学位論文要旨



No 215974
著者(漢字) 遠藤,和子
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,カズコ
標題(和) 中山間地域における保全すべき農地の把握方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 215974
報告番号 乙15974
学位授与日 2004.04.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15974号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 生源寺,眞一
 東京大学 助教授 塩沢,昌
内容要旨 要旨を表示する

 1.序論

 中山間地域では、2000年度より「中山間地域等直接支払い制度(直接支払い)」が施行され、耕作放棄を抑制し農地を適切に利用することにより農地の有する多面的機能の維持向上が期待されている。しかし、耕作放棄の発生はほ場条件に規定されており、かつ今後の労働力の減少と高齢化を踏まえれば、直接支払いなどさまざまな対策が講じられたとしてもその抑制には自ずと限界がある。

 そのような状況に対し、中山間地域における農地利用については「計画的撤退」やゾーニングの必要性が提起されている。これらについては、土地分級手法を用いて土地利用区分を行うための分級指標および基準に関する議論が中心的になされてきた。それらの中から、日本全国の傾斜地水田地帯を体系的に把握する調査が行われ中山間地域の類型化と目指すべき方向の提示がなされるなど画期的な研究成果があげられた。しかしながら、これらの研究成果は、中山間地域の農地保全を目的とする計画策定の場面に実際に用いられているとは言いがたい。その理由として、農家らの主体的な視点からの議論が不充分であったこと、関連して、土地分級手法を適用する計画の枠組みが基準の検討とあわせて議論されなかったことなどがあげられる。そこで本研究では、真に農地保全を達成するために、農家の主体的な立場から保全すべき農地にアプローチし、そこから保全すべき農地の把握方法を提示することを目的とすることとした。

 2.本研究における農地保全計画の枠組み

 現行の法制度を整理した結果、中山間地域の農地保全に対しては、全国一律の農振法のほか、農地法の改正、農地保有合理化事業の拡充、あるいは特定農山村法により対応がなされていることが整理された。しかし、それらは発生してしまった耕作放棄や耕作放棄されそうなところに担い手を結びつけようとする方向で貫かれており、土地利用計画の課題として「計画的撤退」やゾーニングを議論するような体制になっていない。そのため、現行の法制度を拡充することによりこれらの議論が可能となるように、中山間地域における農地の保全を目的とする土地利用計画の枠組みを検討した。その結果、農家が主体となって策定する集落の農地保全計画とそれを位置付ける市町村上位計画の相互の関係からなる積み上げ調整方式を導いた。また、議論に先立ち、集落の農地保全計画は、農家が主体的な立場から議論を行うが、土地利用区分の実現可能性を追求することにより問題解決や活性化への飛躍をもたらすフィードバック機構が生まれ、その結果農地保全を達成することができること、これらを上位計画へ位置付けることによりその実効性が担保されることを計画策定の前提とし、その前提のもとで、以下に示す課題アプローチすることで、中山間地域における保全すべき農地の把握方法に関する議論を展開することとした。

 すなわち、(1)農家が主体的な立場から保全すべき農地を明確化していく土地利用区分の方法、(2)主体的な議論から導かれる土地利用区分に客観性を与えるための農地利用の予測方法、そして(3)上位計画が農地利用の方向性を見極めていくための農地利用の予測方法という課題を設定した。また、中山間地域の中でも規模拡大に対する条件不利性を有する傾斜地水田地帯を対象に限定し、わが国で最も卓越する傾斜地水田地帯である新潟県東頚城郡の安塚町、および牧村を事例とすることとした。

 3.保全すべき農地を明確化する土地利用区分の方法

 新潟県東頚城郡安塚町H集落における土地利用計画づくりを事例に、その取り組みを事後的に分析することにより(1)の課題に接近した。事例集落は、町の農業構想を実現するモデル集落として土地利用計画づくりへ取り組んでいる。取り組みでは、農家らが、市町村やJA、普及センター、試験研究機関などの支援を得て、GISを活用した一筆調査を行い、様々な議論を経て集落として保全すべき農地を明確化していった。そこで導かれた土地利用区分結果を数量化II類分析により分析した結果、保全すべき農地はほ場の条件から一元的に導かれるのではなく、農家らの話し合い、調整の結果から導かれることが明らかになった。また、事例では、土地利用区分の検討の後に棚田緊急整備事業が導入されるなど、問題解決を生むフィードバックが観察された。そこから、集落の農地保全計画は、農家が主体的な議論の中から問題点を把握していくなど、保全すべき農地を明確化するプロセスそのものに重要性があることを示した。一方、数量化II類分析の結果からは、現況の農地利用と土地利用区分の結果とでは、土地利用が規定される要因に違いが見られ、個々の農家の論理と集落の論理を収斂させていくような情報の提供が必要であると判断された。

