学位論文要旨



No 215972
著者(漢字) 勝山,達郎
著者(英字)
著者(カナ) カツヤマ,タツロウ
標題(和) 農業水利施設に係る多面的機能の発揮とその費用負担に関する研究
標題(洋)
報告番号 215972
報告番号 乙15972
学位授与日 2004.04.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15972号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 八木,宏典
 東京大学 助教授 塩沢,昌
内容要旨 要旨を表示する

1 序論

 食料・農業・農村基本法の四つの基本的理念の一つとして多面的機能が位置付けられるなかで、40万kmの農業水路網等で形成する農業水利施設は、農業用水の供給等の本来機能以外に、ダムの貯留による洪水防止、地域用水・排水等の多面的機能も有しており、その機能の一層の発揮が重要な課題である。

 高度経済成長と農村の都市化・混住化の進行等の中で、大戦直後に確立された農業水利施設に係る現行制度は農業者の発意による強制参加と負担を基本としているが、多面的機能発揮に関してその費用を農業者のみが負担する不公平性や地域住民の意向が反映されない不合理性など多くの問題が顕在化している。

 このような課題や問題に対応するため、農業水利施設は本来の機能を維持しつつ、多面的機能も十分に発揮できる仕組みへの転換が必要であり、その確立に向けた様々な角度からの研究が必要である。

 本研究では、農業水利施設に係る多面的機能発揮とその費用負担に関して、現行制度の変遷と構造を分析し、そのあり方を明らかにしつつ、米国の制度による検証により、21世紀にふさわしい新たな制度を考察する。この研究により、本来の機能の維持増進と多面的機能を適切かつ十分に発揮する制度の確立に寄与することを目的とする。

2 米国制度による検証理由と既往研究

 我が国と米国との農業水利施設をとりまく諸条件は、自然・気象、農業用水の歴史、農業展開等に多くの相違点があるが、米国の制度による我が国の制度の検証は、(1)農業用水を主とした大規模水利施設の建設と管理の制度がある欧米の代表、(2)GHQの指導により加州の農業水利組織が我が国の土地改良区制度の参考、(3)我が国よりも約30年間先行する混住化に対応した制度が有などから有効であると考える。

 一方、我が国の農業水利施設に係る制度は古く極めて複雑であり、数多くの研究や報告があり、全国土地改良連合会の土地改良制度資料編集が幅広い見地から総合的に検討されものととらえて良いが、ほとんどが農業機能の観点から取りまとめられている。また、多面的機能やそれに関連した制度の最新の研究を簡潔にまとめたが、そのほとんどが効果やその評価手法、地区事例が主体である。その中で、農業水利施設に有する多面的機能とその費用負担に関して、制度全体から解析し、外国との比較により系統立てて研究されたものはない。

3 農業に特化した農業水利システムの構造と多面的機能

 農業水利施設は、その原型を整えた幕藩体制の時代から農業者の自らの負担と自主的規範に基づいた共同体制いわゆる村により管理されてきた。明治以降の近代法の体系において、地租改正により土地所有権が確立されるなかで、地主等土地所有者を組合員とする普通水利組合(1890)、耕地の利用増進のための建設を強制的に行うことができる耕地整理組合(1909)が設立された。

 大戦後、食料増産と農地改革という国家的課題のため、土地改良法(1949)が制定され、普通水利組合と耕地整理組合等を引き継ぐ土地改良区が設立され、農業上の利用増進させるため、土地所有者ではなく原則として農地を耕作する農業者を組合員とした。また、国県営が法定化され農業者の発意による大規模な施設の建設が行なわれ、農業に限定された法制度の確立を示した。しかし、村による水利慣行や地域用水等の多面的機能の利用が存続し、末端施設等が村による共同作業により管理された慣習の歴史と実態を明らかにした。

 農業水利制度は、農業者による独占的・排他的な利用とその費用負担が法制度化された私的面、水利慣行や末端施設の共同作業など村による伝統的な共同面に加え、国民経済の発展への公共事業という公的面を備えた三極構造に発展し、農業機能も多面的機能も十分に発揮されたことを示した。その上で、多面的機能の発揮とその費用負担に関する法制度が三極構造の下で無いにもかかわらず、以下の5要因がある故に問題が顕在化しなかったとの作業仮説をたてた。

