学位論文要旨



No 215999
著者(漢字) 本間,穂高
著者(英字)
著者(カナ) ホンマ,ホタカ
標題(和) 方向性電磁鋼板における二次再結晶機構のモデル化とその実証
標題(洋)
報告番号 215999
報告番号 乙15999
学位授与日 2004.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15999号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 助教授 小関,敏彦
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、方向性電磁鋼板の製造工程で発現する二次再結晶現象の発生機構および原理を、モデル実験によって実証する事を目的として為された。長年に渡って、異常粒成長の一つである二次再結晶が核配向機構に基づくものなのか、選択成長機構に基づくものなのか、いずれかを証明し、あるいはいずれかを否定しうる研究は成され得なかった。また、近年有力となってきた選択成長機構説についても、その選択性をもたらす物理パラメータについて研究者間の合意が得られているものはない。本研究は、二次再結晶発現が選択成長機構であるとの立場に立ち、これをモデル実験で証明するとともに選択性を定量評価し、その帰結として低エネルギー粒界説が妥当な理論である事を導いている。第三章、第四章、第五章がこれを詳細に論じている。

 この研究に先立ち、電磁鋼板の磁性材料としての性能に、結晶方位制御がいかに重要であるかを、本研究を通じて開発した6.5%Si鋼の磁気特性を磁区構造解析することで明らかにした。従来3%Si鋼で構築されてきた磁区理論は磁気物性定数の違いを当てはめる事で十分成立し、即ち鉄損のうち直流損を低減させる要因である事を確認した。第二章でこの解析を行っている。

 また、第六章、第七章では、明らかになった粒界の選択移動を誘発する、被蚕食組織の結晶方位制御について研究を行った。一回圧延法で現れる強冷延材の再結晶集合組織は、2つの主方位、即ち{111}<112>と{411}<148>がいずれもGossのΣ9対応方位関係にある。再結晶をもたらす不均一変形組織を、世界最新鋭の走査電子顕微鏡とEBSP解析装置で解析し、{111}<112>が高歪組織、{411}<148>が低歪組織から生成される事を実証した。

 以下に、本論文内容を要約する。

(1) 方向性6.5%Si電磁鋼板の磁気特性解析

 本研究を通じて世界で初めて開発された方向性6.5%Si電磁鋼板を、これまでに史上最高透磁率が報告されている6.5%Si-Feの{100}<001>単結晶と比較した。方向性材の磁性は単結晶材特性に至らなかったが、その理由を鉄損分離を行う事で明確にした。交流鉄損が、高電気抵抗から予測されるより大きかったが、これは磁区幅が3%材と比べて極端に大きく、異常渦電流損が増大したためである。異常渦電流損低減の手法として、3%Si材で用いられる歪導入法は、極低磁歪のため効果が得られなかったが、溝形成法を用いれば磁区細分化が可能である。しかしながら全鉄損から渦電流損を差し引いた直流鉄損も大きかった。その理由は結晶方位が十分先鋭化されていなかったからである。即ち、鉄損低減のために、結晶方位の先鋭度を高める事は、磁区細分化技術とともにもう一つの重要な制御技術である事を明確にした。

 さらに、結晶方位が市販の高性能方向性電磁鋼板並みに揃った場合、0.15mm厚みで磁区細分化を施せば、アモルファス合金しのぐ軟磁気特性が得られる事を提示した。

(2) 二次再結晶発現に対する、選択成長機構の証明および低エネルギー説の証明

2-1 選択成長説と核配向説

 円筒形状に加工された一次再結晶板で二次再結晶を発現させると、円筒円周方向に粒成長するにつれて、成長粒の結晶方位と被蚕食組織の集合組織との方位関係が、粒成長量に比例して分散する。分散量がある値に達したとき、二次再結晶の進行は停止する。即ち、被蚕食粒から見て事実上無限大の大きさを持つ二次再結晶粒が、適切な方位関係を失う事で成長能力を失う事が示された。核配向説に依れば、初期粗大であったGoss粒が粒径差を利用して成長するとしているが、この理論が実験的に否定された事になる。

2-2 移動駆動力機構と易動度優先機構

 選択成長の機構について、粒界移動パラメータには、外的因子である駆動力と内的因子である粒界易動度がある。易動度が支配的であるとした場合、適切な方位関係が失われた事によって粒界移動速度は低下はしようが、停止する事はありえない。易動度がゼロになるのは小角粒界のみであるからである。従って駆動力の差異が支配的である事が示されている。