 以上の点から、支援者が、土地利用区分方式を様々に構築してデモンストレーションすることにより集落の意思決定を支援する方法を提示し、また、農家が自主的に保全すべき農地を明確化するプロセスそのものを自主的土地利用区分手法として整理し、提案した。

 4.主体的な議論からなる土地利用区分に客観性を与える農地利用の予測方法

 H集落の事例では、労働力面から土地利用区分の実現可能性を追及することにより、様々な問題解決のフィードバックが生まれたことが注目された。そのような効果が発現した理由を議論の検討過程から推察すると、労働力面から土地利用区分の実現可能性の追求を行ったことがあげられた。つまり、描いた空間計画と労働力制約から導かれる農地利用とのギャップが認識されたことにより、そのギャップを埋めるための対策が様々に検討されたことが指摘された。そこで、引き続きH集落を対象として、主体的な議論からなる土地利用区分に客観性を与える方法として、土地利用区分の実現可能性を労働力の面から追及する農地利用予測方法の議論を行った。その結果、現在中心的に農地利用を担っている経営主世代のリタイアと、それに伴うあとつぎの就農行動が農地利用の規定要因としてあげられ、それら個々の世帯員の行動を反映させる予測手法としてマイクロシミュレーションを採用し、農地利用シミュレーションを構築した。このシミュレーションをH集落に適用した結果、およそ10haが保全可能な農地面積として示された。さらに、この結果を前述の土地利用区分方式に統合することにより、農家らの主体的な議論に客観性を付与することができることを示した。

 5.上位計画が農地利用の方向性を見極めていくための農地利用の予測方法

 前述の議論では、農地利用の変化は専ら農業労働力の変化に規定されるという条件のもとに行われた。一方で、農地利用は、米価の水準や直接支払い制度など、農産物価格や政策にも左右されることが予想される。そこで、上位計画が将来の農地利用の方向性を見極めるための方法として、農産物価格や政策に対する農家の反応を把握する農家行動モデルをマイクロシミュレーションに組みこむことにより、それらの影響を考慮する農地利用の予測方法を構築することとした。ここでは、借地の拡大を志向する農家の借地拡大行動を想定し、新潟県東頚城郡牧村の全農家を対象とするアンケート調査からモデルを推計することとした。推計の方法は、選択実験手法を用いた。

 借地拡大行動モデルを推計したところ、農家は、米価やほ場条件、小作料により強く規定されていることが明らかとなった。一方で、借地拡大行動に限定すれば、直接支払いの額は、それ程大きな影響を与えていないことが明らかとなった。しかし、3ha以上拡大可能と回答する農家は、直接支払いの金額にその行動が規定されることが明らかとなっており、より直接的な効果を期待するためには、規模の比較的大きい農家への助成が効果的であることが示された。借地拡大行動モデルの推定結果をマイクロシミュレーションによる農地利用予測に組みこんだところ、2000年から2005年の間は、1995年から2000年の間と同様の減少程度が示された。この結果から、今後も一層農地利用が減少していくことが予想され、耕作放棄の増加を前提に農地利用の転換方向について別途議論が必要であることが示された。

 6.結論

 本研究では、中山間地域を対象に農地保全を目的とする計画の枠組みを積み上げ調整方式として提示した。そのような計画の枠組みにおいて保全すべき農地の把握方法に関する方法論を議論した。そこでは、農家らの自主的な土地利用のコントロールや問題解決のフィードバックを引き出す自主的土地利用区分手法を提示したが、さらに、労働制約に基づく農地利用予測シミュレーションを統合することにより、主体的な議論に客観性を付与できることを示した。上位計画については農家行動モデルを組みこむことにより、農産物価格や政策などの影響を考慮した市町村全体の農地利用予測方法を示した。予測の結果からは、今後、本研究で議論したような集落の農地保全計画の策定が重要になると予想され、例えば、直接支払い制度の集落協定などを通じた計画策定の推進が提言された。

