学位論文要旨



No 216037
著者(漢字) 千種,直樹
著者(英字)
著者(カナ) チグサ,ナオキ
標題(和) プラントシステム保全における信頼性と経済性の最適化に向けた技術的方策に関する研究
標題(洋)
報告番号 216037
報告番号 乙16037
学位授与日 2004.06.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16037号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 助教授 出町,和之
内容要旨 要旨を表示する

 本論文はプラントシステム保全について、その対象を、設備・機器系、技術・情報系、組織・人間系の観点から幅広くとらえ、システムとしての最適解を見出すことを目的に、保全最適化のあるべき姿を明らかにするとともに、それらを具体化するための保全手法及び実用面での最適化方策の成立性について研究した成果を纏めたものである。本論文の構成は、全7章で構成され、プラントシステム保全における信頼性と経済性の最適化について、保全の基本的構造から、保全方式の高度化、プラントライフマネジメントと維持の考え方、不具合事例の分析とその活用、ならびに技術伝承について述べている。

 第1章では、図1に示すように研究の対象とする保全像を明確にするとともに、技術・情報系、組織・人間系のそれぞれについて保全最適化の概念を明らかにした後、本研究の特徴と構成について述べた。

 第2章では、保全の歴史的な変遷、種々の産業分野における保全の動向、原子力発電分野を中心とした保全最適化に向けた取り組み及び一般産業における保全の課題等を概観した。その結果、今後のプラントシステムの保全に求められていくであろう新たな最適化概念を描き、それを検討していくためのフレームワーク(図2)を提案した。

 第3章では、最適な保全計画策定のための包括的方法論について提案した。プラントシステムを保全していく上で,信頼性と経済性の両面から最適化を図っていくには,従来の経験的手法に論理的アプローチを加える必要がある。そのため、まず、保全方式を選定する論理フローを作成する。さらに設備の設計者、ユーザー双方の観点から想定される故障モードを抽出し、保全計画の焦点を明確にして保全指針にまとめる。最後に決定した保全部位と保全方式を基に保全作業の実践的管理手法を確立するという図3に示すような、包括的方法論を展開した。

 また、第2章の調査で明らかになった、産業界において、重要度が高く、保全技術上の難易度が高いとされる回転機器について包括的方法論の具体化を図り、加えて、実際の原子力発電プラントにそれら方法を適用することにより、方法論の実効性について検証を行った。

 第4章では、プラントライフを考慮した革新的保全方法として原子力発電所廃棄物処理システムを例にハイブリット型保全を提案した。プラント設備は一度建設すると運用期間は長く、そのため、プラントライフ中には社会環境や技術進歩、規制強化や運用の高度化など様々な変化が発生し、運転継続のためにはそれら変化に対して的確に対処していかねばならない。また将来のパフォーマンスの向上やそれに伴うネガティブフォースの低減についても早期に予見しそれに備える必要があり、保全計画も一律的なものでは対処できず、複合的要素を加味したものでなければならない。このような視点での検討を行うため、ここでは一般工業製品でのハイブリットの概念や、経営工学におけるシナリオプランニング手法などを取り込み、図4に示すハイブリッド型保全の基本概念を提起した。さらに、これらの手法と安全解析等で実績の豊富な評価手法を組み合わせることで、長期的に予想される放射性廃棄物処理・処分に関する課題を浮き彫りにし、今後の保全のあるべき方向性を明らかにした。

 第5章では、保修作業における不具合事例分析とその活用について検討した。保全の現場においては検査機器やシステムが最新の技術を取り入れ、高度化されつつも、人間の技術能力による作業もまだ依然として多く、いかに熟練者の技術能力を伝承し、個々の作業をミスなく確実に遂行していけるかが従来から課題になっている。ここでは、まず、原子力発電所の保修作業における不具合事例について要因分析を行い図5に示すように組織要因について分析するとともに、これらを共通要因として整理することにより教訓化することを試みた。また、これを用いた研修の結果、保修作業員及び現場作業者の安全意識向上、日常業務の改善に対して高い効果を得ることができた。さらに、要因分析の検討プロセス及び結果について3×3マトリクスを用いて体系的な整理をすることにより、組織的なエラーマネジメントの完結性を高めることができた。

 第6章では、保全活動を有効に進めていく上でのインフラとなる保全技術の伝承システムと作業の信頼性を向上させるための手法について提案した。熟練した保修技術者の技術力の背景には、機器設備の造りに関する知識、保修業務に関する知識、熟練技術者の経験に基づく個人的知識など、相互に関連する様々な知識が動いている。保全に関する技術力を維持・向上するためには、若手技術者のためにこれら知識の修得を効率的に支援するととともに、熟練者の経験に基づく個人的知識を効率的に蓄積し継承する技術が望まれている。ここでは近年、進歩の著しいコンピュータ技術を活用することにより、こうした保修作業の教育訓練を支援するとともに熟練者の知識の継承も考慮したシステムを提案した。(システム画面の一例を図6に示す)