2-3 高エネルギー粒界モデルと低エネルギー粒界モデル

 駆動力を決める粒界物性値は、粒界エネルギーである。ここにおいて低エネルギー粒界が優先性を持つか高エネルギー粒界が優先性を持つかが議論される。低エネルギー説の機構として、析出分散相によるピンニング力の低下がある。また、低エネルギー粒界として対応方位:CSL関係にある方位間の粒界、対応粒界が指摘されている。高エネルギー粒界説の機構として、析出分散相の高エネルギー粒界接触時の粒界拡散誘起によるピンニング力低下がある。いずれの説においてもGoss方位粒の優先成長を主張するが、それ以外の方位粒の二次再結晶を調査したところ、高エネルギー粒界頻度では説明つかないものが多く現れ、一方ここで得られた全ての結晶方位が適当な成長条件に合致しつつ各種対応方位に一致する事が明らかになった。即ち、対応粒界としての低エネルギー粒界モデルの妥当性が示された。ここで対応方位の中でどのΣ数が選ばれるかを決めるのが易動度であり、この値を支配する温度である。また決まったΣ方位も一つではないが、その中から選ばれる基準は、核として一次再結晶組織中に存在する頻度である。

2-4 極低易動度粒界の挙動

 前述の通り対応粒界の移動優先性が証明されたが、然しながら一般には対応粒界とは移動困難なものと認識されている。そこで、Σ1頻度の高い二回圧延法の一次再結晶組織を用い、二次再結晶粒の成長阻害がどのようにあるのかを解析した。その結果、Σ1粒界自体は明らかに移動困難であったが、多粒界との相互作用が弱いため、二次再結晶の進行を阻害する事が少なかった。また移動駆動力はMayとTurnbullのモデルから予測されるよう、一般粒界に対して遜色なく、易動度がゼロで無い限りいずれは移動するものである事が示された。

2-5 二次再結晶核のありかたについて

 工業的に製造される方向性電磁鋼板のGoss方位集積度は、然しながら優先的粒界移動だけでは説明のつかないほど高度なものである。同じΣ方位であっても二次再結晶粒として現れるものと現れないものがある理由は、核としての存在頻度である事を論じた。これに従い、工業材料の二次再結晶核発生状況を解析した。その結果、汎用方向性電磁鋼板ではほぼ一貫して同一のΣ選択が進行するのに対し、高性能方向性電磁鋼板では核発生時と、二次再結晶進展時で異なるΣ選択がなされている場合があった。異なるΣ同士の共有方位は僅少で、極めて先鋭なGossのみが両者によって選ばれる方位であった。ここにおいて、工業製品としての方向性電磁鋼板で発現する二次再結晶機構がほぼ一貫過程として理解できた事になる。

(3) 二次再結晶に最適な一次再結晶方位の形成機構

3-1 強圧延材の加工組織および{211}<011>の再結晶

 冷延後の加工組織には、その結晶方位に依存して、残留歪の多い組織と少ない組織が歴然と存在する。部分再結晶法により、残留歪の多い組織から{111}<112>、少ない組織から{411}<148>が生成される事が示されたが、この時の高歪組織がどの様に形成されているかを、世界最新鋭の走査電子顕微鏡とEBSP解析装置で解析した。その結果、剪断帯状に見える微細な不均一組織は、多くが{211}面辷りで形成されており、低歪組織と高歪組織で異なるバリアントが選択されていた。即ち、低歪組織ではバリアントの無い一つの{211}面が選ばれていたが、高歪組織ではND-TD大円について対称な2つのバリアントがある{211}面が選ばれていた。この2つが交差する事で高歪組織が形成される。いずれの{211}面が選ばれるかはSchmid因子で説明がつく。

3-2 αファイバーからの{h,1,1}<1/h,1,2>再結晶

 低歪組織は、遅れながらも十分な圧延率が稼げていれば再結晶する。再結晶サイトは粒内ではなく粒界であった。低歪組織では圧延に際して、ジョグの無い滑らかな辷りが進行するが、粒界近傍で不規則な歪が導入されると、平面歪変形における極僅かな残留歪と幾何学的に強く相互作用し、再結晶を誘発する。元のαファイバーと再結晶後の{h,1,1}<1/h,1,2>方位とは<111>軸回りの回転関係にあるが、これが実現されるためには加工時の辷りで生じている複数の{211}面辷りが複合しなければならない。その構成を幾何学的に検討した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、方向性電磁鋼板の製造工程で発現する二次再結晶現象の発生機構とその原理の解明を目的としたものである。二次再結晶発現が、結晶組織の方位関係に依存する選択成長機構で生じるとの立場からモデル実験でこれを証明するとともに、結晶方位の選択性を定量的に評価し、低エネルギー粒界の移動優先説が妥当な理論であることを明らかにしている。また、圧延組織から一次再結晶、二次再結晶を通じて、集合組織が1つの結晶方位に先鋭化する機構も解明している。

