行った等の研究成果は優れたものであり,今後の地下空間開発,利用に寄与するものと考える.

杉原弘造氏は,軟岩中の坑道掘進に伴う周辺岩盤への力学的・水理学的影響とその発生プロセスについて,実際の坑道掘削に並行して現場での計測を実施して,これまでと一線を画する貴重な測定結果を得るとともに,軟岩中の坑道周辺の岩盤性状について空洞の安定性や安全性の評価に資する新しい知見を得たといえる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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