学位論文要旨



No 215997
著者(漢字) 白戸,真大
著者(英字)
著者(カナ) シラト,マサヒロ
標題(和) 強地震動を受ける杭基礎の数値耐震性能評価法の開発
標題(洋) Computational Seismic Performance Assessment of a Pile Foundation subjected to a Severe Earthquake
報告番号 215997
報告番号 乙15997
学位授与日 2004.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15997号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 古関,潤一
 東京大学 教授 神田,順
内容要旨 要旨を表示する

 1995年の兵庫県南部地震を筆頭に,近年世界各地で発生した大地震において構造物は壊滅的な被害を受けた.そこで,構造物の耐震設計法を高度化し,構造物の地震時の動的挙動を直接的に考慮でき,終局限界状態までを予測することのできる数値耐震性能評価法を開発することが求められている.これは基礎構造物に関しても例外ではない.直接基礎と並び杭基礎は最も使用頻度が高い基礎形式であるが,直接基礎が堅固な地盤において使用されるのに対して,杭基礎は比較的柔な地盤で使用されるものである.したがって,杭基礎の方が地震により被災する危険性は高く,過去の地震被災事例も杭基礎において生じた事例の方が圧倒的に多い.

 杭基礎の地震時動的挙動を把握するためには,基礎・地盤系の動的解析手法を確立することが必要である.それには基礎・地盤系の動的相互作用を適切に考慮できるモデル化が必要である.地盤を3次元のソリッド要素でモデル化するような,様々な設計条件に対応できる解析条件設定の自由度が高い手法の開発が目標とされるが,その一方で,いくつかの制約はあるものの,一般の設計実務へのいち早い導入に主眼をおいた,簡便,かつ同等の精度を有する地盤のモデル化手法の開発もまた火急の課題である.現在の杭基礎の耐震設計では,杭をはりとして,杭・地盤間相互作用を杭軸方向に分布するWinklerバネにより相互作用バネとしてモデル化する方法が広く用いられている.そして,地震作用に対する基礎の挙動を静的解析により評価している.したがって,このようなモデル化を動的解析にも適用できるようにすることは,実務上のひとつの有力な解決策である.基礎・地盤間相互作用バネは基礎に作用する地盤反力度と基礎・地盤間相対変位の関係で定義される.強震時を想定したその非線形特性については,単調載荷については多くの研究がなされているものの,履歴特性についてはほとんど実証的検証が行われていない.そこで,強震動を受ける杭基礎の動的解析を行うために,基礎・地盤間相互作用バネについて地震中のランダム載荷を考慮できる非線形履歴則を構築することが期待される.

 杭基礎を構成する部材である杭の破壊挙動は,杭基礎の構造システムとしての終局限界状態を評価するために考慮する必要があるもうひとつの要因である.杭基礎が強震動により被災を受けるときは,杭頭部付近や杭周辺地盤を構成する土層の境界面付近の断面において曲げ耐力の低下挙動が生じ得る.しかし,杭基礎は複数の杭から構成され,かつ,周辺地盤に囲まれ,支持される高次不静定構造システムである.そこで,一本の杭の局部的な耐力低下挙動が即座に杭基礎システムの耐力低下を引き起こすことはないと考えられ,杭基礎システムの終局限界状態を評価するためには,一本の杭について弾性域から耐力低下挙動までを数値的に予測することができる手法が求められる.一方,現在の設計計算では,杭の非線形挙動は曲げモーメント・曲率関係により考慮される場合や,ファイバーモデルにより直接的に材料非線形性を取り込むことにより考慮される場合が多いが,そのままではいずれの場合も杭の耐力低下挙動までを追跡することは出来ない.

 そこで,本研究は,強震動を受ける杭基礎のシステムとしての耐震性能の数値評価を可能にするために,Winkler型の基礎・地盤間相互作用バネの履歴則,および,繰返し曲げ変形に起因する耐力低下挙動を追跡するための杭のモデル化手法を新たに開発したものである.

