学位論文要旨



No 215985
著者(漢字) 大高,健
著者(英字)
著者(カナ) オオタカ,ケン
標題(和) 含窒素有機化合物に関する合成化学的研究
標題(洋)
報告番号 215985
報告番号 乙15985
学位授与日 2004.04.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15985号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 早川,洋一
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、"含窒素有機化合物に関する合成化学的研究"と題し、アミノ基を含有する有機化合物の合成研究について、

1)α-アミノ酸骨格を有する生理活性天然物質の全合成研究

2)α、α-ジ置換アミノ酸合成のための光学活性シントンの開発研究

3)アミノ基およびシリル基の特性を組み合わせた新規シントンの開発研究

という三つの視点から取り組んだ結果をまとめたものである。

 第一章では、セリンパルミトイルトランスフェラーゼの強力かつ特異的な阻害活性により、強い抗菌活性を示す、スフィンゴフンジン類の全合成研究について報告した。C-14位の絶対配置が不明であったことからこの部分の両鏡像体合成を目標とし、ターゲット分子をpolar partおよびnon-polar partに二分割して、各々を組み立ててからカップリングを実施する戦略を取った。

 polar part6についてはγ-ラクトン環上の3つの連続した不斉中心を如何に構築するかが問題であったが、市販の11から文献既知の方法で誘導できるγ-ラクトン体10が6と同一の連続不斉中心を有することに着目した。二量化の副反応を抑えるために10のビシナルジオールを保護する必要があり、ベンジリデン基が適していた。更に残りの水酸基をTBS基で保護して29aとし、脱ベンジリデンおよび酸化によって6を合成した。11から6までの通算収率は5工程を経て23%であった。

 non-polar part[(R)-または(S)-25]は、入手可能な(R)-8を出発物質とし、1-ヘプチン付加体(R)-18のアセチレンジッパー反応を実施することで、光学純度を損なうことなく末端アルキン(R)-20へと異性化させることができ、ビニルスズ化合物を経由して合成できた。(R)-8から(R)-25までの通算収率は5工程を経て61%であった。また鏡像異性体については(R)-20に対して光延反応を実施して立体を反転させ、その後は同様の変換により(R)-8から7工程を経て49%の通算収率で対応する(S)-25を得ることができた。

 polar part6およびnon-polar part[(R)-または(S)-25]のカップリング反応を種々の金属試薬を用いて検討した中で塩化ニッケル触媒の存在下、塩化クロム(II)を使用する方法が最も良好な結果を与えた。即ち二種のジアステレオ異性体の混合物として41%収率でカップリング付加体31が得られた。混合物のまま脱TBS化、さらに3,5-ジオール部分のアセトニド化を実施したところ、二種のジアステレオ異性体がシリカゲルクロマトグラフィーで良好に分離できた。各異性体の1HNMRを詳細に解析した結果、マイナー成分として得られた高極性側の異性体が目的とする(5S)-4であることが判明した。

 スフィンゴフンジン類を単離、同定したグループがスフィンゴフンジンD(1)からこのラクトン体4へと誘導しており、また逆に4から1への変換も可能であることを報告している。加えてスフィンゴフンジンD(1)からB(2)およびA(3)へと順次変換できることを報告していることから、ここにこれらスフィンゴフンジン類の世界で最初の形式全合成を達成することができた。

 しかし、当初の目的であったC-14位の絶対配置の決定に関しては、(14R)-4および対応する(14S)-4の両異性体を合成し、それらの物性データを種々比較検討してみたが、両者の間に有意差を見出すことはできなかった。また、既知の方法に従いこれら両方の異性体についてスフィンゴフンジンD(1)(およびそのC-14位ジアステレオ異性体)へと実際に変換して両異性体間の物性データを種々比較してみたが、やはり両者の間に有意差はなかった。

 そこで方針を変更し、スフィンゴフンジン類の構造決定の過程で、オゾンによる酸化分解の生成物として報告されたジオール38の両鏡像異性体を合成し、それらのビス(DNB)エステル39および千田らが報告したビス(0-アセチルマンデラート)エステル40を合成して両鏡像体間の物性データを比較した。その結果、(8R)-40の1HNMRデータが、千田らから供与されたスフィンゴフンジンC由来の40のデータと一致したことから、C-14位の絶対配置が-Rであることを確認できた。

 さらに、カップリング反応時の副生成物由来のジアステレオ異性体(5R、14R)-4および(5R、14S)-4に関してもスフィンゴフンジンD(1)の対応するジアステレオ異性体へと導いた。ここで報告したスフィンゴフンジンD(1)およびその3つのジアステレオ異性体の合成法により、これまで天然から極微量にしか入手できなかったスフィンゴフンジン類の大量合成が可能になるとともに、ジアステレオ異性体間での興味深い構造活性相関も把握できるようになると期待される。

 第2章では、近年注目されているα、α-二置換-αアミノ酸類を合成するための新規な光学活性シントンの開発、およびその応用研究について報告した。入手が容易であるトリス(41)のアミノ基および3つの水酸基に対し、不斉な環境の場において各々、反応性の異なる4種の保護基で修飾することにより、目的に応じた位置での脱保護とその後の官能基変換が可能になるとの着想に基づいて検討を開始した。

 トリス(41)から4工程(54%の通算収率)で合成できたジオール52aに対しリパーゼP(ナガセ)の存在下に不斉アセチル化反応を実施した結果、モノアセタート(−)−57aを収率91%、光学純度82%eeで得た。この不斉アセチル化反応は、非極性溶媒(η−ペンタンなど)中で、低温条件(3℃)下で実施することで収率、光学純度共に上昇した。

 残りの水酸基をTBS基で保護し、アセタートを加水分解した後、DNBエステル(-)-61へと変換した。このものを再結晶精製したところ第一晶[(−)-57aから3工程の通算収率が48%]として光学純度99%eeとほぼ純粋に近い光学活性体を得ることができ、ここで当初の目的であったα、α-二置換-α-アミノ酸類を合成するための新規な光学活性シントンが完成した。実際にこのキラルシントンを天然物合成へと応用すべく、エステル基を加水分解後、酸化してアルデヒド(-)-62とした(2工程通算で98%)。

 応用すべき全合成のターゲットとして、強力な免疫抑制作用を有するマイセステリシンDおよびEを選抜し、検討を実施した。ヘプタン-1,7-ジオール(75)から5工程、通算25%の収率で合成したホモアリルブロミド81と先のアルデヒド(-)-62とのカップリングを実施して収率65%で82を得た。更に保護基の変換等3工程を経てアルデヒド体85まで到達したが、次の工程において種々の条件検討にもかかわらず、現在までに目的物86が全く得られていない。今後、キラルシントンにおけるアミノ基の保護基および目標化合物(または合成計画)の見直しが必要であると考えている。また新規なキラルシントンについては、絶対配置の決定も今後に残された課題である。

 第3章では、これまでとは全く視点を変え、有機ケイ素化学との組み合わせにより、アミノ基から誘導される官能基を有機合成反応における良好な脱離基として利用する研究について述べた。即ち新規な有機合成反応素子〈シントン〉として、2-(ジメチルアミノメチル)-3-(トリメチルシリルメチル)-1,3-ブタジエン(95)を次の方法で合成し、このものを利用して新規炭素骨格を構築していくなかで、95におけるジメチルアミノ基が4級アンモニウム塩、あるいは臭素に変換され脱離基として作用する。

 ブタジエン95は、ともに2,3-ジブロモプロペン(98)から誘導可能な2-ブロモアリルアミン99のグリニャール試薬と2-ブロモアリルシラン100とのカップリング反応により収率75%で合成できた。

 ブタジエン95はDiels-Alder反応により高収率で環化付加体102を与える。このものを4級アンモニウム塩103とし、フッ化物イオンを作用させると、温和な条件下で1,4-共役脱離を起こして1,2-ジメチレンシクロヘキサン誘導体104を与えた。さらに104は種々の求ジエン試薬と容易に環化付加を起こして[6、6]員縮環状化合物105を高収率で与えた。このブタジエン95から縮環状化合物105に至る一連の反応は、反応溶媒としてアセトニトリルを使用することにより一容器内で実施可能であった。一方、途中の化合物102や104の形で単離することも可能であり、これらの化合物から別の誘導体への変換も可能となる。その一例として1,2-ジメチレンシクロヘキサン誘導体104と2-オキシアリルカチオン活性種との[π4s+π2s]型周辺環状反応を実施し、[6,7]員縮環状ケトン108の合成にも成功した。以上の反応においてブタジエン95は2,2'-ビアリルジラジカル活性種(96)の合成等価体として作用している。

 95の有機合成上の応用性を示す例として、テトラサイクリン炭素骨格を有する105kの高収率合成にも成功した。このものからダウノマイシン誘導体が種々合成できるものと思われる。

 これまで述べた2,2'-ビアリルジラジカル等価体としての反応性から視点を変えると、ブタジエン95は分子内にアリルアミン骨格を有しており、ジメチルアミノ基を脱離基へ変換することによって、アリルカチオン等価体として作用することが期待され、また、アリルシラン骨格を有することから、この部分は求核反応を引き起こすアリルアニオン等価体としての作用が期待された。即ちブタジエン95は、2,2'-ビアリル両性イオン活性種(97)の合成等価体としても作用する可能性が考えられた。本研究ではその例として次に示す3通りの応用を実際に行った。

 例1においてはブタジエン95のジメチルアミノ基を4級アンモニウム塩109aとし、パラジウム触媒存在下、エノラート系求核種110と反応させた。得られた111は分子内のアリルシラン骨格を利用して、分子内求核アリル化による環化反応を行うことにより、3,4-ジメチレンシクロヘキサノール誘導体113を与えた。例2においては先にアリルシラン部分を利用してカルボニル化合物に対する求核アリル化反応を実施することにより、ホモアリルアルコール116とした。ジメチルアミノ基のvon Brown反応により、アリルブロミド117とした後、水素化ナトリウムで分子内環化を行うことにより、3,4-ジメチレンテトラヒドロピラン誘導体118を得た。このようにして得られた113や118は分子内にシソイド固定されたブタジエン骨格を有しており、先に述べたような周辺環状反応を実施することで種々の縮環型化合物へと変換できる。また、例3では、アンモニウム塩109aに対し、銅触媒の存在下、種々のグリニャール試薬とのカップリング反応を実施し、イソプレニルシラン誘導体120を合成した。120は更にイソプレニルシランで知られているような種々の変換が期待される。

 以上のように、ブタジエン95は、アミノ基とシリル基の特性をうまく組み合わせて利用することにより、他の方法では合成が困難な縮環化合物やさらに幅広い炭素骨格の構築に応用可能なシントンであると考えられる。今後有機合成分野での応用展開を期待したい。

Reagents:(a)1)Mel,MeCN;2)CsF,1,4-naphthoquinone(80%).

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はアミノ基を含有する有機化合物について、1)α-アミノ酸骨格を有する生理活性天然物質の全合成研究、2)α、α-二置換アミノ酸合成のための光学活性シントンの開発研究、3)アミノ基およびシリル基の特性を組み合わせた新規シントンの開発研究を行ったもので、3章よりなる。

 第1章では、セリンパルミトイルトランスフェラーゼの強力かつ特異的な阻害活性により強い抗菌活性を示す、スフィンゴフンジン類の全合成研究について述べている。ターゲット分子をpolar part (5)およびnon-polar part (7)に二分割して、各々を組み立ててから結合させる合成戦略をとり、5は市販の4の不斉炭素のうち3つをそのまま利用して調製した。また、7は、6より合成した。両者を塩化ニッケル触媒の存在下、塩化クロム(II)を用いてカップリングさせ、保護基の脱着後、二種のジアステレオ異性体を分離して8を得た。8からスフィンゴフンジンD(3)への変換、および3からB(2)およびA(1)への変換は天然物の構造研究で行われており、これらスフィンゴフンジン類3種の最初の形式全合成が達成された。また、7の鏡像体ならびにカップリング反応で得られる8の5位に関するジアステレオマーを用いて対応する異性体も合成した。また、不明であった14位の立体化学に関しては近縁種のカビより単離された同様の化合物、アスペルフンギンと同じくRであることを確認した。

 第2章では、α,α-二置換-α-アミノ酸類を合成するために有用な、新規な光学活性シントンの開発について述べている。4級不斉炭素に直結したアミノ基を有する天然生物活性物質は数多く存在するが、筆者はそれらの合成に汎用性が高く、かついずれの鏡像体も合成出来るキラルビルディングブロックを立案した。入手容易なトリス(9)のアミノ基および3つの水酸基を異なる4種の保護基で修飾することにより、目的に応じた位置での官能基変換が可能になるとの着想に基づき光学活性な13を合成した。

 9から4工程、54%収率で調製したジオール10に対しリパーゼPの存在下に不斉アセチル化反応を実施し、モノアセタート11を収率91%、光学純度82%eeで得た。残りの水酸基をTBS化後、アセタートをDNBエステル12へと変換した。この再結晶精製で光学純度99%ee の光学活性体を得ることができた。このものの3つの水酸基はいずれも選択的に脱保護・官能基変換が出来るため、非常に汎用性の高いキラルビルディングブロックであり、このものを用いて行った、免疫抑制活性物質であるマイセステリシンの合成研究についても述べている。

 第3章では、分子内にアミノ基およびシリル基を有するブタジエン誘導体14の開発と、それを用いた新規炭素骨格構築法について述べている。筆者は14が2,2'-ビアリルジラジカル(A)あるいは2,2'-ビアリル両性イオン(B)と等価であると考え、これを調製し、各種反応を検討した。まず14は、Diels-Alder反応により高収率で付加体15を与えた。これを4級アンモニウム塩とし、フッ化物イオンを作用させると、1,4-共役脱離を起こして1,2-ジメチレンシクロヘキサン17が得られた。さらに17は種々の求ジエン試薬と容易に環化を起こして[6,6]員縮環状化合物18を高収率で与えた。これら14からの一連の反応は同一容器内でも実施可能な簡便な反応である。また、2-オキシアリルカチオン活性種との[π4s+π2s]型周辺環状反応で[6,7]員縮環状ケトン19を得ることにも成功した。これらの反応では、14を2,2'-ビアリルジラジカル(A)の合成等価体として用いたことになる。

さらに14を2,2'-ビアリル両性イオン(B)の合成等価体として用いることにより、22,24,25のような6員環エーテルやシクロヘキサノール誘導体も簡便に合成出来た。22,24はDiels-Alder反応等によりさらに縮環したものに導くことが可能であり、この新規ビルディングブロックの有用性が示された。

 以上本論文は、アミノ基を含有する有機化合物の合成研究について、アミノ糖の不斉炭素を利用した天然物合成、光学活性原料として応用性の高いアミン誘導体の酵素による調製法の開発、アミノ基とケイ素の反応性をうまく利用した新規ビルディングブロックの開発を行ったものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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