学位論文要旨



No 215992
著者(漢字) 増本,秀治
著者(英字)
著者(カナ) マスモト,シュウジ
標題(和) 希土類錯体を活用する触媒的不斉四置換炭素構築法の開発
標題(洋)
報告番号 215992
報告番号 乙15992
学位授与日 2004.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15992号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 眞鍋,敬
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 助教授 徳山,英利
内容要旨 要旨を表示する

1.大量合成を指向した糖由来配位子合成法の開発と配位子の修飾

柴崎研究室で見い出されたD-グルコース由来の配位子は、金属を選択することにより有機合成上非常に有用なシアノヒドリンの両エナンチオマーを高選択的に作り分けることが可能である(Scheme 1)。これまでこれらの配位子はアレーン-クロム錯体を用いて合成していたが、この合成ルートでは毒性の高いクロムを当量用いる上、電子不足な芳香環を有するアレーン-クロム錯体の安定性が低いため、配位子のカテコール部のチューニングが非常に難しい。しかしながら、カテコール部に電子求引基を導入することは、中心金属のルイス酸性の向上が期待できるため、魅力的なアプローチである。そこで配位子の新しい合成法の開発とこれを用いた配位子の修飾を検討した。

 Scheme 2 に示すように既知のアルコール3 を酸化し、続く選択的還元により高収率で3 位の水酸基を反転させた。鍵中間体である環状硫酸エステル8 のカテコール誘導体との反応も円滑に進行した。この方法を用いてFigure 1 に示すように既知の配位子1 および2 を含め、新たな配位子9-14 を効率的に合成することができた。なお、配位子1,2 および11 は現在市販に至っている。得られた配位子を用いてガドリニウムを中心金属とした系でアセトフェノンを基質として反応を行ったところ、配位子11 は配位子1 に匹敵する良い結果を与えた。次に2-ヘプタノンを基質として反応を行ったところ、ナフタレン環を有する配位子13 が中程度ながら最も良い結果を与えた。また、チタンを中心金属とした系においても合成した配位子を用いて反応を行った。ナフタレン環を有する配位子13 は従来最も優れていた配位子2 に匹敵する良い結果を与えた。

2.(S)-オキシブチニンの効率的合成法の開発

 オキシブチニン(Figure 2)は尿失禁および頻尿治療薬として広く用いられており、現在ラセミ体での投与が行われているが、(S)-エナンチオマーの薬理プロフィールがより優れているため、その有効な合成法が望まれている。しかしながら、これまで報告されている方法は、当量のキラル補助基を用いたものやキラルな原料を用いたものである。アノシリル化を用いた(S)-オキシブチニンの効率的な合成法を検討した。シクロヘキシルフェニルケトンに対して柴崎研究室で見い出された希土類金属と糖由来の配位子からなる触媒を用いた触媒的不斉シアノシリル化反応を適応できれば、短工程で(S)-オキシブチニンの重要中間体であるヒドロキシカルボン酸まで導くことができると考えられたため、Table 1 に示すように配位子1 を用いて反応を検討した。驚いたことに立体的差異のあまりないシクロヘキシル基とフェニル基の違いを触媒は見分け、の触媒存在下、-60 ℃で反応は進行し、収率96% 、95% eeにて目的のシアノヒドリンを得ることができた。しかしながら、触媒量を1mol% に下げると-60℃下反応は極端に遅くなり、収率39%、64% eeで目的物が得られたにすぎなかった(entry 2)。そこで反応温度を-40℃に上げ、濃度を高くすることで反応は完結し、シアノヒドリンを収率99% 、85% eeで得た(entry 4)。その後、操作を若干変更したところ改善がみられ、目的物を94% ee にて得ることに成功した(entry 5)。本反応は100 g スケールにおいても全く問題なく進行し処理後の粗生成物をシリカゲルパッドに通すことにより非常に効率的に純粋なシアノヒドリンを得、さらに、効率的に配位子の回収をも行うことができた(Figure 3)。得られたシアノヒドリン20aをDIBAL-H にて還元し、脱シリル化後NaClO2にて酸化することにより鍵中間体であるヒドロキシカルボン酸21 に誘導することができた。これを再結晶することにより光学的に純粋なヒドロキシカルボン酸を得た。

 次に、他のアリールシクロアルキルケトンに対するこの触媒系の適応性についても検討した。Table 2 に示すように、シクロペンチルフェニルケトン19e の場合を除いて高い選択性が得られ、このことは新しいキラルなオキシブチニン類縁体の合成にこの触媒系がMeO有用であることを意味している。他の2 アリールシクロアルキルケトンと構造的にそれほど差のないシクロペンチルフェニルケトンの場合に反応性、鏡像4 体過剰率共に悪いという結果は反応機構を考察する上で興味深い。19e のカルボニルのα位を重水素化した基質を用いて反応を行ったところ、反応は非常に速く進行し、生成物が95% ee で得られたことから、シクロペンチルフェニルケトンの場合の低エナンチオ選択性は基質の脱プロトン化が原因であることが示唆された。

3.ケトイミンの触媒的不斉Strecker 反応の開発

 触媒的不斉Strecker 反応は天然および非天然型アミノ酸を合成する最も直接的で最も有用な反応の一つである。アルドイミンを基質とする触媒的不斉Strecker 反応はいくつかの例があるが、ケトイミンに関してはほとんどなく、基質一般性も十分とは言えない。今回私は、ケトイミンを基質とする新規な触媒的不斉Strecker 反応の開発を目的とし、検討を行った。

 柴崎研究室で見い出された希土類金属と糖由来の配位子からなる触媒は、ケトンの触媒的不斉シアノシリル化に有効であるため、この触媒を用いてケトイミンの触媒的不斉Strecker 反応を検討した。N-ベンジルアセトフェノンイミンを基質として用い、配位子として1 を用いた場合、最高35% ee で目的物を得ることができた。希土類金属の酸素原子への親和性を考慮し、イミンの保護基としてフルフリル基を用いると、鏡像体過剰率は48% ee に向上した。さらに、ジフェニルホスフィノイル基を用いた場合に大幅な鏡像体過剰率の向上がみられ、72% ee にてほぼ定量的にStrecker 生成物を得N ることができた。その後、操作を若干変更し、配位子11 を用いて反応を行うと、鏡像体過剰率は96% ee にまで向上した。次にこの条件におい6

て種々の基質を用いた触媒的不斉Strecker 反応を行った(Table 3)。アリールメチルケトイミンの場合、2.5 mol % の触媒で高いエナンチオ選択性を得ることができた(entry 9 1-4)。α,β-不飽和ケトイミンの場合においても高いエナンチオ選択性が得られ(entry 9-11)、このことは、ジアルキルケトイミンを基質とした場合に鏡像体過剰率がやや低いことを補填するとともに、オレフィンの修飾により複雑な分子が合成できることから非常に興味深い。本反応系OPPh2 におけるStrecker 生成物のいくつかは結晶性化合物であり、例えば23a 78% (5 operations) は一回の再結晶により光学的に純粋1) なエナンチオマーとすることができた。Scheme 4 に示すように本反応後の生成物はアミノ酸の保護体に極めて効率的に誘導できた。

Scheme 1. Catalytic Asymmetric Cyanosilylation of Ketones Using Sugar-Derived Ligands

Scheme 2. New Synthetic Route to Chiral Ligand

Figure1. Prepared Ligands

Figure2. Oxybutynin and Analogues

Table 1. Catalytic Asymmetric Cyanosilylation of Cyclohexyl Phenyl Ketone

Scheme 3. Conversion to the Hydroxy Carboxylic Acid

Figure3. Purification and Ligand Recovery

Table 2. Catalytic Asymmetric Cyanosilylation of ArylCycloalkyl Ketones

Table 3. Catalytic Asymmetric Strecker Reaction of N-Diphenylphosphinoyl Ketoimines

Scheme 4. Conversion of the Products

審査要旨 要旨を表示する

 増本秀治は「希土類錯体を活用する触媒的不斉四置換炭素構築法の開発」と題し、以下の研究をおこなった。

1.大量合成を指向した糖由来配位子合成法の開発と配位子の修飾

 当研究室で見い出されたD-グルコース由来の配位子は、金属を選択することにより有機合成上非常に有用なシアノヒドリンの両エナンチオマーを高選択的に作り分けることが可能である。これまでこれらの配位子はアレーン-クロム錯体を用いて合成していたが、この合成ルートでは毒性の高いクロムを当量用いる上、電子不足な芳香環を有するアレーン-クロム錯体の安定性が低いため、配位子のカテコール部のチューニングが非常に難しい。そこで配位子の新しい合成法の開発とこれを用いた配位子の修飾を検討した。その結果、環状硫酸エステルに対するカテコール誘導体による位置選択的開環反応を鍵工程として、環境調和性と大規模合成への応用性に優れた新規合成ルートを開拓することに成功した。この方法を用いてFigure 1に示すように既知の配位子1および2を含め、新たな配位子3-8を効率的に合成することができた。なお、配位子1,2および5は現在市販に至っている。

2.(S)- オキシブチニンの効率的合成法の開発

 オキシブチニン9は尿失禁および頻尿治療薬として広く用いられており、現在ラセミ体での投与が行われているが、(S)-エナンチオマーの薬理プロフィールがより優れているため、その有効な合成法が望まれている。しかしながら、これまで報告されている方法は、当量のキラル補助基を用いたものやキラルな原料を用いたものである。今回増本は、キラルガドリニウム触媒を用いたケトンの触媒的不斉シアノシリル化を用いた(S)- オキシブチニンの効率的な合成法を確立した。すなわち1 mol %のガドリニウム-1錯体を用いることで、目的とするケトンシアノヒドリン11を94% eeにて得ることに成功した。本反応は100 gスケールにおいても全く問題なく進行し、後処理後の粗生成物をシリカゲルパッドに通すことにより非常に効率的に純粋なシアノヒドリンを得、さらに、効率的に配位子の回収をも行うことができた。得られたシアノヒドリン11をDIBAL-Hにて還元し、脱シリル化後NaClO2にて酸化することにより鍵中間体であるヒドロキシカルボン酸12に誘導することができた。これを再結晶することにより光学的に純粋なヒドロキシカルボン酸を得た。12から(S)-オキシブチニンへの変換は既知であるため、ここに(S)-オキシブチニンの効率的な触媒的不斉合成ルートを確立することができた。

3.ケトイミンの触媒的不斉Strecker反応の開発

 触媒的不斉Strecker反応は天然および非天然型アミノ酸を合成する最も直接的で最も有用な反応の一つである。アルドイミンを基質とする触媒的不斉Strecker反応はいくつかの例があるが、ケトイミンに関してはほとんどなく、基質一般性も十分とは言えない。今回増本は、ケトイミンを基質とする新規な触媒的不斉Strecker反応の開発を目的とし、検討を行った。上記の希土類金属(ガドリニウム)と糖由来の配位子5からなる触媒を用いてケトイミンの触媒的不斉Strecker反応を検討した結果、アリールメチルケトイミンの場合、2.5 mol %の触媒で高いエナンチオ選択性を得ることができた。α,β-不飽和ケトイミンの場合においても高いエナンチオ選択性が得られ、このことは、ジアルキルケトイミンを基質とした場合に鏡像体過剰率がやや低いことを補填するとともに、オレフィンの修飾により複雑な分子が合成できることから非常に興味深い。本反応系におけるStrecker生成物のいくつかは結晶性化合物であり、一回の再結晶により光学的に純粋なエナンチオマーとすることができた。本反応後の生成物はアミノ酸の保護体に極めて効率的に誘導できた。

 以上の業績は、薬学分野における有機合成化学の進歩に有意に貢献するものであり、薬学(博士)の授与に値するものと考えられる。

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