学位論文要旨



No 215966
著者(漢字) 鳥本,善章
著者(英字)
著者(カナ) トリモト,ヨシフミ
標題(和) 固体表面からの気相負電荷酸素原子の生成法に関する研究
標題(洋)
報告番号 215966
報告番号 乙15966
学位授与日 2003.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15966号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 高橋,宏
 東京大学 教授 山下,晃一
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、エアレーション酸化反応における酸素ラジカル制御の必要性に端を発し、ラジカル制御に必要な均一かつ高効率なラジカルを生成させる技術を開発することを目的とした。従来から検討されている放電等の既存技術の改良ではなく、セラミクス膜を用いた新しい原理に基づくラジカル生成方法を考案した。具体的には、酸素イオン伝導体膜(YSZあるいはアルミン酸カルシウム)を用い、これらの膜と空間を隔てて設置された正電極間に電圧を印加することで酸素ラジカル(負電荷酸素原子)が気相中で生成できることが確認された。

以下、本研究を通して明らかにした「酸素イオン伝導体膜を用いた新規ラジカル生成技術」に関する成果を、簡単にまとめる。

実験初期段階においては、既往の研究で紹介されているように、YSZを酸素ポンプとして用いた場合に、アノードイ則で発生する活性酸素種の同定を試みた。YSZ電極上での酸化還元機構から、アノード極では電極側に電子が移動するため、活性種は電荷的に中性な酸素分子種である。実験条件等から活性酸素分子種としては、一重項酸素(1Δg)の存在がクローズアップされたこの酸素は基底状態酸素より0.98eVだけ高いエネルギーを有し、反応性も高くかつ寿命も長いとされている。一重項酸素の測定には、励起状態から基底状態に失活する際の発光を測定する光測定方法や、基底状態とのエネルギー特性差を用い、一光子プラス二光子吸収によって励起した解離電子を測定する共鳴多光子イオン化法(REMP I)が既存のレーザー測定技術として存在する。実験条件的に、REMP Iが最適であるとの判断に基づいて、YSZ酸素ポンプ条件で発生すると考えた一重項酸素の測定を試みた。結果は、測定感度範囲内では活性酸素の存在は確認できなかった。

次に、アノード電極上で存在が可能であろう負電荷酸素(02-、0-、02-)の引き出し方法を考えた。YSZアノード電極と空間を隔てた正電極を設置し、両電極間に電位を加えることで負電荷物の脱離現象の確認を試みたところ、暗電流以上の放電現象が観測できた。この現象にヒントを得、YSZアノード電極と空間電極間に存在する負電荷物の同定実験を行った。実験は、設定されたダイレーザーを用い、負電荷を有する物質の電子解離エネルギー(photo-dctachment)の測定を行った。実験結果から、定性的に負電荷酸素原子(O-)の電子解離エネルギーを観測できた。この現象をさらに明らかにするためには、負電荷酸素種の質量を測定すべく、四重極質量分析計(Q-MS)等の分析同定手段が必要となった。負電荷物観測用に改良された分析装置Q-MSを用いることで、YSZアノード電極と空間電極間に生成する負電荷物は、負電荷酸素原子(O-)と電子であることが確認できた。得られた結果から、YSZとアノード電極と気相とが接する三相界面における脱離反応を考察することで、O-および電子の脱離モデルの構築を試み、次に示す3ケースの反応を提案した。

反応1) として、YSZ格子欠陥中のO2-が金属上に移り、金属上から気相へ脱離すると考え;

1) O2-(YSZ)→O2(metal)→O-(space)+e(espace)

反応2) では、格子欠陥中のO2-がO-及び電子として金属上に移り、さらに気相へ放出されるとして;

2) O2-(YSZ)→O-(metal)→O-(space)+e(espace)→O-(space)+e(space)

反応3) においては、格子欠陥中のO2-は三相界面を経由し電子は気相へ、O-は金属上に移り、次いで気相へ放出されると考え;

3) O2-(YSZ)→O-(3)+e(3)→O-(metal)+e(espace)

は三相界面を、(space) は気相を意味する。

以上、提案した3つの反応機構の議論を進展させるには、電子およびO-の量比を観測する必要があり、分析技術として飛行時間型質量分析手法(TOF-MS)の導入を行った。TOF-MSには、構造および運転上簡易性を有する直線型を用い、実験結果から、YSZアノード電極から脱離するO-および電子の量比はおよそ1(e : O-=1:1)であることが確認され、これらアニオン種の脱離は逐次反応過程を伴うことが判明した。すなわち、低温域ではO-の熱脱離律速であり、高温域では三相界面付近での電子脱離律速である事が明らかになった。

以上の結果を考察すると、YSZと空間電極間の電界によって、三相界面に存在するYSZ格子中のO2-が電子を空間に放出し、格子から解放される。電子を放出したO2-はO-として気相中に遊離し、再び金属表面に吸着し、さらに気相へと脱離して行くという反応式3および次式4の脱離モデルに従うと考えた。

