学位論文要旨



No 216021
著者(漢字) 山崎,幹男
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,ミキオ
標題(和) 超高速鉄道トンネル内の圧力変動評価と覆工構造の設計に関する研究
標題(洋)
報告番号 216021
報告番号 乙16021
学位授与日 2004.05.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16021号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 助教授 石原,孟
 成蹊大学 助教授 小川,隆申
内容要旨 要旨を表示する

 超高速磁気浮上式鉄道の研究・開発は,東海道新幹線開業(1964年10月)の2年前から既に開始され,現在,世界初のシステムとして山梨リニア実験線(走行試験区間18.4km:以下,実験線)における走行試験により,リニア中央新幹線実現に向け,着実に進化し完成度の向上が図られている.

 時速500km/hを超える超高速鉄道を考える場合,列車の速度向上に伴い走行抵抗の増大,トンネル内圧力変動,トンネル微気圧波など,様々な空気力学的現象が顕著となる.そのため,多種多様の観点から,その現象の解明や評価,或いは,その緩和及び低減策に関わる技術開発が望まれている.

 本研究では,このうち,高速列車走行に伴うトンネル内圧力現象を解明し,工学的評価を行うことが,超高速鉄道システムを安全かつ低コストで実現するために重要な検討課題であるとの観点から,空気力学的現象の影響を顕著に受け,日本において超高速鉄道を実現する上で路線の大部分を占めると想定されるトンネルを対象に,耐風圧設計を実現することを目的とし,超高速鉄道トンネル内の圧力変動現象の解明と評価方法,その圧力変動に対するトンネル覆工構造の力学的挙動の把握について論じる.

 本研究の主題は二つある.一つは、超高速列車走行に伴うトンネル内圧力変動の評価(=トンネル覆工構造に作用する外力の評価)であり,他の一つは、無筋コンクリートで構成されるトンネル覆工構造の設計(=強度特性・疲労特性の評価と照査体系の確立)である.これら2つの課題を軸におき,実態を把握するために行った実測や実験室における疲労試験,さらには,合理的な設計法に結びつけるための数値解析的手法,すなわち,トンネル内圧力変動の評価に用いた数値流体解析(Computational Fluid Dynamics:以下、CFD)やトンネル覆工構造の応力解析に用いた有限要素解析(Finite Element Method:以下,FEM)等により検討を進めた.

 標準的なNATMトンネルの覆工コンクリートは無筋コンクリートが一般的であり,その自重によるコンクリート応力は,アーチ作用により常に圧縮状態が保たれているが,高速列車走行による圧力変動を外力と考えた場合,トンネル内の圧力が大気圧より上昇(正圧)すると,覆工コンクリートは引張状態となる.無筋コンクリートの許容引張応力は、許容圧縮応力の1/20程度の値であり,覆工コンクリートの応力状態が引張の場合,極めて小さい範囲の応力状態で覆工構造の設計上の安全性を判定することになり,外力としての圧力変動の評価精度のみならず,覆工コンクリートの応力の評価精度にも十分留意する必要がある.

 ○超高速列車走行に伴う圧力現象の解明・評価

 本研究では,まず,超高速列車走行に伴い生じる圧力現象を解明するため,実験線のトンネル内において,試験車両がトンネル内に突入・退出・通過・すれ違い走行を行う際の圧力変動を測定した.これらの圧力変動現象は,時間的かつ空間的にトンネル内で複雑に生じる現象であり,その特性を定量的に考察し、評価を行った.

 測定の結果,圧力波の伝播特性,1列車走行時及び2列車すれ違い走行時の圧力変動に関して,次の事が解明された.列車がトンネル突入・退出する際,各々の圧力波(突入波・退出波)を生じ,トンネル内で重複を繰り返しつつ音速で伝播する.突入波と退出波の圧力変動ピーク値は同レベルであり,列車速度500km/hの場合,大気圧比+0.04程度である。列車通過時は急激な圧力低下を生じ,2列車すれ違い時の圧力低下はさらに顕著となり,相対すれ違い速度900km/h(500km/h×400km/h)時の大気圧比は,最大で−0.077程度であった.

