学位論文要旨



No 216022
著者(漢字) 水谷,淳
著者(英字)
著者(カナ) ミズタニ,ジュン
標題(和) アラミド繊維強化プラスチックを緊張材に用いるための基礎研究とその適用に関する研究
標題(洋)
報告番号 216022
報告番号 乙16022
学位授与日 2004.05.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16022号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 岸,利治
 東京大学 講師 加藤,佳孝
内容要旨 要旨を表示する

 1980年代後半より、コンクリート中の鋼材の塩分腐食によるコンクリート構造物の劣化が社会問題となった。この問題を根本的に解決する方法として腐食しない補強材料の研究開発が各方面で進められた。

 本論文はこの問題を解決する一つの方法として、耐食性に優れたアラミド繊維強化プラスチック(Aramid Fiber Reinforced Plastic:以下AFRPという)をプレストレストコンクリート等の緊張材に用いることを目的として行ったものである。論文の内容は、緊張材としての異形ロッドの開発、定着体の開発、材料の基本的特性の把握、AFRPを緊張材に用いたプレストレストコンクリート部材の検討などの基礎研究とAFRPを緊張材に用いたプレストレストコンクリート道路橋の設計施工などの応用研究について述べたものである。その他、AFRPの特徴を活かしたアラミドFRPグラウンドアンカーの研究開発や軟弱地盤に施工される構造物への適用など、プレストレストコンクリート以外の分野への適用に関する研究についても述べた。

 AFRPはPC鋼材と同等以上の高張力特性を有しており、プレストレストコンクリート等の緊張材として用いられる条件を十分に備えている。しかし、緊張材として用いるためには、コンクリートとの付着特性が十分で定着方法が確立されなくては実用化には至らない。

 AFRPは連続引抜成形法によって作られる一方向に連続な棒状(ロッド状)の材料であり、引抜成形後はその表面は平滑でコンクリートとの付着は期待できない。そこで、写真1および図1に示すような、引抜成形後の母材にワインディング繊維を巻き付けてロッド表面を異形化したAFRP異形ロッドを開発した。これにより、コンクリートとの付着が著しく改善され、併せて定着体(付着定着体)の開発も可能となった。こうした異形ロッドを開発して始めてAFRPは緊張材としての機能が発揮されるようになった。

 定着体としては、AFRP異形ロッドに適応した付着定着体を開発した。付着定着体は鋼製の外筒管に異形ロッドを挿入し無収縮モルタルを充填して一体化し、異形ロッドの張力をモルタルを介して外筒管に伝達し、外筒管にネジ切削を施してナットで定着させるものである。緊張方法は付着定着体にテンションロッドを装着し、テンションロッドをセンターホールジャッキで引っ張ることにより行う。

 クサビによる定着も施工面での利点が多く有力な方法である。クサビ定着についてはAFRPロッドを傷つけない材料としてビニルエステル樹脂およびFRPによるものについて検討した。しかしながら、クサビ定着体については長期的な安定性に関する課題が解決されておらず、本設構造物の緊張用定着体としての使用は現段階においては無理があると判断された。ただし、短期間の仮設的な使用であれば十分に対応は可能である。その他、腐食しない定着体としてFRP製の付着定着体も開発した。

 AFRP異形ロッドの引張強度は定着方法により異なり、付着定着体を用いた場合の規格引張荷重は約1,800N/mm2である。試験より、AFRPロッドの引張強度はロッドの長さや引張り速度に影響されないことがわかった。

 AFRPロッドは直線材料であるため、ロッドの曲げが引張り強度に影響を与える。曲げ直径(D)と引張強度の関係を試験した結果、ロッドの公称径(d)の150倍以下の曲率に曲げると引張強度は低下した。公称径の150倍以上の曲率を保った曲げに関しては引張強度には影響しない。

 AFRPは鋼材に比べて応力緩和率が大きい。このことは、プレストレストコンクリートの緊張材として用いる場合には不利な条件となるが、弾性係数がPC鋼材の1/4と小さいためコンクリートの乾燥収縮やクリープによる応力損失が少ないため全体としての応力損失は、PC鋼材を用いた場合とほぼ同等となる。

 AFRPは高分子材料であるため緊張・定着作業においては荷重と伸びの関係が複雑となる。応力緩和の試験により、AFRPの応力緩和率がひずみのみによって推定できることを示した。このことは緊張管理においても"ひずみ"(伸び量)のみに着目して管理すればよいことを示すもので、実用上の面において緊張管理の問題を簡略化することができた。

 付着定着体を用いたAFRP異形ロッドのクリープ試験より、クリープ破壊応力度は100年後においても許容応力度を上回ることを示した。

 付着定着体を用いた疲労試験のS-N線図より200万回におけるAFRPロッドの疲労強度は上限応力が1,062N/mm2の場合で500N/mm2である。PC鋼線の場合は上限応力が1,000N/mm2程度で疲労強度は200〜300N/mm2であることから、付着定着体を用いたAFRPロッドの疲労特性はPC鋼線と同等以上と考えられる。

