学位論文要旨



No 215991
著者(漢字) 中村,嘉孝
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ヨシタカ
標題(和) キラルLewis酸触媒を用いるα-アミノ酸誘導体の効率的合成法の開発
標題(洋)
報告番号 215991
報告番号 乙15991
学位授与日 2004.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15991号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 助教授 眞鍋,敬
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 講師 内山,真伸
内容要旨 要旨を表示する

 現代の有機合成化学において、光学活性含窒素化合物を"効率的"かつ"高選択的"に合成する不斉合成法の開発は、最も重要な研究課題の一つとなっている。特に、イミン類を求電子剤とする"触媒的不斉求核付加反応"は、炭素-炭素結合生成と同時に不斉点の絶対立体配置を制御し、かつ極少量の不斉源から多量の光学活性化合物を合成できるため、最も理想的な合成法と言える。近年、この分野の研究は極めて活発に行われてきており、様々な触媒的不斉反応が開発されてきているが、その多くは、"立体選択性"や"収率"に最も重点が置かれたものであり、実際に生理活性物質合成に適用するには、実用面で幾つかの課題が残されていた。筆者は、真に効率的な触媒的不斉反応を開発するためには、標的化合物への変換も考慮した反応設計が必要であると考え、"標的化合物への変換が容易な窒素上置換基"を有するイミンを求電子剤とする新しい触媒的不斉反応の開発を本研究課題として取り上げた。すなわち、生物学的にも合成化学的にも興味深い化合物群であるα-アミノ酸誘導体をターゲットとして、これらの効率的合成法の開発を指向する、"N-アシル"イミノエステルあるいは"脱保護容易な窒素上置換基"を有するイミノエステルの触媒的不斉求核付加反応の開発を行った。

1) キラル銅(II)触媒を用いるα-イミノエステルの不斉Mannich 型反応

 N-アシル-α-アミノ酸骨格を有する生理活性物質は豊富に存在し、これらの中には、医薬や生命科学研究のツールとして広く用いられているものも多い。例えば、(1R,3R)-HPA-12(Figure 1)は、最近、当研究室と国立感染症研究所花田らとの共同研究により見いだされたスフィンゴミエリン生合成特異的阻害剤であり、その作用機序は、セラミドの小胞体からゴルジ体への細胞内輸送を特異的に阻害するという非常に興味深いものである。そこで筆者は、HPA-12 のようなN-アシル-α-アミノ酸誘導体の効率的合成法の開発を目指して、N-アシルイミノエステルの触媒的不斉Mannich 型反応の開発に着手した。筆者は、本反応に有効に機能する新たなキラルLewis 酸触媒を探索し、銅(II)トリフラートと1,2-ジフェニルエチレンジアミン誘導体からなる触媒を見いだした。この触媒10 mol%存在下、種々のケイ素エノラートとのMannich 型を検討したところ、多くの場合、高収率かつ高いエナンチオ選択性をもって対応する付加体が得られることを明らかにOSiMe3 した(Scheme 1)。これにより、窒素上置換基の変換を必要としない、極めて効率的なN-アシル-α-アミノ酸誘導体の合成法を開発することができた。

 次に、ケイ素エノラートの代わりにアルキルビニルエーテルを求核剤とする不斉Mannich 型反応を開発した。アルキルビニルエーテルは、一般に安価に調製でき、調製時に強塩基やHMPA 等の添加剤を必要としないため、実用性の面でより魅力的な求核剤である。検討の結果、種々のアルキルビニルエーテルを用いても速やかに反応が進行し、酸処理後、良好な収率、高いエナンチオ選択性をもって対応する付加体が得られることを見いだした(Scheme 2)。本反応は、アルキルビニルエーテルを求核剤とする触媒的不斉Mannich 型反応の初めての例である。

 また、種々のα-一置換ケトンあるいはチオエステル由来のケイ素エノラートを求核剤とする不斉Mannich 型反応が、高収率、高いsyn 選択性及びエナンチオ選択性をもって進行することを見いだした(Scheme 3)。本手法は、有用なビルディングブロックであり、生化学的研究のツールとしても広く用いられている光学活性β-置換-α-アミノ酸誘導体の合成法として有用である。

 さらに、NMR 実験や反応中間体の単離により、環化付加反応を経由して進行している可能性を指摘した。また、Cu(II)-キラルジアミン触媒のX 線結晶構造解析、PM3 分子軌道計算、IR 実験の結果から、本触媒がN-アシルイミノエステルと活性な錯体を形成する際には、歪んだ四配位構造をとり、N-アシルイミノエステルのアミド酸素原子とジアミン配位子のアミン水素原子が水素結合を形成した興味深い錯体構造をとっている可能性を示した。

