学位論文要旨



No 215984
著者(漢字) 池野,聡一
著者(英字)
著者(カナ) イケノ,ソウイチ
標題(和) 放線菌Streptomyces kasugaensisの生産するアミノグリコシド系抗生物質カスガマイシンの生合成とその排出に関する分子遺伝学的研究
標題(洋)
報告番号 215984
報告番号 乙15984
学位授与日 2004.04.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15984号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

 Streptomyces属放線菌(以後,放線菌と称す)はグラム陽性の原核微生物であるが,真核微生物のカビに類似した菌糸状の生育形態を示して気菌糸形成から胞子形成にいたる形態分化を行う。さらに,抗菌活性をはじめとする多種多様な生理活性をもつ抗生物質を二次代謝産物として生産している。放線菌から見出された抗生物質は,これまで発見されたカビをはじめとする微生物由来の抗生物質の60%を占めており,放線菌は創薬の研究・開発において極めて重要な微生物資源であると言える。

 アミノグリコシド(AG)系抗生物質に分類されるカスガマイシン(KSM)は,稲イモチ病菌Piricularia oryzae(現在ではMagnaporthe griseaの学名が使用されている)に対して強い抗菌活性を示す物質として,1965年に梅沢らによってStretomyces kasugaensis M338-M1株の培養ろ液から発見され,現在でも農薬として国内で広く使用されている。KSMは,アミノ糖のカスガミンとD-chiro-イノシトールがグリコシド結合して,カスガミン部分のC-4'位にはカルボキシホルミドイル側鎖を有する(図1)。

KSMの生合成については,カルボキシホルミドイル基がグリシン,カスガミンがUDP-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc),そしてD-chiro-イノシトールがmyo-イノシトールをそれぞれ前駆体としていることが明らかにされている。しかし,その後,KSM生合成の酵素学的研究は行われず,また分子遺伝学的研究についても,約25年を経た1993年にKSM生産菌株Streptomyces kasugaensis MB273-C4株からC-2'位のアミノ基を特異的にアセチル化してKSMを不活性化するKSMアセチル化酵素遺伝子(kac0273)のクローニングが行われたのみであった。著者は,農薬として今もなお重要な位置を占めているにも拘わらず,生合成の一部分の解明に留まっていたKSM生合成に着目し,既に確立していた放線菌での遺伝子操作技術とそれまでに蓄積されていた情報を駆使すればKSM生合成関連遺伝子群の取得が可能であろうと考えた。本研究は,KSM高生産株の育種およびハイブリッド抗生物質などの新規化合物の創製を究極の目的として,KSM生合成関連遺伝子群の取得を行うとともに,KSM生合成の総括的解明をめざすものである。

1)カスガマイシンアセチル化酵素遺伝子(kac)

 1993年,KSM生産菌株S.kasugaensis MB273-C4株よりKSMを特異的にアセチル化して不活性化するKSMアセチル化酵素遺伝子(kac273)がクローニングされた。著者は,KSM生産が認められた由来の異なる4放線菌株について,kac273をプローブとしてサザンブロット解析を行い,4菌株すべてにおいてkac273との相同DNA部分を見出した(各菌株に見出されたKSMアセチル化酵素遺伝子を"kac"と総称する)。また,Streptomyces albulus MF861-C4株より得られたKSM非生産株において,kac相同遺伝子が欠失していたことから,kac周辺領域にKSM生合成関連遺伝子群が存在している可能性が高いことが判明した。さらに,著者がS.kasugaensis M338-M1株よりクローニングしたkac338は,kac273の場合と同様に大腸菌JM109株をKSMに対して高度耐性化することを明らかにした。

2)S.kasugaensis M338-M1株のkac338周辺領域のクローニング

 著者は,S.kasugaensis M338-M1株よりkac338の周辺領域(22,414bp)をクローニングし,その全塩基配列を決定した。Open reading frame検索の結果,"kasクラスター"と命名したクローン化領域には,kac338の他に19個の遺伝子(以後kas遺伝子群と称する)が見出された(図2)。

