No | 216046 | |
著者(漢字) | 小口,薫 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オグチ,カオル | |
標題(和) | 小児MLL関連白血病と小児ホジキン病における遺伝的背景に関する研究 : ATM(Ataxia Telangiectasia Mutated)遺伝子の胚細胞変異の関与について | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 216046 | |
報告番号 | 乙16046 | |
学位授与日 | 2004.06.30 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第16046号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 発癌には遺伝的素因と環境的素因の両者が関わっているが、小児の悪性腫瘍は出生後早期に発病し、環境に曝露されることが少ないことから成人の悪性腫瘍よりも遺伝的素因が強く関わっている可能性が高いと考えられる。毛細血管拡張性運動失調症(ataxia telangiectasia;AT)の患者は発癌の頻度が高いだけでなく、AT保因者でも発癌の危険性が高いという報告がされていること、患者由来の細胞の生物学的特徴として放射線や化学物質などで生じるDNA損傷に対する反応の異常があることから、小児の悪性腫瘍でATの責任遺伝子であるATM(ataxia telangiectasia mutated)遺伝子の異常が遺伝的素因の一因として関与している可能性があるのではないかという仮説に基づき、研究を行った。ATMタンパクはホスファチジールイノシトール3キナーゼ(PI3-K)ドメインを介して、DNA損傷に対し、他の様々なタンパクに作用しており、その作用の中で重要なものは細胞周期制御である。正常細胞においてDNAが放射線、紫外線、薬剤などにより損傷を受けると、ATMは様々なタンパクをリン酸化することにより細胞周期を停止させる。その間に修復に必要なタンパクの転写が誘導され、細胞はDNAの修復を行うことができる。実際、AT患者由来の細胞ではチェックポイントの障害が認められている。AT保因者では発癌の危険性が正常人の4倍であるという報告もされている一方、変わらないとする報告もされており、議論を呼んでいる。AT保因者のスクリーニングを行う方法として全長のシークエンスを行わず、truncation mutationを見つける方法を使用した場合、missense mutationは見逃されてしまい、AT保因者では発癌の危険性が変わらないという結果が導き出された可能性がある。AT保因者において片方のアレルがtruncation mutation の場合、変異ATMタンパクは不安定となりほとんど検出されないが、正常なアレルから生じる正常なATMタンパクの機能は存在する。片方のアレルがmissense mutationの場合、変異ATMタンパクは存在するがそれ自身正常に機能しないだけでなく、もう一方の正常なタンパクの機能も抑制するというドミナントネガティブ効果があるのではないかと推測されている。最近になり、シークエンスの方法が改良されたことによりATM遺伝子の全長のシークエンスが比較的、行いやすくなったことでさまざまな癌におけるmissense mutationが報告されるようになった。若年発症の乳癌、リンパ系悪性腫瘍であるT細胞性前リンパ性白血病、B細胞型慢性リンパ性白血病、マントル細胞リンパ腫の患者の体細胞レベルで、ATMの変異が認められている。これらの変異はmissense mutationで、その大部分はATMの機能上、重要な働きをするPI3-キナーゼドメインに存在していることより、ATM遺伝子のmissense mutationがリンパ系悪性腫瘍の進展を進める因子となりうる可能性、すなわちATM遺伝子が癌抑制遺伝子として機能することを示唆している。また、B細胞型慢性リンパ性白血病の患者では胚細胞レベルでもヘテロのATMのmissense mutationが見つかっており、ATMの変異が遺伝的発癌の要因としてもとりあげられている。 今回、小児のMLL(mixed lineage leukemia)関連白血病1例とホジキン病5例の症例においてATM遺伝子でヘテロの塩基置換が見つかった。そのうちの白血病症例での塩基置換8921C→Tとホジキン病症例での塩基置換4949A→Gについて、その塩基置換から生じるタンパクが、生物学的活性が低下していること、ドミナントネガティブ効果を有することから、病的な意味を持つ変異と考えられた。 8921C→Tは1歳5ヶ月のALLの女児で見つかった。この変異は、ATMタンパクの重要な部分であるPI-3キナーゼドメイン内に存在しているmissense mutationであり、2974番目のアミノ酸のプロリンがロイシンに変化することによりタンパクの2次構造に変化をもたらす可能性がある変異であった。その変異タンパクは、ATM欠損細胞でのトランスフェクションアッセーにおいて放射線高感受性を修復する機能が劣っており、p53セリン15をリン酸化するキナーゼ活性も低下していた。さらに、野生型のATMタンパクが存在するU2OS細胞に変異タンパクを発現させたところ、p53セリン15のリン酸化が減少しており、この変異ATMタンパクが野生型ATMタンパクの機能を阻害する効果、すなわちドミナントネガティブ効果が明らかになった。この変異が見つかった患者由来の細胞L-4では正常人と同程度のATMタンパクの発現は認められたものの、p53セリン15のリン酸化は減少していた。実際、患者の白血病細胞でLOH(loss of heterozygosity)はみられず、野生型ATM遺伝子と変異ATM遺伝子が存在していたことから、8921T変異ATM遺伝子はドミナントネガティブ効果をもたらすことにより白血病化の一因になっている可能性が考えられた。また、他のMLL関連白血病の2ヶ月のALLの症例において、ATMの変異は見つからなかったが、ATMタンパクの発現量は著明に減少していることが判明し、ATMタンパクの減少が白血病化に関与している可能性が考えられた。 ホジキン病の2症例で見つかった4949A→Gの変異に関しても、白血病症例ほど顕著ではなかったが、その変異タンパクが、生物学的活性が低下しており、軽度のドミナントネガティブ効果を有していた。ホジキン病では固形腫瘍ゆえ癌細胞のみ取り出して実験することが困難であり、癌細胞におけるLOHを解析することが不可能であったため、見つかった変異の癌細胞における作用を検討することはできなかった。しかし、健常人での変異の頻度は0%であることも考えると、なんらかの環境因子や他の遺伝子の変異が加わることにより、4949A→G がホジキン病の病気の進展に関与している可能性が示唆される。 以上のようなATM変異保因者が悪性腫瘍に罹患した場合は、治療に際し放射線療法を避けるなどの配慮を行って、2次癌の発生を予防することも今後、重要となるであろう。今回、研究対象となった白血病、ホジキン病以外でも、同じ悪性腫瘍であっても患者個々により遺伝的素因が異なることを考慮する必要がある。特に小児の悪性腫瘍では、環境因子より遺伝的素因に関する因子の関与が大きいことから、その遺伝的背景を理解し、様々な遺伝子に関する機能解析、DNAチップなどを使用した多数の遺伝子の異常のチェックを行うことは、小児悪性腫瘍の克服に向けて重要なことであろう。 | |
審査要旨 | 本研究は、毛細血管拡張性運動失調症(ataxia telangiectasia;AT)の責任遺伝子であるATM(ataxia telangiectasia mutated)遺伝子の異常が小児の悪性腫瘍において遺伝的素因の一因として関与している可能性を解析したものであり、下記の結果を得ている。 1、小児のMLL(mixed lineage leukemia)関連白血病において、1歳5ヶ月のALLの女児で8921C→TのATMの変異が胚細胞においてヘテロで見つかったことが示された。この変異は、ATMタンパクの重要な部分であるPI-3キナーゼドメイン内に存在しているmissense mutationで、2974番目のアミノ酸のプロリンがロイシンに変化することによりタンパクの2次構造に変化をもたらす可能性がある変異であった。その変異タンパクは、ATM欠損細胞でのトランスフェクションアッセーにおいて放射線高感受性を修復する機能が劣っており、p53セリン15をリン酸化するキナーゼ活性も低下していたことが示された。野生型のATMタンパクが存在するU2OS細胞に変異タンパクを発現させたところ、p53セリン15のリン酸化が減少しており、この変異ATMタンパクが野生型ATMタンパクの機能を阻害する効果であるドミナントネガティブ効果も示された。この変異が見つかった患者由来の細胞L-4では正常人と同程度のATMタンパクの発現は認められたものの、p53セリン15のリン酸化は減少していたこと、患者の白血病細胞でLOH(loss of heterozygosity)はみられず野生型ATM遺伝子と変異ATM遺伝子が存在していたことから、8921T変異ATM遺伝子はドミナントネガティブ効果をもたらすことにより白血病化の一因になっている可能性が考えられた。 2、ATMの変異は見つからなかった他のMLL関連白血病の2ヶ月のALLの症例において、ATMタンパクの発現量が著明に減少していたことが示され、ATMタンパクの減少が白血病化に関与している可能性が考えられた。 3、小児のホジキン病5例において、ATMの塩基置換が胚細胞においてヘテロで見つかったことが示された。そのうち2症例で見つかった4949A→Gの変異に関しては、白血病症例ほど顕著ではなかったが、その変異タンパクが生物学的活性が低下しており、軽度のドミナントネガティブ効果を有していたことが示された。ホジキン病では癌細胞におけるLOHを解析することが不可能であったため見つかった変異の癌細胞における作用を検討することはできなかったが、健常人での変異の頻度は0%であることも考えると、なんらかの環境因子や他の遺伝子の変異が加わることにより、4949A→G がホジキン病の病気の進展に関与している可能性が考えられた。 以上、本論文は小児MLL関連白血病と小児ホジキン病において、ATM遺伝子の胚細胞変異が癌化の一因になっている可能性を示した。特に、小児MLL関連白血病に関しては、今回示した8921C→Tの変異に関する解析より、MLL遺伝子の再構成に加えて白血病化に進展させる因子のひとつとしてATM遺伝子の異常が重要な遺伝的素因として考えることができ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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