学位論文要旨



No 216035
著者(漢字) 高橋,時市郎
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,トキイチロウ
標題(和) 写実的・非写実的画像生成のための空間データ構造に関する研究
標題(洋) Spatial Data Structures for Photorealistic and Non-photorealistic Rendering
報告番号 216035
報告番号 乙16035
学位授与日 2004.06.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16035号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 教授 安田,浩
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 西田,友是
 東京大学 助教授 佐藤,洋一
 東京大学 助教授 苗村,健
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,新しい空間データ構造の導入により,写実的画像生成ならびに非写実的画像生成の両分野におけるコンピュータグラフィックス技術の新たな展開を示すものである。写実的画像生成技術に関して,光源空間における新しい空間データ構造を考案し,写実性向上の鍵となる付影処理の新技術を確立した。また,スクリーン平面でのデータ構造の改良により,イラストや油絵のような画像を生成する技術や,レンダリング結果から元の物体をNCマシンで容易に加工する新しいモデリング技術など,非写実的画像生成non-photorealistic renderingと呼ばれる新しい技術分野を開拓した。

1.光源空間の空間データ構造と高速・高精度付影処理技術

 光源空間での空間データ構造については,空間を均等な大きさの賽の目状に細分割する従来技術に代えて,光源のコヒーレンスに着目して,光源を中心として放射状に空間を分割するray-oriented buffer法を考案し,付影処理の大幅な高速化と高精度化を実現した。

 蛍光灯のような線光源による付影処理の高速化を実現した。線光源の場合,光がまったく届かない本影と,光が一部遮られて生ずる半影の2つの影領域が生じる。空間上の1点での照度を計算するには,その点と線光源の両端点を結んでできる三角形(光源三角形)を横切る物体があるかどうか,シーンを構成する全物体について求める必要があり,それが計算時間の爆発的な増大を招く。これを避けるため,空間データ構造を工夫することによって,光源三角形と交差するかどうかを調べる物体の数を減少する方法を考案した。つまり,線光源を含む複数枚の平面で原空間を扇状の部分空間に分割する。各部分空間を扇形空間と呼ぶ。次に,各扇形空間内に存在する物体のリストを作成するが,この処理の負荷は極めて小さい。

 線光源から出てある扇形空間に入る光は他の扇形空間に入ることはない。つまり,光の照射される方向だけで扇形空間は決まる。そのため,物体のリストを蓄えるバッファをray-oriented bufferと呼ぶ。さて,照度計算点が与えられたら,その点を含む扇形空間を求め,そこに登録されている物体が光源三角形と交差するかどうかを調べればよい。この空間データ構造により,処理量を大幅に減少させることができるので,高速化が実現される。

 面光源に拡張するには,もう一工夫必要である。面光源の場合,照度計算点と光源を底面とする多角形で構成される多角錐(光源角錐)を考え,多角錐を横切る物体があるかどうか,シーンを構成する全物体について求める必要がある。そこで,先ず,面光源の外接矩形を求め,その四辺を線光源と見立てる。先ほど説明した(2)と同様に各辺を含む平面で原空間を扇状に分割する。そして,矩形の向かい合った二辺について,それぞれの辺を含む2枚の平面ではさまれた空間に分割する(図参照)。この二辺と直交する他の二辺についても同様の処理を行うことができるので,先に分割された部分空間をさらに細分割することができる。細分割された各部分空間について,各部分空間に存在する物体のリストを作成する。この処理によって,影を生じる可能性のある物体の数を大幅に減らすことができ,処理全体の高速化が実現できる。

 以上述べたように,空間を均等な大きさの賽の目状に細分割する従来技術に代えて,光源のコヒーレンスに着目して,光源を中心として放射状に空間を分割するray-oriented buffer法を考案し,付影処理の大幅な高速化と高精度化を実現した。線光源や面光源のような現実に存在する光源によって生じる本影・半影を扱うことができるので,極めて写実的な映像生成が可能となった。

2.スクリーン平面での空間データ構造と非写実的画像生成技術

 スクリーン平面での空間データ構造の改良により,様々なコンピュータグラフィックス技術の応用が広がる。

(1)実際の画像生成作業では,アングル(視点)を決めた後,物体の光学的属性や光源の位置等を変更し,その度に画像生成処理を再実行して,画像を仕上げていく。この画像生成処理には膨大な計算量が必要となり,インタラクティブ操作は困難である。そこで,画像生成処理のうち,レンダリング処理の前段,透視変換および隠面消去処理の結果を中間バッファgeometry bufferに保持しておく技法が考案されている。すなわち,幾何処理を省略できるので,その分,高速化がはかれる。さらに,アングルは変わらないが,もう少し画像をズームアップして細部を見ようとすると,画像生成処理を最初からやり直すことになる。直交スキャンライン法では,1画素中に投影される物体の稜線で画素を小領域に分割して記憶する。直交スキャンライン法の隠面消去結果を蓄積するcross scan bufferを用いることにより,拡大縮小しても画像品質が劣化せず,高速なレンダリング処理の再実行を実現した。

(2)先に述べた単純なデータ構造を有するgeometry bufferに対しても,画像処理を施すことにより,イラストや油絵のような画像を生成する非写実的画像生成という新しい技術分野を開拓した。1990年,非写実的映像生成というコンセプトを提唱し,その有効性を示した論文は,ACM SIGGRAPH'90で採録,発表の機会を与えられ,写実的映像生成技術一辺倒で進んできたコンピュータグラフィックスに新しい研究開発分野の存在を知らしめたパイオニア論文として,高く評価された。

(3)さらに,geometry bufferに対して画像処理を施すことにより,三次元モデルを実際に生成する応用技術も考案した。具体的には,NCマシンによる三次元物体の切削加工技法を確立した。本技術は,ラピッドプロトタイピング事業として商用化された。

 以上のように,イラストや油絵など,非写実的画像生成に加えて,グラフィックス技術のNCマシン加工技術の確立という新しい応用分野を開拓し,コンピュータグラフィックス技術の新たな展望を示した。

 本論文では,空間データ構造を工夫することにより,コンピュータグラフィックス技術の様々な展開が可能となることを示し,本学術分野の進展に大きく貢献した。

扇形空間分割法の原理

面光源による画像生成例

G-bufferによる強調描画の例

G-bufferによるNC加工の例

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「Spatial Data Structures for Photorealistic and Non-photorealistic Rendering(写実的・非写実的画像生成のための空間データ構造に関する研究)」と題し、英文でかかれており、8章よりなる。本論文は、新しい空間データ構造の導入を行い、コンピュータグラフィックスにおける写実的画像生成、非写実的画像生成における新しい展開を行ったものである。写実的画像生成技術に関しては、光源空間における新しいデータ構造を考案し、線光源、面光源に対する効率の良い付影技術を確立した。さらに、スクリーン平面データ構造での操作により、イラストや油絵のような画像を生成する非写実的画像生成と呼ばれる分野を開拓し、NCマシンでの3次元モデルの加工技術へも応用を行った。

第1章は、「Introduction」であり、本論文の目的と位置づけ、および論文の構成について述べている。

第2章は、「Related works」と題し、関連研究についてのサーベイを行い、本論文での提案の詳細な位置づけを行っている。写実的画像生成にて重要な様々な光源に対するレンダリングの手法、レンダリングのための中間バッファーの応用に関してまとめている。

第3章は、「Ray-oriented buffer for linear light sources」と題する。光源を中心に放射状に空間を分割するray-oriented buffer法を考案し、線光源に対する効率のよい付影処理を提案した。従来、膨大な計算量を必要とした処理を、空間データ構造を工夫することにより、影に関与するか否かを調べる物体の数を大幅に減少させ、大幅な高速化を実現し、従来法の5-10倍の高速化を実現した。

第4章は、「Extended ray-oriented buffer for area light sources」と題し、前章で提案した付影手法を面光源に拡張した。このために、面光源の4辺を線光源と見なし、それぞれ放射状の空間分割を導入することにより、より詳細な空間分割を行い、付影処理の対象となるポリゴンを削減した。従来の付影処理で対象となったポリゴンの99%以上を削減でき、大幅な高速化が実現できた。

第5章は、「G-buffers for non-photorealistic rendering」と題する。レンダリングに用いる中間バッファーであるgeometry buffer(G-buffer)に対して、画像処理を施す新しいレンダリング手法を示した。G-bufferには、奥行きや法線ベクトルなどの幾何特性が格納される。G-bufferへの画像処理により、イラストや油絵のような非写実的な画像を生成できることを示した。現在、このような手法は非写実的画像生成と呼ばれる新しいCGの技術分野となっている。本論文に纏めた仕事は、その端緒である。

第6章は、「G-buffer application for NC machining of 3D models」と題する。Geometry bufferに対する画像処理を応用し、NCマシンの切削加工による3次元モデルの生成技術を展開している。従来のNCマシンのカッターパスの生成では、加工対象と工具の干渉に膨大な計算が必要であった。これに対して、レンダリング処理の結果得られる幾何学情報を画像として扱うことで、均一な画像処理により効率よくNCマシンのカッターパスを生成できることを示した。

第7章は、「Cross scan buffer for interactive photorealistic rendering」と題し、インタラクティブなグラフィックスに必要とされる高速な拡大縮小処理について論じている。従来手法の中間バッファーを用いるグラフィックス処理では、インタラクティブな操作においてズームアップした細部を描く場合には、画像生成を最初からやり直す必要があった。これに対し、画素を小領域に分割して物体の稜線を記憶し、陰面消去結果を蓄積するcross scan line bufferを提案し、拡大縮小に対して、画質劣化なく従来より3.5-5.7倍高速な再レンダリング処理を実現した。

第8章は、「Conclusion」であり、本論文の成果をまとめている。また、G-bufferを用いた手法の産業での実用例を挙げている。

以上これを要するに、本論文では、データ構造の工夫による効率的な写実的コンピュータグラフィックス手法を論じるとともに、イラストや油絵といった非写実的な画像生成という新しいコンピュータグラフィックス技術を開拓したものであり、画像工学上貢献が大きい。よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50133