学位論文要旨



No 215995
著者(漢字) 松本,良夫
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ヨシオ
標題(和) BOT事業に関する基礎的研究 : 香港プロジェクトの経験とわが国建設産業への適用性
標題(洋)
報告番号 215995
報告番号 乙15995
学位授与日 2004.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15995号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 教授 柳田,辰雄
 東京大学 助教授 小澤,一雅
 他機関 教授 中村,英夫
内容要旨 要旨を表示する

 近年、日本およびアジア諸国においてPFI/BOT事業が増加しているが、従来の建設請負工事に比べ、日本のコントラクターにとってはリスクの大きい新しいビジネスである。従来の請負工事では、コントラクターのリスクは施工分野に限定され、事業リスクおよび工事リスクの大部分は発注者が負っていた。一方、PFI/BOT事業は工期および価格の保証に加えて、設計保証や品質保証等、従来の工事請負では発注者が負っていた工事リスクをコントラクターが負うと共に、事業への出資リスクをも負わなければならないので、リスクが顕在化した場合、コントラクターにとっての損失が著しく大きくなると考えられるからである。したがって、海外におけるBOT事業の成功および失敗の要因を分析して、得られた知見や教訓は国内外を問わず、日本の建設産業のPFI/BOT事業の将来の取り組みに有益であると考えられる。

 本論文の構成と概要は、以下に示す通りである。

 第1章では研究の背景、研究の目的および研究の方法について論述した。特に本研究では、日本のコントラクターがリスクを最小限にして海外事業に望むため、また日本のPFI事業の発展のためには、(1)海外のBOT事業に参加する日本のコントラクターが、リスクマネジメントとして留意しなければならない事項を提言すること (2)国内のPFI事業において、民間セクターが現時点において課題としている事柄について、海外事例と比較対照して問題解決の方向性を示すこと (3)新しいビジネスモデルであるPFI事業が、将来の日本の建設産業に与える影響を展望すること、等を目的とした。

 第2章では、PFI/BOT事業はリスクの大きい事業であり、事業再建、紛争発生等の問題が生じたプロジェクトが少なくないので、イギリスおよびアジアにおける4件のプロジェクトの分析から、事業の成功/失敗要因を明らかにした。具体的には、(1)イギリスのChannel Tunnelプロジェクトの財務破綻による事業再建 (2)バンコク第二高速道路のコンセッション契約に関する紛争処理の失敗による、海外プロジェクトスポンサーおよび外国融資銀行の撤退 (3)香港におけるTCT(Tate's Cairn Tunnel)およびWHC(Western Harbour Crossing)プロジェクトにおける、運営開始から継続する通行収入不足と損失、等の各事例から、PFI/BOT事業が成功するためには「事業環境の整備」、適切な「事業スキームの組成」、「事業参加者の努力」の3要素が全て整っていることが必要であり、何れか一つでも欠けた場合は、事業に問題が生じ、重大なリスクが顕在化することを論証した。

 第3章では、香港のEHC(Eastern Harbour Crossing)プロジェクトは、「事業環境の整備」、適切な「事業スキームの組成」、「事業参加者の努力」の何れもが整い、官民セクター双方にとり成功プロジェクトであったことを検証した。成功であったことの証拠として、民間セクターにとって (1)投資者は予想を上回る利益の確保が見込まれること  (2)コントラクターは工事を早期に完了させボーナスを収得したこと (3)道路に関するプロジェクトファイナンスは計画より早期に返済が完了したこと、等の3項目を挙げた。公共セクターにとって、(1)増大する海峡横断の交通車両および地下鉄利用者は、EHCによって吸収され、交通渋滞および地下鉄の混雑緩和に貢献したこと (2)香港の経済成長率比較から、経済の不況時期における経済波及効果があったこと (3)本事業を契機として、都市開発が加速したこと (4)EHCの収益が検証されたことにより、香港政庁はコンセッション完了後、無償で大きな公共財源を確保できることが確認されたこと、等の4項目を挙げた。

 第4章および第5章では、EHCのプロジェクトにおけるPFI/BOT事業成功のための3要素の具体的な内容を明らかにした。すなわち、(1)全ての「事業スキーム」はEHC法の枠組みのもとで整合性を持って組成されたこと (2)事業実現のために事業参加者の契約義務を超えた活動と信頼関係があったこと (3)精度の高いフィージビリティスタディによって事業利益の確保ができたこと (4)設計施工一括定額フルターンキー契約によって、プリンシパルコントラクターが完成工事リスクを取ったこと (5)プリンシパルコントラクターは、完成工事リスクへの対応を計画に織り込み、先行的に対策を実施したこと (6)各分野の経験の豊富なプロフェッショナルを雇用したこと、等の6項目を示した。