 第1要因:食糧増産、農地改革が国家課題であり、国民の多くが農業関係者

 第2要因:農業者が大部分の均一な村の存在とその意向が地域の利害を反映

 第3要因:複雑多岐な水利慣行等から農業者の管理が効率的かつ効果的

 第4要因:大規模な農業水利施設の建設は国土利用の観点から国県が実施

 第5要因:農業者は負担能力があり、村の共同作業が不公平問題を解消

4 三極構造の成立要因の欠陥化とあり方の解析

 多面的機能発揮に関して、三極構造は、その前提となる成立要因が戦後の高度経済成長や都市化、混住化等により欠陥化しそれ自体が破綻していることを明らかにした。その上で、これまで、様々な制度改正等が行なわれてきたが、多面的機能発揮のため、制度の抜本的見直しの必要性とそのあり方を分析した。

 第1要因は、国家的課題や国民意識の変化等の中で、2001年の法改正で目的原則に環境との調和への配慮が追加されたが、農業水利を核としつつ多面的機能の発揮のための展開が必要であることを明らかにした。この場合、第2要因の解決策として農業以外の関係者を組合員とすることや建設・管理主体、費用負担者の体系的見直しが必要であることを示した。

 第3要因については、大規模ダムの建設等による複雑な水利慣行の緩和の一方、多面的機能発揮が高まる中で、公共性の高い施設等の公的管理、末端施設の地域資源としての管理組織、基幹から末端まで農業水利を広域的かつ一元的に管理する農業水利組織の創設など多様な主体による多極一元構造の必要性を提示した。第4要因では自然環境保全等国の新たな責任と役割等を明確にした。

 第5要因については、組合員以外の者に賦課徴収する制度(1972)は干拓地の特異な2地区だけで、具体的な受益の変動がなく慣習的に施設を利用してきた者に対する賦課の難しさや単なる負担は地域社会の反発を受ける実態などを明らかにし、多面的機能の発揮のための事業への参画や公的負担を含め多面的機能の効果と費用負担の明確化など新たなあり方を提示した。

5 我が国のあり方の米国制度による検証

 米国の農業水利制度は、開拓法(1902)に基づいた国自らの発意による建設・管理が基本で、農業水利組織等との契約による国との二階建て構造であることを明らかにした。しかし、我が国は、水利用の歴史的背景、零細・分散の農地と宅地等の混在などの特性から、安全・安心な食料の安定供給ための農業用水の供給を基本とした多極一元構造が有効であることを提示した。

 米国も農業に特化された事業制度が、混住化の進行に応じて多目的利用と農業以外負担の導入、住民も組合員とする加州の農業水利組織、1980年代から国の全額負担による自然環境保全など進化していることが分かった。我が国の多面的機能発揮に対応する制度への展開が適当であることが明らかになった。

 米国の国営の建設・管理の費用負担は、農業用水、洪水防止、野生動物保護等様々な各便益に振り分けて費用が計算され、受益者は費用振り分を負担し、負担残は国が負担する。それの我が国の新たな負担制度の適応性を分析した。

 加州の農業水利組織は、地域住民が組合員となり、組合員の票数を農業者が農地の面積で住民が選挙権者数で決定されるが、農業の優位性を確保するため、発意者や事業の運営を行なう理事は農業者に限定する制度等を解明し、我が国の土地改良区に非農業者が参画する制度の可能性を考察した。

6 わが国の新たな制度の考察

 本論文のこれまでの分析や検証等を踏まえて、多面的機能の発揮のための事業は、農業用水の供給等の農業機能を発揮する農業水利施設の建設・管理において、付随的に行なわれるものと位置付けた。その上で、多面的機能のための事業の費用負担者を明らかにするため、多面的機能の内容とそのために追加管理費用が必要か、さらに分離施設が有るかにより事業を区分した。その事業区分ごとに、現在の事業制度が可能かどうかを明らかにし、分離施設の建設等に新たな制度を示した。

 農業水利施設の有する多面的機能を発揮するための管理とその費用負担については、受益が及ぶ範囲を分化し、その区域ごとに管理と負担を現行制度で対応できるかを評価し新たな制度を提示した。とくに、土地改良区は、加州と組織形態が異なる我が国の市町村との連携が不可欠であり、地域住民が反射的に受ける効果を市町村から負担金徴収する制度を提案した。

 これらを総括して、広域水利型、地域資源型、従来型土地改良区と市町村の新たな関係を明らかにし、国、県管理も含めた多極一元構造を提案した。

7 結言

 農業水利制度は、農政的課題と社会経済的課題の二つの基本的視点のバランスにより制度が進化し、混住化との高い法則性を示した。今後、担い手への農地の集中や農地持ち非農業者の増加等による益々の混住化が予想され、多面的機能発揮に関する制度が必要であり、そのための土地改良制度の詳細な検討、WTOやOECDの議論と整合性がとれた農業と農業以外効果等の基準の研究など、管理の時代を迎え「制度資本」の研究が重要な課題となることを提言した。

