学位論文要旨



No 216017
著者(漢字) 設楽,悦久
著者(英字)
著者(カナ) シタラ,ヨシヒサ
標題(和) トランスポーターを介した取り込み過程で生じる薬物間相互作用の解析
標題(洋) Studies of drug-drug interactions based on transporter-mediated uptake in the liver
報告番号 216017
報告番号 乙16017
学位授与日 2004.05.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16017号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
内容要旨 要旨を表示する

 薬物トランスポーターは、多くの薬物及び胆汁酸、ホルモン、エイコサノイドなどの内因性化合物の生体膜透過に関与する蛋白質である。これらのトランスポーターは肝や腎においては、薬物の体外への排泄に重要な役割を果たしている。肝臓で排泄される薬物の場合、最終的な排泄経路が代謝であっても、トランスポーターを介した膜透過の効率が消失速度を決定する重要な因子になる。したがって、トランスポーターを介した肝取り込みの阻害によって薬物間相互作用が起こる可能性がある。しかしながら、これまでのところ、このようなメカニズムで生じる薬物間相互作用の臨床での報告例はない。

 HMG-CoA 還元酵素阻害薬cerivastatin(CER)は、二つの異なる代謝酵素cytochrome P450(CYP) 2C8 および3A4 により代謝を受けるので、一方が阻害を受けた場合であっても重大な相互作用は起こりにくいと考えられていた。しかしながら、免疫抑制薬cyclosporin A (CsA)やフィブラート系高脂血症治療薬gemfibrozil (GEM)を併用したときに、CER の血中濃度が4-6 倍に上昇する相互作用が起こることが報告された。一方で、ラットにおいてCER はトランスポーターを介して取り込まれることから、これらの相互作用はトランスポーターを介したCER の取り込み過程に起因する可能性もある。そこで、トランスポーターを介したCER の肝への取り込みに対する他の薬剤の影響に着目して、これらの相互作用機序の検討を行った。また、本研究では、市販される凍結ヒト肝細胞およびトランスポーター発現系を用いて相互作用を定量的に予測する方法論を開発することを目的とした検討も行った。

1-1. ヒト凍結肝細胞におけるorganic anion transporting polypeptides (OATP) ファミリートランスポーターの機能の評価

 市販されている凍結ヒト肝細胞がトランスポーターの機能を評価する妥当な実験系になりうるかどうかを検討する目的で、異なるドナー由来の複数ロットのヒト肝細胞を用いて、凍結前後のトランスポーターの活性を比較した。また、凍結肝細胞におけるOATP ファミリートランスポーターの基質の取り込みに対するKm 値をトランスポーター発現系で得られた報告値と比較した。OATP ファミリートランスポーターの典型的な基質として、estradiol-17β-D-glucuronide(E217βG)を用いた。

 凍結前後におけるE217βG の取り込みを測定したところ、いずれのロットにおいても飽和性の取り込みが観察された。取り込み速度の絶対値には、ロット差がみられた。しかしながら、凍結前の細胞でもロット差がみられることから、凍結の影響ではなく、ドナーの個体差によるものと推察された。凍結前後における活性を比較したところ、比較的取り込み活性が維持されているロットがある一方で、取り込みが低下するロットもあった。一方、凍結肝細胞における取り込みのKm 値を見積もったところ、3.0-18 μM であり、OATP2 および8 での報告値(それぞれ8, 5 μM)と近い値であった。したがって、取り込みの絶対値が必ずしも凍結前後で維持されていない一方で、トランスポーターの性質(基質との親和性)は維持されていることが示唆された。このことから、阻害剤の影響を見積もる上では有用な実験系であることが示された。

1-2. CER とCsA の相互作用のメカニズム解析

 CER のトランスポーターを介した取り込みおよび代謝に対するCsAの影響について検討した。トランスポーターを介した取り込みを評価する目的では、凍結ヒト肝細胞およびOATP2 発現細胞、代謝を評価する目的ではヒト肝ミクロソーム(HLM)を用いた。CER はヒト肝細胞において、時間および濃度依存的な取り込みがみられた。取り込みに関するKm 値にはロット差があり、2.6-18 μMと見積もられた。OATP2 発現細胞においても同様に時間および濃度依存的な取り込みが見られ、得られたKm 値は4.3 μMであった。肝細胞およびOATP2発現細胞で見られたCERの取り込みは、いずれもCsA によって濃度依存的な阻害を受けた。IC50値はそれぞれ0.28-0.69,0.24 μM であった。一方で、CER の代謝に対するCsA の影響をみたところ、3 μM まででは影響がみられず、30 μM まで加えた場合であっても部分的な阻害をするに過ぎなかった。これは、CYP3A4 の寄与が部分的であるためだと考えられる。

