学位論文要旨



No 216045
著者(漢字) 山崎,正雄
著者(英字)
著者(カナ) ヤマサキ,マサオ
標題(和) アドレノメデュリン過剰発現による新生内膜増殖抑制効果の検討
標題(洋)
報告番号 216045
報告番号 乙16045
学位授与日 2004.06.30
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16045号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 講師 大野,実
 東京大学 講師 三崎,義堅
内容要旨 要旨を表示する

 アドレノメデュリン(adrenomedullin)はヒトの褐色細胞腫抽出液から降圧作用をもつペプチドとして1993年に単離同定されたが、血管拡張作用以外にもさまざまな生理作用を持つことが知られている。アドレノメデュリンはラット大動脈の血管平滑筋培養細胞やメサンギウム細胞において細胞増殖や遊走を抑制することが示されている。また一方ではアドレノメデュリンは血管平滑筋やメサンギウム細胞などの中胚葉由来細胞だけでなく他の細胞群にも働くことが示されており、例えば繊維芽細胞やある種の腫瘍細胞に対しては細胞増殖を促進することが報告されている。このようにアドレノメデュリンの細胞増殖に及ぼす作用はその標的細胞により異なる可能性があり、それゆえin vivoのモデルでその生理作用を検討することはたいへん意義のあることと考えられる。

 内膜増殖のモデルとして近年動脈の周囲にシリコン製などのカフを巻くモデルが注目されておりこれは従来のバルーン障害モデルに比し軽度で安定した内膜増殖が得られる。またアデノウイルスを用いることにより血管の外膜側に目的の遺伝子を高率に導入できることが報告されている。そこでカフモデルにおいてアデノウイルスを介して血管外膜側にアドレノメデュリン遺伝子を過剰発現させその内膜増殖に及ぼす効果および機序についてin vivoで検討することを本研究の目的とする。

 本研究では350g〜400gウィスターラットのオスを用いた。ラットに対するすべての手技は東京大学医学部動物実験指針にそって行われた。ラット大腿動脈を周囲の組織より剥離し、シリコンラバーチューブ(長さ5mm、内径0.64mm)を血管にゆるく巻いた。そしてカフと血管の間にβガラクトシダーゼ遺伝子あるいはアドレノメデュリン遺伝子を発現するアデノウイルス液を注入した。何匹かのラットにはシャム手術を施行した。

 アドレノメデュリンのカフ障害血管での発現は免疫染色で確認した。カフ障害5日後のラット大腿動脈において血管外膜に弱くアドレノメデュリンの発現を認めた。アドレノメデュリン遺伝子を導入したカフ障害大腿動脈では5日後に血管外膜に強くアドレノメデュリンの発現を認めた。この発現はさらに強まり14日後には外膜だけでなく中膜、内膜にも認められた。βガラクトシダーゼ遺伝子を導入した5日後のカフ障害血管では外膜におけるアドレノメデュリンの発現はカフ障害血管と同程度であり、またこれまでの報告と同様外膜側に強くβガラクトシダーゼの発現を認めた。

 カフ障害血管中膜における2、5、14日後のDNA合成についてbromodeoxyuridine(BrdU)染色により検討した。βガラクトシダーゼ遺伝子を導入したカフ障害血管では中膜においてBrdU陽性細胞がシャム手術群に比し有意に増加していた。一方アドレノメデュリン遺伝子を導入したカフ障害血管では全ての時点でBrdU陽性細胞は有意に減少していた。

 内膜/中膜面積比はカフ障害14日後で22.3 ± 3.0 %、28日後で16.7 ± 2.3 %であった。アドレノメデュリン遺伝子を導入したカフ障害血管では内膜増殖が有意に抑制されており、28日後の内膜/中膜面積比はシャム手術群と同程度であった(内膜/中膜面積比は14日後で13.4 ± 1.7%、28日後で8.1 ± 0.8%)。一方βガラクトシダーゼ遺伝子を導入したカフ障害血管では14日後、28日後ともに内膜増殖の程度はカフ障害血管と同じであった。

 カフ障害7日後の血管局所のサイクリックAMP(cAMP)量に関してシャム手術群、カフ群、βガラクトシダーゼ遺伝子導入群、アドレノメデュリン遺伝子導入群の4群間で比較したが、アドレノメデュリン遺伝子導入群が他の群に比し有意に高値であり、他の3群間に有意差はなかった。サイクリックGMP(cGMP)に関しては信頼できるデータを得ることができなかった。

 カフ障害14日後にラット大腿動脈を採取し、血管内皮型一酸化窒素合成酵素(eNOS)と誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)に対する免疫染色を行った。血管内膜でのeNOSの発現はカフ障害血管においてシャム手術血管に比し低下していた。アドレノメデュリン遺伝子を導入したカフ障害血管では内膜増殖は抑制され、かつ低下していた内膜におけるeNOSの発現も回復していた。iNOSの発現はカフ障害血管では増殖した内膜および中膜で亢進していた。アドレノメデュリン遺伝子を導入したカフ障害血管では、中膜および外膜においてiNOSの発現がさらに亢進していた。