(4) O-(metal)→O-(space)+

さらに、O-の熱脱離に関しては、YSZ内をイオン拡散するO2-の電荷を保証すべく、金属電極内では正電荷がYSZ界面付近に存在することとなる。それ故に、金属電極内では分極が生じ、仕事関数(work function)が増大し、電極表面に存在するO-と金属の化学結合力が低下すると考えられる。また、このような金属電極上の酸素は、電界を変化させることで被覆率が変化するため、金属との結合力が変化し、結果として金属上から脱離するO-脱離エネルギーも変化する。以上のことを考慮し、現象の数式化を試み、固体表面での脱離吸着 Elovich 型モデルを用いることで、アノード電極上からのO-脱離現象が説明出来ることが判明した。

d[O-]/dt=a×exp(-(Ed-αθ)/RT) Elovich-type式

表面被覆率θが電界に比例すると仮定した場合

θ=b(V/d)

よって、a,b:定数V/d:電界Ed:脱離活性化エネルギー

d[O-]/dt=a×exp(-(Ed-αθ)/RT)

a,b:定数 V/d:電界 Ed:脱離活性化エネルギー θ : 金属表面被覆率

しかし、YSZアノード極と空間電極という組み合わせを用いる限り、三相界面付近での反応およびYSZアノード極上での脱離律速過程は避けがたく、O-脱離量としての目標限界(μA/cm2)を超えることは困難である。さらなるO-脱離量の増大を実現するためには、三相界面や電極を必要としないO-脱離機構が必要となり、種々のイオン伝導材料の調査を行った結果、C12A7がそれに相当すると考えた

このC12A7は、安価な材料を用いて生成されるアルミナセメント類で、ミクロポーラスケージ構造を有し([Ca24Al28O64]4+・2O2-)それらがネットワーク構造を有するためイオン伝導性を示す材料である。ミクロポーラスケージ内では、電荷バランスから2個のO2-が内在しており、酸素と反応を起すことでO-およびO2-がケージに内在する。この現象は、ESRによって確認されており、次のようなケージ内での酸素イオン(O2-)反応によってO-が生成すると考えられている。

O2- +O2→O- + O2-

C12A7からO-が連続脱離する可能性を確認する為、酸素イオン供給白金電極をC12A7の片側に作成し、O-の脱離側から空間を隔てたところに空間正電極を設置した。両電極間に電圧を印加することで発生するイオン量を電流計にて観測し、質量に関してはTOF-MSにて電子やO-の同定を行った。得られた電流量は、YSZで得られた電流値の1000倍が観測され、その電流の90%以上は、O-であることが確認できた。

以上の結果から、C12A7カソード電極と空間電極間に電圧を印加して脱離するO-の連続生成機構に関し、次のような反応スキームを提案した。

カソード電極上 O2 +2e →2O-

C12A7ケージ V(C)+C-→O-(C)

O-脱離界面 C-(C) → O-(air)+V(C)

C12A7表面のケージボトルネックから温度と電界効果で気相中へO-は脱離する。O-の電荷分Vcを補完し、カソード電極上で還元されたO-がVcを満たすべくO-cが生成される。

前述反応スキームを考慮することで、C12A7とYSZに関するO-脱離量差についての考察を行う事が出来る。O-脱離量の差は、三相界面および表面電極の有無である。C12A7では、電極を必要とせず、電界と温度でケージから直接O-が気相に脱離する。C12A7に比べYSZでは、格子中のO2-が三相界面で電子を放出し(O2-→O-+e)、電子は電界に従って気相へまたO-はアノード電極上に移動し、熱および電界によって気相中へ脱離するという多段ステップを経る必要がある。すなわち、電極からの脱離律速段階が存在することになる。このように異なる脱離機構が、O-脱離量差に起因しており、O-フラックスを増大させる為の材料としてのC12A7の優位性が伺える。

以上、本研究の初期目的である、温度、圧力、混合形式等マクロな反応制御方式に依存するのでなく、ラジカルの積極的な生成と、濃度を制御することにより反応制御を可能にする新しいラジカル反応工学を築くべく第一歩として、酸素ラジカル生成技術に必要な均一に高効率で連続的に酸素ラジカル(負電荷酸素原子をO-)を生成させる基礎技術が出来たと考える。

今後は、得られた知見を基に、O-の応用途開発が行われることを期待する。例えば、半導体分野においては、グラファイト化したレジスト膜のアッシング技術や、医療分野での殺菌、滅菌技術への応用などが考えられる。また、環境分野に関してもO-の超酸化力を生かして、ダイオキシンや代替フロンなどの分解反応が可能であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「固体表面からの気相負電荷酸素原子の生成法に関する研究」と題し、ラジカル制御に必要な選択的かつ高効率なラジカルを生成させる技術を開発することを目的としている。具体的には、酸素イオン伝導体膜(YSZ(Yttria Stabilized Zirconia)あるいはアルミン酸カルシウム)を用い、これらの膜と空間を隔てて設置された正電極間に電圧を印加するシステムを用い、酸素ラジカル(負電荷酸素原子)の気相中での生成法に関する研究を行っている。論文は全五章で構成されている。