 CsA の臨床非結合型血中濃度に比べて、今回得られたCsA のIC50 値は高い。しかしながら、経口投与した薬物は門脈中すなわち肝入り口近傍においては、循環血中より高濃度になると考えられる。臨床で用いられるCsA の肝入り口近傍における非結合型濃度の予測値(0.66 μM)は、今回得られたIC50値よりも高く、したがって、トランスポーターを介したCER の肝取り込みに対するCsA の阻害が臨床での相互作用の一因になる可能性があることが示された。

1-3. CER とCsA の相互作用:ラットを用いたin vivo とin vitroの比較検討

 ヒト肝細胞を用いた検討から、トランスポーターを介した肝細胞への取り込み阻害が臨床でのCER とCsA の相互作用の一因であることが示唆された。しかしながら、CsA の臨床における循環血中非結合型濃度を用いて、トランスポーター阻害が相互作用の原因になっていることを定量的に証明することはできなかった。そこで、ラットを用いてCsA を静脈内持続静注したときの定常状態下循環血中非結合型濃度とCER のクリアランスに対する影響を比較検討した。ラットにCER およびCsA を持続静注し、CER の血中濃度に対するCsA の影響をみたところ、CsA投与速度(定常状態血中濃度に比例)に依存して上昇した。また、liver uptake index 法により、肝への取り込みが低下していることが示された。一方、ラット遊離肝細胞を用いた検討より、ヒト肝細胞と同程度のIC50 値(0.20 μM)でCsA はCER の取り込みを阻害することが示された。生体内条件に近いラット血漿存在下で検討したところ、IC50値2.3 μM で阻害した。血漿存在下で見積もったIC50 値から全身クリアランスの低下を予測したところ、実際の全身クリアランスの低下と同程度であったことから、ラットにおいてはin vivo でみられたCER とCsA の相互作用が肝取り込み阻害のみによって説明できることが示された。

1-4. CER とGEM の相互作用のメカニズム解析

 臨床で重大な相互作用となったCER とGEMの組み合わせについてもメカニズムの解析を行った。GEMは血中において代謝物の血中濃度が高いことから、主代謝物M3 およびグルクロン酸抱合体(GEM-1-O-glu) の影響についても検討した。ここでは代謝に対する影響をみる目的でHLMに加えてCYP2C8 および3A4 発現系を用い、トランスポーターを介した取り込みを見る目的ではOATP2 発現細胞を用いた。GEM およびGEM-1-O-glu はCER のOATP2を介した取り込みをそれぞれIC50値72, 24 μMで阻害した。また、これらはCYP2C8 によるCERの代謝をそれぞれIC50値28, 4 μM で阻害した。一方でCYP3A4 に対する阻害効果は非常に弱かった。M3 はどの過程に対しても有意な阻害が見られなかった。

 得られたIC50値はGEMおよびGEM-1-O-gluのヒト血清中での非結合型分率を求めた上で予測した臨床での循環血中非結合型濃度に比べて、いずれも低く、臨床での相互作用を説明することはできなかった。しかしながら、GEM-1-O-glu はラットにおいてはトランスポーターを介して肝に取り込まれ、肝臓内濃度が血中に比べて35-44 倍程度になることが報告されている。ヒトにおいても多くのグルクロン酸抱合体がOATP ファミリートランスポーターの基質として肝に取り込まれることが知られており、同様のことがヒトにおいても起こると仮定すれば、肝内で高濃度となったGEM-1-O-glu によって生じる代謝阻害が臨床での相互作用のメカニズムとなりうると考えられる。

2. 各種化合物のラットOatp1 およびOatp2 に対する影響の比較検討

 肝に発現しているトランスポーターに対する特異的阻害剤を探索し、これらの寄与を見積もることを目的として、ラットOatp1 および2 に対する各種化合物の阻害効果を比較検討した。この結果、NSAIDs とquinidine がOatp1 を比較的強く阻害し、rifampicin とquinineがOatp2を強く阻害することがわかった。また、digoxin はOatp2 の特異的阻害剤であることがわかった。これらを用いて、薬物の取り込みに対する個々のトランスポーターの寄与を見積もることができるかも知れない。

 以上より、CER とCsA の相互作用はトランスポーターを介した取り込み過程の阻害、CERとGEM の相互作用は、トランスポーターを介して肝内に取り込まれたGEM の代謝物によって起こる代謝阻害に起因することが示された。両者は機序が異なるが、いずれの場合もトランスポーターが重要な役割を果たしていることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

