学位論文要旨



No 216019
著者(漢字) 森,厚
著者(英字)
著者(カナ) モリ,アツシ
標題(和) 非回転系・回転系における非線形水平対流の力学
標題(洋) Dynamics of non-linear horizontal convections with and without rotation
報告番号 216019
報告番号 乙16019
学位授与日 2004.05.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16019号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,正明
 東京大学 教授 新野,宏
 東京大学 教授 遠藤,昌宏
 東京大学 教授 栗田,敬
 東京学芸大学 教授 松田,佳久
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では底面付近の温度コントラストによる水平対流を扱う。

 大気・海洋・内核など、回転成層流体を扱う地球流体力学の中で、水平対流は最も重要な位置を占める問題である。大気の場合には、太陽からの短波放射、長波放射の両方の観点から地表面付近は重要な役割を果たし、特に冬季の大陸上の放射冷却は大気大循環の重要な駆動源になっている。海洋についても、海面は大気との熱・水分の交換の場であり、熱塩循環を引き起こす原因となっている。

 このような水平対流であるが、メカニズムはこれまでで十分に明らかになっているとは言い難い。特に、これまでの研究は定常解や周期変動する外力に対する応答として記述され、時間発展問題としての記述は少なかった。そこで本研究では、時間発展問題として扱うこととした。

 初めに、非回転系で問題を考えた。一様に成層している二次元のブシネスク流体が、初期に静止していたとする。底面の半無限領域で温度が時刻t=0に一定の値だけ下げられたとする。そしてその後の流体の運動を調べる。適切な無次元化を行うことにより、方程式系は二つの無次元量で記述できることが分かった。無次元の成層パラメタΓ′と、プラントル数Prである。理論的な考察の結果、無次元の経過時間と無次元の成層パラメタΓ′とに基づき、流れの様子は次の3通りに分類できることがわかった。ただし、簡単のためにプラントル数依存性は除いた。

 1.拡散レジーム

 tが十分小さい時に実現するレジームである。

 このレジームのとき、温度場は熱伝導方程式だけで決まる。流れの場は、温度場の水平温度傾度を強制力に持つ渦度方程式に支配されるが、流れが弱いために基本場の温度の移流と非線形項は相対的に小さく無視できる。

 水平方向にも鉛直方向にも特徴的な長さは拡散距離で与えられる。

 2.重力流レジーム

 tが十分大きく、Γ′が十分小さい時に実現するレジームである。

 このレジームのとき、成層の効果は無視できるが、非線型項は線形項と同程度となり、無視できない。また、アスペクト比が十分小さく、水平微分に対して鉛直微分は相対的に大きい。冷却された流体は重力流となって流れ出す。鉛直方向の特徴的な長さは拡散距離で与えられるが、水平方向の特徴的な長さは重力流の到達距離で与えられる。

 3.重力波レジーム

 tが十分大きく、Γ′が十分大きいときに実現する。

 非線型項は無視でき、温度の基本場の鉛直移流が重要である。また、アスペクト比が十分小さい。温度の偏差や流れ場は、水平方向に重力波として伝わる。

 鉛直スケールは拡散距離で決まるが、水平方向の距離は重力波の到達距離で決まる。

さらに興味深いことに、それぞれのレジームについて、適当に無次元化を行い直すとΓ′に対する依存性を無くすことができ、プラントル数依存性だけがある方程式系を得ることができる。その上、それぞれのレジームに対して自己相似解が存在することが示された。ここで、自己相似解とは、鉛直スケール・水平スケール・物理量の振幅を適切な時間依存性をもつ関数でそれぞれスケール変換して得られる、時間に陽に依存しないような空間構造のことである。

 次に回転系について考察を行った。回転系では、二次元平面に直行する方向の流速μも考慮する必要がある。また、非回転系の場合と同様に方程式を無次元化すると新たに回転の効果を表す無次元パラメタf′が現れる。

 まず、回転系と非回転系の関係については、経過時間tが十分小さい場合(具体的には慣性周期よりも十分小さい場合)に、非回転系の結果をそのまま適用できることが分かった。経過時間が慣性周期よりも長くなると、系の時間発展は非回転系の場合の自己相似解からずれ、準定常的な状態へと移行する。この準定常的な状態は、mitG′とf′によって3通りに分類できる。

 1.回転系の拡散レジーム(f′が十分大きい場合)

 特徴的な長さは水平方向・鉛直方向ともにエクマン境界層の厚さで与えられる。

 2.回転系の重力流レジーム(f′が十分小さく、mitG′が十分小さい場合)

 鉛直方向の特徴的な長さはエクマン境界層の厚さで与えられ、水平方向にはエクマン境界層の厚さをもつ重力流が、慣性周期の間に到達する距離で与えられる。

 3.回転系の重力波レジーム(f′が十分小さく、mitG′が十分大きい場合)

 鉛直方向の特徴的な長さはエクマン境界層の厚さで与えられ、水平方向にはエクマン境界層の厚さをもつ重力波が、慣性周期の間に到達する距離で与えられる。

また、回転系の場合でも、適切に無次元化をしなおすと、f′,Γ′に依存せず、プラントル数だけの依存性があるような方程式系を得ることができた。

 ここまでで得られた結果は、既存の水平対流に対する見通しを与えるものである。例えば、クールアイランドのように、底面の限られた領域に温度偏差が与えられたとする。このときの定常な水平対流の鉛直スケールに関する議論が行われてきた。それらの結果は本研究で示した重力流レジームや重力波レジームを使って説明できる。すなわち、成層が強い場合には、クールアイランドの両端から発生した重力波がクールアイランドを横切って初めて定常に近付くと考えられ、そのときの鉛直スケールが循環の鉛直スケールを与えると考えられる。これを適用すると、確かに結果は過去の理論と一致する上に、定常に達するまでの時間についての情報も得られたことになる。

 このような二次元の解についての安定性は、解の現実性を考える上で重要である。特に回転系の場合には、傾圧不安定が起こる可能性がある。そこで室内実験を行った。室内実験では、いわゆるディシュパンタイプの回転水槽を用い、回転水槽の底面の中心部分で流体が冷却できるようにした。これまでの理論的な結果から、準定常的な回転系の二次元水平対流は3通りに分類できること、そして、回転系の拡散レジーム・重力波レジームでは線形の応答が卓越していることが分かっている。これと、線形方程式の解が一通りであることを考えると、不安定になる可能性があるのは回転系の重力流レジームであり、他の二つのレジームでは不安定になる可能性は極めて少ない。そこで、基本場の成層が無い状態で実験を行った。また、理論では並進対称性を仮定したが、室内実験ではそれを仮定することは難しいので、軸対称性を持つ実験装置で実験を行った。

 実験の結果、軸対称な流れはパラメタによっては不安定で、円周方向に波数を持った擾乱が現れることがわかった。安定性の境界を特定するため、実験を繰り返したところ、ほぼ、冷却域の大きさが変形半径程度が境目となり、相対的に変形半径が小さいと不安定化するような傾向がみられた。

 本研究の結果は水平対流に対する包括的なイメージを与えるもので、今後の更なる新展開が期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

 大気・海洋などの地球流体中には、水平方向の密度差を原因として駆動される「水平対流」が至るところに見られる。例えば、近年注目を浴びている都市域の高温化に伴うヒートアイランド循環、海陸風などがこれに当たる。水平対流の力学については古くから多くの研究があるが、その多くは定常状態に関するものであり、非線形性の大きな水平対流の時間発展に関する力学的な研究はほとんど見当たらない。論文提出者は、理論と数値実験によりこの問題の解明に取り組んだ。

 論文は、5つの章からなっている。第1章は序章で、これまでの研究と問題の背景が述べられている。第2章では、非回転系における非線形時間発展問題を扱っている。底面を持つ半無限の一様成層2次元流体中で底面の半分の温度をある瞬間に下げたときの流体の時間発展である。論文提出者は理論的考察により、この時間発展が3つの基本的なレジーム―拡散レジーム、重力流レジーム、重力波レジーム―の間の遷移によって起こることを示した。レジーム間の遷移は、無次元の成層パラメータに依存する。成層パラメータが小さい(成層が弱い)ときは、時間の経過と共に拡散、重力流、重力波レジームの順で遷移が起きる。一方、成層パラメータが大きい(成層が強い)ときは、拡散レジームは重力流レジームを経ないで重力波レジームへと遷移する。提出者は更に、3つのレジームを記述する近似的な支配方程式が相似解を持つことを発見した。拡散・重力流・重力波レジームにおける流れの鉛直スケールはいずれも拡散長さδで、水平スケールはそれぞれ、δ、δを鉛直スケールとする重力流の伝播距離、δを鉛直スケールとする重力波の伝播距離によって与えられる。数値実験により、非線形の時間発展を再現したところ、成層パラメータに応じて、理論的予想の通り相似解を有する各レジーム間の遷移が実現することがわかった。得られた相似解と3つのレジームは、有限の大きさをもった「島」に対する定常解の形成過程とその解の構造の物理的理解にも非常に有用であることがわかった。

 第3章では、前章の非回転系での水平対流の問題を、地球の回転の効果を考慮した回転系に拡張した。非回転系では時間と共に循環のサイズが拡大するのに対し、回転系では1慣性周期が経過すると、循環はほぼ定常になることがわかった。1慣性周期に比べて、経過時間が十分短い場合には、循環の時間発展は非回転系と同様となる。回転が遅く1慣性周期が長い場合には、拡散・重力流レジームを経て重力波レジームに遷移してから初めて回転の効果が効いて定常状態に達する。回転がやや速い場合は、重力流レジームで初めて回転が効いて定常状態に達し、回転が非常に速い場合には、拡散レジームで既に回転が効いて、定常状態になる。数値実験の結果、成層パラメータと慣性周期に応じて、これら3つのレジームが理論的予想と合致して再現されることがわかった。

 第4章は、回転系の水平対流の力学的安定性を調べる室内実験についての記述である。前章までの理論は曲率のない2次元流体に対するものであるが、実験は軸対称2次元で行った。前章から、力学的に不安定となりうるのは、非線形である重力流レジームだけであることが予想される。このレジームの定常状態は相似解を持つので、その安定性は相似解についてだけ調べればすむ。しかしながら、室内実験の結果は、回転と底面の差分冷却に応じて、安定な場合と不安定な場合があることを示した。両者を分ける境界線は、変形半径とクールアイランドの半径の比から定義される熱ロスビー数が一定の線で与えられ、この比が大きい(曲率の効果が大きい)ほど安定であった。この結果は、曲率のない通常の2次元流体の重力流レジームは常に不安定であることを示している。最後に第5章で全体のまとめが述べられる。

 このように論文提出者は、非線形水平対流の時間発展問題に、相似解を持つ3つのレジームがあることを理論的に示し、数値実験によりこれらのレジームと相似解が実現することを示した。また、この結果を用いて、回転系の非線形水平対流の力学も明確に理解できることを示した。更に、室内実験により、回転系の非線形水平対流が、曲率が効かない場合には不安定であることを示した。これらの研究は、水平対流という地球流体力学の普遍的過程の新しい側面を開拓したものであり、極めて独創性が高く、優れた研究と評価できる。

 なお、本研究の成果の一部は新野 宏・木村龍治・三沢信彦・丁享斌氏との共著論文として印刷済みであるが、論文提出者が主体となって問題の設定、数値実験、室内実験、解析をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める.

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