学位論文要旨



No 216006
著者(漢字) 山口,泰弘
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,ヤスヒロ
標題(和) 新規β-defensinの同定と機能、組織分布の解析
標題(洋)
報告番号 216006
報告番号 乙16006
学位授与日 2004.04.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16006号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 講師 藤井,知行
 東京大学 講師 久米,春喜
 東京大学 講師 石井,彰
 東京大学 講師 寺本,信嗣
内容要旨 要旨を表示する

【研究の背景と目的】

 高等脊椎動物において、感染防御は、生命の維持に最も重要なテーマであり、先天的、非特異的な自然免疫機構が、侵入する微生物に対して常に最も迅速に反応している。そして、自然免疫機構のエフェクター因子として、リゾチームやラクトフェリンのような比較的大きな抗菌物質に加えて、数kDの小さな抗菌ペプチドの存在することが明かとなった。現在、ヒトの代表的な抗菌ペプチドとして、defensinやcathelicidinが知られている。

 β-defensinは、特異的な6つのシステイン配列を有する塩基性ペプチドである。ヒトのβ-defensinとしては、human β-defensin-1,2,3,4(hBD-1,2,3,4)が報告された。そのほか、精巣上体での発現が報告されていたHE2β1も、β-defensinファミリーに属する。また、マウスのβ-defensinとして、mouseβ-defensin-1,-2,-3,-4(mBD-1,-2,-3,-4)が報告されていた。mBD-1、mBD-3は、それぞれhBD-1、hBD-2のマウスホモローグである。

 hBD-1、hBD-2や、それらのマウスホモローグは、皮膚、気道系、腎など、複数の組織での発現が報告されている。一方、HE2β1のラットホモローグであるBin1bや、hBD-4は、主に男性生殖器に発現することが報告されている。そして、これらのβ-defensinアイソフォームが共通の臓器において、機能的に協調、代償しあうことが予想される。したがって、個々のアイソフォームの評価だけでなく、β-defensinアイソフォーム全体を同定し解析することが重要と考えられた。

 報告されたヒトやマウスのdefensinは、すべてクロモソーム8上の連続した領域に位置している。したがって、新規のβ-defensin遺伝子全体を同定するために、ゲノム塩基配列は、非常に有用な情報であると予想された。我々は、ヒトおよびマウスのゲノムより、新規のβ-defensinを網羅的にサーチし、その発現、機能を解析した。

【研究の方法と結果】

 mBD-3遺伝子を含むBACクローンに対してmBD-3やmBD-4に共通のプライマーを用いてPCRを施行することにより、新規β-defensinをコードしうる2.7kBのゲノムシークエンスを同定した。この塩基配列をもとに、マウスの骨格筋RNAに対してRT-PCRを施行することにより、相当する転写産物を確認した。この新規の転写産物のコードするアミノ酸配列は、β-defensinに特異的なシステイン配列を含んでおり、mouseβ-defensin-6(mBD-6)と命名した。

 ヒトのゲノムシークエンスのほぼ全長が解読されることにより、我々は、複数のゲノムシークエンスが、β-defensin特異的なシステイン配列をコードしうることを見出した。そのなかの2つの遺伝子について、ヒト精巣上体RNAのRT-PCRにより転写産物の存在を確認することができた。これらの新規の転写産物のコードするアミノ酸配列は、β-defensin特異的なシステイン配列を含んでおり、humanβ-defensin-5(hBD-5)、humanβ-defensin-6(hBD-6)と命名した。

 さらに、マウスについても、マウスゲノムシークエンスやヒトβ-defensin cDNAとの相同性により、hBD-5、hBD-6、HE2β1、hBD-3のマウスホモローグを同定した。既存のゲノムシークエンスの命名やNCBIデータベース上の命名に従い、hBD-5のマウスホモローグをmouseβ-defensin-12(mBD-12)、hBD-6のマウスホモローグをmouseβ-defensin-11(mBD-11)、hBD-3のマウスホモローグをmouseβ-defensin-14(mBD-14)と命名した。マウスの精巣上体RNAやマウス食道RNAに対するRT-PCR、5'-RACE、3'-RACEにより、mBD-11、mBD-12、mBD-14遺伝子の転写とその塩基配列を確認した。

 ヒトのHE2β1は、チンパンジーのEP2ファミリーに属する。マウスでは、EP2EやEP2Cに相当する選択的スプライシングの存在が、マウス精巣上体RNAのRT-PCR、5'-RACE、3'-RACEにより明らかとなった。我々は、これらの新規遺伝子を、順にmouseEP2e(mEP2e)、mouse EP2c(mEP2c)と命名した。ヒトのHE2β1は、EP2Dアイソフォームに相当するが、相当する選択的スプライシングは、マウスでは見出されなかった。

 これらの新規遺伝子の機能を評価するために、mBD-6のC端40残基よりなるペプチドおよびmBD-12のC端34残基よりなるペプチドを化学的に合成した。3つのジスルフィド結合を空気酸化の手法で合成し、合成物のRP-HPLCにてシングルピークを確認した。

 このmBD-6およびmBD-12合成ペプチドは、20μg/mlの濃度において、同濃度のヒトα-defensin、HNP-1より有意に強い抗菌活性を示した。また、mBD-6およびmBD-12の抗菌活性は、他の多くのβ-defensinと同様に、環境中の高濃度のNaClにより有意に低下した。

 続いて、これらの新規β-defensinの組織分布について検討をおこなった。ノーザンブロットにより、mBD-6が骨格筋組織と肺に発現していることが明らかとなった。さらに、食道、舌、骨格筋、気管でのmBD-6の発現をRT-PCRにより確認した。この組織分布は、mBD-3、mBD-4と類似しているが、骨格筋組織での発現は、mBD-6に特異的な所見であった。

 一方、hBD-5、hBD-6、hBD-4、HE2β1やそれらのマウスホモローグmBD-11、mBD-12、mEP2c、mEP2eの発現をRT-PCRにより評価したところ、これらの遺伝子は精巣上体に特異的に発現していた。食道、舌に発現するmBD-14、mBD-3の組織分布とは、明らかに異なるパターンであった。ただし、mBD-14は、精巣上体、精巣にも強い発現を認め、mBD-3も精巣上体に弱い発現を認めた。

 次に、in situ hybridization法を用いて、mBD-11、mBD-12、mEP2e、mEP2c、mBD-3mRNAの精巣上体での分布を細胞レベルで解析した。mBD-11、mBD-12、mEP2e、mEP2cのシグナルは、精巣上体頭部の上皮細胞に限局しており、体部、尾部には発現が認められなかった。一方、mBD-3のシグナルは、対照的に、精巣上体頭部、体部、尾部のいずれにおいても、精巣上体を覆う間葉系細胞で最も強かった。

 さらに興味深いことに、mBD-11、mBD-12、mEP2c、mEP2eの発現を、隣接切片を用いて検討したところ、mEP2cはinitial segmentを中心に、最も精巣に近い部分に発現し、mBD-11、mBD-12は、mid portionを中心に発現し、mEP2eは、mid portionからdistal portionにかけて発現していた。

【考察】

 我々は、新規のマウスβ-defensin、mBD-6を同定し、その抗菌活性を証明した。mBD-6の組織分布は、mBD-3、mBD-4と類似しているが、骨格筋組織でのmBD-6の発現は特異的な所見であった。さらに、ゲノム塩基配列から、新規のβ-defensin遺伝子としてhBD-5、hBD-6、mBD-12、mEP2c、mEP2e,mBD-14を同定し、mBD-12の抗菌活性を証明した。

 我々の新規β-defensinの同定により、β-defensinファミリーに二つのグループ、すなわち、精巣上体特異的なアイソフォームとその他のアイソフォームの存在することが明らかとなった。前者には、HE2β1、hBD-4、hBD-5、hBD-6が含まれ、後者には、hBD-1、hBD-2、hBD-3が含まれる。興味深いことに、精巣上体特異的なβ-defensinは、クロモソーム8上のβ-defensinクラスターの中でも40kBの限局した領域に集中して存在していた。In situ hybridization法により、mBD-11、mBD-12、mEP2e、mEP2cは、精巣上体頭部の上皮細胞に発現し、mBD-3は、精巣上体全体を覆う間葉系細胞に発現していた。この知見も、精巣上体特異的なアイソフォームと他のアイソフォームの間の異なった特徴を示している。

