学位論文要旨



No 215981
著者(漢字) 奥,敬一
著者(英字)
著者(カナ) オク,ヒロカズ
標題(和) 林内トレイルにおける景観体験のモデル化に関する研究
標題(洋)
報告番号 215981
報告番号 乙15981
学位授与日 2004.04.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15981号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 熊谷,洋一
 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 下村,彰男
 東京大学 助教授 斎藤,馨
 東京大学 助教授 小野,良平
内容要旨 要旨を表示する

 人々に自然とのふれあいの場を提供する森林レクリエーション空間において,その周囲に展開する森林景観は,利用者の背景,あるいは主要な興味対象として,利用者の体験を豊かで好ましいものにするために非常に重要な要素である。そして,その景観体験はレクリエーション行動と不可分な関係性の下にある。本論文は,環境心理学的なアプローチにより,レクリエーションに供される森林内のトレイルを対象として,そこを現実に利用する人々がどのように森林の景観を享受しているのかを理解し,計画論的に扱うための切り口を提供しようと試みた研究である。

 まず,第1章においては,景観は人と環境との相互作用によって成立すると考える体験論的な立場をとる研究として本論文を位置づけ,林内トレイルにおける一般のレクリエーション利用者の景観体験が,どのような空間的・時間的パターンで生じているのかを明らかにすること,その景観体験の評価特性を明らかにすること,これらをあわせて林内トレイルにおける景観体験をモデル化して理解すること,の3点を主目的とすることを示した。また,用語の定義を行い,論文の構成を示した。

 第2章においては,本論文の主要なテーマである現地での景観体験をとらえるための手法についてレビューを行い,特に本研究においてキーとなる手法として,写真投影法と標識サンプリング法について詳細にレビューし,本研究の論点に関するデータを有効に収集可能な手法であることを示した。また,調査対象地である京都大学芦生演習林についても説明を行った。

 第3章では,写真投影法を用いた調査により,実際の林内で人間の移動に伴って現れる様々な景観のうち,どのような景観の型が認識されやすいのかを明らかにし,その空間的な構造のパターンを図化して示した。そして,利用者側の来訪目的や同行者など,利用形態に関する要因によって認識される景観型にも違いが見られることを明らかにした。

 第4章では,林内トレイルでの景観体験がどのような時間的分布で生するのかを明らかにするために写真投影法を用いた。その結果,利用者の撮影行動は集中と弛緩を繰りしながら,全体としてはほぼ一定,ないしはペースを減衰しながら行われていることが明らかとなった。これらの結果を受けて,レクリエーション利用者の景観体験の仕組みとして,周囲の環境との相互作用によって,励起と弛緩の変動を繰り返す景観意識レベルと実際の評価を行う段階とからなる概念図を提示した。

 第5章では,標識サンプリング法を用い,第3章で示したいくつかの景観型を対象として,レクリエーション利用者による心象評価を行った。さらに,同一の被験者に対して一定日数のインターバルをおいて質問紙と現地の写真を郵送し,現地での評価と写真による評価との比較を行った。その結果,環境・植生に関する物理指標と心象評価との間には関係性は見いだしにくく,むしろ,景観型の違いや,現地特有のシークエンシャルな要因による効果がより影響していることが示された。また,景観型によって現地での景観評価の特性は異なっていた。

 第6章では,林内トレイルでの景観体験を理解するための,概念的,定量的なモデルを構築した。まず,第3,4章の結果から林内トレイルでの景観体験が形成される過程を概念モデルとして示した。次に林内トレイルでの総合的な評価を表す「満足度」について重回帰による予測モデルを作成し,満足度の形成と,景観体験の寄与について考察した。そして,この2つを組み合わせることで,林内トレイルにおける景観体験の統合的なモデル(図1)を提示した。そして,カタルシス理論などと対比しつつ,概念としての有効性や景観計画への応用について論じた。

 第7章では,前章までの結果をまとめ(表1),シークエンスに関する結果,および,関連する個別のシーンや林分に関する結果については,本研究において見出された現象や効果などを「パターン」として列記し,それぞれのパターンに対応する景観体験上の効果や景観管理などへの応用の方向を示した。また,方法論に関しては,現地で実際の利用者を対象とした場合に指摘できる,研究方法ごとの特性などについて示した。結論として,まず,実際のレクリエーション林の計画では,活動のための場の形成だけでなく,スナップショット的な好ましい景観の形成や,動線上の景観体験の形成をうまく組み合わせることが必要であることを示した。そして,個々の林分に対して活動適性,あるいはスナップショット的評価から適当とされる施業管理をひとつひとつ当てはめていくよりも,レクリエーション空間全体を通した体験の満足感が十分に良好になるように,利用者の行動シークエンスに着目した包括的な配置計画を作成する方が効率的であることを考察した。また,今後の課題についても整理した。