 これらの基礎研究を踏まえて、AFRP異形ロッドを用いたプレストレストコンクリート部材について試験し、さらにPC道路橋およびPC桟橋の施工を行いその実用性を確認した。

 プレテンション部材の緊張材として用いる場合、緊張材とコンクリートとの付着により、プレストレスが確実に導入されるかどうかが問題となる。試験の結果、φ6mm異形ロッドの伝達長は導入緊張力0.7Puで約350mm程度であり、良好なプレストレス導入が確認された。静的載荷試験では、破壊曲げモーメントは計算値を10〜20%上回り破壊時のたわみ量は計算値の60〜80%であった。使用状態を想定した曲げ疲労試験では、400万回の載荷回数経過後においてもたわみ量は弾性理論による計算値と一致し、AFRP異形ロッドを用いたプレテンション桁の健全性が示された。

 ポストテンション部材についての試験では、まず始めに異形ロッドとダクトの摩擦係数を試験した。摩擦試験より、AFRP異形ロッドの摩擦係数は硬質ポリエチレンシースを用いた場合、従来のPC鋼より線と鋼製ワインディングシースと同じ約0.2同程であり、AFRP異形ロッドに対するダクトの材質は硬質ポリエチレンが望ましいと考えられる。

続いて、異形ロッド19φ6mmを配置した桁高600mm、桁幅250mm、桁長10,500mmの大型供試体を作製し静的載荷試験、曲げ疲労試験を実施した。静的載荷試験では、曲げモーメント−たわみ曲線は計算値とよく整合した。このことより、AFRP異形ロッドを緊張材に用いたプレストレストコンクリート部材の設計も従来の設計手法を踏襲することができるものと考えられる。曲げ疲労試験では、載荷曲げモーメントがひび割れモーメントに相当する載荷範囲(0.25Mu⇔0.45Mu)においても200万回載荷で破壊せず、その後の静的載荷で0.89Muでコンクリートが圧縮破壊した。これらのことから、設計モーメント(0.35Mu)のレベルでは疲労によるAFRP桁の耐荷能力の低下はないと考えられる。

 AFRPロッドを緊張材に用いたPC道路橋の施工は、世界でも初めての試みであり、実施工に入る前に、溶接火花による耐熱試験、コンクリート打設試験、ロッドの耐衝撃試験等、施工現場での過酷な条件を想定してAFRP異形ロッドの施工上の取り扱いに関する試験を行った。その結果、通常の現場での取り扱いをしている限り、極端にその取り扱いに関して神経質になる必要はないと判断された。

 AFRPロッドを緊張材に用いたPC道路橋はプレテンション合成床版橋(L=12.5m)とポストテンション箱桁橋(L=25.0m)の二種類で、上下2車線をそれぞれプレテンション橋とポストテンション橋で独立して並列に建設した。PC道路橋の設計は道路橋示方書に準拠して行い、終局荷重時の検討においては、AFRPロッドが塑性域を持たないことから、十分な安全率を取った上で緊張材破断により終局状態に至るとして設計した。AFRPロッドは完全弾性体であるが、弾性係数が小さいためプレストレストコンクリート部材とした場合、比較的高い靭性を示し、終局時に緊張材破断形態を採用しても使用状態以降のひび割れ性状等から破壊に対する危険性を予知することは可能であると考えられる。完成後の実橋載荷試験においても計測結果は計算値と良く整合し、AFRPロッドを緊張材に用いたPC道路橋はほぼ設計どおりの耐荷性能が発揮されていることが示された。

 この他、完成したAFRP異形ロッドの需要拡大を目的として、AFRPロッドの弾性係数がPC鋼材に比べて小さいという特徴(伸びに対する応力変化が少なく、変形に対する追随性が高い)を活かして、グラウンドアンカーへの適用に関するの研究開発および軟弱地盤に施工される構造物(柔構造樋管・柔構造水路)の緊張連結材として用いるための研究開発を行った。グラウンドアンカーへの適用では、AFRPロッドが腐食しない材料であることから永久アンカーに対しても二重防錆処置の必要がなく、そのため削孔径を小さくできることなど多くの利点がある。柔構造樋管・柔構造水路への適用に関しては、軟弱地盤における圧密沈下に対する各構造物の設計条件に対応できることを確認した。

