学位論文要旨



No 215978
著者(漢字) 藤原,敬
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,タカシ
標題(和) 「持続可能な森林管理」の地球的なレジーム形成と木材貿易に関する研究
標題(洋)
報告番号 215978
報告番号 乙15978
学位授与日 2004.04.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15978号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 助教授 井上,真
 東京大学 助教授 白石,則彦
内容要旨 要旨を表示する

1  研究の背景と課題

熱帯林の急速な減少が地球環境問題のテーマとして認識されるようになってから、20年間の間、持続可能な森林管理の国際的な実現が追求されてきたが、2003年の現時点でもその実現にはいたっていない。他方、地球的規模での環境問題を処理する枠組みとしてオゾン層の保護、温暖化防止、生物多様性の保全など、それぞれの分野ごとに多国間協定による規範と規則のシステム(環境レジーム)が形成され成果をあげてきた。

本論では、地球サミットを中心にした20年間にわたる森林管理レジーム形成の過程を、レジーム形成に関する先行研究を基に分析し、森林管理レジームの抱える特殊性に起因する問題点を摘出し、レジーム形成の契機と展望を明らかにする。

2 研究の方法と構成

第一章において、熱帯林の急速な減少が明らかになったことを契機として森林問題が地球環境問題と認識されてから現在まで、約20年間の森林管理レジームの形成過程全体を対象に、文献に基づく分析・評価を行う。この中で、途上国たる熱帯林資源国の参画問題など森林管理レジーム特有の問題点を摘出し、その問題を克服するための契機を示唆する。

第二章においては、林産物貿易が地球的な森林管理レジーム形成に与える影響を明らかにする。そのため、第一に、貿易を媒介とした国際機関である国際熱帯木材機関と、地球サミット準備会合との議論を、文献に基づいて比較し、国際熱帯木材機関のアクターとしての重要性を明らかにするとともに、第二に、資源国が地球的なレジームに参画してくる契機が先進国の消費者の選択的な購買行動である、とする仮説の下に、各国の貿易依存度などのパラメーターと森林管理の質についての関係を、多変量解析の手法に基づき定量的に明らかにする。

第三章においては、森林管理レジームを構成する木材貿易上のアジェンダと我が国の役割を明らかにする。そのため、第一に、WTOの紛争処理過程などで繰り広げられた国際法上の議論を文献に基づき分析し、第二に、その結果に基づき、将来の森林管理レジームを構成する貿易制度、我が国の戦略上の立場など、今後の政策への含意を明らかにする。

3 本論が明らかにした点

この結果明らかになったことを要約すると次の通りである。

(1)森林管理レジームの特徴

森林管理レジームには他の分野の環境レジームと比べて次のような特徴がある。

ア)途上国参画のハードル

地球環境を取り扱った地球サミット全体の、最も重要なテーマが途上国の参画問題であり、全体として「共通だが差異のある責任」(リオ宣言第七原則)という規範でこの問題を処理した。しかし、特に矛盾の集中している熱帯林のほとんどが途上国に所在する森林管理レジームは、格段に困難な課題を背負っている。

イ)アクターの多様性

関連するアクターが広がり、南北間の国家の利害関係の調整だけでなく、森林に居住する住民、環境NGO、先進国の消費者、木材産業など各方面の利害調整が必要となっている。現にレジーム形成の基本的な動機付けにとって、緑の消費者の動向が重要な役割を果たしている実態にある。

ウ)貿易問題の重要性

一般に環境レジームの遵守性を高めるために貿易的手段は重要な役割をしているが、森林管理レジームについては、国際熱帯木材機関のアクターとしての重要性、熱帯木材ボイコットや森林認証のレジーム形成へ与えるインパクトなどの経験から、特に木材貿易手段がレジーム形成の契機や将来のレジームの構成要素として重要な意味をもつ。

(2)レジーム形成の契機としての地球市民の消費者としての役割

森林管理レジームの形成を次の段階に推し進めるモチベーションとして、持続可能な森林から生産された木材を求める地球市民の消費者として選択的行動と、生産側のそれに対する対応が、重要な契機となっている。現状では、我が国の消費者の影響力は欧米にそれに比べて少ない現状にあるが、我が国を含む極東市場の緑の消費者の成熟度が、今後の森林管理レジーム形成の一つのカギを握っている。

(3)森林管理レジームの形成への取り組みへの含意

ア)森林管理を包括的に取り扱うレジームの意義

貿易交渉が日程に上るたびに、林産物は、「貿易自由化によって森林破壊を引き起こす」として、紛争の要因になっているが、森林管理に対する責任のあるレジームが形成されていないことが、問題を拡大し複雑にしている。再生可能な木材を地球市民にアピールし、産地における森林管理に還元するために、「持続可能な森林管理」についての包括的なレジームが必要である。

気候変動枠組み条約、生物多様性条約など、森林管理を扱う環境条約は数々あるが、それぞれの目的の間で森林の管理に関するトレードオフの関係となっている場合があり、また、木材貿易など既存のフレームが扱っていない事項がある。来るべき森林管理レジームは、これらを包括的に取り扱うものである。