図1 林内トレイルにおける景観体験の統合モデル

表1 本研究で示した結果の一覧

審査要旨 要旨を表示する

 人々に自然とのふれあいの場を提供する森林レクリエーション空間において,その周囲に展開する森林景観は,利用者の背景,あるいは主要な興味対象として,利用者の体験を豊かで好ましいものにする重要な要素である。そして,その景観体験はレクリエーション行動と不可分な関係の下にある。本論文は,レクリエーションに供される森林内のトレイルを対象とし,環境心理学的なアプローチにより,そこを利用する人々がどのように森林の景観を享受しているのかを理解し,計画論的に扱うための知見を提供しようと試みた研究である。具体的には以下の3点を目的としている。(1)林内トレイルにおけるレクリエーション利用者の景観体験がどのような空間的・時間的パターンで生じているのかを明らかにする。(2)その景観体験の評価特性を明らかにする。(3)これらをあわせて林内トレイルにおける景観体験をモデル化する。

 まず,第1章においては,景観は人と環境との相互作用によって成立すると考える体験論的な立場をとる研究として本論文を位置づけ,上記の3点を主目的とすることを示した。また,用語の定義を行い,論文の構成を示した。

 第2章においては,本論文の主要なテーマである現地での景観体験をとらえるための手法についてレビューを行い,特に本研究においてキーとなる手法として,写真投影法と標識サンプリング法について詳細にレビューし,本研究の論点に関するデータを有効に収集可能な手法であることを示した。また,調査対象地である京都大学芦生演習林についても説明を行った。

 第3章では,写真投影法を用いた調査により,実際の林内で人間の移動に伴って現れる様々な景観のうち,どのような景観の型が認識されやすいのかを明らかにし,その空間的な構造のパターンを図化して示した。そして,利用者側の来訪目的や同行者など,利用形態に関する要因によって認識される景観型にも違いが見られることを明らかにした。

 第4章では,やはり写真投影法を用い,林内トレイルでの景観体験がどのような時間的分布で生起するのかを明らかにした。その結果,利用者の撮影行動は集中と弛緩を繰り返しながら,全体としてはほぼ一定,ないしはペースを減衰しながら行われていることが明らかとなった。これらの結果を受けて,レクリエーション利用者の景観体験の仕組みとして,周囲の環境との相互作用によって,励起と弛緩の変動を繰り返す景観意識レベルと実際の評価を行う段階とからなる概念図を提示した。

 第5章では,標識サンプリング法を用い,第3章で示したいくつかの景観型を対象として,レクリエーション利用者による心象評価を行った。さらに,同一の被験者に対して一定日数のインターバルをおいて質問紙と現地の写真を郵送し,現地での評価と写真による評価との比較を行った。その結果,環境・植生に関する物理指標と心象評価との間には関係性は見いだしにくく,むしろ,景観型の違いや,現地特有のシークエンシャルな要因による効果がより影響していることが示された。また,景観型によって現地での景観評価の特性は異なっていることも明らかとなった。

 第6章では,林内トレイルでの景観体験を理解するための,概念的,定量的なモデルを構築した。まず,第3,4章の結果から林内トレイルでの景観体験が形成される過程を概念モデルとして示した。次に林内トレイルでの総合的な評価を表す「満足度」について重回帰による予測モデルを作成し,満足度の形成と,景観体験の寄与について考察した。そして,この2つを組み合わせることで,林内トレイルにおける景観体験の統合的なモデルを提示した。そして,カタルシス理論などと対比しつつ,概念としての有効性や景観計画への応用について論じた。

 第7章では,本研究で明らかになった成果をとりまとめ、今後の課題について論じた。

 以上、本研究は森林のレクリエーション利用に際して、景観体験と物的要素との関係、そして個々のシーン景観の体験とレクリエーション利用総体の満足感との関係を明らかにしたものであり、人との共生の観点から、森林の造成・管理計画のあり方を論じたものと評価できる。本研究で得られた知見は、今後の森林景観や森林管理に関する研究および実践に大きな影響を与えるものと考えられ、学問上、応用上寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50246