学位論文要旨



No 216000
著者(漢字) 大森,章夫
著者(英字)
著者(カナ) オオモリ,アキオ
標題(和) 超微細フェライト組織鋼の創製と機械的特性の制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 216000
報告番号 乙16000
学位授与日 2004.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16000号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 助教授 小関,敏彦
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 鉄鋼材料の結晶粒径を1μm以下のサブミクロンレベルにまで超微細化することにより,飛躍的な降伏強さの上昇と延性-脆性遷移温度の低下を同時に達成することが可能であると期待される。結晶粒超微細化による高強度化は,合金元素の添加や熱処理なしで達成できるため,材料のリサイクル性の向上や環境負荷の軽減といった面からも注目されている。そのため,国内外の大型プロジェクト1,2)を中心にして盛んに研究が行われ,バルク材で1μm以下の超微細結晶粒を得るための様々な新しい加工熱処理法が提案されている。これらは,大歪加工した準安定オーステナイト相からのオーステナイト(γ)→フェライト(α)変態や加工誘起α→γ逆変態などの相変態を利用する方法と,フェライト(α)相を温間あるいは冷間の高Z因子条件で大歪加工することによって,変態を経ずに超微細α粒を得る方法に大別される。後者は,加工組織からの新粒形成過程としてよく知られる「再結晶」と関連づけて議論されているが,最近では,再結晶粒の核生成と成長の2段階過程を経て新粒組織が形成される不連続再結晶(discontinuous recrystallization)とは区別され3),連続再結晶(continuous recrystalli-zation)あるいはその場再結晶(in-situ recrystallization)と呼ぶことが提案されている。

 本研究では,温間大歪加工時の連続再結晶(その場再結晶)により,相変態を経ずに粒径1μm以下の超微細フェライト粒が生成する現象に着目し,(1)超微細粒組織形成過程とメカニズム,(2)超微細粒鋼サンプルの大型化,(3)機械的特性の制御の3つの観点から,超微細粒鋼の工業的な実現と新材料開発に寄与することを目的とした検討を行った。まず,温間大歪加工時の超微細粒組織形成過程の詳細を明らかにすることによって,大型のバルク材で結晶粒超微細化を達成するための組織制御指針の確立を目指した。そして,作製したバルク材超微細粒鋼サンプルの強度,延性,靭性といった基本的な機械的特性を調査し,それらの特性の支配因子と制御指針を明らかにした。

 なお,本研究は,物質・材料研究機構(NIMS)における超鉄鋼プロジェクト(STX-21)の研究活動の一環として行われたものであり,プロジェクト初期に得られた成果1)を土台に,さらに実用化へ向けて発展させたものである。

2.温間大歪加工による超微細フェライト粒形成過程

 温間大歪加工における超微細粒形成機構を解明し,実用材料の結晶粒微細化手法として活用するためには,超微細粒生成過程の詳細,形成される組織と加工プロセス条件との関係を系統的な実験・観察によって明らかにする必要がある。2個のアンビル間で試料を圧縮するアンビル圧縮試験では、1パス加工によって,温度と歪速度を制御しながら、真歪で最大4程度に達する塑性歪をほぼ平面歪条件で導入することができるため,加工パス間時間の組織変化や複雑な多軸加工を受ける可能性を排除できる。そのため,条件を単純化しやすく,現象の本質を捉えるための基礎実験に適している。本研究では,アンビル圧縮試験により種々の条件で温間加工を行い、塑性歪導入による超微細粒組織形成過程を明らかにした。