イ)公平で明快なアジェンダの設定

森林管理レジームの形成を交渉段階へと一歩進めるためには、生物資源を扱う他のレジームの経験、森林認証の展開、基準指標の報告の積み上げなどの、実践と理論の上に立った、公正で明快な提案が必要である。また、遵守性を高めるために木材貿易のルール化が望ましい。

ウ)林業政策の国際的な調整

林産物貿易の拡大によって、各国の林業や関連する環境政策が相互に影響を及ぼす状況になってきている。木材輸入国である我が国にとっては、輸入材の生産国における再生産コストが価格に反映しているかどうかということは、国内林業の生産条件を左右する重大問題である。その意味で、持続可能な森林経営の実現に向けての国際的な協調のもとでの取り組みは不可欠な課題である。また、我が国の政策立案の際にも、特に川下の林産物加工や流通にかかる助成政策の、WTO補助金相殺措置協定との整合性など、国際的な議論の動きを念頭に置くことが必要となっている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「地球規模の持続可能な森林管理の達成」という課題を、「国際レジーム論」という、戦後の世界政治の枠組みや、地球温暖化やオゾン層保全などの地球環境保全へ向けた国際的取り組みを分析するために開発されてきたツールに依拠して分析し、森林管理レジームの抱える問題点を摘出し、当該レジーム形成の契機と展望を解明したものである。

本論は次のような構成となっている。

第一章においては、1980年代初頭に熱帯林の急速な減少が明らかになり、地球環境問題と認識されてから、20年間の森林管理レジームの形成過程全体を対象に、関連する国際機関、政府、NGOなどが作成した文献の分析評価を行っている。第一章における記述は、森林管理レジームに関するダイナミックな議論が展開した1992年の国連環境開発会議(以下「地球サミット」)を巡り、第一節は地球サミットの準備過程、第二節では地球サミットの合意内容、第三節では地球サミット後のフォローアップ過程と分けて、レジーム形成の過程を分析し、第四節において全体を総括し、レジーム論を基礎にして考察を行っている。

この中で、Youngのレジーム論が提唱する、形成過程期に於ける作用要因の相違を媒介として、アジェンダ形成期から、交渉段階の要素を持った時期への転機を明らかにするとともに、レジームの定義に照らしたレジームアイディアの未成熟性、交渉段階に於ける途上国たる資源国の参画問題という森林問題の特殊なハードルとなった問題点を摘出し、その問題を克服する一つの契機が、地球的な立場で森林管理について圧力を加えている先進国の緑の消費者の動向であることを示唆している。

第二章においては、林産物貿易が地球的な森林管理レジーム形成に与える影響を明らかにしている。第一節では、貿易を媒介とした国際機関である国際熱帯木材機関と、地球サミット準備会合での議論を文献に基づいて比較し、貿易を媒介とした国際的な合意の可能性を明らかにしている。また、第二節では、資源国が森林管理レジームに参画してくる契機を、先進国の消費者の選択的な購買行動であるとする仮説の下に、主要貿易国の貿易依存度と森林管理の質についての関係を、多変量解析の手法に基づき定量的に明らかにしている。この中で、第一に、国際的な森林レジーム形成のネックである熱帯林資源国の拒否力を回避するモウメンタムの一つが、貿易を媒介とした国際的な枠組みの中での、林産物貿易に依存する構造を持った国の存在であること、第二に、各国の林産物貿易への依存度が森林の国際的管理の程度を規定していることがあきらかになり、世界の主要林産物市場における消費者の動向が産地国の森林管理水準に一定の影響を与えていること、第三に、日本を含む極東への輸出依存度が高い国は、欧米へ依存している国より森林管理の質が劣っている可能性があり、極東市場の環境への影響力が他の二つの市場に比べて軽微なものでしかないことなどを示唆した。そして、以上のことから、世界の中でも大きな市場の一つである日本の木材市場が環境指向を強めることが、世界の森林管理水準を引き上げる上で重要な役割を果たす可能性があることを指摘した。

 第三章においては、森林管理レジームを構成する木材貿易上のアジェンダと日本の役割を明らかにした。第一節では、WTOの紛争処理過程などで繰り広げられた国際法上の貿易と環境に関する議論を文献に基づき分析し、第二節では、その結果に基づき、将来の森林管理レジームを構成する貿易制度、日本の戦略上の立場など今後の政策への含意を明らかにした。その中で、第一に、経済の国際化が進行する中で、深刻化する環境問題に対処するためには、適切な環境政策及び関連する政策が国際的な協調の下に実施されることがきわめて重要になっていること、第二に、貿易規制などの手段は、環境政策の国際的な協調を図っていく上で有効な働きをはたす可能性があること、第三に、そのような環境政策が実現しないまま、さらなる貿易の自由化により経済の国際化が促進されることは、環境破壊を助長する可能性をもっていること、を明らかにした。

 以上要するに、本論文は、地球規模の持続可能な森林管理という極めて実践的な課題を、国際政治学上の制度形成論を切り口として解明し、最終消費者の消費態様が地球環境に与える影響を計量的に明らかにした意欲的な論考であり、政策上の示唆に富む極めて実践的な価値の大きいものであるのみならず、レジーム論、林政学など学術上も貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/49032