写真1 AFRP異形ロッド

図1 AFRP異形ロッドの構造

審査要旨 要旨を表示する

 鉄筋コンクリート構造物およびプレストレストコンクリート構造物は,膨大な社会資本ストックの大部分を占めており,インフラ整備において欠くことのできない建設材料である。しかし,1970年代の後半から欧米を中心に鉄筋の腐食によるコンクリート構造物の劣化の問題が表面化し,我が国においても海水の飛散,海砂の使用,寒冷地における凍結防止剤の使用などを原因とする鉄筋腐食の問題が表面化した。これまでも,鉄筋腐食に対する検討は数多く検討されてきてはいるが,根本的な解決に到っていないのが現状である。このような現状に対して,本研究は軽量,高強度,高耐久性材料であるとともに腐食しないという特徴を有するアラミド繊維強化プラスチックを,プレストレストコンクリート等の緊張材として用いるための基礎的な性状や特性を把握し実際の土木構造物に適用するために解決しなければならない諸課題を克服し,その応用技術を確立することを目的として行ったものである。

第1章は,序論であり,本論文の背景と目的について述べるとともに,連続繊維補強材を鉄筋や鋼材の代替材料として取り上げた経緯を明らかにしている。さらに,既往の研究開発について取りまとめ,アラミド繊維強化プラスチックの置かれた状況および他の連続繊維強化プラスチックの開発状況を概観し,本研究開発の経緯について論じている。

 第2章は,アラミド繊維強化プラスチックの概要であり,現在用いられている強化繊維の種類および特徴について述べ,それらを用いた強化繊維プラスチックの特徴と分類および用途について論じている。次に,本論文で取り上げたアラミド繊維およびアラミド繊維強化プラスチックの基本性能について概観している。

 第3章は,アラミド繊維強化プラスチック緊張材の研究開発であり,連続引抜成形法により作られるアラミド繊維強化プラスチックを緊張材として使用可能とするための研究開発について検討を行っている。アラミド繊維強化プラスチックは一方向に引き揃えられた棒材が基本であり,プラスチック材料であるため表面は平滑で軟らかい材料である。緊張材として用いるためには緊張・定着ができることが前提となる。そこで,コンクリートとの付着特性を改善し同時にモルタル等との付着による定着を考えて,ロッドの異形化についての開発研究を行っている。

 第4章は,定着体の研究開発であり,出来上がった異形ロッドを用い,実用化を目指した付着定着体の開発について論じている。定着方法の基本は付着定着体であるが,今後の用途の多様化等を考えて,クサビによる定着方法についての検討も行っている。また,緊張材が腐食しない材料であり,その利点を最大限に活かすために腐食しない材料(FRP)による付着定着の開発も同時に行っている。

 第5章は,アラミド繊維強化プラスチック緊張材の基本特性であり,緊張材として用いるために必要な材料の弾性係数,強度特性,応力緩和特性,クリープ特性,疲労特性などについて,その基本特性を明らかにしている。

 第6章は,アラミド繊維強化プラスチックを緊張材に用いたプレストレストコンクリート部材であり,前章までの開発成果を踏まえて,実際のプレストレストコンクリート部材に適用するための研究開発について述べ,アラミド繊維強化プラスチックを緊張材に用いたプレテンション部材,ポストテンション部材による各種の部材試験を実施することによりその使用特性を明らかにしている。こうした成果に基づいて,アラミド繊維強化プラスチックを緊張材に用いた実構造物(PC道路橋,PC桟橋)を施工し,その実用性を明らかにしている。さらに,部材試験や実構造物の設計を通してアラミド繊維強化プラスチックを用いた場合の設計方法の提案を行っている。

 第7章は,アラミドFRPグラウンドアンカーに関する研究開発であり,アラミド繊維強化プラスチックの特徴である弾性係数が鋼材に比べて小さいという性質および腐食しないという性質を利用して,アラミド繊維強化プラスチックをアンカー体の緊張材用いたアラミドFRPグラウンドアンカーの開発研究を行っている。また,アラミドFRPグラウンドアンカーの付帯技術として,軽量で耐久性があり,現場での組み立てが可能なFRP製軽量受圧板の開発研究も同時に行っている。

 第8章は,軟弱地盤における構造物への適用に関する研究開発であり,アラミド繊維強化プラスチックの弾性係数が小さく変形に追随し易いという特徴を活かして,軟弱地盤における各種構造物の緊張材に用いるための開発研究を行っている。一般的に,排水樋管や農業用水路等は沖積平野の軟弱地盤に建設されるため,不等沈下および変形に対する対策が課題であり,地盤の不等沈下や変形に対するアラミド繊維強化プラスチックへの影響を検討し,開発した手法の妥当性を検証している。

 第9章は,本研究で得られた成果を取りまとめるとともに,実施工への適用を通じて得られた実用性について述べている。

 以上を要約すると,アラミド繊維強化プラスチックをコンクリート構造物,グランドアンカー,軟弱地盤における構造物,への適用に関して開発から実用化までの一連の検討を行ったものであり,コンクリート工学の発展に寄与するところ大である。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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