学位論文要旨



No 215993
著者(漢字) 藪,一雄
著者(英字)
著者(カナ) ヤブ,カズオ
標題(和) 多点認識触媒を用いる新規触媒的不斉反応の開発 : 希土類錯体を用いるケトンのシアノシリル化とピリジンのReissert型反応
標題(洋)
報告番号 215993
報告番号 乙15993
学位授与日 2004.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15993号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 眞鍋,敬
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 助教授 徳山,英利
内容要旨 要旨を表示する

1.ケトンの触媒的不斉シアノシリル化反応の開発

 光学活性なケトンのシアノヒドリンは四置換不

斉中心を有するα-ヒドロキシカルボニル化合物へと容易に変換可能であることから、有用性の高い合成中間体であると考えられる。1999 年のBelokon'等による報告を始めとし、いくつかの触媒的不斉シアノシリル化反応が報告されている。柴崎研究室の濱島らも2000 年にD-グルコース由来の不斉配位子1 のTi 錯体を用いる、ケトンの(R)-選択的触媒的不斉シアノシリル化反応を報告している。

 一方ピッツバーグ大のCurran 等は、6 を共通中間体として抗ガン活性を有し、現在化学合成による工業化が検討されている(20S)-カンプトテシン5 及びその誘導体を効率的に合成している。しかしながらCurran 等の合成において、20 位の立体化学は毒性の高い四酸化オスミウムを用いるSharpless の不斉ジヒドロキシル化反応によって構築されており、医薬品合成という点からは問題が残されている。この問題の解決のために筆者はCurran 等のグループと共同で、ケトンのシアノシリル化反応を合成中間体6 のエナンチオ選択的合成に応用することを計画した。この目的の達成のためには、不斉源として高価なL-グルコースが必要であると考えられるが、もし同一の不斉源から両鏡像体を作り分けることが可能であれば、本反応の合成的有用性は非常に高いものになると考えられる。

a) (20S)-カンプトテシン合成中間体の合成研究

 6 を合成するために、エチルケトン7 を触媒的不斉シアノシリル化反応の基質に選択した。まず、Curran 等によって報告されている既知のアルデヒドから得られる基質7 に対し、Ti-1 錯体を用い既に最適化された反応条件を用いたところ、反応は室温においても非常に遅く、生成物であるシアノヒドリン8 は34% 、18% ee でしか得られなかった。さらに絶対配置は予想通り望まないR 配置であった(Table 1, entry 1) 。

 触媒活性の向上を目指し、ルイス酸金属を種々検討したところ、希土類錯

体が高い触媒活性を有することを見い78だした。すなわち、5 mol % のSm(OiPr)3 と配位子1 (1:1) から調製される触媒を用いることで、-40 ℃でも88% 、20% eeで8 を得ることができた(entry 2) 。さらに、得られた7 の絶対配置は望むS 配置であった。更なる検討の結果、Sm.1 (1:1.8) 、反応溶媒にプロピオニトリル(EtCN) を用いた時に高い選択性を与えることが判った(entry 3) 。さらに、共同研究者の増本によって見いだされた電子的チューニングを施した配位子3 を用いると、反応性、選択性共に向上が見られ、2 mol % の触媒量においても殆ど選択性の低下は見られなかった(entry 4) 。さらに、反応溶媒としてEtCN.MeCN(1:1) を用いた時、選択性が若干向上することが判った(entry 5) 。

 次に、最適化された条件を用い10 g 反応は10 g スケールでも問題なく進行し、91% 、90% ee にて(S)-8 を得た。得られた(S)-8 は、ヨードデシリル化、recrystallization 酸処理によるラクトン化、続く脱メチル化の3 工程にてカンプトテシン類の鍵中間体6 へ変換可能であった。さらに一度の再結晶にて光学的に純粋な6 を得ることができた。この知見を受けて、現在共同研究者により工業的合成への展開が可能な合成ルートの確立が検討中である。