 基礎・地盤間相互作用バネの履歴モデルの開発について,既往の実験結果を用いて検討を行った.対象とした実験は砂地盤中に埋め込まれた杭が杭頭部にて繰返し水平載荷を受けるものであり,本研究では実験データを分析し,いくつかの深度において杭に作用する地盤反力度と杭・地盤間の相対変位の関係を調べた.一般に,この種の実験においては正負交番の繰返し載荷が与えられることが多いが,対象とした実験では正負交番載荷実験に加えて一方向の繰返し載荷実験も実施した.すなわち,ランダム載荷のうち極端な2つの載荷パターンについて詳細な実験による検討を行ったことが本研究の特徴の一つとして挙げられる.実験によって得られた復元力特性を詳細に調べた結果,基礎・地盤間相互作用バネの履歴則は基本的に最大点指向型に分類される履歴則を用いてモデル化できると考えられるものの,同一の変位レベルにおいて発揮される地盤反力度は正負交番載荷の場合と一方向繰返し載荷の場合とで異なり,一方向繰返し載荷の場合の方が小さくなることを確認した.すなわち,基礎・地盤間相互作用バネの履歴は,載荷パターンに依存する可能性が示唆されたのである.次に土質力学的検討を行った.繰返し水平載荷を受ける杭の周辺地盤は,載荷方向が反転するたびに変化する圧縮・伸張変形を繰り返し受ける.そこで,繰返し圧縮・伸張変形を受ける砂の要素試験結果を用いた解析的検討を行い,繰返し圧縮・伸張変形を受ける土の要素としての挙動と,杭に作用する地盤反力度の履歴特性の関係を調べた.その結果,両者の間には密接な関係があり,特に土のストレス・ダイレタンシー挙動が,基礎・地盤間相互作用において同一変位レベルにて発揮される地盤反力度が載荷パターンに依存して異なる,という載荷パターン依存性を引き起こすことを明らかにした.そして,様々な載荷パターンに対して解析を行い,載荷パターン依存性をモデル化した.最終的に,モデル化した載荷パターン依存性を再現できる基礎・地盤間相互作用バネの履歴モデルを提案した.提案履歴モデルは既往の典型的な履歴モデルである最大点指向型を基本としており,載荷パターン依存性を考慮できるように拡張したものである.提案した履歴則を組み込んだ基礎・地盤間相互作用バネを用いて杭の繰返し水平載荷実験を数値解析した結果は,載荷パターンによる杭の挙動の違いを再現でき,実験結果に良好に一致した.

 繰返し曲げ変形を受ける杭の耐力低下挙動を追跡できるモデル化手法については,杭も含めた鉄筋コンクリート棒部材の挙動を弾性挙動から耐力低下挙動まで一貫して数値的に追跡することができるモデル化手法を開発した.ここで,鉄筋コンクリート棒部材を対象にしたのは,日本では,場所打ち鉄筋コンクリート杭(場所打ち杭)が杭の使用実績のほとんどを占めているためである.帯鉄筋などにより十分に横拘束された鉄筋コンクリート棒部材が繰返し曲げ載荷により破壊するまでの損傷過程は次のようなものである:

1.引張りひびわれが発生する,2.軸方向鉄筋が降伏する,3.コンクリートの圧壊が表面から断面中心方向へ進展する,4.かぶりコンクリートが圧壊・崩落する,5.軸方向鉄筋がはらみだし,杭は急激な曲げ耐力低下域に入る.

