学位論文要旨



No 215990
著者(漢字) 野上,弘之
著者(英字)
著者(カナ) ノガミ,ヒロユキ
標題(和) 数種の不斉触媒反応に関する研究
標題(洋)
報告番号 215990
報告番号 乙15990
学位授与日 2004.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15990号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

 柴崎研究室では酵素が持つ多点制御という機能を人工低分子触媒中に実現させたルイス酸-ルイス塩基複合不斉触媒1および2を開発し、数種の触媒的不斉シアノシリル化反応へ適用している(Figure 1)。筆者は本触媒の一般性・実用性を実証し、効率的・実用的な光学活性生理活性物質合成へと展開させることを目的として研究に着手した。

I アルデヒドの不斉シアノシリル化反応のスケールアップ検討

 柴崎研究室では触媒1を使用したアルデヒドの不斉シアノ化反応が、高いエナンチオ選択性・基質一般性を与えることを報告している。しかしながら今回、この反応をスケールアップさせると反応速度が低下することが判明した。そこで筆者は、本問題の解決のために種々検討したところ、Et2AlClとリガンドの混合比を変化させて調製した触媒を用いて反応させると、リガンドの存在比が増加するにつれて小スケール時の結果を再現できることが判明した。この際、Et2AlClに対してリガンドを過剰量使用しても選択性・反応性に変化がなく、またリガンドの代わりに汎用的なプロトン性添加剤を触媒量用いても同等な効果を得られることが明らかとなった。

 さらに、反応系内ではTMSCNとプロトン性添加剤が作用することによりHCNの発生が予想されるため、TMSCNとHCNを求核剤として用いて検討した結果、収率はTMSCN使用量に依存していたため、触媒1はTMSCNを選択的に活性化していると考えられる。そして 1H-NMRを用いた速度論的検討により、 触媒量のプロトン性添加剤を加えた系で は非添加の系よりも約1.4倍初期反応速度が向上していることが明らかとなった。以上の結果より、プロトン性添加剤は生成物シアノヒドリン-触媒複合体から、生成物の解離および触媒再生を促進させる際にプロトン源として作用していると考えられる(Figure 2)。

 以上の結果を基に、5〜10 mol % のMeOH を添加することによってベンズアルデヒドおよびヘプタナールに対する5gスケールでのシアノシリル化のスケールアップに適用できることを確認した。さらにβ3-アドレナリン受容体アゴニストの共通キラルビルディングブロックである2-アミノ-1-(3-クロロフェニル)エタノールのグラムスケール合成を達成した。

 一方、触媒的不斉反応において触媒(リガンド)をリサイクルすることはアトムエコノミーおよびコスト的な見地から極めて重要である。そこで、リガンドの回収およびリサイクルを検討した結果、回収率96%で回収でき、再使用しても反応性・選択性ともに維持することを確認した。

II アミノアルデヒドの不斉シアノシリル化反応の開発

 光学活性β-アミノ-α-ヒドロキシ酸類やβ-アミノ-α-ヒドロキシアミン類には様々な生物学的作用を持つことが知られており、フェニルアラニナールのシアノシリル化より得られるシアノヒドリンが有用な前駆体になるため、これまで多くの研究が報告されている。

しかし、その殆んどはアキラルな活性化剤を量論量用いており、不斉触媒を用いた例は知られていない。また、立体選択性も改良の余地があると考えられた。そこで筆者はルイス酸−ルイス塩基複合不斉触媒を用いることによって興味深い反応を開発できると考え、光学活性フェニルアラニナールに対するジアステレオ選択的不斉シアノシリル化反応の開発に着手した。この際、アミノ基の保護基および基質の立体効果について検討し(Table 1)、生成物のジアステレオ選択性に関してはFelkin-Anhモデルによって考察した(Figure 3)。

 まず始めにN-フタロイル化した (S)-3に対して触媒量のEt2AlClを用いて反応させたところ、収率20%でsyn選択的に(S)-6sを得るにとどまったが、触媒2を用いたところ、収率およびジアステレオ選択性が大幅に向上したため、ルイス酸-ルイス塩基複合不斉触媒の有効性を明らかにする事が出来た。また(R)-3からは、anti選択的に(R)-6aを得た。これらの選択性に関しては分子内立体制御ではなく、不斉触媒による立体制御で反応が支配された遷移状態9および11より考察した。次にN-ジベンジルフェニルアラニナール(S)-4および(R)-4について検討した結果、いずれもsyn選択的に生成物を得た。これらの場合はN-ジベンジルアミノ基の立体効果が反応性を大きく支配し、いずれも1,2-分子内立体制御によってジアステレオ面が識別された遷移状態10および12より考察できる。そしてN-Bocフェニルアラニナール(S)-5および(R)-5についても検討したところ、いずれも高選択的にanti生成物を得た。この場合はベンジル基のanti側からTMSCNが付加することによって選択性が発現したキレート型モデル13および14より考察した。

 以上の結果、窒素原子の保護基を変えることでジアステレオ選択性がコントロールできる興味深い結果を明らかにした。特に筆者の知る限り、anti選択性を満足する手段はこれまで報告されていなかったが、触媒2を用いたN-Boc-フェニルアラニナール(5)の反応により、高いanti選択性を達成したことは意義があるものと考えている。

 そして、これらの検討から得られた光学活性シアノシリル化合物をHIVプロテアーゼ阻害剤Amprenavir、抗癌剤Bestatin、HIVプロテアーゼ阻害剤Atazanavirにおける中間体合成へと展開した。