b) 各種ケトンへの適用

 次に、本反応の各種ケトンへの適用を試みた。まず、アセトフェノンを基質として用い検討を行った結果、EtCN 中5 mol % のGd-1 (1:2) を用いることで最も選択性良く(S)-シアノヒドリンを与えることを見いだした(Table 2, entry 1) 。その他のケトンに対する結果をTable 2 にまとめた。芳香族ケトンやエノンに対して反応は良好なエナンチオ選択性で進行し(entry 1-8) 、エノンに対する位置選択性は完全なものであった。脂肪族ケトンにおいては良好な結果を与えなかったが(entry 9, 10) 、これらの生成物はエノンから得られる生成物の接触水素還元によりee を損なうことなく容易に合成可能であった。

 本反応により、容易に得られるD-グルコース誘導体を不斉源として用いることで幅広い(S)-シアノヒドリンの合成が可能となり、中心金属を替えることにより、同一の不斉配位子から調製される触媒を用い両鏡像体を合成することが可能となった。

c) 反応機構解析

 次に、触媒構造と反応機構を明らかにすべく、各種分光学的手法を用い詳細な検討を行った結果、1)配位子1 とLn(OiPr)3 との配位子交換、2)希土類金属シアニドの生成、3)触媒中の希土類金属シアニドとTMSCN 間での速いシアニド交換、4)ESI-MS によるGd/1=2/3 錯体の検出が確認された。またGd/1 の比とee との関係において、Gd/1 比が1/1.5 付近でee はほぼ頭打ちとなることを考え合わせると、活性な触媒種は2:3 錯体であると考えられる。さらに、反応の速度論的解析から反応速度はTMSCN に対して0 次、触媒に対して0.8 次であった。これはホスフィンオキシドによって活性化されたTMSCNが求核種として働くTi-1 を用いた反応ではTMSCNに対して0.7 次であったのとは対照的な結果で、Ln-1 を用いる本反応では希土類金属シアニドが求核種であることを示唆している。

 以上の結果から、反応機構はScheme 2 のように推察される。本反応で高いエナンチオ選択性が発現するのは、よりルイス酸性なLn2 により活性化されたケトンへ、より求核的なLn1 シアニドからの分子内シアニドトランスファーによりシアニドの攻撃の方向が制御されるためであると考えられる。また、ホスフィンオキシド部位を持たない配位子4 より調製した触媒を用いた場合、反応性、選択性共に非常に低いものであったことから、ルイス塩基性のホスフィンオキシドが本反応において必須であることが判った。ホスフィンオキシドは希土類金属シアニドの活性化と同時に、希土類金属シアニドの形成、活性な2:3 錯体の安定化に寄与しているものと考えられる。

d) Corey のカンプトテシン合成への適用

 また、筆者は本シアノシリル化反応の有用性を示すため、Corey のカンプトテシン合成へも応用することを計画した。Corey 等は市販の22 からシアノシリル化を通して得られるジヒドロキシカルボン酸のキニン塩を光学分割することにより望む立体を有するカンプトテシンを合成している。そこで筆者はシアノシリル化反応を高立体選択的に行うことで、効率的にカンプトテシン合成の中間体を得ようと計画した。

 Scheme 3 により得られるケトン24 に対する触媒的不斉シアノシリル化は、2 mol %の触媒量においても用いた全ての配位子にて良好な結果を与えた。本基質は先のピリジン誘導体7 に比べ、かさ高さが小さいため、電子的なチューニングの効果が少ないものと思われる。

 得られたシアノシリル体25 は、シアノ基のアルデヒドへの還元、アルコールの脱保護、生じるラクトールの酸化、さらに遊離の水酸基のメチルカーボネート化によりCorey の中間体27 へと変換することができた(Scheme 3) 。

2.ピリジン誘導体を基質とした触媒的不斉Reissert型反応の開発

 当研究室では、ルイス酸-ルイス塩基複合不斉触媒を用いたキノリンおよびイソキノリン誘導体に対する触媒的不斉Reissert 型反応を開発し報告し、さらに生理活性物質の触媒的不斉全合成へも適用し、達成している。キノリンおよびイソキノリン誘導体のReissert 成績体と同様に、ピリジン誘導体に対するReissert 成績体もまた生理活性物質合成における有用な合成素子になり得ると考えられる。今回筆者は未だ達成されていないピリジン誘導体に対する触媒的不斉Reissert 型反応の開発を検討した。