 0.15C-0.3Si-1.5Mn(mass%)を供試鋼とし,加工前の初期組織をフェライト(平均粒径15μm)と層状パーライト(平均間隔27μm)からなる2相組織とし,Ac1未満の温度で加工した時の組織変化を観察した。Fig.1は,加工温度923K,歪速度ε=10/sの場合の,歪増加にともなう組織変化を示すEBSP解析結果である。相当塑性歪εeqが1を越える領域では,初期粒界やフェライト/パーライト界面付近に15°以上の方位差を持つ大角粒界で囲まれた超微細粒が新たに生成し,歪の増加に伴ってそのような新生粒の面分率が増加した。加工によって新たに形成された大角粒界が初期粒を分断し,相当塑性歪εeqが4の領域では,超微細粒からなる新粒組織が形成された。他の実験条件(加工温度773〜923K,歪速度0.01or1/s)でも同様の過程を経て超微細粒組織が形成された。この過程は,連続再結晶(その場再結晶)によるものと考えられる。

 超微細新粒の平均粒径は歪量に依存せず,Fig.2に示すように,加工条件(Z因子≡εexp(-Q/RT))によって決まる一定の大きさとなった。高Z条件により粒径は微細化した。また,Fig.3に示すように,新粒の面分率は,Z因子が低いものほど増加した。これは,等軸状の新粒形成のためには,回復や粒界の短距離移動といった熱活性化過程の作用が必要であることを示唆する。

3.温間多パス溝ロール圧延による超微細粒組織棒材の創製

 大型のバルク材で大歪1パス加工を行うことは,圧延・加工設備能力の制約により現実的でない。工業的には,多パス加工による検討が不可欠である。温間加工では,従来のTMCPにおける熱間加工より高Z因子の加工条件が達成でき,加工中あるいは加工後の復旧過程や結晶粒粗大化を抑えることができる。したがって,1パス当たりの圧下率が小さい場合でも,多パス加工で歪を累積することにより結果的に大歪加工が実現できれば,超微細粒組織を形成することが可能であると考えられる。

 本研究では,等温多パス溝ロール圧延によって超微細フェライト粒組織を有する棒鋼を作製し,ミクロ組織と機械的特性を調査した。1パスアンビル圧縮試験の結果と比較することによって,多パス圧延においても,1パス圧縮加工と同様の過程を経て超微細フェライト粒組織が形成されることが明らかになった。

 また,本研究の実験条件範囲内においては,多パス圧延において形成される超微細フェライト粒組織の平均粒径は,相当する1パス圧縮加工(多パス加工による歪累積量を加工開始から終了までの総時間で割った値を歪速度する加工)のZ因子から予想される粒径に近く,温間多パス加工における歪累積効果が確認できた。これらの結果は,大型バルク材における超微細フェライト粒組織を実現するために,温間多パス・累積大歪加工が有効であることを示す。

4.分散セメンタイトを利用した超微細粒鋼の歪硬化制御

 結晶粒径を1μm以下にまで微細化した超微細粒鋼では,降伏強さが上昇する一方,歪硬化(加工硬化)が認められなくなり,均一伸び(U.El:Uniform elongation)が著しく低下することが知られている。引張変形時の塑性不安定条件は,σ>dσ/dε(σ:変形応力,ε:引張歪)で表される。超微細粒鋼の均一伸び(U.El:Uniform elongation)を維持するためには,歪硬化率(加工硬化率)dσ/dεを大きくする必要がある。Ashby4)は,単結晶の歪硬化挙動が,硬質第2相粒子の分散状態,すなわち,分散相の体積率fと平均粒子径dに依存し,歪硬化率dσ/dεが(f/d)の1/2乗に比例することを示し,硬質第2相粒子の分散による歪硬化設計の基本指針を提示した。

 本研究では,超微細粒鋼の強度-伸びバランス向上のための指針を得ることを目的に,温間溝ロール圧延を利用して作製したフェライト粒と分散セメンタイト粒子からなるモデル組織鋼を用いて,フェライト粒径とセメンタイト分散状態を変化させて引張特性を系統的に調査し,均一伸びや歪硬化率といった歪硬化特性に及ぼすセメンタイト分散の影響を明らかにした。