審査要旨 要旨を表示する

 中山間地域では、ほ場条件の不利性や労働力の減少と高齢化を踏まえ「計画的撤退」やゾーニングの必要性が提起されている。これらについては、土地分級手法に関する議論が中心的になされてきたが、その研究成果は、農家らの主体的な視点からの議論が不充分であったこと、土地分級手法を適用する計画の枠組みが手法の検討とあわせて議論されなかったことなどから、中山間地域の農地保全を目的とする計画策定の場面に実際に用いられているとは言いがたい。そこで本論文では、真に農地保全を達成するために、農家の主体的な立場から保全すべき農地にアプローチし、そこから保全すべき農地の把握方法を提示することを目的としている。

 まず本論文では、現行の法制度には「計画的撤退」やゾーニングを議論する体制が充分に備わっていないことを整理し、中山間地域における農地保全を目的とする土地利用計画の枠組みとして農家が主体となって策定する集落の農地保全計画とそれを位置付ける市町村上位計画の相互の関係からなる積み上げ調整方式を提示した。また、研究のフレームワークを示すとともに(1)農家が主体的な立場から保全すべき農地を明確化していく土地利用区分の方法、(2)主体的な議論から導かれる土地利用区分に客観性を与えるための農地利用の予測方法、そして(3)上位計画が農地利用の方向性を見極めていくための農地利用の予測方法という課題を設定している。そして、本論文では、中山間地域の中でも規模拡大に対する条件不利性を有する傾斜地水田地帯を対象に限定し、わが国で最も卓越する傾斜地水田地帯である新潟県東頚城郡の安塚町、および牧村を事例として議論を進めている。

 まず、(1)の課題については、安塚町のH集落において策定された土地利用区分結果について数量化H類を用いて分析することにより、保全すべき農地はほ場の条件から一元的に導かれるのではなく農家らの話し合いや調整の結果から導かれること、集落の農地保全計画は農家が主体的な議論の中から問題点を把握し解決につなげていくプロセスそのものに重要性があること、個々の農家の論理と集落の論理を収斂させるような情報の提供が必要であることを明らかにしている。そこから、支援者が、土地利用区分方式を様々に構築してデモンストレーションすることにより集落の意思決定を支援する方法と農家が自主的に保全すべき農地を明確化するプロセスを自主的土地利用区分手法として提案している。

 (2)の課題については、H集落を事例とし土地利用区分の実現可能性を労働力の面から追及する農地利用予測方法の議論を行っている。その結果、現在の経営主のリタイアとそれに伴う跡継ぎの就農行動など世帯員個々の行動を反映させる予測手法として、マイクロシミュレーションを採用した農地利用シミュレーションを構築している。このシミュレーションをH集落に適用した結果、およそ10haが保全可能な農地面積として示され、さらに、この結果を前述の土地利用区分方式に統合することにより、農家らの主体的な議論に客観性を付与することができることを示した。

 (3)の課題については、上位計画が将来の農地利用の方向性を見極めるための方法として、農産物価格や政策に対する農家の反応を把握する農家行動モデルをマイクロシミュレーションに組みこむことにより、それらの影響を考慮する農地利用の予測方法を構築した。まず、牧村の全農家を対象とするアンケート調査から農家の借地拡大行動について選択実験手法を用いて推計している。その結果、農家は借地を行う際に、米価やほ場条件、小作料により強く規定される一方、直接支払の額にはそれ程大きな影響を受けないことを明らかにした。借地拡大行動の推計結果を農地利用予測に組みこんだところ2000年から2005年の間は、1995年から2000年の間と同様の減少程度が示された。この結果から、中山間地域では、耕作放棄の増加を前提に農地利用の転換方向にっいて別途議論が必要であることが示された。また、これらの結果から、直接支払制度の集落協定を通じた農地保全計画策定の推進を提言している。

 以上要するに本論文は、中山間地域を対象に農地保全を目的とする計画の枠組みを積み上げ調整方式として提示し、その枠組みにおいて、農家らの自主的な土地利用のコントロールや問題解決のフィードバックを引き出す自主的土地利用区分手法、主体的な議論に客観性を付与する農地利用予測シミュレーション手法、農産物価格や政策に対する農家行動を考慮した農地利用の予測方法について論じたものであり、応用上、学術上、貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。

UTokyo Repositoryリンク