 以上の研究を通じて、第7章では改めて今後の理想となる保全像を描き、まとめとした。

 保全は、人間がある目的や期待を持って創る人工物を、社会や環境と調和させながら長期にわたって利用していくための技術であることを述べてきた。人工物の立場に立てば、誕生した瞬間から命が尽きる時まで、社会や環境に適合しながら、いかにより良い貢献をしていけるかの鍵を握っているのが保全技術であると言えるであろう。安全で安定し、かつ経済性の高い人工物の長期的な利用は、我々人間社会にとっての強い要望であるとともに結果的に環境にとって負荷の小さいものとなることから、これを実現する保全技術を確立することは人類の持続的な発展にとって極めて有益なことと言える。本研究で扱ってきた個々の研究テーマは、いずれも時間的なファクターを考慮に入れ保全の最適システムの追及に主眼を置いたものである。それは、社会や環境といった大きな体系の中で、人工物を持続的に最適化することを保全の本質ととらえたことに他ならない。

 本研究を通じて今後の保全のあるべき姿とその達成のための方法論やその成果の一端について述べた。しかしながらここで提言し、成立性が確認された方法論は理想とする保全の一部について具体化を図ったに過ぎず、今後さらに多くの分野で論理的手法を創出していくことが必要である。人類の理想の技術を確立するためにさらなる研究の推進が望まれる。

図1 対象とする保全像

図2 保全最適化検討のためのフレームワーク

図3 保全計画策定に向けた包括的方法論

図4 ハイブリッド型保全の基本概念

図5 組織要因の発生頻度

図6 保修タスクに関する知識ブラウザ

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はプラントシステムの保全について、その対象を設備・機器系、及び技術・情報系、組織・人間系の観点から幅広くとらえ、信頼性と経済性の双方の観点から最適解を見出すことを目的に、保全最適化のあるべき姿を明らかにするとともに、それらを具体化するための保全手法及び実用面での最適化方策の成立性について検討している。

 論文は7章で構成され、プラントシステム保全における信頼性と経済性の最適化について、保全の基本的構造から、保全方式の高度化、プラントライフマネジメントと維持の考え方、不具合事例の分析とその活用、ならびに技術伝承について論じている。第1章は、技術・情報系、組織・人間系のそれぞれについて保全最適化の概念を定義して、研究の対象とする保全の全体像を明らかにするとともに、本研究の特徴と構成について述べている。

 第2章では、保全の歴史的な変遷、種々の産業分野における保全の動向、原子力発電分野を中心とした保全最適化に向けた取り組み及び一般産業における保全の課題等を調査し、今後のプラントシステムの保全に求められていく新たな最適化概念を提示して、それを検討していくためのフレームワークを提案している。

 第3章は、最適な保全計画策定のための包括的方法論について提案している。信頼性と経済性の両面から最適化を図るために、従来の経験的手法に論理的アプローチを加えた保全方式を選定する論理フローを提示しており、想定される故障モードを抽出し、保全計画の焦点を明確にした指針をまとめるための手法を提示している。また保全作業の実践的管理手法を確立するための包括的方法論を提案している。さらに、保全技術上の難易度が高いとされる回転機器を例として、包括的方法論の具体化を図っており、加えて、実際の原子力発電プラントにそれら方法を適用することにより、方法論の実効性について検証を行っている。

 第4章では、プラントライフを考慮した原子力発電所廃棄物処理システムを例に、ハイブリット型保全を提案している。長期間にわたるプラントライフ中には社会環境や技術進歩、規制強化や運用の高度化など様々な変化が発生し、保全計画も複合的要素を加味したものでなければならない。このような視点での検討を行うため、一般工業製品でのハイブリットの概念や、経営工学におけるシナリオプランニング手法などを取り込んで、ハイブリッド型保全の基本概念を提起している。さらに、長期的に予想される放射性廃棄物処理・処分に関する課題を浮き彫りにし、今後の保全のあるべき方向性を明らかにしている。

 第5章では、保修作業における不具合事例分析とその活用について検討し、組織要因について分析するとともに、これらを共通要因として整理することにより教訓化することを試みており、研修の結果、保修作業員及び現場作業者の安全意識向上、日常業務の改善に対する効果を取りまとめている。さらに、要因分析の検討プロセス及び結果について3×3マトリクスを用いて体系的な整理をすることにより、組織的なエラーマネジメントの完結性を高めうることを示している。

 第6章では、保全活動を有効に進めていく上でのインフラとなる保全技術の伝承システムと作業の信頼性を向上させるための手法について提案した。熟練した保修技術者の技術力の背景には、機器設備の造りに関する知識、保修業務に関する知識、熟練技術者の経験に基づく個人的知識など、相互に関連する様々な知識が動いている。保全に関する技術力を維持・向上するためには、若手技術者のためにこれら知識の修得を効率的に支援するととともに、熟練者の経験に基づく個人的知識を効率的に蓄積し継承する技術が望まれている。ここでは近年、進歩の著しいコンピュータ技術を活用することにより、こうした保修作業の教育訓練を支援するとともに熟練者の知識の継承も考慮したシステムを提案した。

 第7章では今後の理想となる保全像を述べ、課題をまとめている。

 以上を要するに、本論文においては、保全は、人間がある目的や期待を持って創る人工物を社会や環境と調和させながら長期にわたって利用していくための技術であることを示し、安全で安定し、かつ経済性の高い人工物の長期的な利用を実現する保全技術を確立するための枠組みを提示することに成功しており、システム量子工学、特にシステム保全学に寄与するところが極めて大きい。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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