学位論文要旨



No 216015
著者(漢字) 萩原,雅文
著者(英字)
著者(カナ) ハギワラ,マサフミ
標題(和) 新規高親和性1,5-ベンゾチアゼピン類Ca2+チャネルブロッカー結合部位の解析
標題(洋)
報告番号 216015
報告番号 乙16015
学位授与日 2004.05.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16015号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
 国立医薬品食品衛生研究所 所長 長尾,拓
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

 Ca2+チャネルブロッカー(Ca2+拮抗薬)は、高血圧、狭心症、不整脈などの心血管系疾患の治療に広く用いられている。臨床的に有効である最大の理由は組織・病態選択性であり、冠血管、血管平滑筋、洞房結節、虚血心筋などの膜電位の低い組織の電位依存性L 型Ca2+チャネルに選択的に働く。Nifedipine、verapamil およびdiltiazem に代表される第一世代Ca2+チャネルブロッカーは、化学構造の異なる3 つのクラス、1,4-dihydropyridine(DHP) 、phenylalkylamine(PAA)および1,5-benzothiazepine(BTZ)類に分類され、電位依存性L 型Ca2+チャネルα1 サブユニット上の異なるがアロステリックに共役した結合部位にそれぞれ結合し、異なる作用を発揮すると考えられてきた。DHP 類は、ポアを塞ぐというよりもドメインIII およびIV のdomain interface 近傍の結合領域を介して、チャネルをopen(活性薬)またはclosed(拮抗薬)の状態に遷移させるようにアロステリックに調節し、PAA 類は、Ca2+チャネルの細胞内側から入り込み、ポアもブロックする可能性が高い。これら2種、特にDHP結合については、bacterial K+チャネル(KcsA)をプロトタイプとした結合領域の分子モデリングの検討が進んでいるが、一方、BTZ 結合についてはモデルを構築できる段階に至っていない。しかしながらBTZ には、PAA と異なり細胞外側から作用し易いことやDHP 拮抗薬/活性薬との温度依存的な結合促進/抑制の相互作用などの特徴があるため、BTZ 結合部位の解析が、未だ実体の解明されていない電位依存性L 型Ca2+チャネルの構造とゲーティング機構の究明のブレークスルーとなる可能性がある。

 本研究では、高親和性BTZ誘導体が、BTZ結合部位を介するCa2+チャネルの分子メカニズム解明の強力な手段となると考え、diltiazemに3,4-dimethoxyphenylethyl基を導入した3-(acetyloxy)-5-[2-[[2-(3,4-dimethoxyphenyl)ethyl]-methylamino]ethyl]-2, 3-dihydro-2-(4-methoxyphenyl-1,5-benzothiazepine-4(5H)-one, (DTZ323)およびその放射標識リガンド[3H]DTZ323、さらには4級アンモニウム誘導体(DTZ417)を開発し、新規リガンドとしての詳細な性状解析ならびに3種の結合部位間の相互作用に着目して、リガンド−受容体相互作用の面から明らかとすることを目的とした。

【方法・結果】

1.DTZ323の[3H]diltiazem結合部位への親和性

 BTZである[3H]diltiazemを用いて、結合部位の密度が高く歴史的にCa2+チャネルブロッカーの研究が数多く行われているウサギ背筋T管膜粗標本に対する結合実験を行った結果、DTZ323は37℃における[3H]diltiazem特異的結合を競合的に抑制し。そのKi値は6.6nMであり、BTZ結合部位に対してdiltiazemの48倍、clentiazemの9倍高い親和性を示した。2℃における[3H]diltiazem結合の解離反応に対し、30μMverapamilは解離速度を速めたが、1μMのDTZ323は影響を与えなかった。このDTZ323の結果は、[3H]diltiazemと競合的に拮抗することが報告されている化合物と同様のプロファイルであった。以上より、DTZ323が、これまでに報告されたdiltiazem誘導体の中でBTZ結合部位に最も高い親和性を持つ化合物であることが明らかとなった。

2.DHP、PAA結合部位に対するDTZ323の調節様式

 Diltiazemの特徴として37℃におけるDHP結合促進作用が知られるが、薬理作用を持つdiltiazem誘導体がすべてDHP結合促進作用を持つわけではない。放射標識DHPである(+)-[3H]PN200-110結合を、DTZ323は37℃において濃度依存的に不完全に抑制した。この調節様式を詳細に検討した結果、diltiazemのDHP促進作用およびDTZ323のDHP抑制作用は、標識DHPの濃度が高くなるにつれ、最大反応が共に減弱した。これよりdiltiazemおよびDTZ323は正負の方向性が異なるものの、共にアロステリック相互作用を介してDHP結合部位を調節することが明確に示された。

 DTZ323およびdiltiazemは、放射標識PAAである(-)-[3H]D888特異的結合をHill係数1で濃度依存的に完全に抑制した。

3.放射標識[3H]DTZ323の結合特性

 ウサギ背筋T管膜標本に対する[3H]DTZ323特異的結合は飽和性があり可逆的であった。2つの異なる速度論的実験から同等のK+1、K-1値が得られ、Kd値は1.5および2.0nMとほぼ一致し高親和性であった。等温結合曲線に対するスカッチャード解析の結果より[3H]DTZ323は単一の結合部位に結合し、25℃と37℃におけるKd値はそれぞれ1.4nMと1.8nMと高親和性であった。25℃におけるKd値は速度論的実験で得た2種のKd値と良く一致しており、放射リガンドとしての良好な性状を示した。

