学位論文要旨



No 216001
著者(漢字) 荒木,猛司
著者(英字)
著者(カナ) アラキ,タケシ
標題(和) トリフルオロ酢酸塩を用いた高特性YBa2Cu3O7-x超電導体の作成
標題(洋) Fabrication of high critical current density YBa2Cu3O7-x superconductor by metal organic deposition using trifluoroacetates
報告番号 216001
報告番号 乙16001
学位授与日 2004.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16001号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 教授 藤田,誠
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 助教授 大崎,博之
 東京大学 助教授 下山,淳一
内容要旨 要旨を表示する

 本博士論文は2〜4章記載の主要3業績からなる。2章では水素結合により不純物を取り込みやすい原料に敢えて最終的に溶媒となる物質を取り込ませ、かつその物質のエステル化反応を抑制により高純度溶液を実現。不純物の少ない溶液は広範囲の熱処理条件で副反応抑制が可能で小さな電気炉で大面積成膜が可能であることを実証した。

 3章では超電導体に有害な炭素成分が1回目の熱処理時に除去され、Y,Ba,Cuの中でCu成分だけが粒成長をし、他がフッ素を含む非晶質となることを熱力学的に説明。この機構は4章でのナノ構造制御と高特性実現にも深く関わる。

 4章では謎とされた諸現象を新モデルにより解明。気相よりも早い固相拡散は擬液相中分子の順次押し出しにより実現し、2軸配向相はエネルギー的に安定なサイト上のみの成長により可能に。また3章でのCuO粒成長抑制により化学量論が成長後半でも維持され厚いYBCO層により高特性が得られることを特性とTEM観察両面から実証。加湿量増大によりCuO量減少を示唆する新モデルの予言も実証した。フッ素による特異現象でTFA-MOD法が通常のMOD法と一線を画することを明確に証明した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、近年、イットリウム系酸化物超伝導体作成プロセスの主流となりつつあるトリフルオロ酢酸塩を用いる金属有機物堆積(TFA-MOD) 法に関する研究である。TFA-MOD法は、溶液を塗布し常圧で2度焼成するだけで超伝導薄膜を再現性良く得られる低コストプロセスとして、本研究により国内外によく知られるようになった。本法で得られる超伝導薄膜は、GHz周波数帯域を使用する第4世代の携帯電話基地局向け超伝導フィルタとしての応用も期待されている。プロセスに関する問題点として高純度溶液調製が困難、超伝導特性劣化を招く炭素追出し機構および、原子レベルでの再現性良い配向を可能とする超伝導体形成機構の未解明など化学的な問題点と課題が挙げられる。本研究においてはそれらの解明と解決法を目的としている。

 第1章では、TFA-MOD法が開発された経緯を、関連するそ他の手法と対比させながら説明を行っている。また超伝導フィルタに必要な仕様およびその意義についても触れ、本研究の目的を明確にしている。

 第2章では、高純度溶液調整方法に関して研究を行い、不純物量を従来法の約1/20程度に提言できる手法を提案し、その溶液を用いて得られる超伝導特性も大きく改善している。TFA-MOD法においてはトリフルオロ酢酸塩が水や酢酸と水素結合を形成するためそれら不純物を精製途上で取り込みやすく、高純度の塩が単離困難であった。本研究では不純物がトリフルオロ酢酸塩の中心金属原子付近に水素結合などにより捕捉されていることを見出し、不純物置換物質として水素結合を作りかつ中心金属原子への近接時に立体障害が無い物質が有効であることを実験的にも確認している。その置換物質候補の一つは溶媒でもあるメタノールであり、置換後にエステル化反応が起きない範囲で精製を行い不純物量を従来の約1/20程度にまで低減した。また不純物量が減少することにその後の本焼成時においての超伝導体以外の相が形成される副反応も抑制されるため、高特性の超伝導体が幅広い熱処理条件で得られ、比較的小さな電気炉で直径50mmの基板への均一な特性を持つ大面積成膜が可能となった。大面積成膜はフィルタ開発に関する必須条件の一つである。

 第3章では、1度目の熱処理すなわち仮焼時の化学反応の研究を行い、熱分解時にY,Ba,Cuの3種類の金属は酸化物を形成するが熱力学的にYとBaに結合している酸素に対してはFが置換をしやすく不定比化合物となりアモルファス層を形成し、Cu成分は酸化物となり時間と共に粒成長することを見出した。この反応の際に超伝導特性に有害な炭素成分は酸素を置換できないために結果的に追い出され、TFA-MOD法では高特性と高再現性が実現しやすいことを解明した。

 第4章では、2度目の熱処理である本焼時に中間体である擬似液相が条件さえ満たせば膜中全体で形成されることを前提に成長モデルを構築し、これまで影響が無いとされてきた仮焼後の酸化銅粒子の粒成長抑制により高い特性が得られることを初めて示した。また不純物を含む溶液からは仮焼の熱処理にかかわらず酸化銅以外の粒子も同時に形成され、高特性が得られる条件が第2章で得られる高純度溶液と最適仮焼であることを見い出し、CeO2/YSZ基板上約10 MA/cm2(77K,0T)を有する超伝導体を再現性良く成膜することに成功した。さらに提唱したモデルにより、未解明の本焼時膜中反応生成物の高速拡散がするとともに、長時間仮焼で成長した酸化銅粒子を持つ仮焼膜の特性改善をモデルが予言する過剰加湿の本焼で確認した。このような成長機構により仮焼後のナノ微結晶が解消され、自由エネルギー的に安定な基板界面からのみ配向組織が形成され、再現性良く超伝導体が得られることも矛盾なく説明できるようになった。

 以上要約したように、本研究によりTFA-MOD法の高純度溶液調製方法、仮焼時の炭素追出し機構の解明、本焼時の成長機構の解明を行い、再現性良く高特性の超伝導体が得られるようになった。本研究の成果は、応用化学を基礎とした物性化学、物性物理など、にまたがる超伝導材料科学としての融合学問分野に対して大きく貢献するものと期待される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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