 そこで,鉄筋コンクリート棒部材の耐力低下挙動を再現するためには,このような損傷過程を忠実に再現できるモデル化手法が必要である.特に,はらみ出した軸方向鉄筋の抵抗は,引張りに対してもその形状に起因して減少することから,部材の耐力低下挙動を数値的に再現するためには適切にモデル化される必要がある.しかし,それを考慮する手法については未だ研究が進行している途上にある.そこで,コンクリート棒部材をファイバー要素によりモデル化することを前提にし,軸方向鉄筋のはらみだしの影響を鉄筋の構成則にて考慮するモデル化手法を開発した.はらみだした軸方向鉄筋の挙動は塑性座屈した鉄筋の挙動で表すものとする.はらみだした鉄筋の軸方向の荷重変位関係は塑性座屈長で平均化され,ファイバー要素内の軸方向鉄筋の構成則に組み込まれる.そして,鉄筋の塑性座屈長を特性長さとして導入し,ファイバー要素長とする.一般に軟化する構成則を有限要素法で用いる場合には有限要素解がメッシュ依存性を示すという問題点があるが,提案したモデル化手法では特性長さを導入することによりそれは回避される.提案したモデル化手法を用いて場所打ち杭模型の繰返し載荷実験の数値解析を行った結果,数値解析は場所打ち杭の耐力低下挙動を再現でき,実験の損傷過程を精度良く予測できた.

 本研究で開発した基礎・地盤間相互作用バネの履歴モデル,および,コンクリート棒部材のモデル化手法を用いて,砂地盤中にある場所打ち杭の繰返し水平載荷実験結果の数値シミュレーションを行った.数値シミュレーションは実験結果を精度良く再現でき,杭の耐力低下を予測した.さらに,ここでのシミュレーションにおいては,周辺地盤からの土圧が,杭のかぶりコンクリートを横拘束し,杭の靭性を気中にある場合よりも増大させる可能性を数値的に示すことができた.

 以上のように,開発したWinkler型の基礎・地盤間相互作用バネの履歴モデル,および,コンクリート棒部材の耐力低下挙動までを追跡可能なモデル化手法は,杭基礎の数値耐震性能評価を行うために解決すべき地盤,および,部材のモデル化の問題点に対する一つの解決策を示したものであり,強震動を受ける杭基礎の数値耐震性能評価を一般設計実務において行うことを将来的に可能にするものである.本研究の最後には,提案モデルを用いて杭基礎のシステムとしての破壊過程を評価し,限界状態を設定し,耐震性能の照査を行うという将来の耐震設計の方向性を示すことを目的に,杭基礎の数値耐震性能評価例を示した.

審査要旨 要旨を表示する

 社会基盤施設の強地震動に対する安全性と復旧性を確実に担保するには,構造物設計の高度化・合理化のみならず、それを支える地盤と基礎の非線形挙動を精度よく評価できる設計施工計画が肝要である。杭やフーチングに代表される基礎構造物の設計では,杭本体の構造特性と周辺地盤の非線形応答特性の両者を取り入れることが不可欠である。地盤バネを介した基礎構造-地盤系のモデル化が現行設計の主流であるが、基礎構造の破壊あるいは周辺地盤の崩壊に至るレベルまでを包含するものでない。そのため,震度の高い稀な強地震動に対しては杭本体に過大な安全余裕を見込むこととなり、杭本数の増加と基礎構造の建設コストに大きく跳ね返る結果となっている。塔状構造物や軟弱地盤上に建設される交通基盤施設では,基礎部の建設経費が地上部本体を含む全設コストの多くを占めている。これらの現状を鑑みて、基礎構造の設計施工の合理化が果たす社会的意義は大きい。

 数多くの既存社会基盤施設の耐震診断では、設計段階で安全側の事項として考慮されていない要因も考慮のうえで極力,強地震時の応答を予測して補強の可否を判定しなければならない。新設構造設計の限界状態を超えた領域にまで数値シュミレーションを実行する必要があり,杭本体と周辺地盤の高次非線形応答特性を設計実務に活用する枠組みが求められる。以上より本研究は、鉄筋コンクリート杭基礎の耐力以後の挙動を視野において強非線形力学モデルを提示するとともに、履歴依存性を考慮した周辺地盤応答に対応した構造-地盤反力特性モデルを開発し,これらを多角的な検証を通じて実務に適用可能な形態にまで取りまとめたものである。

 第1章は序論であり,基礎杭構造モデル並びに地震入力を代表する地盤バネモデルの現状を概括し,実務設計への対応と設計計画の合理化に資する技術開発の方向づけを行っている。

 第2章では,地盤から杭本体への入力を、長さ8m近い杭構造試験体の応答の詳細な計測と逆解析から同定することに成功している。杭試験体自身を計測機器の一部とするため,間接的な計測機器の介在を最小限にとどめることができる。これまで地盤-構造間の土圧計測は多くの前例があるが,有限の剛性を有する土圧計測器を介在することが余儀なくされるため、真に構造に入力される地盤反力を特定することが困難であった。この計測から,交番載荷履歴と片側載荷履歴では地盤反力は極めて相違し,後者は復元力特性が著しく低減することが実証されたのである。

 従来の設計では考慮されていなかった非線形機構が、砂のせん断ダイレイタンシーならびに体積拘束効果に起因することを既往の基礎研究から明らかにし、これを実務設計に使える形に非線形地盤履歴バネモデルを提示した。杭本体と本研究で開発された地盤バネの組み合わせて,土中に埋設された鉄筋コンクリート杭基礎の構造応答実験値と解析値との比較検討を行い、良好な精度と適用性を有していることを検証した。

 第3章は場所打ち鉄筋コンクリート杭の構造応答を解析するための、材料構成則について検討を行ったものである。かぶりコンクリートの圧縮破壊と軟化局所化領域の寸法,鋼材のはらみ出しが、杭基礎構造応答に大きく影響を及ぼすことを明らかにした。これらは大断面鉄筋コンクリート部材ではほとんど問題とならないが、断面が比較的小さく、かつ相対的に鋼材直径が基準断面に比較して大きい事に由来することが確認された。

 第4章では,断面保持仮定に基づくFiber modelによる鉄筋コンクリート杭基礎の構造モデルを提示している。コンクリートの圧縮軟化領域の寸法を断面諸元などから特定する方法を具体的に提示し、それを構造要素内で展開する応力-ひずみ関係に変換する。さらにかぶりコンクリート剥落後の鋼材の横方向への大変形を、要素内の平均応力-平均ひずみに転換して全体挙動が考慮できることを示している。このモデル化は周辺地盤と相互作用を持たない気中の状態で検証を受け、良好な精度を有していることが示された。

 一方,地中に存在する条件下で実験と解析を比較検討した結果,数値解析では幾分,靱性の小さい方向に予測することが示された。すなわち、地中状態では周辺地盤の拘束力によってかぶりコンクリートが剥落する時期が遅れ、杭構造体としての靱性が向上することを、第5章において初めて定量的に明らかにした。地中で破壊した杭構造を土中から取り出し、破壊形態を詳細に調査した結果、地盤によるかぶりコンクリートの拘束効果が確かに存在することを示した。地盤による杭基礎の拘束効果を拘束圧で考慮することで、地中に存在する基礎杭の靱性予測の精度を向上させることができることを明らかにしたのである。

 第6章では、本研究によって得られた成果の実務設計への応答事例が示されている。基礎研究によって得られた知見の集合を実務に反映させる枠組みが、事例をもって提案された。

第7章は結論であり,本研究の成果を概括し,今後の研究開発の方向について論じている。

 本研究は、建設コストの多くを占める基礎杭構造の、強非線形応答挙動の解析システムを開発したものである。基盤施設の性能設計体系において、新設基礎構造の設計実務に直接的に貢献するものであると同時に、既設社会基盤施設の強地震時性能照査方法を与え、耐震補強計画にも活用が期待される。今後の基盤施設整備と都市再生、耐震補強と継続的な維持管理、整備コスト縮減に本研究が貢献できる点は多い。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク