学位論文要旨



No 216041
著者(漢字)
著者(英字) Danai,Tiwawech
著者(カナ) ダナイ,ティワウェッチ
標題(和) タイ国の上咽頭癌におけるEBウイルス及び宿主遺伝子の研究
標題(洋) ASSOCIATION OF EPSTEIN-BARR VIRUS AND HOSTS SUSCEPTIBILITY GENES WITH NASOPHARYNGEAL CARCINOMA IN THAILAND
報告番号 216041
報告番号 乙16041
学位授与日 2004.06.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16041号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 石田,貴文
 東京大学 教授 植田,信太郎
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 助教授 諏訪,元
 東京医科歯科大学 教授 山本,直樹
内容要旨 要旨を表示する

 上咽頭癌は世界的に見れば稀な腫瘍であるが、中国南部、及び、東南アジアに多発し、アラスカ、北アフリカにも認められる。地理あるいは民族に依存した発症パタンを示す点は、医人類学・民族疫学的興味を引く疾患である。放射線治療後の患者生存率は3年で71%、5年で59%とその効果は認めらるものの、早期発見が望まれている。疫学的研究から、上咽頭癌発症には、Epstein-Barr(EB)ウイルス感染、環境要因、及び、宿主の遺伝的感受性といった多因子が関与していると考えられている。生活様式に関しては、薬用植物、ジメチルニトロソアミンを含む魚の発酵食品の使用、飲酒・喫煙、そして、ホルムアルデヒド、クロロフェノールへの職業被ばくも環境上の危険要因として認識されている。東北タイの上咽頭癌に関する研究では、発酵海産魚食品・農業従事・木材の伐採が危険因子として挙げられた。遺伝的要因として、癌感受性遺伝子、HLA、及び、インターフェロン・、p53等が上咽頭癌発症に関係すると言われ、上咽頭癌の発症に関しては多面的研究が必要である。本研究では、タイにおける上咽頭癌がEBウイルスと癌感受性遺伝子とどのように関係しているかについて、検索をおこなった。

 EBウイルスは上咽頭癌発症の重要な要因の1つである。上咽頭癌ではEBウイルスの早期抗原(EA)・ウイルスキャプシド抗原(VCA)に対する高い血中抗体価が知られ、IgA/EA、IgA/VCA、及び、IgG/EAは、上咽頭癌における有用な血清マーカーである。タイにおける79人の上咽頭癌患者と127人の対照群を対象に、これらの抗体の有無と抗体価を間接蛍光抗体法により検索した。上咽頭癌患者では、IgA/EA、IgA/VCA、及び、IgG/EAの幾何平均抗体価は、癌の進行と共に増加し、IgG/VCAの幾何平均抗体価は組織型に関連し増加する傾向が見られた。この結果は、これらの血清マーカーがタイの上咽頭癌の分析に有用であることを示唆している。

 EBウイルスゲノムには多様性が知られ、それらのうちEBV1型、及び、30-塩基対欠失(del-LMP1)を持つLMP1遺伝子の変異型は、アジアの上咽頭癌に関連していると言われている。上咽頭癌発症にウイルスの多様性が関与しているかを明らかにするため、タイ人のEBV遺伝子型を検索した。上咽頭癌患者、及び、対照群におけるのEBV1型、及び、LMP1変異型の頻度は、PCR法により分析した。患者と対照群の間のEBV1型の頻度に有意な違いはみいだされれなかった。EBV1型は、患者(94.1%)と対照群(96.9%)共に高頻度でみいだされ、EBV2型は稀であった。患者でのdel-LMP1の頻度(58.7%)は、対照群(36.4%)のものより著しく高いことがわかった(p<0.05)。さらに、del-LMP1保有者は上咽頭癌発症に関し2.5倍高いリスクを伴っていることが注目された。上咽頭癌患者の間で、男女、組織型、及び、進行度について、EBV亜型(1/2型)の頻度に差は観察されなかった。患者のLMP1のアミノ酸配列の多様性は、先行研究で知られているEBウイルス亜型に概ね分類されたが、新たな亜型(Thai1)の存在も確認された。以上の結果から、del-LMP1が上咽頭癌発症に関わっていることを示唆し、タイにおける上咽頭癌の早期発見、分析、及び、予後のための分子のマーカーとして期待される。

 p53は細胞の分裂・増殖・アポトーシスにかかわる重要なタンパク質で、上咽頭癌を含む様々な癌に関係している。p53コドン72多型(Pro/Arg)がタイの上咽頭癌発症に関する遺伝的リスク要因となるかを検討するため、タイ人の102人の上咽頭癌患者、及び、148人の対照群について、この多型の遺伝子型頻度をPCR-RFLP法を用い検索した。患者と対照群の中で遺伝子型頻度あるいは対立遺伝子頻度に差は観察されなかった(p>0.05)。上咽頭癌患者の間で、男女、組織型、及び、病期でp53遺伝子型頻度に差は観察されなかった。患者と対照群を、>40、>45、及び、>50歳の3つの年齢群へ分類すると、p53遺伝子型頻度に差が見られた(p<0.05)。Pro型対立遺伝子をホモ接合で持つ人は上咽頭癌の発症が、>40歳で2〜3倍高いリスクを示し、そのリスクは年齢と共に増加していた。タイ人集団では、高年齢における上咽頭癌とp53遺伝子多型が関連することが示唆された。

 グルタチオンS転移酵素M1遺伝子(GSTM1)は多くの発癌物質の解毒に関わる酵素をコードしている。GSTM1には遺伝的多型が知られ、その欠損遺伝子型は、上咽頭癌を含むいくつかの癌感受性に関係していると言われている。GSTM1と上咽頭癌の関係を知るため、78人の上咽頭癌患者と145人の対照群のGSTM1遺伝子型を決定した。患者と対照群の間で遺伝子型頻度に差は観察されなかった(p>0.05)。また、患者の中では、男女、組織型、及び、病期でGSTM1遺伝子型の頻度に差は観察されなかった。年齢について見ると、GSTM1欠損遺伝子型の頻度は>45、及び、>50歳群で著しく異なっていた(p<0.05)。これらの結果から、上咽頭癌感受性とGSTM1多型が関連することが示唆された。

 チトクロムP450 2A6遺伝子(CYP2A6)は、発癌性のニトロソアミンの活性化に関与する酵素をコードしている。前発癌物質を発癌物質へ活性化する過程にかかわる酵素活性に欠けるCYP2A6*4Cをホモあるいはヘテロ接合で持つと、様々な癌発症リスクが変化すると報告されている。そこで、PCR-RFLP法を用い、74人の上咽頭癌患者、及び、137人の対照群のでCYP2A6の遺伝子型を調べた。CYP2A6多型では、患者と対照群で差が見いだされた(p<0.05)。少なくとも1つのCYP2A6*4Cを持つと、全体では上咽頭癌のリスクが3倍高く、男性では女性より11倍近く高いリスクを負うという結果が得られた。上咽頭癌患者の中では、少なくとも1つのCYP2A6*4Cを持つと、WHO分類のI型でOR値は16.7とWHOII型、及び、WHOIII型に比べ、それぞれ5、9倍高いリスクを示した。一方、病期I&IIの患者ではOR値は16.7であり、病期III&IVの患者より9倍高いリスクを示した。この結果は、CYP2A6多型が上咽頭癌発症に重要な役割を果たし、タイ人集団において上咽頭癌発症と癌の進行に関するマーカーとして用いられることを示唆している。

 p53コドン72多型のPro/Pro遺伝子型、GSTM1欠損遺伝子型、及び、CYP2A6の*1A/*4C+*1B/*4C+*4C/*4C遺伝子型は、上咽頭癌発症に関わる潜在的高リスク遺伝子型と考えられた。そこで、これらの遺伝子型の組合せを考えてみたところ、非リスク遺伝子型を持つ人と比較すると、感受性遺伝子の2つ、及び、3つの高リスク遺伝子型を持つ個体は、2.6倍高いリスクを示し、上咽頭癌を発症する際、宿主の感受性遺伝子の組合せが重要であることが示唆された。

 上述したように、EBウイルス側からはLMP1のdel-LMP1亜型が上咽頭癌の危険因子である一方、宿主の感受性遺伝子の組合せも上咽頭癌発症の危険を増加させている。そこで、EBウイルスと感受性遺伝子の関連性を検索するために、del-LMP1亜型、、及び、感受性遺伝子の組合せについて検討した。その結果、感受性遺伝子の危険遺伝子型とdel-LMP1亜型の間に関連は見いだされず、EBウイルスと宿主の感受性遺伝子は上咽頭癌発症に関し独立した役割を担っていることが考えられた。

 上記の結果に基づき、(1)EBウイルスと宿主の感受性遺伝子は上咽頭癌発症に中心的な役割を果たすこと、(2)宿主の感受性遺伝子の組合せは、上咽頭癌発症リスクに関し相乗効果を持つ可能性があること、(3)ただし、EBウイルスと宿主の感受性遺伝子の間には、上咽頭癌発症に関しそれらの影響は独立していると考えらることから、EBウイルスに関する血清・ゲノム指標と、宿主の感受性遺伝子多型情報を併用することで、タイの上咽頭癌の早期診断に貢献できると結論づけた。