 様々な速度域・走行形態での圧力変動現象から,トンネル内の圧力上昇や圧力低下に起因する,突入波・列車通過・退出波・反射波・すれ違いの5つの圧力現象を抽出できた.これらの圧力現象は,その原因も特徴も異なるため,個々の要因ごとにモデル化を行った。モデル化を行うことで,各圧力現象に対し,列車速度と圧力変動量の関係を求めた.

 次にトンネル内圧力変動を算定するため,CFDによる圧力変動解析を実施し,列車速度200km/hから500km/hの範囲における実測結果と解析値との比較から,CFD解析値は,実用上,十分な精度を有することを検証した.さらに,トンネル内圧力変動をCFD解析結果と既往の理論式の組み合わせにより算定する簡便式を提案した.これにより,設計に必要な様々な速度域での圧力変動を列車の走行形態に応じて算定することが可能となる.上述成果を基に,供用期間中を想定した条件下におけるトンネル内圧力変動に関し,設計値の算定方法について論じるとともに,トンネル内圧力変動を評価した.さらに,供用後に想定される列車の編成長・速度・運行頻度・トンネル延長等を設定した上で,5つの圧力現象(突入波・列車通過・退出波・反射波・すれ違い)について,その重畳を考慮し,トンネル覆工構造に作用する圧力変動の設計荷重として用いる最大正圧・最大負圧を評価すると共に,圧力現象の重畳とその重複度に応じた圧力変動及び繰り返し回数の算定も行い,トンネル覆工構造に作用する圧力変動の設計荷重として評価した.

 ○トンネル覆工構造の強度特性・疲労特性の評価

 将来にわたる供用中のトンネル内圧力変動条件下において,覆工コンクリートの強度特性と疲労特性の評価を行った.まず,圧力変動下でのトンネル覆工構造の力学的挙動を把握するため,実験線において試験車両走行時のトンネル内圧力変動と覆工コンクリートひずみの計測を実施した.その結果,トンネル内圧力変動が大気圧P0に対し,正圧P0+ΔP(圧縮)の場合,覆工コンクリートに引張ひずみ(引張応力状態)を生じさせ,大気圧P0に対し,負圧P0−ΔP(膨張)の場合,圧縮ひずみ(圧縮応力状態)を生じさせることを明らかにした.各々の圧力変動作用時のひずみ値は,突入波(500km/h)作用時には最大引張ひずみ+2.5μ程度,1列車単独通過時(500km/h)は最大圧縮ひずみ−3.3μ程度,2列車すれ違い時(相対すれ違い速度900km/h=500km/h×400km/h)では最大圧縮ひずみ5.5μ程度であった。ただし,ここで計測されたひずみ値を用いた動的応力は圧力変動により生じた応力であり,覆工コンクリートの強度特性を検証する上では,覆工自体の自重(死荷重)による応力を評価する必要がある.そこで,1)地山は支保工により安定が保持されている,2)圧力変動による変形は覆工と覆工地山側に配置された導水材のみに生じる,と仮定し,圧力変動及び死荷重による覆工コンクリートの応力状態を再現できるFEMによる覆工応力解析モデルを構築した.測定結果との比較から,構築したモデルによる覆工コンクリートひずみの解析結果は,再現性に優れ,実用上,十分な精度を有していることを確認した.

強度特性の評価は,新幹線と同程度の長大編成(列車長約400m)車両を想定し,1列車走行時だけでなく,2列車すれ違い最大相対速度1000km/h走行を考慮した最大圧力変動作用状態とした.最大圧力変動とは,列車走行に起因する圧力変動のうち,正圧・負圧の絶対値が各々最大となるものである.その結果,覆工コンクリートにおいて,引張・圧縮,いずれの場合も許容応力度を超える応力(引張:σ/σca=0.6及び圧縮:σ'/σ'ca=0.1)は発生せず,現行のトンネル覆工構造は十分な強度を有していることを確認した.

 さらに,覆工コンクリートの疲労特性の評価に関して,供用後の条件下でのトンネル内の圧力変動現象の重畳とその重複度に応じた圧力変動及び繰り返し回数に基づき,トンネル覆工の疲労試験及び累積損傷度解析を行った.まず,繰返し荷重の影響による覆工コンクリートへの影響について評価することを目的として,実際の覆工コンクリートに発生する応力状態を再現した模型試験を実施した.本研究では,軸力と曲げモーメントを同時に作用させることが可能な疲労試験装置を新たに開発して,覆工コンクリートを模擬した供試体を用いた疲労試験を実施し,実際の覆工コンクリートの応力状態が再現でき,軸力と曲げモーメントが同時に作用するような載荷条件での覆工コンクリートの疲労特性を検討した.

