学位論文要旨



No 215980
著者(漢字) 藤本,直也
著者(英字)
著者(カナ) フジモト,ナオヤ
標題(和) 中国における農業用水関係施策の分析
標題(洋) Diversity of Agricultural Water Management : An Analysis of the Policies in the People's Republic of China
報告番号 215980
報告番号 乙15980
学位授与日 2004.04.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15980号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 大政,謙次
 日本獣医畜産大学 教授 松木,洋一
内容要旨 要旨を表示する

 最適な農業生産は,その地域の水資源によってのみ決定されるものではなく,土地,価格などの経済的要因,水利権,土地所有等の社会制度等様々な要因によって決定されており,問題が生じる場合にも,これらの要因が深く関係している。従って,農業用水管理に関する国際的評価や,仙国での成功例の導入には慎重にならざるを得ない。

 そこで,一国の中に小麦・米等の穀物生産地域が並存し,年間平均降水量(以下「降水量」)分布の地域差が著しい中華人民共和国(以下「中国」)を例にとり,インターネットから入手できた中国の水政策に関する中国語文献と現地調査の結果を用いて,同一の社会制度下での水管理問題を分析することにより,主に自然条件の違いによって農業用水管理はどのように変わるのかを明らかにした。

 その結果・中国の農業水利政策に責任を持つ31の省等(台湾を除く)における水利政策の特徴は以下のとおりであることを解明した。

(1)穀物生産と降水量との関係では,降水量が多いほど米作付け割合が高く(図1),降水量が少ないほど小麦作付け割合が高い(図2)。中国では,降水量が400mmより少ない全ての省で小麦が主要穀物となっていること,降水量が1,300mmより多い全ての省で,米が主要穀物となっていること等から,中国の各省を降水量400mm,800mm,1,300mmの3つの値で4分割(降水区分)した。すなわち,降水量が400mm未満をゾーン1,400mm以上800mm未満をゾーンII,800mm以上1,300mm未満をゾーンIII,1,300mm以上をゾーンIVと区分した。その結果,中国の31の省では,降水量1,000mm程度(800mmから1,300mm)を境に,より降水量の少ない地域では小麦の生産が,降水量の多い地域では米の生産が選択されている(表1)。

(2)表土流出防止対策,節水対策は,降水量の少ない省で重視されている(図3)。しかしながら,成功例は多くない(図4)。

(3)水資源管理,用水管理等の受益者との関係が重要な施策は,人口の多い省で重視されており(図5),農業用水の管理については,成功例も多く取り上げられている(図6)。このことは,複雑な利害関係の中で円滑な管理を行うための施策が成果を収めていることを示している。

(4)一方,水利権・水価格・水市場に関する施策については,各省の人口や降水量との関係は明確ではない。また,水利権・水価格・水市場は各々異なった概念であるにもかかわらず一つのテーマの下で議論されている点からも,政策としては発展途上であることがうかがえる。農業水利をめぐる法的整備が遅れている中国においては,水取引等に関する試験的な取組みが行われ,成功事例が大きく取り上げられている。

図1 米作付け割合と降水量との関係

図2 小麦作付け割合と降水量との関係

表1 穀物作付け割合と降水量との関係

図3 表土流出防止対策関係記事と降水量との関係

図4 表土流出防止対策関係記事の内容と降水量との関係

図5 農業用水管理関係記事と人口との関係

図6 農業用水管理関係記事の内容と人口との関係

審査要旨 要旨を表示する

 最適な農業生産は,その地域の水資源によってのみ決定されるのではなく,土地・価格等の経済的要因,水利権・土地所有等の社会制度等の諸要因によって決定されているため,農業用水管理に関する国際的評価や,他国での成功例の導入には慎重にならざるを得ない。本論文は,一国の中に小麦・米等の穀物生産地域が並存し,降水量分布の地域差が著しい中国を例にとり,ウエブサイトから入手できた水政策に関する中国語文献と現地調査の結果を用いて,同一の社会制度下での水管理問題を分析する過程で見出された,自然条件の違いによる農業用水管理の多様性に関して考究した論文である。

 第1章は,要約に充てられている。第2章では,近年,水管理に関する研究が世界的に注目されていること,主に欧米諸国において行われている水価格の議論が,必ずしもアジアモンスーン地域の実態を反映していないことを明らかにしている。また,中国の行政機関の情報管理が末端まで行き届いており,外国人が分析できる情報は限られていること等から,全ての省(県)の政策を比較分析するにはウエブサイトの中国語文献を参照せざるを得ないことを明らかにしている。

 第3章では,(1)中国の行政機関が,行政機関である国務院と,31の省(県)級人民政府等からなっていること,(2)「中国水法」等の基本法規や水管理全般に責任を持っているのは国務院水利部(省)であるが,具体的政策を定めるのは省政府であること,(3)洪水防止対策,農業用水の管理に関する政策の責任も省政府水利局にあることから,中国の水政策の分析には省レベルでの分析を行う必要があることを明らかにしている。更に,中国における水資源管理は,「中国水法」中に記述され,水利費,水資源費,水利許可制度の記載はあるが,水利権の概念はないことを明らかにしている。

 第4章では,中国語情報を分類整理した結果,省政府レベルでの水利政策を,以下の6点で特徴づけている。すなわち,(1)穀物生産と降水量との関係では,降水量が少ないほど小麦作付け割合が高く,降水量が多いほど米作付け割合が高いこと,(2)降水量が400mmより少ない全ての省で小麦が主要穀物となっていること,降水量が1,300mmより多い全ての省で,米が主要穀物となっていること等から,降水量1,000mm程度を境に,より降水量の少ない地域では小麦の生産が,降水量の多い地域では米の生産が選択されていること,(3)表土流出防止対策,節水対策は降水量の少ない省で重視され,成功例より問題点の方が多く指摘されていることから,表土流出防止対策,節水対策が解決の容易でない政策課題であると考えられること,(4)水資源管理や用水管理等のように,受益者との関係が重要な施策は人口の多い省で重視されており,農業用水の管理については成功例も多く取り上げられていることから,複雑な利害関係の中で円滑な水資源管理を行う施策は一定の成果を収めていると思われること,(5)農業用水の水質汚染を防止する施策は人口の多い省で重視される傾向があるが,問題点の提起に止まっていること,(6)水利権・水価格・水市場に関する施策と各省の人口や降水量との関係は明確ではなく,異なった概念である3者が同一テーマ下で議論されていること等から,政策としては発展途上であると考えられることである。

 第5章では,現地調査結果から,省政府レベルでの水利政策の特徴として,降水量317mmの甘粛省の現地調査では,水路からの漏水防止対策等による用水の節約が甘粛省最重要課題であり第4章(3)の結論を実証している。次に,人口約91百万人の山東省の現地調査では,ICカードを使った従量制課金が行われる等先進的な水資源管理が行われていること,低平地に属する人口約74百万人の江蘇省では,揚子江の水資源を黄河流域にまで流域変更する南水北調プロジェクトの東部ルートが計画されており,複雑な用水管理が必要となっていること等から第4章(4)の結論を実証している。最後に,降水量約1,700mm,人口約47百万人の浙江省で行われている水取引は,水融通であって水利権の売買ではないことを明確にし第4章(6)の結論を実証している。

 第6章では,上記の結論が取りまとめられている。

 以上要するに本論文は,同一の社会体制,法律体制下にある中国の省毎の水管理施策が自然条件により多様な状況となっていることを論じたものであり,応用上,学術上,貢献するところが少なくない。よって,審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと判断した。

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