2) 不斉Mannich 型反応を用いるHPA-12 の立体選択的合成と構造活性相関

 次に筆者は、上記の不斉Mannich 型反応の生成物を高anti 選択的に還元することにより、セラミド輸送阻害剤(1R,3R)-HPA-12 を極めて効率的に合成できることを明らかにした(Scheme 4)。

さらに、この合成法を活用して種々のHPA-12 誘導体を合成し、構造活性相関に関する次の知見を得た。i) アミドのアルキル鎖長は炭素数13 が最も活性が高く(HPA-13) 、炭素数10 以下あるいは16 以上では阻害活性が著しく低下することが明らかとなった。ii) 二つの水酸基の内、どちらかをメチル基で保護すると阻害活性が著しく低下した。すなわち、どちらの水酸基も活性発現に重要な役割を担っていることを明らかにした。iii) セラミドと同様の位置(C-2位)に水酸基をもう一つ導入すると、阻害活性が低下することが明らかとなった。

3) 脱保護容易な窒素上置換基を有するα-イミノエステルの不斉Mannich 型反応の開発

 次に筆者は、より汎用性の広いα-アミノ酸誘導体の効率的合成法の開発を指向して、脱保護容易なカルバメート型保護基を有するα-イミノエステルの触媒的不斉Mannich 型反応を開発した。銅触媒の配位子として、o-メトキシベンジル基を有するキラルジアミン誘導体を用いることにより、種々のケイ素エノラート、アルキルビニルエーテルを求核剤とするMannich 型反応が、高収率、高いエナンチオ選択性をもって進行することを見いだした(Scheme 5)。本反応では、tブトキシカルボニル(Boc) 基のみならず、N-ベンジルオキシカルボニル(Cbz) 基やN-トリクロロエトキシカルボニル(Troc) 基等、種々のカルバメート型保護基が窒素上置換基として適用可能であることを明らかにした。また、本反応を活用することにより、kynurenine 3-hydroxylase 選択的阻害剤であるm-NBA 及びFCE28833 の効率的不斉合成法を開発することができた。これにより、本反応が種々の光学活性フリーα-アミノ酸誘導体の合成に有効な手法であることを実証することができた。

4) キラル銅(II)触媒を用いるα-イミノエステルの不斉アリル化反応の開発

 イミン類の触媒的不斉アリル化反応は、Mannich 型反応と同様、光学活性含窒素化合物を合成する上で最も効率的な手法の一つであるが、その報告例は限られており、基質一般性、選択性、標的化合物への変換等に課題が残されていた。筆者は、高活性なβ-チオアリルシランを求核剤として用いることにより、N-アシルイミノエステルの触媒的不斉アリル化反応が、良好な収率、高いエナンチオ選択性をもって進行することを見いだした(Scheme 6)。本反応は、種々のN-アシルイミノエステルのみならず、脱保護容易なN-Boc-イミノエステルに対しても高いエナンチオ選択性を与えた。また、興味深いことに、α-イミノホスホン酸エステルの不斉アリル化反応においても、良好なエナンチオ選択性が得られた。この反応は、α-アミノ酸の生物学的等価体として興味深いα-アミノホスホン酸誘導体の合成に有用であると考えられる。また、ここで得られた種々のアリル化体は、ビニルスルフィド骨格を有しているため、種々の官能基変換反応により、様々な生理活性物質の合成に適用できると考えられる。

 次に、β-チオアリルシランの特異な反応性に注目し、グリオキシレートとの反応を検討した。その結果、通常得られる"櫻井-細見反応"生成物ではなく、"カルボニル-エン反応"生成物が主生成物として得られることが分かった。また、Cu(I)-ジイミン触媒を用いることにより、この"カルボニル-エン反応"が高いエナンチオ選択性、完全な選択性をもって進行することを明らかにした(Scheme 7)。アリルシランを求核剤とする反応において、シリル基ではなくα位の水素がカルボニル酸素に移動し、エン反応型の生成物を高選択的に与える反応は報告例が非常に少なく、興味深い。また、基質構造に含まれる"窒素"(イミノ基)と"酸素"カルボニル基)の違いが反応経路を逆転させたという点でも注目に値する反応である。

 以上、筆者は、"アシル基"あるいは脱保護容易な"カルバメート型保護基"を窒素上置換基とする、新規なα-イミノエステルの触媒的不斉Mannich 型反応及びアリル化反応を開発した。また、これらの新規触媒的不斉反応が、種々の生理活性α-アミノ酸誘導体の合成に適用できることを示し、合成化学的にも非常に有用性が高いことを明らかにした。さらに、HPA-12 誘導体の構造活性相関研究を通じて、本手法が生体機能の解明にも有効なツールとなることを明らかにした。

Figure 1. Structure of HPA-12

Scheme 1. Catalytic Enantioselective Mannich-type Reactions Using Cu(II)Catalyst

Scheme 2. Catalytic Enantioselective Mannich-type Reactions with Alkyl Vinyl Ethers.

Scheme 3. Diastereo-and Enantioselective Mannich-type Reactions.

Scheme 4. Concise Synthesis of HPA-12 via Asymmetric Mannich-type Reaction.

Scheme 5. Asymmetric Mannich-type Reaction of N-Carbamate-protected Imino Esters.

Scheme 6. Catalytic Enantioselective Allylation of α-Imino Esters.

Scheme 7. Catalytic Enantioselective Ene Reaction of Ethyl Glyoxylate.

審査要旨 要旨を表示する

現代有機合成化学において、光学活性含窒素化合物を効率よく得る不斉合成法の開発は、最も重要な研究課題の一つである。なかでも、イミン類を求電子剤とする触媒的不斉求核付加反応は、炭素-炭素結合生成と同時に不斉点の絶対立体配置を制御し、かつ極少量の不斉源から多量の光学活性化合物を得ることができるため、最も理想的な合成法と言える。本論文はその開発に取り組み、特に、標的化合物への変換が容易な窒素上置換基を有するイミンを求電子剤とする新しい触媒的不斉反応の開発を行った結果について述べている。

まず第一章では、キラル銅(II)触媒を用いるα-イミノエステルの不斉Mannich 型反応について述べている。N-アシル-α-アミノ酸骨格を有する生理活性物質は数多く存在し、これらの中には、医薬や生命科学研究のツールとして広く用いられているものも多い。例えば、(1R,3R)-HPA-12 は、最近、当研究室と国立感染症研究所花田らとの共同研究により見いだされたスフィンゴミエリン生合成特異的阻害剤であり、その作用機序は、セラミドの小胞体からゴルジ体への細胞内輸送を特異的に阻害するという非常に興味深いものである。そこで本論文では、HPA-12 の基本骨格でもあるN-アシル-α-アミノ酸誘導体の効率的合成法の開発を目指して検討を行い、銅(II)トリフラートと1,2-ジフェニルエチレンジアミン誘導体からなる錯体が、極めて興味深い触媒活性を有することを見いだしている。この触媒10mol%存在下、種々のケイ素エノラートとのMannich 型反応を検討し、高収率かつ高いエナンチオ選択性をもって対応する付加体が得られることを明らかにし、これにより、窒素上置換基の変換を必要としない、極めて効率的なN-アシル-α-アミノ酸誘導体の合成が可能であることを示している。

 さらに、ケイ素エノラートの代わりにアルキルビニルエーテルを求核剤とする不斉Mannich 型反応を開発している。アルキルビニルエーテルは、一般に安価に調製でき、調製時に強塩基やHMPA 等の添加剤を必要としないため、実用性の面でより魅力的な求核剤である。本論文では、種々のアルキルビニルエーテルを用いてもケイ素エノラートを用いた場合と同様に、速やかに反応が進行し、酸処理後、良好な収率、高いエナンチオ選択性をもって対応する付加体が得られることを見いだし、アルキルビニルエーテルを求核剤とする初めての触媒的不斉Mannich 型反応を達成している。

 また、種々のα-一置換ケトンあるいはチオエステル由来のケイ素エノラートを求核剤とする不斉Mannich型反応が、高収率、高いsyn 選択性及びエナンチオ選択性をもって進行することも明らかにしている。本手法は、有用なビルディングブロックであり、生化学的研究のツールとしても広く用いられている光学活性β-置換α-アミノ酸誘導体の合成法として有用である。

 さらに、本論文では、反応機構に関する研究も行い、NMR 実験や反応中間体の単離により、この反応が形式的に[4+2]環化付加反応を経由して進行している可能性を示している。また、Cu(II)-キラルジアミン触媒のX 線結晶構造解析、PM3 分子軌道計算、IR 実験の結果から、本触媒がN-アシルイミノエステルと活性な錯体を形成する際には、歪んだ四配位構造をとり、N-アシルイミノエステルのアミド酸素原子とジアミン配位子のアミン水素原子が水素結合を形成した興味深い錯体構造をとっている可能性も明らかにしている。

 続いて第二章では、不斉Mannich 型反応を用いるHPA-12 の立体選択的合成と構造活性相関について述べている。第一章で開発した不斉Mannich 型反応の生成物を高anti 選択的に還元することにより、セラミド輸送阻害剤(1R,3R)-HPA-12 を極めて効率的に合成できることを明らかにし、さらに、この合成法を活用して種々のHPA-12 誘導体を合成し、構造活性相関に関する興味深い知見を得ている。すなわち、アミドのアルキル鎖長は炭素数13 が最も活性が高く(HPA-13)、炭素数10 以下あるいは16 以上では阻害活性が著しく低下すること、 二つの水酸基の内、どちらかをメチル基で保護すると阻害活性が著しく低下することから、どちらの水酸基も活性発現に重要な役割を担っていること、 セラミドと同様の位置(C-2位)に水酸基をもう一つ導入すると、阻害活性が低下することを明らかにしている。

 第三章では、脱保護容易な窒素上置換基を有するα-イミノエステルの不斉Mannich 型反応の開発を行っている。すなわち、より汎用性の高いα-アミノ酸誘導体の効率的合成法の開発を指向して、脱保護容易なカルバメート型保護基を有するα-イミノエステルの触媒的不斉Mannich 型反応を開発している。銅触媒の配位子として、o-メトキシベンジル基を有するキラルジアミン誘導体を用いることにより、種々のケイ素エノラート、アルキルビニルエーテルを求核剤とするMannich 型反応が、高収率、高いエナンチオ選択性をもって進行することを見いだしている。

 本反応では、t-ブトキシカルボニル(Boc)基のみならず、N-ベンジルオキシカルボニル(Cbz)基やN-トリクロロエトキシカルボニル(Troc)基等、種々のカルバメート型保護基が窒素上置換基として適用可能であることを明らかにしている。また、本反応を活用することにより、kynurenine 3-hydroxylase 選択的阻害剤であるm-NBA 及びFCE28833 の効率的不斉合成法を開発し、これにより、本反応が種々の光学活性フリーα-アミノ酸誘導体の合成に有効な手法であることを実証している。

 最後に第四章では、キラル銅(II)触媒を用いるα-イミノエステルの不斉アリル化反応について述べている。イミン類の触媒的不斉アリル化反応は、Mannich 型反応と同様、光学活性含窒素化合物を合成する上で最も効率的な手法の一つであるが、これまでその成功例は限られていた。本論文では、高活性なβ-チオアリルシランを求核剤として用いることにより、N-アシルイミノエステルの触媒的不斉アリル化反応が、良好な収率、高いエナンチオ選択性をもって進行することを見いだしている。

 本反応は、種々のN-アシルイミノエステルのみならず、脱保護容易なN-Boc-イミノエステルやα-イミノホスホン酸エステルの不斉アリル化反応においても、良好なエナンチオ選択性が得られることを明らかにしている。さらに、β-チオアリルシランの特異な反応性に注目し、グリオキシレートとの反応を検討し、通常得られる「櫻井-細見反応」生成物ではなく、「カルボニル-エン反応」生成物が主生成物として得られることを明らかにしている。また、Cu(I)ジイミン触媒を用いることにより、この「カルボニル-エン反応」が高いエナンチオ選択性、完全なE 選択性をもって進行することを示している。アリルシランを求核剤とする反応において、シリル基ではなくα位の水素がカルボニル酸素に移動し、エン反応型の生成物を高選択的に与える反応は報告例が非常に少なく、本論文の結果は極めて興味深いものと言える。

 以上、本論文は、「アシル基」あるいは脱保護容易な「カルバメート型保護基」を窒素上置換基とする、新規なα-イミノエステルの触媒的不斉Mannich 型反応及びアリル化反応を達成している。また、これらの新規触媒的不斉反応が、種々の生理活性α-アミノ酸誘導体の合成に適用できることを示し、合成化学的にも非常に有用性が高いことを明らかにしている。さらに、HPA-12 誘導体の構造活性相関研究を通じて、本手法が生体機能の解明にも有効なツールとなることを示している。したがって本論文は、有機合成化学、医薬品化学の分野に貢献するところ大であり、よって博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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