 Fig.4は,C含有量の異なる3種の鋼(0.1〜0.3C-0.3Si-1.5Mn;mass%)のフェライト粒径を0.4〜20μmの範囲に変化させたときの,強度(下降伏強さ,LYS)と延性(均一伸び,UEI)の関係である。結晶粒微細化にともなう降伏強さの上昇とともに,均一伸びは低下するが,C含有量すなわちセメンタイト量の増加によって,強度-延性バランスが向上した。歪硬化率に及ぼすセメンタイト分散とフェライト粒径の影響は,おおむねGN転位密度を用いたAshby4)のモデルを基本にした歪硬化モデルをによって表すことができた。このモデルによれば,歪硬化率は,分散粒子の体積率の増加,分散粒子サイズの微細化によって増加するが,フェライト粒界上あるいは粒界近傍に存在するセメンタイト粒子は,歪硬化に寄与しない。

5.温間多パス圧延によって作製した超微細粒鋼板の組織と特性

 温間大歪加工時の連続再結晶(その場再結晶)を用いて超微細粒組織を形成する結晶粒超微細化プロセスの特長は,まず第一に,3で述べたように,温間加工では多パス加工の累積歪によって組織形成が可能だということである。第二に,相変態を経ずに超微細粒が形成されることであり,冷却中に材料内部に大きな温度勾配が生じる場合でも,均一な組織を得やすいと考えられる。第三に,2で述べたように,加工によって新たに生成する超微細粒の粒径は,歪量に依存しないことである。十分な歪を材料全体に導入できれば,たとえ材料内部に歪分布が存在していても,ほぼ均一の超微細フェライト粒組織が得られることが期待できる。以上の特長から,温間多パス圧延は厚鋼板のフェライト粒超微細化プロセスとして期待できる。

 本研究では,板厚18mmの厚鋼板において,板厚中央部までのフェライト粒を超微細化することを目標に,多方向加工の要素を取り入れた2方向圧下圧延(多パス圧延の途中に板幅方向の圧下を行う)を実施した。Fig.5に示すように,773K圧延で約0.5μm,873K圧延では約1.0μmの粒径の超微細フェライト粒組織を有する鋼板が得られ,結晶粒超微細化による降伏強さの上昇と延性−脆性遷移温度の低下が確認できた。

 温間圧延鋼板は,2方向圧下の場合でも強い集合組織を有していたが,2方向圧下圧延により,ミクロレベルの結晶方位分布(microtexture)が変化し,大角粒界の割合が通常の1方向圧下圧延と比較して増加した。その結果,集合組織に起因するシャルピー衝撃破面上の割れ(セパレーション)が軽減され,Fig.6に示したように,シャルピー吸収エネルギーが向上した。この結果は,温間加工組織の超微細粒化と機械的特性制御における多方向加工の重要性を示す。

4.結言

 本研究では,温間大歪加工時の連続再結晶(その場再結晶)による超微細粒組織形成過程と,得られた超微細粒鋼の機械的特性について,工業的な応用を視野に入れた検討を行った。

参考文献1)K.Nagai:Mater.Process.Tech.,117(2001),329.2)Y.Hagiwara:Proc.of the 3rd Symp.on Super Metal,RIMCOM & JRCM, Tokyo, (2001),13.3)T.Sakai, A.Belyakov and H.Miura:CAMP-ISIJ,14(2001),470.4)M.F.Ashby:Phil.Mag.,21(1970),399.

Fig.1 温間加工組織のEBSP解析結果(粒界方位差)

Fig.2 超微細新粒の粒径とZ因子の関係

Fig.3 超微細新粒の面分率とZ因子の関係

Fig.4 溝ロール圧延によって作製したフェライト-分散セメンタイト組織鋼の強度-延性バランス

Fig.5 773K圧延材のSEM組織(板厚中央部)

Fig.6 温間圧延鋼板のシャルピー衝撃試験結果

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,鉄鋼材料の結晶粒超微細化手法として,温間温度域における高Z因子(温度を考慮した歪み速度の効果を表す因子)条件の大歪加工によって,粒径1μm以下の超微細フェライト粒が生成する"再結晶"現象に着目し,超微細フェライト粒組織鋼のミクロ組織と機械的特性の制御方法の確立を目指したものである。本論文では,(1)超微細粒組織形成過程とメカニズム,(2)超微細粒鋼サンプルの大型化,(3)機械的特性の制御の3つの観点から,超微細粒鋼の工業的な実現と新材料開発に寄与することを目的とした検討を行っている。すなわち、まず,温間大歪加工による超微細粒組織形成過程の詳細を明らかにすることによって,大型のバルク材で結晶粒超微細化を達成するための組織制御指針の確立を目指している。そして,作製したバルク材超微細粒鋼サンプルの強度,延性,靭性といった基本的な機械的特性の支配因子と制御指針を明らかにしたのち、それらを厚鋼板製造プロセスとして適用する場合の可能性と課題を提示している。本論文は以上の研究内容をまとめたものであり,次の6章からなる。

 第1章では,鉄鋼における結晶粒微細化の意義について述べ,結晶粒微細化に関する従来の知見をまとめている。そして,温間大歪加工による超微細粒形成機構を考察する準備として,関連する"再結晶"現象の概念を最近の研究の成果をふまえて整理したのち,本研究の目的と意義について述べている。

 第2章では,小型サンプルの1パス大歪圧縮実験により,超微細フェライト粒形成過程と粒径に及ぼす歪量,歪速度,加工温度の影響を系統的に調査し,温間大歪加工による超微細フェライト粒生成過程が連続再結晶であることや,得られる結晶粒径がZ因子に支配されることなどを明らかにしている。また,Z因子の増加に伴って等軸状新粒の体積率が減少する実験結果から,等軸状の超微細新粒形成のためには,回復や粒界の短距離移動といった熱活性化過程の作用が重要であることを示している。これらは,連続再結晶による組織形成に及ぼす種々のプロセス因子の影響を定量的に明らかにした初めての研究であり,温間大歪加工を利用した超微細粒鋼の組織制御指針を与える知見である。

 第3章では,温間多パス溝ロール圧延による超微細粒棒鋼の創製を通じて,多パス圧延における超微細粒組織の形成過程を詳細に観察し,1パス圧縮試験の結果と比較している。その結果,温間多パス加工による歪累積効果が確認され,温間多パス圧延が大型バルク材の結晶粒超微細化プロセスとして有効であることが明示されている。

 第4章では,粒径0.4μm〜10μmのフェライト粒と分散セメンタイト粒子からなるモデル組織鋼を温間多パス溝ロール圧延によって作製し,加工硬化特性に及ぼすセメンタイト分散とフェライト粒径の影響を明らかにしている。これにより,硬質第2相粒子の分散状態を制御して均一伸びの向上や低降伏比の実現を図る歪硬化設計の有効性と限界が定量的に示された。この結果は,超微細粒組織の延性確保のための組織制御指針を与えるものである。

 第5章では,温間多パス圧延の厚鋼板への適用を検討している。一般に板圧延では,多方向加工による歪蓄積が難しいため,超微細粒組織が得られるような大歪を材料内部に導入することが難しい。本研究では,温間多パス2方向圧延によって,板厚中央まで1μm以下の超微細フェライト粒組織からなる板厚18mmの厚鋼板を実験室規模で試作することに成功している。そして,圧延による集合組織の発達と,セパレーション発生によるシャルピー衝撃エネルギーの低下を抑えるために,2方向圧下圧延がある程度有効であることを示している。

 第6章では,本論文を総括するともに,温間大歪加工を利用した厚鋼板製造プロセスの可能性と今後の研究課題について論じている。

 以上を要約すると,本論文は,温間大歪加工時の連続再結晶によって得られる超微細フェライト粒組織とその機械的特性の制御について検討し,その結果をまとめたものであり,鉄鋼材料学と鉄鋼材料技術の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク