学位論文要旨



No 215976
著者(漢字) 高橋,正義
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,マサヨシ
標題(和) 都市近郊林の動態把握とモニタリング手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 215976
報告番号 乙15976
学位授与日 2004.04.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15976号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 教授 下村,彰男
 東京大学 助教授 白石,則彦
 東京大学 助教授 斎藤,馨
 東京大学 助教授 石橋,整司
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、都市近郊林を対象に土地利用や森林資源の状況、歴史的な動態を把握するとともに、都市近郊林に対する住民の意識や利用、野生生物の状態など都市近郊林に関連する情報をモニタリングする手法に関して論じたものである。

第1章では、都市近郊林とその問題の概要を明らかにした。まず始めに都市近郊林の定義に関するこれまでの議論を紐解き、本研究では「都市住民の生活との関わりが特に深いことから、特別な森林の取り扱いが要求される都市周辺地域に存在する森林の総称」と定義した。次に、都市近郊林に関係する法制度について触れ、これまでの研究について概観した。

 第2章第1節では都市近郊林の変遷と現状について、関東平野1都6県を対象に世界農林業センサス統計を用いたマクロな視点から把握した。都市化の影響は単に市街地の拡大だけにとどまらず、我々のライフスタイルの変化によって都市がより都市としての土地を必要とし、結果として森林や耕地が相対的に減少した過程が読みとれた。

 続いて、第2節では埼玉県所沢市を対象に、多時期の植生や土地利用情報などを用いてミクロな視点から土地利用を含む都市近郊林の変遷と現状を把握した。所沢市は、1950年代半ばまで江戸期の新田開発後に形成された農地と森林が広がる地域であったが、1960-80年代の大規模な開発によって市中心部に近い森林や農地が市街地へ姿を変えた。その後も市街化区域内で小規模な開発が行われ、かっての田園景観は市の外辺部に見られるだけになったことが明らかになった。また都市化が抑制されているはずの市街化調整区域でも1990年代には小規模な開発によって残土置き場や産業廃棄物施設などが立地し、新たな環境問題も生じていた。この間、森林と結び付いた伝統的な農業から、都市近郊農業へと農業が構造的に変化したことや1970年代のマツ枯れにより広葉樹林化が進んだことや、過去30年以上伐採がなされていないことにより林分樹が高い林分が大半を占めており、現在の森林景観はかっての「武蔵野の雑木林」とは異なることが明らかになった。

 第3章では都市近郊林に対する一般住民の意識や利用の実態を、アンケート調査や入林者/車の長期モニタリング調査によって明らかにした。第1節では埼玉県所沢市の住民に対し、居住地周辺の身近な範囲にある森林と所沢市全体の森林に対する意識や利用の実態をアンケート調査によって把握、分析した。その結果、1)住民にとって身近な緑環境とは、おおむね1km前後、最大でも2km程度以下の広がりの中にある緑であり、その広がりの大きさは性別や年齢などによっても異なること、2)郊外では主に面的な広がりを持つ森林を緑として、市街では、面的な広がりを持つものだけでなく、単木を中心に構成される街路樹や比較的疎な公園の樹木群も緑として認識する傾向があること、3)森林の持つ機能に対する評価は、緑の量に対する回答がより多い人ほど、また、緑にふれあう機会が多い人ほどより高く評価する傾向があること、4)一部の機能では、年齢層や居住地、生徒や老人との同居が評価を変える要因として働く傾向があること、などが明らかになった。つまり、一般住民は身近な森林について正確に把握しており、身近な森林を正しく認知している人ほど、また、緑に親しむ機会が多い人ほど都・市近郊林をより高く評価していた。

 第2節では東京大学千葉演習林の一杯水林道周辺を利用する利用者に対するアンケート調査によって、第3節では北海道札幌市の奥定山渓国有林における一般車/者の利用実態について自動入林記録装置を用いた長期モニタリング調査によって明らかにした。千葉演習林一杯水林道を利用する一般利用者は、その多くが演習林周辺の他施設を利用することを目的とした利用者であり、一杯水林道はそれまでのアクセス道として利用していたこと、また、一般利用者の中心は団体でしかも初めて訪れる中年女性であることが明らかになった。