 本論文は、以上の研究成果をまとめたもので以下の8章からなる。

 第1章では、方向性電磁鋼板の工業的意義と生産技術の概要を述べた後、これまでの二次再結晶発現機構に関する研究を総括している。その結果、異常粒成長の一つである二次再結晶が、核配向機構と選択成長機構のいずれによるのか長年に渡って証明されていないこと、近年有力な選択成長機構説も、選択機構が未解明であることを指摘し、本研究の目的を述べている。

 第2章では、本研究の中で開発された方向性6.5%Si電磁鋼板の鉄損特性を、汎用の3%Si電磁鋼板および史上最高の透磁率を示す6.5%Si-Fe単結晶と比較している。その結果、直流鉄損が単結晶材より大きいことから、二次再結晶方位の先鋭化が、渦電流損を低減する磁区細分化技術とともに鉄損を低減する重要な制御技術であることを示している。

 第3章では、まず選択成長説が正しいことの証明のために、円筒状試料内で二次再結晶を発現させ、成長粒と被蚕食組織の方位関係を結晶成長量に比例して分散させた実験を行っている。その結果、二次再結晶の進行が方位分散量15°〜25°で停止すること、すなわち選択成長機構が正しいことを実験的に証明し、同時に、成長機構が粒界移動の外的因子である駆動力(粒界エネルギー)に支配されることを示している。次いで、ランダム方位核からの二次再結晶実験を行い、得られる成長方位が全て低エネルギー粒界(対応粒界)説の予測方位と一致すること、対応方位群中のΣ数選択が易動度に依ること、特定Σ方位の中からの選択が核頻度によることを実証し、実材料でGoss方位のみが二次再結晶する必然性を示している。

 第4章では、対応粒界が一般に移動困難と考えられているため、典型的な低易動度粒界である小角粒界の二次再結晶阻害性を解析している。その結果、小角粒界は、他の粒界との相互作用が弱く二次再結晶を阻害しないこと、粒界移動の駆動力はMayとTurnbullの予測通り一般粒界と同等であることを実験的に明らかにし、対応粒界も移動し得ることを示している。

 第5章では、工業材料における二次再結晶核の実態を解析し、汎用方向性電磁鋼板では、核形成から二次再結晶完了までほぼ一貫してΣ5選択が進行するのに対し、Goss方位の集積度がより高い高性能方向性電磁鋼板では、核発生時にΣ7、二次再結晶進展にΣ9選択がなされており、それらの僅かな共有方位がGoss方位であることから、Goss方位が高度に集積して得られる理由を明らかにしている。

 第6章では、二次再結晶を促進するΣ9方位粒が一次再結晶により生じる機構を検討している。電子後方散乱像解析装置を取り付けたFE-SEMを用いて強圧延材の加工組織を解析し、その結果、下部組織が{211}面辷りで形成されること、Schmid因子に依存して低歪組織では等価バリアントの無い{211}面が選ばれ、高歪組織では2つの等価バリアントがある{211}面が選ばれること、Σ9方位粒である{111}<112>がこの高歪組織から再結晶することを明らかにしている。

 第7章では引き続き、もう一つのΣ9方位粒である{411}<148>が一次再結晶により生じる機構を検討している。その結果、低歪組織の再結晶機構について方位解析し、再結晶サイトが粒界であり、粒界近傍に導入される不規則な歪と僅かな残留歪が、強く相互作用する幾何学的関係にあると再結晶を誘発することを実証している。さらに、低歪組織において{211}面上で複数の辷りが再結晶過程で複合して<111>軸回りの回転を生じることによって、{411}<148>が得られるというモデルを提唱している。

 第8章は、本論文の総括である。

 以上を要約すると、本論文は方向性電磁鋼板の製造工程で発現する二次再結晶現象に関して、長年議論に決着がつかなかったGoss方位の発現機構について、低エネルギー粒界説が正しいことを実証するとともに、圧延組織からGoss方位に集中した二次再結晶が得られる過程の機構を解明したものであり、鉄鋼材料学と鉄鋼材料製造技術の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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