 さらに興味深いことに、mBD-11、mBD-12、mEP2e、mEP2cが精巣上体頭部のなかでも異なった領域に発現していた。それぞれのβ-defensinアイソフォームが異なった領域特異的な制御を受けることは、β-defensinが、精巣上体特異的な未知の機能にも参与している可能性を示唆しており、今後の重要な課題である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、ヒトの代表的な抗菌ペプチドであるβ-defensinに注目し、ヒトおよびマウスにおける新規β-defensinの同定およびそれらの組織分布や機能の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。高度な獲得免疫機構を備える高等脊椎動物においても、先天的、非特異的な自然免疫機構は、感染防御の第一線で、微生物の侵入に対して常に最も迅速に反応している。近年、この自然免疫機構のエフェクター因子として、defensinを代表とする分子量数kDの抗菌ペプチドが注目されている。

1. defensin遺伝子が、クロモソーム8番上に遺伝子クラスターを構成していることを利用して、マウスβ-defensin-3遺伝子を含むBACクローンをテンプレートとしたdegenerate PCRにより、mouseβ-defensin-6(mBD-6)を新規に同定した。さらに、ヒトおよびマウスのゲノム塩基配列情報を利用して、ヒトの新規β-defensin遺伝子として、human β-defensin-5(hBD-5)、humanβ-defensin-6(hBD-6)を同定した。同様に、新規マウスβ-defensinとしてmouseβ-defensin-12(mBD-12)、mouse epididymal protein 2c(mEP2c)、mouse epididymal protein 2e(mEP2e)、mouseβ-defensin-14(mBD-14)を同定した。

2. mBD-6およびmBD-12の分泌部位と推定される、それぞれC端40残基および34残基よりなるペプチドを、化学的に合成した。colony count assayにより、大腸菌に対する抗菌活性を検討したところ、20μg/mlの濃度において、ヒトのα-defensinであるHNP-1より有意に強い抗菌活性を示した。また、mBD-6、mBD-12とも50mM以上のナトリウム濃度で有意な抗菌活性の低下が認められ、他のβ-defensinと同様にその抗菌活性は、塩濃度依存性を示すことが明らかとなった。

3. mBD-6の組織分布を、Northern blotやRT-PCRにより検討したところ、食道、舌、気管、骨格筋での発現が認められた。既知のβ-defensinであるmouseβ-defensin-3(mBD-3)やmouseβ-defensin-4(mBD-4)と比較すると、食道、舌、気管での発現は、mBD-3、mBD-4と共通しているが、骨格筋組織での発現はmBD-6に特異的な所見であった。

4. 新規のβ-defensinを含めて、ヒトおよびマウスβ-defensinの組織分布をRT-PCRにより解析したところ、ヒトでは、hBD-4、hBD-5、hBD-6、HE2β1が精巣上体にのみ発現しており、マウスでは、mBD-11、mBD-12、mEP2c、mEP2eが精巣上体にのみ発現していることが示された。すなわち、β-defensinには、精巣上体特異的に発現するアイソフォームの一群が存在することが明らかとなった。また、マウスの精巣上体を用いたin situ hybridizationにより、mBD-11、mBD-12、mEP2c、mEP2eが、精巣上体頭部の限局した領域にのみ発現していることが示された。さらに、mEP2cはinitial segmentを中心に、もっとも精巣に近い部分に発現し、mBD-11、mBD-12は、mid portionを中心に発現し、mEP2eは、mid portionからdistal portionにかけて発現しており、それぞれ異なった領域特異性を示すことも明らかとなった。

 以上、本論文は、ゲノム情報を利用することにより、ヒトおよびマウスの新規のβ-defensinを、多数、網羅的に同定し、その抗菌活性を証明し、特徴的な組織分布を明らかにした。特に、骨格筋組織や精巣上体におけるβ-defensin発現に関する知見は、たいへん興味深い。本研究は、感染防御の重要なエフェクター因子であるβ-defensin研究の発展の基盤となるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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