学位論文要旨



No 216008
著者(漢字) 松岡,恵子
著者(英字) Matsuoka,Keiko
著者(カナ) マツオカ,ケイコ
標題(和) 痴呆性疾患専門病棟の入院患者における行動障害と患者の基本属性予測因子
標題(洋) Predictors and correlates of behavioral disturbances of patients in dementia special units : demographic and baseline characteristics of patients
報告番号 216008
報告番号 乙16008
学位授与日 2004.04.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第16008号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 助教授 山崎,喜比古
 東京大学 講師 綿貫,成明
内容要旨 要旨を表示する

目的

 痴呆性高齢者における行動障害は、介護負担に及ぼす影響やその治療可能性などから注目されている。特に、痴呆性疾患専門病棟は行動障害の激しい患者が多いことが予想されるため、そのような病棟における患者の行動障害を起こしやすくする要因について検討することは、意義のあることと思われる。

 本研究では、痴呆性疾患専門病棟入院患者の行動障害を予測する患者属性について探索的に検討した。

方法

 本研究で対象となった病棟は、痴呆性疾患治療病棟93病棟、痴呆性疾患療養病棟87病棟(合計180病棟)である。各病棟から系統抽出法により5名を選択して、患者の治療に携わっている医療スタッフに記入を依頼した。

 調査項目は、年齢、性別、教育年数、Gottfries,Brane,and Steen(GBS)尺度による痴呆の全般的な評価に加え、Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders,4th edition(DSM-IV)による痴呆の診断、後述するような介護保険における行動障害尺度(19項目)による行動障害の評価、Mini-Mental State Examination(MMSE)による認知機能の評価、ADL移動能力の評価(1=介助なしで移動可能、2=一部介助を要する、3=全面介助を要する)である。

 介護保険における行動障害尺度の内容は以下の通りである。(1)ものを盗られたなどと被害的になる、(2)作話をし周囲に言いふらす、(3)実際にないものが見えたり聞こえたりする、(4)泣いたり笑ったりして感情が不安定である、(5)夜間不眠あるいは昼夜逆転がある、(6)暴言や暴行を行う、(7)しつこく同じ話をしたり,不快な音を立てる、(8)大声を出す、(9)助言や介助に抵抗する、(10)目的もなく動き回る、(11)家に帰る等と言い,落ち着きがない、(12)外出すると病院・施設・家まで一人で戻れなくなる、(13)一人で外に出たがり目が離せない、(14)いろいろなものを集めたり無断でもってくる、(15)火の始末や火元の管理ができない、(16)ものや衣類を壊したり破いたりする、(17)不潔な行為を行う、(18)食べられないものを口に入れる、(19)周囲が迷惑している性的行動がある。以上の項目について、この半年の観察や記録から、1=ない、2=ときどきある、3=ある、の3件法で採点した。

分析

 まず、19項目の行動障害について因子分析を行い、行動障害因子を抽出して下位尺度を決定した。それぞれの行動障害下位尺度を構成する項目の合計得点を、その行動障害下位尺度の得点とした。

 各行動障害下位尺度得点を目的変数とし、先行研究などから行動障害との関連が予想される変数、すなわち「年齢」「性別」「教育年数」「入院回数」「アルツハイマー型痴呆か否か」「MMSE得点」「ADL移動能力得点」を、予測のための説明変数とした一般線形モデル(General Linear Model:GLM)分析を行った(分析1)。そのさい、「MMSE得点」「ADL移動能力得点」は交互作用をもつことが予想されたため、この2変数の交互作用項を説明変数に加えた。

 ただし、「教育年数」での欠損値の多さを考慮し、上記変数のなかから「教育年数」を除いたGLM解析を行った(分析2)。また、教育年数の欠損値が結果に及ぼす影響の有無を確認するため、分析2の変数に加え、「教育年数が有効であったケース=1、欠損であったケース=0」としたダミー変数を加えたGLM分析もあわせて行った(分析3)。

 分析2により「MMSE得点」と「ADL移動能力得点」の交互作用が有意であった行動障害下位尺度については、交互作用を明らかにするためにさらなる解析を行った。まず、分析2の対象者を、ほぼ同数になるようにMMSE得点に基づいて以下の3群に分類した:「軽度障害群(MMSEが13点から28点、n=236)」、「中等度障害群(MMSEが6点から12点、n=244)」、「重度障害群(MMSEが0-5点、n=232)」。さらに、ADL移動能力得点によって3群(1=介助なしで移動可能、2=一部介助を要する、3=全面介助を要する)に分類した。この3(認知機能)×3(移動能力)群において、Analysis of Variance(ANOVA)およびその後の検定(Sheffe's test)を用いて、群差の有無を検討した。

結果

 MMSEと介護保険行動障害尺度に欠損のない患者730名(平均年齢78.7歳(SD=8.8)、女性499名(68.4%))を分析対象者とした。

 19項目の行動障害を因子分析しVarimax回転を行った結果、以下に示すような固有値1以上の5因子が抽出された。これらを行動障害の下位尺度とみなした。すなわち、下位尺度1「精神病的・神経症的行動」、下位尺度2「攻撃的な行動」、下位尺度3「不潔・収集行動」、下位尺度4「迷子・火の不始末」、下位尺度5「性的行動」である。それぞれの下位尺度に含まれる項目の合計点を、その行動障害下位尺度の得点とした。