 疲労に対する評価の基本的な考え方は,コンクリート標準示法書の検討方法に準じた。疲労に対する損傷度をある繰返し応力度が作用した回数niその応力レベルで破壊回数Niの比ni/Niで定義し,全ての応力レベルに対する損傷度を加算した累積損傷度が1.0を下回っていれば疲労破壊しないものとした.上述の疲労試験から得られたS-N線図に基づき,トンネル内圧力変動の年間想定荷重にマイナー則を適用することにより,覆工コンクリートの疲労に対する累積損傷度を求めた.繰り返し作用する圧力変動に対する覆工コンクリートの累積損傷度は,S-N特性の平均値を採用しても4.92×10-9と極めて小さく,さらに安全側の検討として,S-N特性の95%信頼区間の下限値をとった場合でも2.85×10−4となり,現行のトンネル覆工構造は十分な疲労耐力を有していることを確認した.

 本研究は,実験線での実測,疲労試験装置を用いた模型試験,CFDを用いた数値流体解析,FEMによる応力解析を活用し,高速列車走行に起因するトンネル内圧力変動,並びに,この圧力変動作用時の覆工コンクリートの強度特性と疲労特性の評価を行い,最後に,これらの評価・検討から得られた一連の研究成果をまとめ,超高速鉄道トンネルの耐風圧設計法として提示したものである.

(3,986文字)

審査要旨 要旨を表示する

 超高速磁気浮上式鉄道の実現に向けては解決すべき工学的課題も多い.時速500kmを超える超高速鉄道におけるトンネル内走行での空気抵抗の増大,トンネル内圧力変動,トンネル微気圧波などの空気力学的現象はその中でも大きな問題であり,現象の解明や評価に加えて,その低減策に関わる技術開発が大いに必要とされている.

 本論文は超高速鉄道トンネルの対風圧設計の確立を目的とし,トンネル内の圧力変動現象の解明と評価方法ならびに圧力変動に対するトンネル覆工構造の力学的安全性の把握について論じたものである.

 論文は大きく分けると二つの内容から構成されている.一つは、超高速列車走行に伴うトンネル内圧力変動の評価であり,もう一つは,無筋コンクリートで構成されるトンネル覆工構造の風圧に対する安全性設計である.山梨実験線で行われた風圧実測や実験室におけるトンネル覆工コンクリートの疲労試験,さらには,合理的な設計法に結びつけるための数値解析的手法,すなわち,トンネル内圧力変動の評価に用いた数値流体解析(CFD)やトンネル覆工構造の応力解析に用いた有限要素解析(FEM)等の一連の実測・解析を行い,対風圧設計の確立に向けての検討を述べている.

 まず,超高速列車走行に伴う圧力現象の解明・評価のために,実験線のトンネル内において,時速500kmという高速試験車両がトンネル内に突入・退出・通過・すれ違い走行を行う際の圧力変動の測定という極めて難しい実測を実施し,極めて有用なデータを得,その特性を定量的に考察し、評価を行っている.

 測定の結果,圧力波の伝播特性,1列車走行時及び2列車すれ違い走行時の圧力変動に関して,1)列車がトンネル突入・退出する際,各々の圧力波(突入波・退出波)を生じ,トンネル内で重複を繰り返しつつ音速で伝播すること.2)突入波と退出波の圧力変動ピーク値は同レベルであり,列車速度500km/hの場合,大気圧比+0.04程度であること.3)列車通過時は急激な圧力低下を生じ,2列車すれ違い時の圧力低下はさらに顕著となり,相対すれ違い速度900km/h(500km/h×400km/h)時の大気圧比は,最大で-0.077程度であることを明らかにしている.さらに,様々な速度域・走行形態での圧力変動現象から,トンネル内の圧力上昇や圧力低下に起因する,突入波・列車通過・退出波・反射波・すれ違いの5つの圧力現象をモデル化し,各圧力現象に対し,列車速度と圧力変動量の関係を求めている.

 次にトンネル内圧力変動を算定するため,空気の圧縮性を考慮したCFDによる圧力変動解析を実施し,列車速度200km/hから500km/hの範囲における実測結果と解析値との比較から,CFD解析値が実用上,十分な精度を有することを検証している.さらに,トンネル内圧力変動をCFD解析結果と既往の理論式の組み合わせにより算定する簡便式を提案している.これにより,設計に必要な様々な速度域での圧力変動を列車の走行形態に応じて算定することが可能となっており,その工学的意味は大きい.

 この算定式を基に,供用期間中を想定した条件下におけるトンネル内圧力変動に関し,設計値の算定方法について論じるとともに,トンネル内圧力変動を評価した.さらに,供用後に想定される列車の編成長・速度・運行頻度・トンネル延長等を設定した上で,5つの圧力現象(突入波・列車通過・退出波・反射波・すれ違い)について,その重畳を考慮し,トンネル覆工構造に作用する圧力変動の設計荷重として用いる最大正圧・最大負圧を評価すると共に,圧力現象の重畳とその重複度に応じた圧力変動及び繰り返し回数の算定も行い,トンネル覆工構造に作用する圧力変動の設計荷重として評価している.

 供用期間中のトンネル覆工構造の安全性評価に対しては,まず,圧力変動下でのトンネル覆工構造の力学的挙動を把握するため,実験線において試験車両走行時のトンネル内圧力変動と覆工コンクリートひずみの計測を実施した.その結果,トンネル内圧力変動が大気圧に対し高い場合,覆工コンクリートに引張ひずみ(引張応力状態)を生じさせ,低い場合には,圧縮ひずみ(圧縮応力状態)を生じさせることを明らかにした.各々の圧力変動作用時のひずみ値は,突入波(500km/h)作用時には最大引張ひずみ+2.5μ程度,1列車単独通過時(500km/h)は最大圧縮ひずみ一3.3μ程度,2列車すれ違い時(相対すれ違い速度900km/h)では最大圧縮ひずみ5.5μ程度であることを明らかにしている.さらに,1)地山は支保工により安定が保持されている,2)圧力変動による変形は覆工と覆工地山側に配置された導水材のみに生じる,と仮定し,圧力変動及び死荷重による覆工コンクリートの応力状態を再現できるFEMによる覆工応力解析モデルを構築した.測定結果との比較から,構築したモデルによる覆工コンクリートひずみの解析結果は,再現性に優れ,実用上,十分な精度を有していることを確認した.このモデルを用い,新幹線と同程度の長大編成(列車長約400m)車両を想定し,1列車走行時だけでなく,2列車すれ違い最大相対速度1000km/h走行を考慮した最大圧力変動作用状態とし,覆工コンクリートにおいて,引張・圧縮,いずれの場合も許容応力度を超える応力(引張:σ/σca=0.6及び圧縮:σ'/σ'ca=0.1)は発生せず,現行のトンネル覆工構造は十分な強度を有していることを確認した.

 疲労特性の評価に関しては,軸力と曲げモーメントを同時に作用させることが可能な疲労試験装置を新たに開発して,覆工コンクリートを模擬した供試体を用いた疲労試験を実施し,供用後の条件下でのトンネル内の圧力変動現象の重畳とその重複度に応じた圧力変動及び繰り返し回数に基づき,トンネル覆工の疲労試験及び累積損傷度解析を行った.繰り返し作用する圧力変動に対する覆工コンクリートの累積損傷度は極めて小さく,現行のトンネル覆工構造は十分な疲労耐力を有していることを確認している.

 以上のように,実験線での実測,疲労試験装置を用いた模型試験,CFDを用いた数値流体解析,FEMによる応力解析を活用し,高速列車走行に起因するトンネル内圧力変動,並びに,この圧力変動作用時の覆工コンクリートの強度特性と疲労特性の評価を行い,最後に,これらの評価・検討から得られた一連の研究成果をまとめ,超高速鉄道トンネルの耐風圧設計法として提示しており,工学的な意義が非常に高い.よって,博士(工学)学位請求論文として合格と判断される.

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