3)kas遺伝子群の転写解析

 著者は,ノーザンブロット解析とRT-PCR法を用いて,kas遺伝子群の転写単位について検討した。その結果,kas遺伝子群はkasT,kasU,kasJ,kasKLM,kasNO,kasPQ,kasRA,kac338の単位で転写されていた。また,kasBCDEF領域は塩基配列の特徴から,ポリシストロニックに転写されていると思われるが,現在のところ少なくともkasCDとkasEFはポリシストロニックに転写されていることが示唆された。さらに,プライマーエクステンション法と5'-RACE法を用いて転写開始点の検討を行い,kasU,kasJ,kasKLM,kasNOの転写開始点を決定した。これらのプロモーター配列は,いずれもStreptomyses E.coli σ70-like promoters(SEP)と称するプロモーター配列と高い相同性が得られた。

4)カスガマイシン生合成に関わる遺伝子群

 kss遺伝子群がコードする推定タンパク質のアミノ酸配列情報を基に,相同性検索を行った結果,19遺伝子産物のうち12遺伝子産物について既知タンパク質との相同性が得られた。これらのうち,kasP,Q,R,A,C,Dの遺伝子産物は,C-3,C-6デオキシヘキソース生合成関連酵素や糖転移酵素などとの相同性が得られたことから,カスガミン生合成関連遺伝子群と推定された。また,kasN遺伝子産物はグリシン酸化酵素との相同性が得られたことからカルボキシホルミドイル基生合成遺伝子と推定された。さらに,kasJ遺伝子産物はストレプトマイシン(SM)生合成に関与するStsBなど,イノシトール性水酸基の酸化酵素との相同性が得られたことから,D-chiro-イノシトール生合成に関与していると推定された。

5)kas遺伝子群の転写調節に関わる遺伝子

 kasT遺伝子産物(KasT)は,Streptomyces griseusのSM生合成遺伝子クラスターにおける経路特異的転写活性化因子(StrR)と50%のidentityを示した。KasTのkasクラスターDNA領域への結合について,チオレドキシンとの融合タンパク質(Trx-KasT)を用いて検討したところ,KasTは少なくともkasU-kasJ遺伝子間領域,kasN上流領域,そしてkasQ-kasR遺伝子間領域に結合することが明かとなった。さらに,KSM非生産となった変異株R6D4では,kasTを含めKSM生合成に関与するkas遺伝子群の転写が抑制されていたが,R6D4株中でプラスミドを介してkasTを恒常的に強制発現させるとkas遺伝子群の転写が再び開始され,KSM生産が復帰したことを明らかにした。以上の結果より著者は,kasTがkasクラスターにおける経路特異的転写調節遺伝子であると考察した。

6)カスガマイシンの排出に関わる遺伝子群

 kasKLM遺伝子群は前後する遺伝子の開始コドンと終止コドンがATGAで重複していることから,オペロンを形成していると予想された。著者は,RT-PCR法を用いて,kasKLMがポリシストロニックmRNAに転写されていることを明らかにした。kasKLMは,抗生物質排出に関わるABCトランスポーターを構成する各サブユニットと相同性を有するタンパク質をコードしていると推定された。

大腸菌JM109株中でkasKLMを発現させた結果,得られた形質転換株がKSMに対して高度耐性化したことから,著者はkasKLMがKSMトランスポーターをコードしていると結論した。また,KSMトランスポーターの構築とその活性の発現には,各遺伝子産物であるKasK,KasLおよびKasMが必須であることを明らかにした。