 第6章では、まず、アジアのBOT事業はリスクが大きいが、多岐にわたる経営資源に恵まれた日本のコントラクターは、外国コントラクターに対して高い競争力を有しているため、リスクを正確に分析・判断し適切なリスクマネジメントを行うことができれば、有望な市場になることを明らかにした。次に、第2章から第5章までの研究成果に基づき、日本のコントラクターが海外のBOT事業に参加する際に、留意あるいは対策すべき点を、(1)プロジェクトリスクは企業にとって大きいことから、プロジェクトの重要事項の決定には、コンソーシアムメンバーの一員としてあるいはプリンシパルコントラクターとして、企業の経営陣の参加および判断が必要であること (2)当該国の事業環境の整備は事業参入の最も基本的な必要条件であること (3)プロジェクトスポンサーあるいはプリンシパルコントラクターは、その義務を果たすために当該国における十分な経験と知識を必要とすること (4)フィージビリティスタディは事業者の採算に大きな影響を与えるため、予測と実績の乖離の対応策が必要であること (5)完成工事リスクへの対応策は事前に計画に織り込み、先行管理し実施する必要があること (6)事業成功のためには、事業参加者の契約義務を超えた活動と信頼関係が必要であること、等を提言として纏めた。さらに、株主責任、事業会社経営、契約管理、プロジェクトマネジメント、プロジェクトファイナンス、プロフェッショナルの雇用、等についても提案した。

 第7章では、日本のPFI事業の課題について、EHCプロジェクトの経験を比較対照し、改善の方向性を論じた。すなわち、入札制度における協議交渉の制約、公物管理上の事業者の位置づけ、紛争解決手段、等に関して、現状は現行法の枠組みの中での対応が試みられているが、わが国のPFI事業を発展させるためには、官民セクター双方にとって有効かつ有益な新たな枠組みつくりが必要であることを示した。制約のある契約保証金、株式の譲渡に関する制約、新技術の採用に対する制限、等は民間セクター参入意欲を減退させる制度であり、民間活力が最大限発揮できるような環境の整備やインセンティブが必要であることを示した。

 第8章では、PFI/BOT事業のビジネスシステムの展開が、日本の建設産業に与える影響を展望した。国内PFI実施の規範としている3主義5原則は、PFI/BOTの国際標準である。日本の建設産業の商習慣として、発注者と請負者あるいは企業間の取引において、厳正な契約に基づく運営よりも、権限者の不公平、不透明な裁量が優先されることがしばしば見られるが、PFI/BOT事業では、3主義5原則から逸脱した裁量運営はゆるされない。従って、PFI/BOTのビジネスシステムが広がるにしたがって、日本の建設産業が裁量主義に偏重したビジネス関係から、透明性のある契約主義に基づくビジネス関係に変革していく誘因になる可能性について論じた。

 第9章は結論であり、(1)海外BOT事業に参加する日本のコントラクターが、リスクマネジメントとして留意しなければならない事項 (2)国内PFI事業おいて、民間セクターが現時点において課題としている事柄について、海外事例と比較対照した問題解決の方向性 (3)新しいビジネスモデルであるPFI/BOT事業が、日本の将来の建設産業に与える影響の展望、について本研究の結論として論述した。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、日本およびアジア諸国においてPFI/BOT事業が増加している。PFI/BOT事業は、日本のコントラクターにとって、これまでの建設請負工事と比較してリスクの大きい新しいビジネスといえる。

 本論文は、日本のコントラクターがリスクを最小限にして海外事業に取り組むこと、および、国内のPFI事業の健全な発展を見据えて、(1)海外のBOT事業に参加する日本のコントラクターがリスクマネジメントとして留意すべき事項の提言すること (2)国内のPFI事業において、民間セクターが現時点において課題としている事柄について、海外事例と比較対照して問題解決の方向性を示すこと (3)新しいビジネスモデルであるPFI事業が将来の日本の建設産業に与える影響を展望すること、等を目的としている。

 PFI/BOT事業はリスクの大きい事業であり、事業再建、紛争発生等の問題が生じたプロジェクトが少なくないので、イギリスおよびアジアにおける4件のプロジェクトを分析して、事業の成功および失敗の要因を明らかにしている。具体的には、(1)イギリスのChannel Tunnelプロジェクトの財務破綻による事業再建 (2)バンコク第二高速道路のコンセッション契約に関する紛争処理の失敗による海外プロジェクトスポンサーおよび外国融資銀行の撤退 (3)香港におけるTCT(Tate's Chairn Tunnel)およびWHC(Western Harbour Crossing)プロジェクトにおける運営開始から継続する通行収入不足と損失、等の各事例の分析結果に基づき、PFI/BOT事業が成功するためには「事業環境の整備」、適切な「事業スキームの組成」、「事業参加者の努力」の3要素が全て整っていることが必要であり、何れか一つでも欠けた場合は、事業に問題が生じ、重大なリスクが顕在化することを論証している。