 奥定山渓国有林に入出する利用者/車の実態を自動入林記録装置である赤外線アクティブ型カウンター(Trail Traffic Counter)を利用した春期1ヶ月間の観測データから明らかにした。その結果、業務で入林する数を大きく上回る非常に多い入出が記録されていた。特に、週末は平日の2倍かそれ以上の入林があることが明らかになった。自動入林記録装置を用いることで連続して入林の実態を把握できたことにより、早朝から夕刻まで間断なく入出林があり、そのピークは午前中にあることなどこれまで知られていなかった実態を把握することが出来た。年間を通じて連続観測が出来れば、入林の季節性なども把握出来ると考えられる。

 都市近郊林は都市域における野生動植物の生息の場としても重要である。そこで第4章では都市近郊林における典型的な野生動物である鳥類を取り上げた。鳥類繁殖種数に関する情報と土地利用の関係から、鳥類の繁殖適地の推定を行った。その結果森林性の鳥類の繁殖種数と樹林地の間に相関関係を見いだすことが出来た。また、鳥類全体で見ると、樹林地とは正の、市街地とは負の相関関係が見られた。これらの関係を繁殖ポテンシャルとして用い、実際の土地利用の推移から3時期の鳥類ポテンシャルマップを作成した。これにより、土地利用情報から鳥類の繁殖に適した環境が備わっている地域を明らかにした。繁殖ポテンシャルモデルの精度を高めるには、上部直径や主枝の太さや高さといった鳥類の繁殖環境に関連の深い樹木情報を収集する必要がある。そこで、画像を使って簡便に計測することが出来るメジャリングカメラを用いたシステムを開発した。メジャリングカメラを用いた計測システムは、樹木を間接計測する他のシステムと比べ高い精度で計測することが出来るもので、1)間接的に樹木を計測することが出来る、2)計測と同時に沢山の情報を持った映像を写真によって記録することが出来る、3)操作が簡単で測定者が一人で計測することが出来る、といった利点を有している。

 第5章では、生物資源や生態系を管理するために用いられているギャップ分析を応用し、都市近郊林が持つ様々な役割からみて保全、保護の対象となる区域と、現時点での都市近郊林に関する諸施策との隔たりを地理情報上で重ね合わせることで明らかにした。所沢市の場合、都市近郊林として重要であるにもかかわらず、保全が図られていない区域(ギャップ)は、主に武蔵野台地上に広がる平地林に多く見られた。また、ギャップの中でも数多くの機能から見て重要であるにもかかわらず保全対策が講じられていない「ホットスポット」も同時に抽出できることを示した(図−1)。都市近郊林は樹木を中心とした植生が成長や、人為的な管理、開発によって消失によって常に変化している。また都市近郊林を利用する動物層や住民の森林に対する意識も変化することから、都市近郊林の現状をモニタリングし、地理情報システムの空間解析能を利用してギャップやホットスポットを抽出することで、現時点で対策が必要な地域を容易に浮き上がらせることが出来る。都市近郊林の保全を効率的に行うにはギャップやホットスポットに該当する都市近郊林について現地での調査検討などによって個々の林分毎に保全対策を行えばよい。

 都市近郊林にギャップ分析を適用する場合、モニタリング得られる野生動植物や森林の情報や保全、管理に関する情報など様々な情報が必要がある。この情報の収集に最も多くのコストがかかることが問題点としてあげられる。しかし、市町村や都道府県、国などの行政機関にはしばしば過去に営々と築き上げた様々な情報が数多く眠っている情報をデジタル化して再活用したり、行政内で空間情報を持つ情報を共有化し地理情報システムで扱えるようにするれば必要な情報の一部は手に入れることが出来る。また第4章で示したように森林に関心の高い都市住民は身近な緑について正確に知っていることが多い。こうした都市住民と連携してモニタリングを行えば、不足している情報も得られるであろう。また、住民の中には秀でた専門性を有する者も少なからず居住していることから、都市近郊林のモニタリングに居住者が参加することは有効な方法であると考えられる。

図-1 所沢市におけるホットスポット

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、都市近郊林を対象に土地利用や森林資源の状況、歴史的な動態を把握するとともに、都市近郊林に対する住民の意識や利用、野生生物の状態など都市近郊林に関連する情報をモニタリングする手法に関して論じたものである。