図1 カスガマイシンの化学構造

(A)カルボキシホルミドイル基。(B)カスガミン。

(C)D-chiro-イノシトール。

図2 kasクラスターに見出されたkas遺伝子群

白抜きの矢印は,kas遺伝子群の位置および転写方向を示している。HはHindIII,KはKpnl,PはPsflそしてSはSatl認識部位を示している。

審査要旨 要旨を表示する

 アミノグリコシド系抗生物質に分類されるカスガマイシン(KSM)は、イネイモチ病菌Piricularia oryzae (Magnaporthe grisea) に対して強い抗菌活性を示す物質として、1965年に梅沢らによってStreptomyces kasugaensis M338-M1株の培養ろ液から発見され、現在でも農薬として国内で広く使用されている。本論文では、KSM生合成の全貌を解明し、KSM高生産株の育種およびハイブリッド抗生物質などの新規化合物の創製を行うための基盤を構築することを究極の目的として、KSM生合成関連遺伝子群の取得・機能解析を行った。

 まず第1章の序論で、KSMの生合成経路・生合成遺伝子、および本論文の研究目的について概説した後、第2章では、KSM生産が認められた由来の異なる4放線菌株すべてにおいて、KSMアセチル化酵素遺伝子(kac)が存在していることをサザンブロット解析により示した。また、S. albulus MF861-C4株より得られたKSM非生産株においてkac相同遺伝子が欠失していることを明らかにし、kac周辺領域にKSM生合成関連遺伝子群が存在している可能性が高いことを示した。さらに、S. kasugaensis M338-M1株よりクローニングしたkac338は、kac273の場合と同様に大腸菌JM109株をKSMに対して高度耐性化することを示した。

 第3章では、S. kasugaensis M338-M1株におけるkac338の周辺領域(22,414bp)の全塩基配列を決定し、当該領域には、kac338の他に19個の遺伝子(以後kas遺伝子群と称する)が存在することを示した。

 第4章では、kas遺伝子群がコードする推定タンパク質の機能を推定した。19遺伝子産物のうち12遺伝子産物については、既知タンパク質との相同性に基づいて、kasP、Q、R、A、C、Dの遺伝子産物はカスガミン生合成に、kasNおよびkasJ遺伝子産物は、カルボキシホルミドイル基およびD-chiro-イノシトールの生合成に関与していると推定した。また、kas遺伝子群の転写単位が、kasT、kasU、kasJ、kasKLM、kasNO、kasPQ、kasRA、kac338、kasCD、kasEFであることを示した。さらに、kasU、kasJ、kasKLM、kasNOの転写開始点を決定し、これらのプロモーター配列が、いずれもStreptomyces E. coli σ70-like promoters(SEP)と称するプロモーター配列と相同性を有していることを明らかにした。

 第5章では、kasTの機能解析を行っている。kasT遺伝子産物(KasT)は、S. griseusのストレプトマイシン生合成遺伝子クラスターにおける経路特異的転写活性化因子StrRと50%のidentityを示す。チオレドキシンとの融合タンパク質(Trx-KasT)を用いてゲルシフト解析を行い、KasTが少なくともkasU-kasJ遺伝子間領域、kasN上流領域、そしてkasQ-kasR遺伝子間領域に結合することを示した。また、kasTを含めKSM生合成に関与するkas遺伝子群の転写が抑制されているKSM非生産変異株R6D4にkasTを恒常的に強制発現させることにより、kas遺伝子群の転写抑制が解除され、KSM生産が復帰することを示し、kasTがkasクラスターにおける経路特異的転写調節遺伝子であると結論した。

 第6章では、KSMの排出に関わる遺伝子群の機能解析を行っている。RT-PCR法により、kasKLMがポリシストロニックに転写されていることを示した。また、これを大腸菌JM109株中で発現させた場合、得られた形質転換株がKSMに対して高度耐性化することを示し、kasKLMがKSM排出に関わるABCトランスポーターをコードしていると結論した。さらに、KSMトランスポーターの構築とその活性の発現には、各遺伝子産物であるKasK、KasLおよびKasMが必須であることも明らかにした。

 以上、本論文は、Streptomyces kasugaensis におけるKSM生合成遺伝子群を単離するとともに、当該遺伝子クラスターにおける経路特異的転写調節因子やKSMの排出に関わる遺伝子の生理学的機能を明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50249