学位論文要旨



No 215994
著者(漢字) 齋藤,隆
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,タカシ
標題(和) 公共工事システムにおける受注者責任に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 215994
報告番号 乙15994
学位授与日 2004.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15994号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 小澤,一雅
 東京大学 助教授 堀田,昌英
内容要旨 要旨を表示する

 21世紀に入った我が国では、「建設」という社会にドラスチックな「変化」が期待され、特に公共工事システムにおける真の改革達成および新たな総合建設企業のあり方が強く求められているといえる。

 本論文は、建設における構造改革が必要であると認識し、『受注者責任論を基軸として、我が国の公共工事が、関係者間に対等性のある新システムで執行される為の改革事項を提言すること』を目的とした。

 「受注者責任」という新概念設定の理由は、(1)国の研究懇談会が「発注者責任」の概念を既に生み出したこと (2)現行の公共工事システムは受注者が真に実力を発揮し難い構造であること、の二点への認識にある。

 本論文の構成と概要は以下に示す通りである。

 第1章は「序論」であり、研究の動機・目的・方法・構成等を説明した。"文献・記録の分析"と"有識者との討議・対話"とのサイクルが本研究の方法の特徴といえる。

 第2章の「我が国の公共工事システム」は現状分析であり、その要点は以下に示す三つに整理できる。1)日本社会は、今後「新しい仕事文化の出現」、「多様化し変転する価値観」、「グローカリゼーション(glocalization)」といったユニークな現象を提供すると思われるが、現時点では、あらゆる領域で「多様な価値観のせめぎ合い」の中での有効な解決策が真摯に求められているといえる。建設分野においては、建設投資の減少傾向は続くが、今後リニューアルや環境など新分野への投資の伸びが予想される。

2)大手総合建設企業(最大手4社および潜在的に最大手を目指す企業:"大手GC")は、現行の公共工事システムにおいては業務範囲が殆ど施工領域に限定されること、企業開発技術の活用に制限があること、無償の行為が多いこと、等の問題点に直面している。我が国の公共工事代金の支払は、諸外国で通例の毎月払(進行支払)方式と異なり、通常「前払金+完工時支払」という独特な慣行にあり、この是正が必要と考えられる。

3)現行の公共工事システムの特徴は、画一主義に貫かれた制度、および相互信用に依拠する制度と運用と考えられる。さらに、公共工事関係者間には、発注者と受注者との不対等性という根深い意識が潜在しているといえる。1990年代初頭から今日まで公共工事システム改革の試みが進んではいるが、根本的な実効は挙がっていないと考えられる。

 第3章の「受注者責任の概念と基盤」では、先ず国の研究懇談会で取り上げている「発注者責任」を吟味し、「責任」には(1)為すべき任務(正の責任)(2)任務に伴う損失や制裁の引き受け(負の責任)の両面があり、建設プロジェクトにおける「負の責任」とは、潜在するリスクを取ることであると論じた。この論考を基に、「受注者責任」の新概念を、以下に示すように提唱した。

顧客の要求事項を充足するプロセスにおいて、関係体との対等性を自覚しつつ、技術力・マネジメント能力を最大限に発揮し、然るべきリスクを取り、契約対象を、適正品質・予算・約定期間に則って完成し、提供すること

「関係体」とは受注者から見てプロジェクトに関係する全てのプレーヤーの総称である。

 真の「受注者責任」を担う大手総合建設企業は、その効用を最大化するために保有すべき基盤(企業価値)としての三事項、イノベーション・信頼・マネジメント、の研鑚に努めるべきである。

 第4章の「デザインビルド方式と受注者責任」では、受注者が技術力・マネジメン

ト能力を最大限に発揮するデザインビルド(DB)方式が単一責任性、時間・コスト削減可能性という利点を有することを示した。DB方式での受注者責任の特徴は(1)連続的責任(2)イノベーション責任(3)ハイリスク対応責任(4)顧客要求具体化責任と考えられる。DB方式を更に拡大したターンキイ契約やプログラムマネジメント(Program Management)契約などの包括的契約(Package Deal)は、受注者としての大手GCが目指す新方向と考えられる。

 第5章「国際建設執行システム」では、シンガポール 地下鉄プロジェクトの事例において、契約約款の存在意義および受注者・発注者・エンジニアの三者によるクレーム論議の実態等の分析から、契約履行と代金支払いとの表裏一体性など多くの海外諸国に共通なシステムの特徴すなわち、(1)契約を原則とする行動原理(2)工事代金の進行支払い(3)協議・交渉方式などが今後の我が国の公共工事システムに適用すべき重要事項であることを論証した。米国型のマネジメント識見からは、(1)建設マネジメント教育(2)プロジェクトマネジメント(3)時間マネジメントの重要性を示した。

 第6章は「新たな公共工事システムの提言」である。我が国の公共工事システムにおいて、できるだけ早期に採用すべき改革事項を示した。

(1)契約重視の原則の確立: 我が国の建設における「取り決めのルール」として、契約書類への常時照会(refer)という原則が不可欠であり、契約当事者は「契約重視の原則」を厳正に認識して行動すること、新たな標準契約約款が多様な契約方式の種類に応じて固有に整備され、また、実際に適用される約款条項は、プロジェクト毎に「取り決めのルール」を示し得るように作成されることが必要と考えられる。

(2)進行支払い方式の導入: 公共工事代金支払い方法について、我が国は現行の「前払金+完工時の最終支払い」という慣行から、できるだけ早期に、契約履行の証左としての「進行支払方式」(progress payments)に移行すべきである。その方法には、多くの諸外国で共通に使用されている「毎月出来高支払い」と、シンガポール地下鉄プロジェクト等に先例がある「マイルストン型支払い」との2種類があり、個々の工事の特性に応じて都度選択することが妥当と考えられる。さらに、受注者は、「関係体との対等性」自覚の帰結として、下請などに対する現慣行の「手形による支払い」から、「現金支払い」の慣行へと転換することが必要となる。

(3)協議・交渉方式の採用: ネゴシエーション(交渉)方式は、欧米諸国や国際プロジェクトの入札プロセスでは既に有効に活用されている。同方式に見出される、民間技術の提案が有効に促進される事、品質と価格の両面から企業を選定し得ること等の利点に着目し、公共工事契約への協議・交渉方式の採用拡大が要請される。

(4)企業開発技術活用の拡大: 我が国の公共工事競争入札方式に於いては、技術の実績主義と一社占有技術排除の思想が背景となって、新技術提案による競争は実質的に殆ど存在していないといえる。民間技術の国民への貢献の可能性を実現するために、今後は新技術活用ガイドラインの通達、審査組織による新技術認定を進めるとともに、既に先例のあるデザインビルド方式への適用拡大が急務である。

 第7章「結論」では、本研究の結論を述べ、『公共工事システムが、適正な発注者責任・受注者責任の概念のもとで「構造改革」されることによって、我が国の公共工事が国民の信頼を獲得することができる。』と結言した。今後の研究課題として、現行法令の範囲内における公共工事システム改革の限界を把握することの必要性および、会計法など「関連法令の改正」の研究、あるいは「新法の制定」の研究を挙げた。

審査要旨 要旨を表示する

 21世紀に入った我が国は、社会・経済全般が、歴史上未曽有の変化の波に曝されている。「建設」という社会にもドラスチックな「変化」が求められ、特に公共工事システムにおける真の改革達成および新たな総合建設企業のあり方が強く要請されている。

 本論文は、建設における構造改革が必要であると認識し、受注者責任論を基軸として、我が国の公共工事が、関係者間に対等性のある新システムで執行される為の改革事項を提言することを目的としている。

 まず、我が国の公共工事システムについて、各種の文献・記録の分析および様々な立場の国内外の有識者との対話・討議を繰り返すことによって、その歴史的経緯と現状を、1)日本社会は、今後「新しい仕事文化の出現」、「多様化し変転する価値観」、「グローカリゼーション(glocalization)」といった現象に直面すると思われるが、現時点では、あらゆる領域で「多様な価値観のせめぎ合い」の中での有効な解決策が求められ、建設分野においては、建設投資の減少傾向が続き、今後リニューアルや環境など新分野への投資の伸びが予想されること。2)大手総合建設企業(最大手4社および潜在的に最大手を目指す企業:"大手GC")は、現行の公共工事システムにおいては業務範囲が殆ど施工領域に限定されること、企業開発技術の活用に制限があること、無償の行為が多いこと、等の問題点に直面していると共に、公共工事代金の支払方法が、諸外国で通例の進行支払(毎月支払)方式と異なり、通常「前払金+完工時支払」という独特な慣行にあること。3)現行の公共工事システムは、画一主義に貫かれた制度、および相互信用に依拠する制度と運用に依拠し、さらに、公共工事関係者(関係体)間には、発注者と受注者との不対等性(片務性)という根深い意識が潜在していること、等の三つの特性に整理している。

 国の研究懇談会で論じられた「発注者責任」を吟味し、「責任」には(1)為すべき任務(正の責任)、および、(2)任務に伴う損失や制裁の引き受け(負の責任)の両面があり、建設プロジェクトにおける「負の責任」とは、潜在するリスクを取ることであると論じ、この論考に基づいて、「受注者責任」の新概念を、「顧客の要求事項を充足するプロセスにおいて、関係体との対等性を自覚しつつ、技術力・マネジメント能力を最大限に発揮し、然るべきリスクを取り、契約対象を、適正品質・予算・約定期間に則って完成し、提供すること」と定義している。

 受注者責任を全うするためには、受注者が技術力・マネジメント能力を最大限に発揮するデザインビルド(DB)方式が、単一責任性、時間・コスト削減可能性という利点があることを論証し、DB方式での受注者責任の特徴が、(1)連続的責任 (2)イノベーション責任 (3)ハイリスク対応責任 (4)顧客要求具体化責任であると分析している。そして、DB方式を更に拡大したターンキイ契約やプログラムマネジメント契約などの包括的契約が、受注者としての大手GCが新たな総合建設企業のあり方として目指す方向でると論じている。

 国際建設市場における公共工事システムの事例として、シンガポール 地下鉄プロジェクトの実態を詳細に調査研究して、契約約款の存在意義および受注者・発注者・エンジニアの三者によるクレーム論議の実態等の分析結果から、契約履行と代金支払い方法との表裏一体性等、数多くの海外諸国に共通なシステムの特徴、すなわち、(1)契約を原則とする行動原理 (2)工事代金の進行支払い (3)協議・交渉方式等が今後の我が国の公共工事システムに適用すべき重要事項であることを論証している。さらに、米国型マネジメントの事例調査から、(1)建設マネジメント教育 (2)プロジェクトマネジメント (3)時間マネジメントの重要性を示している。

 最後に、我が国の公共工事システムにおいて、できるだけ早期に導入・実践すべき改革事項として、以下に示す4つの事項を提唱している。

(1)契約重視の原則の確立: 我が国の建設における「取り決めのルール」として、契約書類への常時照会(refer)という原則が不可欠であり、契約当事者は「契約重視の原則」を厳正に認識して行動すること、新たな標準契約約款が多様な契約方式の種類に応じて固有に整備され、また、実際に適用される約款条項は、プロジェクト毎に「取り決めのルール」を示し得るように作成されること。

(2)進行支払い方式の導入: 公共工事代金支払い方法について、我が国は現行の「前払金+完工時の最終支払い」という慣行から、できるだけ早期に、契約履行の証左としての「進行支払方式」(progress payments)に移行すべきである。その方法には、多くの諸外国で共通に使用されている「毎月出来高支払い」と、シンガポール地下鉄プロジェクト等に先例がある「マイルストン型支払い」との2種類があり、個々の工事の特性に応じて都度選択することが妥当と考えられる。さらに、受注者は、「関係体との対等性」自覚の帰結として、下請などに対する現慣行の「手形による支払い」から、「現金支払い」の慣行へと転換すること。

(3)協議・交渉方式の採用: ネゴシエーション(交渉)方式は、欧米諸国や国際プロジェクトの入札プロセスでは既に有効に活用されている。同方式に見出される、民間技術の提案が有効に促進されること、品質と価格の両面から企業を選定し得ること等の利点に着目し、公共工事契約へ協議・交渉方式を採用拡大すること。

(4)企業開発技術活用の拡大: 我が国の公共工事競争入札方式に於いては、技術の実績主義と一社占有技術排除の思想が背景となって、新技術提案による競争は実質的に殆ど存在していないといえる。民間技術の国民への貢献の可能性を実現するために、今後は新技術活用ガイドラインの通達、審査組織による新技術認定を進めるとともに、既に先例のあるデザインビルド方式を適用拡大すること。

 本論文は、わが国の公共工事システムへの国民の信頼を回復し、国際競争力を獲得するという喫緊の課題に対して、新たに構築した受注者責任という概念に基づいて構造改革すべき具体的方策、すなわち、契約重視の原則の確立、進行支払方式の導入、協議・交渉方式の採用、および、企業開発技術活用の拡大等を提唱している。その研究成果は、将来の総合建設企業の経営理念と具体的方策の構築に資するだけでなく、わが国の公共工事の入札および契約システムの適正化と改革のためにも、従来の研究および論説と比較して、著しく斬新で数多くの有益な知見と示唆に富むものと認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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