審査要旨 要旨を表示する

 農業水利施設は、農業用水の供給など農業機能以外に、地域用水・排水などの多面的機能も有しており、その機能の一層の発揮が重要である。しかし、その制度は農業者の発意による強制参加と負担など農業機能に特化されていることから、多面的機能の発揮に関する様々な研究が必要だが、歴史が長く極めて複雑な農業水利施設の制度に関して、全体から解析し系統立てて研究したものはない。本研究は、「機能」「建設・管理主体」「費用負担者」の三要素により農業水利施設の制度全体を分析する新たな手法を導入し、その変遷と構造の解析により今後のあり方を明らかにするとともに、我が国よりも約30年早く農村の混住化が先行する米国の制度による検証により、新たな制度を設計することを目的としている。

1.農業に特化した農業水利制度の構造とその成立要因

 第2次世界大戦直後の土地改良法により法制度化された農業水利施設の利用とそのための費用負担をする農業者を組合員とした土地改良区、農業者の発意による大規模農業水利施設建設を公共事業として実施する国県と、法制度ではなく水利慣行や共同管理作業など慣習が存続する村という三極の構造による農業水利システムの形成を先ず概観している。その上で、この三極構造は、制定当時、多面的機能の発揮とその費用負担に関する法制度が無いにもかかわらず、食糧増産と農地改革などの国家課題、均一な農業者が大部分の村の存在、複雑多岐な農業水利慣行などの存在、国土の有効利用の観点からの大規模農業水利施設の国等による建設、農業者の高い負担能力と村の共同作業による不公平問題の解消という五要因が問題を顕在化させなかったことを明らかにしている。

2.三極構造の成立要因の欠陥化とあり方の解析

 三極構造は、その前提となる成立要因が戦後の高度経済成長や都市化・混住化などの社会経済状況と農産物価格の低迷や共同管理作業体制の低下など農政状況の変化によって欠陥化し、それ自体が破綻する必然性を内包していることを明にした。さらに今までの対応策とその問題を実証的に解析した上で、農業機能を基本とする多面的機能のための事業の導入と、公共性の高い施設などを管理する公的機関、農業用水など地域資源を管理する非農業者も参画した農業水利組織、基幹から末端まで一元的に管理する広域水利型の農業水利組織の創設など、多様な主体による多極構造の必要性を提示している。また、多面的機能とその事業の区分化、費用負担者の多様化などによる費用負担制度のあり方を提示している。

3.我が国のあり方の米国制度による検証

 1900年代には農業に特化されていた米国の事業制度が、混住化の進行に応じて、1930年代には多目的利用と農業者以外の負担の導入による農業者の負担軽減を図り、1960年代からは地方公共団体と一体となった親水空間の創出、1970年代からは環境保全の強化や生態系の回復を義務付けるなど、農政的課題と社会経済的課題という二つの基本的視点のバランスにより制度が進化するわが国との共通性を分析し、混住化との間に高い法則性が存在することを明らかにしている。これにより、米国よりも約30年遅れて混住化が進んだ我が国における自然環境保全など多面的機能への対応の必然性を示した。他方、米国と異なる自然条件、水利用の歴史、食糧事情、零細・分散の農地と宅地などの混在など、我が国の独自性を分析し、安全・安心な食料の安定供給ための農業機能を基本して多面的機能を発揮する多極構造が有効であることを明らかにした。とくに、水利権獲得の長い歴史を持つカリフォルニア州の農業水利組織に関して、地域住民を組合員としつつも農業用水を基本目的とした水利用を行なう理事を農業者である土地所有者に限定するなど、農業水利の実効性を確保している制度を解明し、我が国の農業水利を基本とする制度の適当性と非農業者が参画する制度の可能性を考察している。

4.我が国の新たな制度の考察

 以上を総括して、多面的機能とそのための事業の区分や受益範囲の分区ごとに新たな費用負担制度などを考察し、広域水利型、地域資源型、従来型の農業水利組織と市町村の新たな関係を示し、国、県も含めた多極構造と農業用水の一元管理が共存する農業水利システムを提案している。

 以上要するに、本論文は、農業水利施設に係る多面的機能の発揮とその費用のあり方について、現行制度の変遷と構造を分析し、そのあり方を明らかにしつつ、米国の制度との比較とそれによる検証によって、新たな制度の設計を論じたものであり、応用上、学術上、貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。

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