 37℃における[3H]DTZ323結合のBmax値は、[3H]diltiazem結合のBmax値とほぼ同等であり、同じ結合部位を標識していることを支持した。さらに(+)-[3H]PN200-110結合および(-)-[3H]D888結合のBmax値との比較より、α1サブユニット上に3種の結合部位が1:1:1の比率で存在することが示された。

 [3H]DTZ323は、骨格筋L型Ca2+チャネルに対し最も親和性の高い放射標識BTZであった。

4.[3H]DTZ323競合実験におけるDTZ323誘導体および他の調節薬の特性

 DTZ323においてもdilitazemと同様なd-cis体に選択的な立体特異性が見られた。DTZ323およびDTZ417の結合親和性は、それぞれ51倍および4倍diltiazemより強かった。[3H]DTZ323結合により得られたKi値は、[3H]dilitazem結合で得られた結果と良く一致していた。

 DTZ323は、PAAリガンドとの間でdiltizemと同様にreciprocalな相互作用を示すことが確認された。

 [3H]Dilitazem結合を完全に阻害し[3H]PAA結合に対しては不完全に阻害する中国薬草由来のアルカロイドtetrandrineが[3H]DTZ323結合を完全に阻害し、その効力は25℃から37℃に温度が上昇するに従って増加した。

5.[3H]DTZ323結合部位に対するCa2+チャネルブロッカーの相互作用に与えるCa2+の影響

 Ca2+は、L型Ca2+チャネルに対するBTZ類とPAA類の結合親和性を減少させるが、DHP類の結合親和性を増加させることが知られている。1mMCa2+存在下において[3H]DTZ323結合のBmax値に変化はないがKd値は有意に減少した。1mMのCa2+は、[3H]DTZ323結合に対するdiltiazem、tetrandrineおよびverapamilの抑制曲線を右方シフトさせた一方、nicardipineによる抑制曲線を左方シフトさせ最大反応を減少させた。Ca2+チャネルブロッカーの結合親和性に対するCa2+による調節において観察された差異は、α1サブユニット上のDHP結合部位がポアを形成するイオン選択フィルターを含むIIIS5-S6リンカー領域によって明確に影響を受けることを反映していると考えられた。

6.心筋L型Ca2+チャネルに対するDTZ323の結合特性

 Ca2+チャネルブロッカーの標的組織の一つである心筋の膜標本におけるL型Ca2+チャネルと関連する[3H]DTZ323高親和性結合部位についても、DTZ323に関するd-cis異性体への立体選択性が観察された。DTZ323およびDTZ417は心筋Ca2+チャネル高親和性結合部位においてdiltiazemに比較してそれぞれ22倍と1.1倍効力が強く、この結合親和性はモルモット単離心室筋細胞におけるL型Ca2+チャネル抑制作用のIC50値の報告と良く一致していた。

 [3H]DTZ323は、心筋L型Ca2+チャネルに対し最も親和性の高い放射標識BTZであった。

【まとめ】

 本研究は、新規高親和性BTZリガンドDTZ323の骨格筋L型Ca2+チャネル上の3種の古典的Ca2+チャネルブロッカー結合部位に対する選択性と高親和性、[3H]DTZ323の放射リガンドとしての性状解析ならびに[3H]DTZ323を用いた心筋L型Ca2+チャネルにおけるDTZ323とDTZ417を含むその誘導体のBTZ結合部位への結合様式について初めて明らかとしたものである。さらに、DTZ323を用いて、DHP結合部位に対するdiltiazem誘導体のアロステリック作用の解析およびBTZ結合部位に対するDHPのアロステリック作用のCa2+依存性を中心に新たな知見を得た。本研究において開発したDTZ323、[3H]DTZ323およびDTZ417等を用いて行った、異なるクラスのCa2+チャネルブロッカーとの相互作用の性状解析は、Ca2+チャネルおよびBTZの作用メカニズムの解明に重要であり、これらの高親和性リガンドは電位依存性L型Ca2+チャネルの構造と機能を解明するツールとして有用である。

審査要旨 要旨を表示する

 電位依存性L 型Ca2+チャネルは,筋細胞,分泌細胞,神経細胞などの興奮性細胞に広く存在し,細胞膜の脱分極によるCa2+流入を担い,電気的興奮を筋収縮やホルモン分泌などの細胞内のプロセスに変換する重要な役割を果たす。Ca2+チャネルブロッカーは,生体に広く分布する本チャネルをターゲットとしながらも,高血圧や狭心症などに有効で安全な治療薬として広く用いられており,その組織・病態選択性のメカニズムの解明がCa2+チャネルの構造と機能の解明に重要な役割を果たしてきた。