第一章は、研究の背景および目的を確認し、既往のラジカル生成技術との比較を行うことで、固体電解質としてYSZ膜を用いた気相ラジカル生成技術の新規性を述べている。

第二章では、YSZ膜を用いたラジカル生成技術構築の可能性を調べる為、2種の実験を行っている。第一に、YSZを酸素ポンプとして用いた際に、アノード側で発生する活性酸素種の同定を試み、第二に、YSZアノード電極上で存在が可能であろうと考えられた負電荷酸素(O2-、O-、O2-) の引き出し方法を考察している。第一の実験では、活性酸素種として一重項酸素(1Δg)の存在確認を共鳴多光子化方法(REMPI)を用い観測を行ったが、測定感度範囲内では一重項酸素の存在は確認できなかった。第二の負電荷酸素(O2-、O-、O2-) の引き出し方法として、YSZアノード電極と空間を隔てた正電極を設置し、両電極間に電位を加えるシステムを構築した。YSZを500℃に加熱し、電圧を印加することで、空間極に正電荷を与えたときに限り暗電流以上(数十pA)の放電現象が観測された。この現象にヒントを得、YSZアノード電極と空間電極間に存在する負電荷物の同定実験をDyeレーザーを用いて行い、負電荷を有する物質の電子解離エネルギー(photo-detachment)の測定を行ったところ負電荷酸素原子(O−)の電子解離エネルギーが推測された。この現象を別の方法で確認する為四重極質量分析計(Q−MS)による負電荷酸素種の質量分析を行ったところ、負電荷酸素原子(O−)と電子であることが確認された。さらには、YSZアノードから脱離したO−の物性および工業的な有用性を述べ、得られた結果は、本研究で目的とした酸素ラジカルの有効な生成方法であることを確認している。

第三章では、YSZアノード電極から脱離するO−の脱離活性化エネルギーを議論し、O−生成機構を解明することにより、O−フラックス増大の可能性を検討している。アノード電極に金や銀を用いたり、YSZに代えて石英管を用いることで、脱離O−とイオン伝導に関与する酸素イオンおよびアノード電極の関係が議論された。その際に、脱離生成するO−と電子の生成比率の議論も必要となり、実験装置として時間飛行型質量分析計(TOF−MS)を採用している。TOF−MS結果からO−と電子の生成比率は1:1であることから、YSZ格子欠陥酸素イオンがO−の生成成機構に関与すると推定している。以上の結果よりYSZ、アノード電極および気相とが接する三相界面における脱離反応を考慮し、O−および電子の脱離モデルの構築が試みられた。すなわち、気相O−の生成プロセスは、YSZ格子欠陥中を移動してきたO2−が、三相界面で1電子を気相中に放出し生成したO−は金属上に移行し、次いで熱脱離により気相に放出されるというものである。本モデルの妥当性に関しては、O−および電子は逐次反応により生成するという実験結果および銀電極から脱離するO−の活性化エネルギーから証明されるとした。このことより、YSZアノード極と空間電極という組み合わせを用いる限り、三相界面付近での反応およびYSZアノード極上での脱離律速過程は避けがたく、O−脱離量としての目標限界(μA/cm2)を超えることは困難であることも示された。

第四章は、O−脱離量を飛躍的に増大させるためには、三相界面や電極を必要としないO−脱離機構を有する材料が必要であるとして、種々のイオン伝導材料の調査を行い、その結果C12A7がそれに相当することを見出している。ミクロポーラスケージ構造を有するC12A7([Ca24Al28O64]4+・2O2−)は、ネットワーク構造を有するため、ケージ内で生成したO−がイオン伝導性を示す物質である。C12A7のイオン伝導性に関与するO−が連続脱離する可能性を確認する為、酸素イオン供給白金電極をC12A7の片側に作成し、O−の脱離側から空間を隔てたところに空間正電極を設置し、さらに両電極間に電圧を印加することで発生するイオン量を電流計で、電子やO−の観測をTOF−MSで行ったところ、電流量でマイクロA(YSZで得られた電流値の1000倍)以上が得られ、かつ、その電流の90%以上は、O−であることを確認している。

最終章の五章では、本研究の目的である、酸素ラジカル生成技術の確立に関し、C12A7と空間電極の組み合わせで、高効率で連続的に負電荷酸素原子O−を生成させる基礎技術が実現されたことが述べられ、得られた知見を基に、O−の応用途開発の一例として、半導体分野では、グラファイト化したレジスト膜のアッシング技術や、医療分野での殺菌、滅菌技術への応用可能性を示す実験結果を紹介している。

以上、本論文では、ラジカルをベースにした新しい反応制御技術としての選択的かつ高効率負電荷酸素原子生成技術開発のための基礎的知見を与えるもので、化学システム工学の発展に寄与するところ大である。

よって、本論文は学位(工学)請求論文として合格と認められる。

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