 肝類洞側膜には、種々の薬物トランスポーターが発現しており、多くの薬物及び内因性化合物の肝への取り込みに寄与している。肝から排泄される多くの薬物は、これらトランスポーターを介して肝細胞内に取り込まれた後で、代謝を受ける。したがって、トランスポーターを介した肝への薬物取り込みは、最終的な排泄経路が代謝であっても、肝からの消失速度を決定する重要な因子の一つとなりうる。このため、複数の薬物を併用したときに、トランスポーターを介した肝細胞への取り込みレベルで薬物間相互作用を生じる可能性がある。しかしながら、これまでのところ、そのようなメカニズムで生じる薬物間相互作用の臨床での報告例はない。そこで、これまでに定量的な解析に基づいたメカニズムの解明がされていない薬物間相互作用を取り上げ、それらに対するトランスポーターの関与について研究がなされた。

1-1. 凍結ヒト肝細胞におけるトランスポーターの機能の解析

 薬物取り込みを評価する目的での凍結ヒト肝細胞の有用性を検討する目的で、organic anion transporting polypeptide (OATP) ファミリートランスポーターの典型的基質であるestradiol 17β-D-glucuronide (E217βG)の取り込み特性について凍結前のヒト肝細胞およびトランスポーター発現細胞との比較検討が行われた。

 異なるドナーから得られた5ロットの肝細胞における凍結前後でのE217βG の取り込みを比較したところ、凍結後においても取り込み機能を維持しているロットがある一方で、低下がみられるロットがあった。一方、E217βG の取り込みに対するKm 値を算出したところ、ロット差が見られたが、いずれもOATP2 およびOATP8 発現細胞を用いたときに得られたKm 値の報告値と近かった。これらの結果より、凍結ヒト肝細胞においては新鮮なヒト肝細胞に比べて取り込み活性が低くなっているロットがあるものの、基質との親和性で評価したトランスポーターの性質は維持されていることが示唆された。したがって、取り込み初速度の絶対値が十分に高いロットの凍結肝細胞を用いれば、薬物取り込みに対する他の薬剤の影響をみることは可能であることが示された。本研究により、薬物間相互作用のメカニズムを解析する目的では有用な実験系となることが明らかとなった。

1-2. 高脂血症治療薬cerivastatin (CER) と免疫抑制薬cyclosporin A (CsA) の相互作用のメカニズム解析

 CER はcytochrome P450 (CYP) 2C8 と3A4 を介した二つの異なる代謝経路を持つため、他の薬剤によって一方の代謝経路が阻害を受けた場合であっても、他方が維持されており、重篤な相互作用を受けにくいと考えられていた。しかしながら、CsA との併用により血中濃度が上昇する相互作用が報告された。本研究では、特にCsA によるトランスポーターに対する影響に着目して、この相互作用のメカニズムの解明を目的とした検討がなされた。

 凍結ヒト肝細胞においてCER の飽和性取り込みがみられ、これがCsA によって濃度依存的な阻害を受けることが示された。OATP2の発現細胞を用いたときも、同様の結果が得られた。CsA による取り込み阻害のIC50値とCsA の臨床における門脈中非結合型濃度の計算値との比較から、臨床における相互作用の原因が取り込み阻害だという可能性があることが示された。一方で、CsA はヒト肝ミクロソームを用いたCER の代謝をほとんど阻害しなかった。

 以上より、臨床で生じたCER とCsA の相互作用が、トランスポーターを介した取り込みの阻害で説明できる一方で、代謝過程の阻害はほとんど関与していないことが示された。

1-3. ラットを用いたCER とCsA の相互作用メカニズムの解明(in vivo とin vitro の比較検討)

 凍結ヒト肝細胞およびOATP2発現細胞を用いた検討により、トランスポーターを介した取り込み阻害がCER とCsA の相互作用の一因となる可能性があることが示された。しかしながら、このことは、CsA のヒトにおける門脈中非結合型濃度を実測することが困難であるため、血中濃度の予測値を用いて推測するしかない。そこで、ラットを用いてin vitroおよびin vivo実験で得られた結果を直接比較することで、相互作用の原因が取り込み阻害であることを証明することを目的として、本研究が行われた。

 In vivo の検討においては、CsA の定常状態血中濃度の上昇にともなって、CER のクリアランスが低下することが示された。また、肝への取り込みも同様に低下することが示された。一方、遊離肝細胞を用いた検討からは、ヒト凍結肝細胞の結果と同程度に取り込み阻害が起こることが示され、代謝阻害はみられなかった。In vitro の結果から得られたIC50値を基にCsA 併用時の肝クリアランスを予測したところ、実際にin vivo の実験で得られた実測値とほぼ一致した。したがって、ラットにおいてはCER とCsA の相互作用は肝への取り込み阻害のみによって説明できることが示された。

1-4. CER とフィブラート系高脂血症治療薬gemfibrozil (GEM) の相互作用のメカニズム解析

 重篤な副作用を引き起こしたCER とGEMの組み合わせについても、同様の解析が行なわれた。GEM は血中で代謝物として存在している割合が多いことから、GEM の主要な代謝物の影響についても検討がなされた。

 OATP2 発現細胞を用いたCERの取り込みに対するGEM および代謝物の影響をみたところ、GEMおよびグルクロン酸抱合体(GEM-1-O-glu)が顕著な阻害効果を持つことが示された。阻害効果はGEM-1-O-glu の方が強かった。一方、代謝に対する影響をみたところ、CYP2C8 による代謝に対してGEM およびGEM-1-O-glu が阻害効果を持つことが示された。この場合もまたGEM-1-O-glu の方が強い阻害効果を示した。

 肝取り込みおよび代謝過程に対するIC50 値は臨床における循環血中の非結合型濃度に比べて高い値であったことから、実際の相互作用につながる可能性は低いと考えられた。しかしながら、GEM-1-O-glu は、ラットにおいてトランスポーターを介して肝に取り込まれ、肝内濃度が高くなることが報告されており、ヒトでも同様のことが起きると仮定すれば、肝内で高濃度になったGEM-1-O-glu が代謝過程を阻害する可能性があると考えられた。GEM-1-O-glu は血中蛋白非結合型分率もGEMに比べて高いことからも、肝内に取り込まれやすいと考えられる。したがって、GEM-1-O-glu による代謝阻害がCER とGEM の相互作用の原因であることが示唆された。

 CER とGEM の相互作用は、トランスポーターを介した取り込み過程を直接阻害することによって相互作用が生じるCER とCsA の場合とは異なる機序であるが、この場合もまたトランスポーターが重要な役割を果たしていることが示された。

2. ラットOatp1 およびOatp2 に対する各種化合物の阻害効果の比較検討

 肝臓には多くのトランスポーターが発現しており、薬物及び内因性化合物の肝取り込みに寄与している。これらのトランスポーターはそれぞれが複数の基質を認識する一方で、一つの基質に対して複数のトランスポーターが取り込みに関与している。したがって、薬物の肝取り込みのメカニズムを解明するためには、その薬物の肝取り込みに寄与しているトランスポーター群の同定と、取り込みに関与するそれぞれのトランスポーターの寄与率を解明することが不可欠である。トランスポーターの寄与を求める方法の一つとして、個々のトランスポーターに特異的に働く阻害剤の存在下および非存在下での取り込みを評価し、その差を取ることによって単一のトランスポーターを介した取り込みを見積もる方法がある。本研究は、この方法に用いる特異的阻害剤の探索を目的として行われた。

 OATP ファミリートランスポーターの阻害剤となる可能性のある複数の化合物を用いてOatp1 およびOatp2 に対する阻害効果を比較検討した。この結果、Oatp1 に対して選択性の高い阻害効果を現す化合物として、幾つかのNSAIDs およびquinidine、Oatp2 に選択性の高い化合物としてquinine, rifampicin およびdigoxin が見いだされた。これらの化合物を阻害剤として用いることによって、ラットにおける肝取り込みのメカニズムをある程度解明できることが示された。

 以上の検討により、トランスポーターを介した相互作用の定量的予測をする実験系としての凍結ヒト肝細胞の有用性について評価を行い、この実験系を用いてCER とCsA の相互作用のメカニズムを明らかにした。また、臨床で大きな問題となったCER とGEM のメカニズムも解明した。これらは、臨床で生じた相互作用のメカニズムとしては新しいものであり、今後の医薬品開発に有用な情報になると考えられる。また、いずれの相互作用においてもトランスポーターが重要な役割を果たしていることが示された。一方、ラットにおけるトランスポーターに対する選択的な阻害剤の探索では、阻害効果の差が小さいものの、幾つかの選択的阻害剤を見いだし、薬物の肝取り込みのメカニズムを明らかにする上で重要な知見となった。薬物間相互作用を未然に防ぐという視点から、本研究は医薬品開発を行う上で重要なものであると考えられる。本研究のオリジナリティ、重要性を考慮して、博士(薬学)の学位を与えるに値すると認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/49023