 第一世代のCa2+チャネルブロッカーには,化学構造の異なる3 つの化合物群,1,4-dihydropyridine (DHP)類nifedipine,phenylalkylamine (PAA)類verapamil 及び1,5-benzothiazepine (BTZ)類diltiazem が知られているが,その組織選択性及び薬理作用には相対的な差が見られる。このことは,L 型Ca2+チャネルのポアを形成するα1 サブユニット上の,異なるがアロステリックに共役する3 種の結合部位に,各々が異なる結合様式で結合することにより,異なる膜電位依存性及び刺激頻度依存性が発揮されるためと考えられる。分子生物学的な手法により各々の化合物群の結合に強く関与するアミノ酸は明らかとなってきているが、結合部位間の機能的な連関の詳細については不明な点が多く残されている。したがって,これらの部位への結合メカニズムの解明は,Ca2+チャネルの構造やゲーティング機構の解明,さらには,Ca2+チャネルブロッカーが臨床上有効な最大の理由である組織選択性のメカニズムを解明し,より選択的で安全な新規Ca2+チャネルブロッカーの創出につながることが期待される。

 萩原雅文の研究は,Ca2+チャネルブロッカーによるCa2+チャネル調節のメカニズム解明に切り込むツールとして,DHP 及びPAA 結合部位に比較して解析が遅れているBTZ 結合部位に対する新規高親和性BTZ リガンドを開発することを目的としている。また,得られた新規リガンドの高親和性の特徴を生かし,3 種の結合部位間の機能的連関について検討したものである。

 萩原はまず,diltiazem に3,4-dimethoxyphenylethyl 基を導入した新規BTZ リガンドDTZ323 についてウサギ背筋T 管粗膜標本を用いて検討し,DTZ323 が負のアロステリック相互作用を介して[3H]diltiazem 結合解離速度を加速するverapamil と異なり,[3H]diltiazem 結合に競合的に拮抗することを明らかとした。また,DTZ323 は,効力がdiltiazem の48 倍,clentiazem の9 倍強く,これまでに報告されたdiltiazem 誘導体の中でBTZ 結合部位に最も選択性の高い化合物であることを明らかとした。さらに,放射標識[3H]DHP の濃度を変化させて適用することにより,diltiazem 及びDTZ323が,正負の方向性が異なるものの共にアロステリック相互作用を介してDHP 結合部位を調節することを明確に示した。

 次に萩原は,放射標識化したDTZ323 を用い,Ca2+チャネルに対するその結合特性を直接的に明らかにした。[3H]DTZ323 特異的結合は飽和性及び可逆性を有し,等温結合曲線より単一の結合部位に高親和性(1〜2 nM)で結合した。2 つの異なる速度論的実験から同等なK+1 及びK-1 値が得られ,算出されたKd 値が飽和実験によるKd 値と一致したことから,[3H]DTZ323 がCa2+チャネル解析ツールとして良好な結合特性を有することが明らかとなった。また,中国薬草由来のアルカロイドtetrandrine の結合部位選択性を用いて,[3H]DTZ323 がBTZ 結合部位をラベルすることが示唆された。[3H]DTZ323 結合阻害作用から,DTZ323 がdiltiazem と同様にd-cis体選択的な立体特異性を持ち,モルモット心室筋粗膜標本においてもdiltiazem の22 倍という高親和性を示すことを明らかにした。さらに,BTZ 結合に対するアロステリック相互作用を

Ca2+依存性の面から検討し,DHP がPAA 及びBTZ と異なる親和性変化と作用様式を示すことを明らかにした。

 恒久的に荷電し細胞膜を透過しない4 級アンモニウム誘導体は,Ca2+チャネルブロッカー結合部位が細胞膜の内・外側どちらに近いかを検討するツールとして有用である。萩原は,DTZ323の4級アンモニウム誘導体DTZ417が心室筋膜標本においてdiltiazemに匹敵する親和性を有することを明らかとし,低親和性に基づく非特異的結合を回避する可能性を示唆した。この新規リガンドDTZ323 及びDTZ417 は,後に別の電気生理学的研究に用いられ,細胞外から作用するPAA とは異なり,BTZ 結合部位が細胞外から作用可能な部位にあることの証明に貢献し,実際にCa2+チャネルの解析に有用なリガンドであることが確認されている。

 以上のように萩原は,DTZ323 及びその4 級アンモニウム誘導体DTZ417 がCa2+チャネルBTZ 結合部位に選択的な新規高親和性リガンドであることを初めて明らかにし,ツールとして利用する際に基礎となる結合特性を明確に示した。さらに,DTZ323 及びdiltiazem が共にアロステリック相互作用を介してDHP 結合を調節すること,及び,BTZ 結合部位に対するアロステリック作用のCa2+依存性を明らかにした。

 本研究は,Ca2+チャネルブロッカーの組織・病態選択性の構造的・機能的なメカニズムの解明に新たな知見と強力なツールを与えるものであり,Ca2+チャネルの構造と機能の解明につながる。さらには次世代の疾患部位選択的な治療薬デザインにつながるものと考えられる。故に,チャネル機能の薬理学の進展に寄与するところ大であり,博士(薬学)の学位を受けるに値すると判断した。

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