審査要旨 要旨を表示する

 上咽頭癌は世界的に見れば稀な腫瘍であるが、中国南部、及び、東南アジアに多く見られる。地理あるいは民族に依存した発症パタンを示す点は、医人類学・民族疫学的興味を引く疾患である。疫学的研究から、上咽頭癌発症には、Epstein-Barr(EB)ウイルス感染、環境要因、及び、宿主の遺伝的感受性といった多因子が関与していると考えられ、上咽頭癌の発症に関しては多面的研究が必要である。多発地域に含まれるタイにおいて、上咽頭癌がEBウイルスと癌感受性遺伝子とどのように関係しているかについて研究したのが本論文である。

 本論文は4つの部分から構成されている。第1部で研究全体の背景の説明と位置づけがなされ、第2・3部に研究成果が提示され、第4部が全体のまとめに充当されている。

 第1章では、EBウイルス感染を血清疫学的検索により調べた。上咽頭癌患者でIgA/EA、IgA/VCA、及び、IgG/EAの幾何平均抗体価が癌の進行と共に上昇すること、IgG/VCAの幾何平均抗体価は組織型に関連し増加する傾向を示すことから、これらの血清マーカーがタイの上咽頭癌の分析に有用であることを示唆した。

 第2章は、EBウイルスの多様性・系統解析に関してである。EBウイルスゲノムをPCR法、及び、ダイレクトシーケンス法により解析し、患者においてdel-LMP1型が偏在することを明らかにした。患者のLMP1のアミノ酸配列の多様性は、先行研究で知られているEBウイルス亜型に概ね分類されたが、新たな亜型の存在も確認した。以上の結果から、上咽頭癌発症との関連が見いだされたdel-LMP1系統が、タイにおける上咽頭癌の分子マーカーとして期待された。

 第3章では、細胞の分裂・増殖・アポトーシスにかかわるp53について、コドン72多型(Pro/Arg)がタイの上咽頭癌発症に関する遺伝的リスク要因となるかを検討した。患者と対照群の中で遺伝子型頻度あるいは対立遺伝子頻度に差は観察されなかったが、>40、>45、及び、>50歳の3つの年齢群へ分類すると、p53遺伝子型頻度に有意な差が見られた。高年齢における上咽頭癌とp53遺伝子多型が関連することが初めて示唆されたことは高く評価される。

 第4章では、多くの発癌物質の解毒に関わるグルタチオンS転移酵素M1遺伝子(GSTM1)の欠損型と上咽頭癌の関連を見た。患者と対照群の間で遺伝子型頻度に差は観察されなかったが、p53と同様に、GSTM1欠損遺伝子型の頻度は上位年齢群で著しく異なり、上咽頭癌感受性とGSTM1多型が関連することを示唆した。

 第5章では、チトクロムP450 2A6遺伝子(CYP2A6)と上咽頭癌のかかわりを見た。前発癌物質を発癌物質へ活性化する過程にかかわる酵素活性に欠けるCYP2A6*4Cの分布は、患者と対照群で差が見いだされた。上咽頭癌患者の中では、少なくとも1つのCYP2A6*4Cを持つと、WHO分類のI型でOR値は16.7とWHOII型、及び、WHOIII型に比べ、それぞれ5、9倍高いリスクを示した。一方、病期I&IIの患者ではOR値は16.7であり、病期III&IVの患者より9倍高いリスクを示した。この結果は、CYP2A6多型が上咽頭癌発症に重要な役割を果たし、タイ人集団において上咽頭癌発症と癌の進行に関するマーカーとして用いられることを示唆した。

 第4部では、上記の検索結果を総括しつつ、上咽頭癌発症に関わる個々の潜在的高リスク遺伝子型の組合せを考察している。感受性遺伝子の2つ、及び、3つの高リスク遺伝子型を持つ個体は、2.6倍高いリスクを示し、上咽頭癌を発症する際、宿主の感受性遺伝子の組合せが重要であることが示唆された。さらに、EBウイルスと感受性遺伝子の関連性について検討した結果、感受性遺伝子の危険遺伝子型とdel-LMP1亜型の間に関連は見いだされず、EBウイルスと宿主の感受性遺伝子は上咽頭癌発症に関し独立した役割を担っていることが考えられた。

 以上より、本論文でEBウイルスに関する血清・ゲノム指標と、宿主の感受性遺伝子多型情報を併用することで、タイの上咽頭癌の予防・診断への途を拓いたことは高く評価できるものである。

 本論文は、Anant Karalak・Pecharin Srivatanakul・石田貴文との共著であるが、石田は指導教員として、Anant Karalak、Pecharin Srivatanakulは試料調製者として加わっており、本論文の実験・解析は論文提出者が終始主体となっておこないその論文への寄与は十分と判断される。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク