学位論文要旨



No 215965
著者(漢字) 細川,裕司
著者(英字)
著者(カナ) ホソカワ,ユウジ
標題(和) 土壌埋設された高圧ガスパイプラインのカソード防食管理技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 215965
報告番号 乙15965
学位授与日 2004.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15965号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 助教授 小関,敏彦
 東京大学 教授 小田,哲治
内容要旨 要旨を表示する

本論文は「土壌埋設された高圧ガスパイプラインのカソード防食管理技術に関する研究」と題し、近年の高圧ガスパイプラインを取り巻く様々な環境変化に伴い新たに増加している腐食リスクや塗覆装欠陥リスクに対応すべく、新たなカソード防食管理技術に関する研究を行った内容についてまとめたものである。本論文は、以下の5章から構成される。

第1章では、本研究の背景と目的について述べている。

天然ガスを高圧で大量に輸送するパイプラインは高圧ガスパイプラインと呼ばれ、鋼管を土壌中に埋設して長期間使用することから、外面腐食対策が不可欠である。外面腐食対策としては塗覆装とカソード防食を併用することが一般的であり、さらに、これらが常に適正に機能していることを確認するためのカソード防食管理が行われる。カソード防食管理の項目としては,1)パイプラインのカソード防食レベルを評価するパイプライン検査,2)塗覆装にマクロな欠陥がないことを確認する塗覆装検査,の2点がある。パイプラインの腐食リスクとしては自然腐食や直流電鉄の影響による電食などが想定され,パイプライン検査ではパイプの土壌に対する直流電位(管対地電位)を計測し,これがある基準値よりもマイナス側にあることを確認している。また,塗覆装欠陥リスクとしては,パイプ敷設工事時の欠陥や土壌中の異物による欠陥が想定され,パイプの埋設された路面上から塗覆装欠陥の有無を検査している。

しかし,近年の様々な環境変化に伴い,新たな腐食リスクや塗覆装欠陥リスクが増大しており,従来のパイプライン検査や塗覆装検査ではリスク対策として十分でないという懸念が高まっている。そこで, ・ 交流腐食や過防食など近年増大している腐食リスクを考慮したカソード防食評価手法 ・ 交流腐食リスクの要因となる電磁誘導への対策手法 ・ 塗覆装欠陥を常時監視するとともにその位置を特定する手法 を確立し,さらに,これらを総合して新たなリスクに対応したカソード防食管理技術を構築することを目的として、本研究を実施した。

第2章では、交流腐食や過防食といった腐食リスクを適切に評価すべく、電流密度を指標とするカソード防食評価手法について検討した内容を論じている。

近年,高圧交流架空送電線あるいは交流電鉄に近接してパイプラインが埋設されるケースが増大しており,これらに起因する電磁誘導によりパイプに交流電流が流れることから交流腐食リスクが増大している。過防食とは,塗覆装欠陥に過大な防食電流が流入した状態を指し,カソード反応の結果生成する原子状水素による水素応力割れといったリスクがある。近年,ガス輸送量の増強に伴い高強度パイプが採用される傾向にあり割れ感受性が高まっている懸念があることから過防食リスクが増大している。以上の背景を踏まえ,これらリスクを適切に評価する手法を確立することを目的として検討を行った。

まず、これらリスクの懸念されるパイプラインにおいてプローブと呼ばれる模擬塗覆装欠陥を利用したフィールド試験を行い、管対地電位や電流密度などの電気化学パラメータを計測した。その結果,管対地電位が十分マイナス側の値を示し良好なカソード防食レベルにあるにも関わらず,交流腐食が発生し得る高いレベルの交流電流が流れるケースがあることを明らかにした。また,過防食状況下では,管対地電位の計測において防食電流と塗覆装欠陥の接地抵抗の積に起因する電位降下による誤差が無視し得ないレベルとなることを明らかにした。

以上より,交流腐食や過防食といった腐食リスクは,(1)従来からの管対地電位では適切に評価できないこと,(2)プローブを利用して直流電流密度(IDC)および交流電流密度(IAC)を計測することにより初めて適切に評価できること,を明らかにした。また,これら試験結果を総合して、交流腐食や過防食といった近年増大している腐食リスクに加え、自然腐食や電食といった従来からの腐食リスクについても統一的に評価できる基準として、電流密度を指標とするカソード防食管理基準を以下のように策定した。本基準により、交流腐食防止基準として交流電流密度の最大値を、過防食防止基準として直流電流密度の最大値を、自然腐食・電食防止基準として直流電流密度の最小値を、それぞれ規定した。

「 0.1 A/m2 ≦ IDC ( A/m2 ) < 1.0 A/m2 且つ IAC ( Arms/m2 ) < 25×IDC ( A/m2 )」 または 「 1.0 A/m2 ≦ IDC ( A/m2 ) ≦ 40 A/m2 且つ IAC ( Arms/m2 ) < 70 Arms/m2 」

第3章では、交流腐食リスクの要因となる電磁誘導への対策手法について検討を行った内容を論じている。

電流密度を指標とするカソード防食管理基準に照査して交流腐食リスクが確認された場合には、その要因となる電磁誘導への対策が不可欠である。電磁 誘導対策としては、パイプ作業者の感電防止という観点から低接地措置が有効であることが知られているが、交流腐食防止の観点からその有効性を定量的に検証した例がない。また、誤った低接地措置は、低接地体への防食電流の流入によるパイプラインのカソード防食レベル低下を招くため注意を要する。以上の背景を踏まえ、低接地措置による電磁誘導対策の有効性について電流密度を指標として定量的に検証するとともに,低接地措置とカソード防食の両立を考慮した電磁誘導対策手法を確立することを目的として検討を行った。

本研究では,はじめにMg電極あるいは固体型直流ブロック装置を利用した低接地措置による電磁誘導対策の考え方を提示した。Mg電極を適用する理由としては、土壌中における自然電位が最も低いことから,パイプと直接接続した場合に,防食電流の流入によるカソード防食効率の低下を最小限に抑制できると判断したためである。また,固体型直流ブロック装置とは,直流電流に対して高抵抗,交流電流に対して低インピーダンスという特性を有する一種のハイパスフィルタであり,本装置を適用することにより,電磁誘導レベルが非常に高く例えば1Ω以下の接地が必要な場合などにおいて,低接地体への防食電流の流入を阻止しつつ交流電流を大地に逃がすことが可能であると考えた。

次に,電磁誘導の影響を受けているパイプラインにおいてフィールド試験を行い、提示した考え方の有効性を検証した。その結果,交流電流密度が基準を超える高いレベルを示した地点において,Mg電極を直接パイプと接続する,あるいは,固体型直流ブロック装置を介して鋼製鞘管とパイプを接続するといった低接地措置を施すことにより,いずれの地点においても交流電流密度は基準を満足するレベルまで低減できることを明らかにした。また,対策実施の前後で直流電流密度に大きな変化はなく,カソード防食レベルを低下させることなく電磁誘導レベルの低減に成功した。

以上の結果から,低接地措置による電磁誘導対策の有効性について電流密度を指標として定量的に実証するとともに,低接地措置とカソード防食の両立という観点から考察を行い,実パイプラインにおける電磁誘導対策手法を確立した。

第4章では、パイプラインのインピーダンスを利用して、塗覆装欠陥の位置を定量的に判定する手法について検討した結果を論じている。

近年,鋼製鞘管との接触や他工事による損傷といった塗覆装欠陥リスクが増加している。この場合、パイプ本体まで損傷が及ぶ可能性もあることから早期対応が求められる。そこで,パイプラインに交流信号を通電したときの信号通電点から見たパイプライン,塗覆装および大地全体のインピーダンス(入力インピーダンス)を利用して,塗覆装欠陥を常時監視し,塗覆装欠陥が発生した場合に直ちにその位置を特定する手法を確立することを目的として検討を行った。

本研究では,はじめに延長14.2kmのパイプラインを対象として,塗覆装欠陥発生時の入力インピーダンス変化について理論的検討を実施した。ここでは、パイプラインの電気的な等価回路として一次元の分布定数モデルを仮定して特性インピーダンスおよび伝播定数を理論的に導出し,さらに塗覆装欠陥の位置(信号通電点からの距離)と入力インピーダンス変化の関係について解析した。その結果,入力インピーダンスは,塗覆装欠陥位置が信号通電点から遠ざかるに従いガウス平面上で時計回りに回転するように分布し,塗覆装欠陥位置に応じて一義的に変化することを見出した。

次に,こうした入力インピーダンスの挙動を実験的に検証すべく,理論的検討を行った同じパイプラインにおいてフィールド試験を実施した。パイプラインに交流信号を通電した状態で異なる位置に模擬的な塗覆装欠陥を発生させて,この時の信号通電点における管対地交流電位と管内交流電流およびこれらの位相から,入力インピーダンス変化を計測した。その結果,入力インピーダンスは塗覆装欠陥の位置に応じて一義的に変化し、理論的検討の妥当性が証明された。また、塗覆装欠陥位置の判定精度と信号周波数の関係について試験を行い、信号周波数が高いほど判定精度が高くなることを明らかにした。

以上の結果から,入力インピーダンス変化を利用して、塗覆装欠陥を常時監視するとともに、長大なパイプラインにおいてもその位置を定量的に判定する手法を確立した。

第5章では、今回の研究結果を総括し、高圧ガスパイプラインにおいて近年新たに増大している腐食リスクや塗覆装欠陥リスクに対応した新たなカソード防食管理手法の全体像を示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、高圧ガスパイプラインを取り巻く様々な環境の急激な変化に伴う新たな腐食機構に基づく事故リスクの増大が危惧されている現状において、早急に対応すべき新規カソード防食管理技術の構築を目的として実施された研究内容をまとめたものである。本論文は、以下の5章から構成されている。

第1章は序論であり本研究の背景と目的について述べている。50気圧以上で天然ガスを大量に輸送する高圧ガスパイプラインは、都市生活を支える重要な社会資本である。一般的には口径300mm〜600mm程度の炭素鋼管を土壌埋設して供用しており、その外面腐食対策として塗覆装およびカソード防食を施している。また、供用期間中のカソード防食管理としてパイプラインの直流対地電位計測によるカソード防食検査と地表面からの塗覆装検査を行っている。しかし、近年、様々な環境変化に伴う新たな腐食リスクや塗覆装欠陥リスクが急増していることから、新規カソード防食管理技術の構築が急務であるとし、本研究の意義についてまとめている。

第2章では、新たな腐食リスクを適切に評価すべく、旧来の電位指標にかわる電流密度を指標とするカソード防食評価手法について検討した内容を論じている。近年、高圧送電線や交流電鉄からの電磁誘導に起因する交流腐食リスクが増大するとともに、高強度鋼管の採用の増加により過防食状況下における水素応力割れといったリスクが増大している等の状況を受け、実パイプラインに塗覆装欠陥を模擬した鋼製プローブを用いたフィールド試験を行い、土壌環境中における直流対地電位や電流密度などの電気化学パラメータを系統的に計測した。その結果、直流対地電位が飽和硫酸銅電極電位基準で−1V以下と十分低い場合でも交流電流密度IACが70A/m2以上に達し交流腐食が発生し得る高いレベルを示す事例が多々あること、過防食状況下では直流対地電位の計測においてオーム降下による誤差が10V以上に達することもあることなどを明らかにした。即ち、交流腐食や過防食といった腐食リスクは、直流対地電位では適切には評価できないことから、プローブを利用して直流電流密度IDCおよび交流電流密度IACの両者を計測する必要性を明らかにした。さらに、これらの試験結果に基づき従来の腐食リスクのみならず新たな腐食リスクをも統一的に評価できる基準として、電位ではなく d流密度を指標とするカソード防食管理基準を策定した。本基準では、交流腐食防止基準としてIACの最大値をIDCの25倍あるいは70A/m2とし、直流腐食防止基準としてIDCの最小値を0.1A/m2とすること、及び過防食防止基準としてIDCの最大値を40A/m2とすべきであることを提案している。

第3章では、交流腐食の要因となる電磁誘導への対策手法を検討することを目的として行った内容を論じている。電磁誘導対策としては低接地措置が有効であるが、一方でカソード防食レベルを低下させる懸念がある。そこで、カソード防食との両立を考慮して、Mg電極あるいは直流ブロック装置を利用した低接地措置による電磁誘導対策の考え方を提示し、高圧送電線あるいは交流電鉄に近接して埋設されIACが70A/m2以上と基準を超える実パイプラインにおいてフィールド試験を行い、提示した対策の有効性を検証した。その結果、これら低接地措置を施すことによりIACを例えば10A/ m2以下と基準を満足するレベルまで低減できると同時に、対策実施の前後で直流電流密度に大きな変化はなく良好なカソード防食レベルを維持し得ることなどを見いだし、実パイプラインにおける電磁誘導対策手法を提示した。

第4章では、パイプラインのインピーダンスを利用した塗覆装欠陥位置の特定手法について検討した結果を論じている。近年、鞘管接触や他工事による塗覆装欠陥リスクが増加しており、塗覆装欠陥への早期対応が求められている。そこで、パイプラインに交流信号を通電したときの信号通電点から見たインピーダンスを利用して、欠陥発生位置を特定する手法について検討した。具体的には、延長14 kmの実パイプラインを対象として、信号周波数220Hzとした場合の欠陥発生時のインピーダンス変化について分布定数モデルを適用し、理論計算およびフィールド試験の両面から検討している。結果として、インピーダンスのガウス平面上における座標は、欠陥位置に応じて一義的に変化することを実証し、フィールド試験から信号周波数と位置判定精度の関連を明らかにした。これらにより、インピーダンス変化を利用した数十kmに及ぶ長大なパイプラインにおける塗覆装欠陥の位置を定量的に特定する手法を提示した。

第5章では本研究の成果を総括し、高圧ガスパイプラインにおける新たなリスクに対応したカソード防食管理手法の全体像を示した。

以上を要するに、本論文は近年の高圧ガスパイプラインを取り巻く様々な環境変化に伴う新たな腐食リスクや塗覆装欠陥リスクに対応するカソード防食管理技術を様々な観点から検討し提示したものであり、材料工学に対する貢献は大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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