III ポリマー担持不斉触媒の開発および触媒的不斉ストレッカー型反応への応用

 ポリマー担持触媒は生成物との分離・回収が容易で再利用可能であるため、有用な有機合成的手法の一つである。均一系触媒1は不斉ストレッカー型反応においても高いエナンチオ選択性・基質一般性を与えることが共同研究者より報告されている。一方、これまでにポリマー担持触媒を用いた不斉ストレッカー型反応はJacobsenらによる数種の脂肪族アルデヒドイミンに対する例が知られているのみであるため、ポリマー担持型の触媒を開発し、不斉ストレッカー型反応へ応用すれば興味深い反応が開発できると考え、本研究に着手した。

 まず、Merrifield系担持触媒15aを設計・合成して反応の最適化を実施した結果、酸性度が低いtBuOHを添加すると最も良好な成績で反応が進行してアミノニトリル体を得ることが出来た(Table 2)。そして、本成績をさらに改善するためにはMerrifield樹脂よりも高い膨潤度を有するJandaJELを用いることによって、均一系により近い反応場を再現できると考えた。そこで、JandaJEL系担持触媒15bを合成して反応に用いたところ、予想通り15bが15aよりも反応成績を向上させることが出来、芳香族、α,β-不飽和、複素環アルデヒドイミンに対して、高いエナンチオ選択性を得られることが明らかとなった(Table 2)。本結果はポリマー担持触媒を用いたストレッカー型反応において、幅広い基質に適用できたことからも興味深い結果と考えられる。

 一方、15bを用いてリサイクル検討を実施した結果、反応性および選択性が低下する傾向が見られたものの、5サイクルまで触媒をリサイクル可能なことを確認した。

Figure 1.Lewis Acid-Lewis Base Bifunctional Catalysts.

Figure 2. Proposed working Hypothesis of the catalytic Cycle.

Scheme 2. Retro-synthesis of Chiral 3-Amino-2-hydroxy Acid or 3-Amino-2-hydroxy Amine.

Table 1. Catalytic Asymmetric Cyanosilylation of N-Substited Phenylalaninal Using Lewis-acid and Lewis-base Bifunctional Catalysts.

Figure 3. Proposed Working Model of the Catalytic Asymmetric Cyanosilylation of Phenylalaninal.

Figure4.Polymer-supported Bifunctional Catalyst 15.

Table 2. Scope and Limitations with Various Imines.

審査要旨 要旨を表示する

 野上弘之は「数種の不斉触媒反応に関する研究」と題し、以下の研究をおこなった。

1.触媒的不斉シアノシリル化反応におけるプロトン源添加の重要性について

 本研究室で開発したLewis酸-Lewis塩基多点認識不斉触媒1によるアルデヒドのシアノシリル化反応のスケールアップ検討をおこなった。本反応は医薬合成における重要キラルビルディングブロックを与える極めて有用性の高い反応である。検討の結果、反応の進行に触媒量のプロトン源(アルコールやHCN)の添加が不可欠であることを見いだした。最適条件下、5〜10 gのスケールでも、典型的な芳香族アルデヒドと脂肪族アルデヒドに対して高エナンチオ選択的な反応(>92% ee)が進行することを確認した。プロトン源は、アルデヒドに対してTMSCNが求核攻撃して生成するシアノヒドリンアルコキシドの触媒からの解離を促進し(4から1の触媒再生ステップを促進)、高エナンチオ選択的な触媒サイクルを円滑に進行させているものと考えている。

 本知見をもとにβ3-アドレナリン受容体アゴニストの共通キラルビルディングブロックのグラムスケール合成に成功した。さらに、大量合成への展開を指向して、不斉配位子のリサイクル法を確立した。

2.アミノアルデヒドに対する触媒的不斉シアノシリル化反応の開発

 光学活性β-アミノ-α-ヒドロキシ酸類5やβ-アミノ-α-ヒドロキシアミン類6誘導体には、様々な生物活性作用がある。これらの重要キラルビルディングブロックを、当研究室で開発された糖由来のLewis酸-Lewis塩基不斉触媒7を用いたアルデヒドの触媒的不斉シアノシリル化反応で効率的に合成する方法を開発した。すなわち、各種アミノ酸から常法によって合成できるアミノアルデヒド8に対する触媒的不斉シアノシリル化反応を鍵工程とする方法である。本方法論を用いて、HIVプロテアーゼ阻害剤AmprenavirおよびAtazanavir合成中間体、抗癌剤Bestatin合成中間体の合成法を確立した。

3.ポリマー担持不斉触媒の開発と触媒的不斉Strecker反応への展開

 当研究室で開発したLewis酸-Lewis塩基不斉触媒1をJandaJELに担持して、アルミニウムを保持したまま活性な状態でろ過のみで数回のリサイクルが可能なポリマー担持不斉触媒9を開発した。本触媒をアルドイミンの触媒的不斉Strecker反応に展開したところ、液相反応にはやや劣るものの、高いエナンチオ選択性で生成物を得ることに成功した。触媒リサイクルの検討の結果、反応性とエナンチオ選択性は序序に低下するものの、5回まで高いエナンチオ選択性と反応性を保ってリサイクル可能であることを明らかにした。生成物は天然及び非天然光学活性アミノ酸に容易に誘導できた。

 以上の業績は、薬学分野における有機合成化学の進歩に有意に貢献するものであり、薬学(博士)の授与に値するものと考えられる。

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