 分析1、分析2では、ともに似たような結果が得られた。分析2の結果によれば、「精神病的・神経症的行動」は「認知機能が低下していること」「移動能力が保たれていること」と関連していた。またMMSE得点と移動能力との交互作用が有意に関連していた。「攻撃的な行動」は「男性であること」と「認知機能が低下していること」と関連しており、MMSE得点と移動能力の交互作用が有意であった。「不潔・収集行動」は「若年であること」「認知機能が低下していること」、「歩行能力が保たれていること」と関連しており、MMSE得点と移動能力との交互作用は有意であった。「迷子・火の不始末」は、「認知機能が低下していること」、「歩行能力が保たれていること」が関連しており、MMSE得点と移動能力の交互作用は有意であった。「性的行動」因子得点は「若年であること」、「男性であること」が関連していた。

 続いて、交互作用を行動障害下位尺度ごとに詳細に検討したところ、「精神病的・神経症的行動」では、認知機能の低下した患者で、移動能力低下にともなって得点が低下していた。また、移動に全面的な介助を必要とする患者では、認知機能低下にともなって得点が低下していたが、移動が自立している患者では認知障害が中等度である群で最も得点が高かった。「攻撃的な行動」では、移動が自立している患者においてのみ、認知機能低下にともなう尺度得点上昇がみられた。「不潔・破壊行動」では、認知機能が中等度・重度に低下した患者において、移動能力低下にともなう得点低下がみられた。「迷子・火の不始末」でも同様に、認知機能が中等度・重度に低下した患者において、移動能力低下にともなう得点低下がみられた。

考察

 「精神病的・神経症的行動」は移動能力が高いほど起こりやすく、また認知機能低下と関連していた。この結果は、「精神病的・神経症的行動」を示しうるコミュニケーション能力との関連から考察された。

 「攻撃的な行動」については、男性ほど、そして特に移動能力が保持されている患者では認知機能が低下するほど起こりやすくなっていた。この結果は、もともと持っていた攻撃性が痴呆に伴う障害によって誇張された可能性、および介助機会の増加という観点から考察された。

 「不潔・収集行動」は認知機能が低下するほど起こりやすく、認知機能が中等度から重度に障害されている患者では移動能力が保たれているほど起こりやすかった。「迷子・火の不始末」も同様に認知機能が低いほど起こりやすく、認知機能が中等度から重度に障害されている患者では移動能力が保たれているほど起こりやすかった。これらの結果は、認知障害により惹起されやすくなったそれぞれの行動の実現を可能にする移動能力という観点から考察された。

 「性的行動」は、若年であることと、男性であることと関連しており、認知機能や移動能力といった痴呆のステージに関する変数との関連は低いと考えられた。

結論

 以上の結果から、「認知機能」と「移動能力」は行動障害を予測する変数として特に重要であること、またこれらの変数が行動障害に及ぼす影響は均一でなく交互作用を持っていること、そしてそれらの変数が行動障害におよぼす影響は、それぞれの行動障害下位尺度によって異なることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、痴呆性高齢者の行動障害がどのような要因と関連するかを、各行動ごとに詳細に検討したものであり、以下の結果を得ている。

1.「精神病的・神経症的行動」は患者の移動能力が高いほど起こりやすく、また認知機能低下と関連していた。また、「認知機能」と「移動能力」との交互作用を検討すると、「移動に全面的な介助を必要とする患者」では、認知機能低下にともなって得点が低下していたが、「移動が自立している患者」では認知障害が中等度である群でもっとも「精神病的・神経症的行動」が高かった。この結果は、「精神病的・神経症的行動」を可能にする移動能力・言語能力といった、いわばコミュニケーション能力との関連から考察された。

2.「攻撃的な行動」については、男性患者ほど高かった。また、「認知機能」と「移動能力」との交互作用を検討したところ、「移動が自立している患者」においてのみ、認知機能低下にともなう尺度得点上昇がみられた。この結果は、もともと持っていた攻撃性が痴呆に伴う障害によって誇張された可能性が考えられた。また、介助機会の増加にともなう介助への抵抗が「攻撃性」としてみられた可能性も考えられた。

3.「不潔・収集行動」、は認知機能低下と強く関連していた。また、「認知機能」と「移動能力」との交互作用を検討したところ、「認知機能が中等度から重度に障害されている患者」では移動能力が保たれているほど「不潔・収集行動は起こりやすくなっていた。これらの結果から、「不潔・収集行動は痴呆のステージに強く依存する行動であり、認知機能が低下するにつれて起こりやすくなるが、移動能力の低下につれて減少に向かうことが示された。

4.「迷子・火の不始末」も「不潔・収集行動」と同様に認知機能が低いほど起こりやすくなっていた。「認知機能」と「移動能力」の交互作用を検討すると、「認知機能が中等度から重度に障害されている患者」では移動能力が保たれているほど起こりやすかった。これらの結果は、「迷子・火の不始末」が痴呆のステージに関連する行動障害であることを示すと同時に、認知障害により惹起されやすくなったそれぞれの行動の実現を可能にする移動能力という観点から考察された。

5.「性的行動」は、「患者の年齢が若年であること」と、「患者が男性であること」と関連しており、「認知機能」や「移動能力」といった痴呆のステージに関する変数との関連は低いと考えられた。

以上の検討より、本論文は臨床的にしばしば問題となる「行動障害」を詳細に取り上げ、とくに「認知機能」と「移動能力」の交互作用に注目してどのような患者要因が関連するかを、多数例のデータを用いて実証的に明らかにした点で、独創的であると思われる。また、臨床現場から生まれた概念である「行動障害」について、その因子構造を明らかにするとともに各行動障害と関連する患者要因を明らかにしたことで、臨床的な有用性を兼ね備えていると考えられる。この点から、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。

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