 まず、キノリンおよびイソキノリン誘導体に対する反応の際に比較的良い結果を与えたホスフィンオキシド部を有する配位子31 を用いて反応を行った。しかしながら、生成物は高収率にて得られるものの、エナンチオ選択性は非常に低いものであった(Table 3, entry 1) 。種々検討した結果、ホスフィンスルフィド部を有する配位子32 を用いることにより、80% 、38% ee にて成績体30 を得ることができた(entry 2) 。更なる検討の結果、よりかさ高いジイソプロピルアミドを有する基質において、配位子32 及びアシル化剤としてかさ高いクロロギ酸ネオペンチルを用いることにより、エナンチオ選択性は68% ee にまで向上するという結果を得ている(entry 3) 。

3.結語

 糖由来の不斉配位子の希土類錯体を用いるケトンの(S)-選択的シアノシリル化反応を開発し、カンプトテシン類合成における重要中間体の触媒的エナンチオ選択的合成を達成した。中心金属を使い分けることにより、同一のD-グルコース由来の不斉配位子を用い、シアノヒドリンの両鏡像体を合成することが可能となった。

 ピリジン誘導体を基質とした触媒的不斉Reissert 型反応の開発を検討し、現在のところ限られた基質に対して中程度ではあるが不斉の誘起に成功した。これによりピリジン誘導体を基質とした触媒的不斉Reissert 型反応開発の端緒を開くことができた。

Figure1

Table 1. Catalytic Enantioselective Cyanosilylation of Ketone 7

Scheme 1. Catalytic Enantioselective Synthesis of Curran's Intermediate

Table 2. Catalytic Enantioselective Cyanosilylation of Ketones

Scheme 2. Proposed Transition State Model and Reaction Mechanism

Scheme 3. Synthesis of Corey's Intermediate by Catalytic Enantioselective Cyanosilylation

Table 3. Results of Catalytic Enantioselective Reissert-type Reaction of Pyridine Derivatives

審査要旨 要旨を表示する

藪一雄は「多点認識触媒を用いる新規触媒的不斉反応の開発-希土類錯体を用いるケトンのシアノシリル化とピリジンのReissert型反応-」と題し、以下の研究をおこなった。

1.ケトンに対するガドリニウム不斉触媒を用いた(S)-選択的シアノシリル化反応の開発とカンプトテシン合成中間体の触媒的不斉合成ルートの開発

 当研究室では、D-グルコース由来の不斉配位子1のチタン錯体がケトンに対する基質一般性の高い不斉触媒になることを見いだしている。本触媒は一般的に(R)-シアノヒドリンを与える。一方で、ピッツバーグ大のCurran等は、3を共通中間体として抗ガン活性を有し、現在化学合成による工業化が検討されている(20S)-カンプトテシン4及びその誘導体を効率的に合成している。しかしながらCurran等の合成において、20位の立体化学は毒性の高い四酸化オスミウムを用いるSharplessの不斉ジヒドロキシル化反応によって構築されており、医薬品合成という点からは問題が残されている。この問題の解決のために藪はCurran等のグループと共同で、ケトンの触媒的不斉シアノシリル化反応を合成中間体3のエナンチオ選択的合成に応用することを計画した。この目的の達成のためには、不斉源として高価なL-グルコースが必要であると考えられるが、もし同一の不斉源から両鏡像体を作り分けることが可能であれば、本反応の合成的有用性は非常に高いものになると考えられる。ケトン5に対する触媒的不斉シアノシリル化を検討した結果、触媒としてSm-1 (1:1.8)、反応溶媒にプロピオニトリル(EtCN)を用いた時に高い(S)-選択性を与えることが判った。さらに、電子的チューニングを施した配位子2を用い反応溶媒としてEtCN-MeCN(1:1)を用いた時、2 mol %の触媒量においても90% eeのシアノヒドリン(S)-6が得られることがわかった。最適化された条件を用いると10 gスケールでも問題なく進行し、91%、90% eeにて(S)-6が得られた。(S)-6は、ヨードデシリル化、酸処理によるラクトン化、続く脱メチル化の3工程にてカンプトテシン類の鍵中間体3へ変換可能であった。さらに一度の再結晶にて光学的に純粋な3を得ることができた。この知見を受けて、現在共同研究者により工業的合成への展開が可能な合成ルートの確立が検討中である。また、同様の不斉ガドリニウム触媒を用いてCoreyのカンプトテシン合成中間体の触媒的不斉合成にも成功した。

 次に、本反応の各種ケトンへの適用を試みた。まず、アセトフェノンを基質として用い検討を行った結果、EtCN中5 mol %のGd-1 (1:2)を用いることで最も選択性良く(S)-シアノヒドリンを与えることを見いだした。芳香族ケトンやエノンに対して反応は良好なエナンチオ選択性で進行し、エノンに対する位置選択性は完全なものであった。脂肪族ケトンにおいては良好な結果を与えなかったが、これらの生成物はエノンから得られる生成物の接触水素還元によりeeを損なうことなく容易に合成可能であった。本反応により、容易に得られるD-グルコース誘導体を不斉源として用いることで幅広い(S)-シアノヒドリンの合成が可能となり、中心金属を替えることにより、同一の不斉配位子から調製される触媒を用い両鏡像体を合成することが可能となった(Scheme 2)。

 次に、触媒構造と反応機構を明らかにすべく、各種分光学的手法を用い詳細な検討を行った結果、1)配位子1とLn(OiPr)3との配位子交換、2)希土類金属シアニドの生成 3)触媒中の希土類金属シアニドとTMSCN間での速いシアニド交換、4)ESI-MSによるGd/1=2/3錯体7の検出が確認された。またGd/1の比とeeとの関係において、Gd/1比が1/1.5付近でeeはほぼ頭打ちとなることを考え合わせると、活性な触媒種は2:3錯体7であると考えられる。さらに、反応の速度論的解析から反応速度はTMSCNに対して0次、触媒に対して0.8次であった。これはホスフィンオキシドによって活性化されたTMSCNが求核種として働くTi-1を用いた反応ではTMSCNに対して0.7次であったのとは対照的な結果で、Ln-1を用いる本反応では希土類金属シアニドが求核種であることを示唆している。以上の結果から、反応機構はScheme 3のように推察される。本反応で高いエナンチオ選択性が発現するのは、よりルイス酸性なLn2により活性化されたケトンへ、より求核的なLn1シアニドからの分子内シアニドトランスファーによりシアニドの攻撃の方向が制御されるためであると考えられる(8)。

2.ピリジン誘導体を基質とした触媒的不斉Reissert型反応の開発

 当研究室では、ルイス酸-ルイス塩基複合不斉触媒を用いたキノリンおよびイソキノリン誘導体に対する触媒的不斉Reissert型反応を開発し報告し、さらに生理活性物質の触媒的不斉全合成へも適用し、達成している。キノリンおよびイソキノリン誘導体のReissert成績体と同様に、ピリジン誘導体に対するReissert成績体もまた生理活性物質合成における有用な合成素子になり得ると考えられる。今回薮は未だ達成されていないピリジン誘導体に対する触媒的不斉Reissert型反応の開発を検討した。その結果、ホスフィンスルフィド部をルイス塩基として有する配位子9を用いることにより、最高68% eeで生成物が得られた。

 以上の業績は、薬学分野における有機合成化学の進歩に有意に貢献するものであり、薬学(博士)の授与に値するものと考えられる。

Scheme 1. Catalytic Enantioselective Synthesis of Curran's Intermedeate

Scheme 2. Catalytic Enantioselective Cyanosilylation Katones

Scheme 2. Proposed Transition State Model and Reaction Mechanism

Scheme 3. Results of Catalytic Enantioselective Reissert-type Reaction of Pyridine Derivatives

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