 ラット大腿動脈のカフ障害による内膜増殖は、内膜におけるeNOSの発現の低下を伴っていることが本研究で示された。さらに、アドレノメデュリン遺伝子を導入することにより内膜におけるeNOSと中膜、外膜におけるiNOSの発現が増加し内膜増殖が有意に抑制されることが示された。

 アドレノメデュリンによるこの内膜増殖抑制効果のメカニズムとして第一にアドレノメデュリン遺伝子を導入した血管においてcAMPレベルが他の群に比して有意に高値であったことが挙げられる。この結果はアドレノメデュリンによる血管平滑筋の増殖抑制や遊走抑制の効果がcAMP依存性径路と関係があるとするこれまでの報告と一致する。第二に、アドレノメデュリンはインターロイキン1により誘導される一酸化窒素(NO)産生を増加させるとの報告があり、またNOは血管平滑筋の増殖やDNA合成を抑制することが示されている。したがって過剰産生されたNOがカフ障害血管における内膜増殖を抑制した可能性がある。また本研究ではカフ障害血管において内膜でのeNOS発現が低下していることが示された。一方、アドレノメデュリン遺伝子を導入したカフモデルでは、内膜におけるeNOSと中膜、外膜におけるiNOSの発現が明らかに増加しており、これは内膜、外膜でのアドレノメデュリンの発現増加と関係している。アドレノメデュリン遺伝子の導入により増加したeNOS、iNOSの発現は血管平滑筋におけるDNA合成や細胞増殖を抑制するに足る十分量のNOを産生し、新生内膜の増殖を抑制した可能性がある。

 本研究結果は血管平滑筋の増殖性疾患に対してアドレノメデュリンによる治療の可能性を示唆するものである。

審査要旨 要旨を表示する

 アドレノメデュリン(adrenomedullin)はヒトの褐色細胞腫抽出液から降圧作用をもつペプチドとして1993年に単離同定されたが、血管拡張作用以外にもさまざまな生理作用を持つことが知られている。本研究はカフモデルを用いてアデノウイルスを介して血管外膜側にアドレノメデュリン遺伝子を過剰発現させアドレノメデュリンのin vivoにおける細胞増殖に及ぼす作用を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.アドレノメデュリン遺伝子を導入したカフ障害大腿動脈では5日後に血管外膜に強くアドレノメデュリンの発現を認めた。この発現はさらに強まり14日後には外膜だけでなく中膜、内膜にも認められた。

2.アドレノメデュリン遺伝子を導入したカフ障害血管では中膜において2、5、14日後のDNA合成が有意に減少していた。

3.アドレノメデュリン遺伝子導入血管ではカフ群に比し内膜/中膜比が14日後で40%、28日後で51%減少していた。βガラクトシダーゼ遺伝子導入群では内膜/中膜比はカフ群と有意差はなかった。

4.カフ障害7日後の血管局所のサイクリックAMP(cAMP)量に関してシャム手術群、カフ群、βガラクトシダーゼ遺伝子導入群、アドレノメデュリン遺伝子導入群の4群間で比較したが、アドレノメデュリン遺伝子導入群が他の群に比し有意に高値であり、他の3群間に有意差はなかった。

5.カフ障害14日後にラット大腿動脈を採取し、血管内皮型一酸化窒素合成酵素(eNOS)と誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)に対する免疫染色を行った。血管内膜でのeNOSの発現はカフ障害血管においてシャム手術血管に比し低下していた。アドレノメデュリン遺伝子を導入したカフ障害血管では内膜増殖は抑制され、かつ低下していた内膜におけるeNOSの発現も回復していた。iNOSの発現はカフ障害血管では増殖した内膜および中膜で亢進していた。アドレノメデュリン遺伝子を導入したカフ障害血管では、中膜および外膜においてiNOSの発現がさらに亢進していた。

 ラット大腿動脈のカフ障害による内膜増殖は、内膜におけるeNOSの発現の低下を伴っていることが本研究で示された。さらに、アドレノメデュリン遺伝子を導入することにより内膜におけるeNOSと中膜、外膜におけるiNOSの発現が増加し内膜増殖が有意に抑制されることが示された。アドレノメデュリン遺伝子を過剰発現することによりcAMP依存性径路だけでなくeNOSによるNO依存性経路を通して細胞増殖を抑制し、内膜増殖を抑制した可能性が考えられる。本研究は血管平滑筋の増殖性疾患に対してアドレノメデュリンによる治療の可能性を示唆するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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