 香港のEHC(Eastern Harbour Crossing)プロジェクトが、「事業環境の整備」、適切な「事業スキームの組成」、「事業参加者の努力」の3要素がすべて整った、官民セクター双方にとって成功プロジェクトであったことを検証している。成功であったことの論拠として、民間セクターにとって、(1)投資者は予想を上回る利益の確保が見込まれること (2)コントラクターは工事を早期に完了させボーナスを収得したこと (3)道路に関するプロジェクトファイナンスは計画より早期に返済が完了したこと、等の3項目を示している。公共セクターにとって (1)増大する海峡横断の交通車両、および地下鉄利用者はEHCによって吸収され、交通渋滞および地下鉄の混雑緩和に貢献したこと (2)香港の経済成長率比較から経済の不況時期における経済波及効果があったこと (3)本事業を契機として、都市開発が加速したこと (4)EHCの収益が検証されたことにより、香港政庁はコンセッション完了後、無償で大きな公共財源を確保できることが確認されたこと、等の4項目を示している。EHCプロジェクトにおけるPFI/BOT事業成功の3要素の具体的内容として、(1)全ての「事業スキーム」はEHC法の枠組みのもとで整合性を持って組成されたこと (2)事業実現のために事業参加者の契約義務を超えた活動と信頼関係があったこと (3)精度の高いフィジビリティスタディによって事業利益の確保ができたこと (4)設計施工一括定額フルターンキー契約によってプリンシパルコントラクターが完成工事リスクを取ったこと (5)プリンシパルコントラクターは完成工事リスクへの対応を計画に織り込み、先行的に対策を実施したこと (6)各分野の経験の豊富なプロフェッショナルを雇用したこと、等の6項目を示している。日本のコントラクターが海外のBOT事業に参加する場合の留意点として、(1)プロジェクトリスクは企業にとって大きいことから、プロジェクトの重要事項の決定には、コンソーシアムメンバーの一員として、あるいはプリンシパルコントラクターとして、企業の経営陣の参加および判断が必要であること (2)当該国の事業環境の整備は事業参入の最も基本的な必要条件であること (3)プロジェクトスポンサーあるいはプリンシパルコントラクターは、その義務を果たすために当該国における十分な経験と知識を必要とすること (4)フィ−ジビリティスタディは事業者の採算に大きな影響を与えるため、予測と実績の乖離の対応策が必要であること (5)完成工事リスクへの対応策は事前に計画に織り込み先行管理し実施する必要があること (6)事業成功のためには事業参加者の契約義務を超えた活動と信頼関係が必要であること、等の6つの提言をしている。

 日本のPFI事業の課題を、EHCプロジェクトの経験と比較対照しつつ改善の方向性を論じている。入札制度における協議交渉の制約、公物管理上の事業者の位置づけ、紛争解決手段、等に関して、現在は現行法の枠組みの中での対応が試みられているが、わが国のPFI事業を発展させるためには、制約のある契約保証金、株式の譲渡に関する制約、および新技術の採用に対する制限等は、民間セクターの参入意欲を減退させる制度であることを論証し、民間活力が最大限発揮できるような環境の整備やインセンティブの必要性を論じている。

 最後に、PFI/BOT事業のビジネスシステムの展開が日本の建設産業に与える影響を展望している。日本の建設産業の商習慣としてしばしば見られる、発注者と請負者あるいは企業間の取引において、権限者の不公平・不透明な裁量が厳正な契約より優先されることは、PFI/BOT事業では許されないこと、および、PFI/BOT事業のビジネスが広がるにしたがって、日本の建設産業が裁量主義に偏重した商習慣から透明性のある契約主義に基づくビジネス環境に変革していく誘因になる可能性について論じている。

 本論文は、海外BOT事業に参加する日本のコントラクターがリスクマネジメントとして留意しなければならない事項、国内PFI事業おいて民間セクターが現時点において課題としている事柄について、海外事例と比較対照した問題解決の方向性、および、新しいビジネスモデルであるPFI/BOT事業が日本の将来の建設産業に与える影響の展望ついて論述している。その研究成果は、将来の日本の建設企業の経営理念と具体的方策の構築に資するだけでなく、わが国の公共工事システムの構造改革のためにも、従来の研究および論説と比較して、極めて斬新で数多くの有益な知見と示唆に富むものと認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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