 第1章では、都市近郊林の定義を明らかにすると共に、これまでの研究について概観している。

 第2章では、まず関東平野1都6県を対象に世界農林業センサス統計を用いてマクロな視点から近郊林の動態を把握し、森林や耕地が相対的に減少して過程を明らかにしている。続いて、埼玉県所沢市を対象に、多時期の植生や土地利用情報などを用いてミクロな視点から土地利用を含む都市近郊林の変遷と現状を把握し、(1)所沢市は、1960-80年代の大規模な開発によって市中心部に近い森林や農地が市街地へ姿を変え、(2)その後も市街化区域内で小規模な開発が行われ、かつての田園景観は市の外辺部に見られるだけになったことが明らかになった。また、(3)都市化が抑制されているはずの市街化調整区域でも1990年代には小規模な開発によって残土置き場や産業廃棄物施設などが立地し、新たな環境問題も生じていたこと、(4)この間、伝統的な農業から、都市近郊農業へと変化したこと、(5)1970年代のマツ枯れにより広葉樹林化が進んだこと、(6)過去30年以上伐採がなされていないことにより林分樹が高い林分が大半を占めており、現在の森林景観はかつての「武蔵野の雑木林」とは異なることなどが明らかになった。

 第3章では、まず埼玉県所沢市の住民に対し、居住地周辺の身近な範囲にある森林と所沢市全体の森林に対する意識や利用の実態をアンケート調査によって把握、分析した。その結果、1)住民にとって身近な緑環境とは、おおむね1km前後、最大でも2km程度以下の広がりの中にある緑であり、その広がりの大きさは性別や年齢などによっても異なること、2)郊外では主に面的な広がりを持つ森林を緑として、市街では、面的な広がりを持つものだけでなく、単木を中心に構成される街路樹や比較的疎な公園の樹木群も緑として認識する傾向があること、3)森林の持つ機能に対する評価は、緑の量に対する回答がより多い人ほど、また、緑にふれあう機会が多い人ほどより高く評価する傾向があることなどが明らかになった。つまり、一般住民は身近な森林について正確に把握しており、身近な森林を正しく認知している人ほど、また、緑に親しむ機会が多い人ほど都市近郊林をより高く評価していた。

 次いで、東京大学千葉演習林の一杯水林道周辺を利用する利用者に対するアンケート調査、北海道札幌市の奥定山渓国有林における一般車/者の利用実態について自動入林記録装置を用いた長期モニタリング調査を行い、(1)千葉演習林一杯水林道を利用する一般利用者は、その多くが演習林周辺の他施設を利用することを目的とした利用者であり、一杯水林道はそれまでのアクセス道として利用していたこと、また、一般利用者の中心は団体でしかも初めて訪れる中年女性であること、(2)奥定山渓国有林では、業務で入林する数を大きく上回る非常に多い入出が記録されていること、訪問者のピークは午前中にあることなどが明らかになった。

 第4章では、鳥類繁殖種数に関する情報と土地利用の関係から、鳥類の繁殖適地の推定を行っている。その結果、森林性の鳥類の繁殖種数と樹林地の間に相関関係があることが分かり、これらの関係を利用して、3時期の鳥類繁殖ポテンシャルマップを作成している。これにより、土地利用情報から鳥類の繁殖に適した環境を備えている地域が判明する。繁殖ポテンシャルモデルの精度を高めるには、上部直径や主枝の太さや高さといった鳥類の繁殖環境に関連の深い樹木情報を収集する必要がある。そこで、画像を使って簡便に計測することが出来るメジャリングカメラを用いたシステムを開発した。

 第5章では、生物資源や生態系を管理するために用いられているギャップ分析を応用し、所沢市の場合、保全対策が講じられていない「ホットスポット」を抽出できることを示した。都市近郊林をめぐる環境や住民の意識は絶えず変化しており、都市近郊林の現状をモニタリングし、地理情報システムの空間解析能を利用してギャップやホットスポットを抽出することで、現時点で対策が必要な地域を容易に浮き上がらせることが出来る。

 都市近郊林にギャップ分析を適用する場合、様々な情報の収集に多くのコストがかかることが問題点としてあげられる。しかし、市町村や都道府県、国などの行政機関にはしばしば過去に営々と築き上げた様々な情報が数多く眠っている情報をデジタル化して再活用したり、行政内で空間情報を持つ情報を共有化し地理情報システムで扱えるようにすれば必要な情報の一部は手に入れることが出来る。

 以上、本論文は、都市近郊林をめぐる土地利用に関する歴史的変遷や現状に関する情報、市民や住民の意識に関する情報、都市近郊林の林分構造に関する情報などを有機的に統合し、かつそれらの情報を介して都市近郊林をモニタリングする手法を考究したもので、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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