学位論文要旨



No 216047
著者(漢字) 深町,昌司
著者(英字)
著者(カナ) フカマチ,ショウジ
標題(和) ポジショナルクローニング法によるメダカb、i-3,及びci突然変異体原因遺伝子の同定
標題(洋) Identification of responsible genes for medaka b, i-3, and ci mutants by positional cloning.
報告番号 216047
報告番号 乙16047
学位授与日 2004.06.30
学位種別 論文博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 第16047号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三谷,啓志
 東京大学 教授 藤原,晴彦
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 教授 野中,勝
 東京大学 講師 尾田,正二
内容要旨 要旨を表示する

[序論]

 動物の体色や模様は、皮膚組織に分布する「色素胞」と呼ばれる細胞集団によって形成され、自然界における種内・種間での視覚を介した情報伝達に重要な役割を持つ。色素胞は神経冠細胞に発生を由来し、その分化・移動・増殖のメカニズムはマウスの毛色突然変異体を使った研究で徐々に明らかにされつつある。しかし、ほ乳類は1種類の色素胞(メラノサイト)しか持っていないため、下等脊椎動物における複雑で色鮮やかな体色・模様形成のモデルになることは出来ない。また体色・模様の興味深い性質として、種固有の色・模様は厳密に固定されているにもかかわらず、明確な多様性がごく近縁な種間においても存在することが挙げられる。すなわち色素胞に関わる遺伝子群は、それぞれの種では厳密で固定的な発生調節を担うにもかかわらず、進化に伴う多様性の為の極端な遺伝的可塑性を併せ持っているということである。これらの一見矛盾する色素胞の性質は、遺伝子進化・ゲノム多様性をより一般的なレベルで考察するためにも最適な研究対象と言える。なぜなら、体色は最も明瞭、かつ最も多様性に富む動物の形質の一つであるからである。近年発生遺伝学のモデル生物としての有用性が確立されつつあるメダカには、体色異常の突然変異体が50系統以上も存在する。本研究ではうち3系統の体色形成異常突然変異体の原因遺伝子をポジショナルクローニング法により単離し、脊椎動物の色素胞発生に関わる新しい遺伝子を同定した。

1. b遺伝子単離による、メラニン合成に関わる新規輸送タンパク質AIM-1 (MATP)の同定

 b遺伝子座突然変異体は、少なくとも江戸時代中期には日本の庶民の間でヒメダカと呼ばれ飼育されていた系統である。bのオレンジ色の体色は、メダカに存在する黒・白・黄・虹の4種の色素胞のうち、黒色素胞内の色素(メラニン)を特異的に欠損することによる。私はAmplified Fragment Length Polymorphism (AFLP)法によりb遺伝子座に連鎖する18個のDNAマーカーを検出し、うち8個をSTS化して高解像度(545減数分裂)の組み換え地図作製に用いた。b遺伝子座と組み換えが0のマーカー(OPH3-1)を含むインサートサ

イズが約200kbのBACクローン(171M23)の両末端配列は、b遺伝子座との間にそれぞれ組み換えが4と5検出された。更に、171M23をコスミドにサブクローニングすることでb変異候補領域を約40kbに狭めた。このコスミド(C27)のインサート配列から、B候補遺伝子としてヒトメラノサイト特異的抗原をコードするAIM1を得た(図1)。メダカAIM-1は576アミノ酸からなり、12の膜貫通領域を有する輸送タンパク質と予測された。b遺伝子座自然/誘発突然変異体8系統のうち、7系統から翻訳領域に変異を同定し、残る1系統は転写異常であることが示された。更に、全AIM1を含むゲノム断片のb変異体胚への導入により、メラニン合成能を回復できた。一方、マウスからも高い相同性を持つAIM1相同遺伝子を単離することができ、シンテニー解析からunderwhite変異体の原因遺伝子であることが推測された(後に別のグループにより証明された)。これらの結果から、1) メダカb遺伝子はAIM-1をコードすることが明らかになり、2) AIM-1は(脊椎動物で共通して)メラニン合成に関わることが示唆された。

2. ci遺伝子単離による、魚類特異的ホルモン(ソマトラクチン)の機能同定

 ci遺伝子座突然変異体は、白色素胞と黄色素胞の増殖・形態形成に異常を示す。胚・幼魚期の表現型は顕著ではなく、成魚へ成長するにつれ白色素胞が著しく拡大・増殖し、逆に黄色素胞は減少する。ciの白色素胞は、神経伝達物質やホルモン等の外部刺激に対して細胞内部の色素顆粒を正常に拡散/凝集することが出来るが、背地の色に応じて細胞数・サイズを調節すること(形態的背地順応)ができない。さらに黒色素胞は背地に順応できることから、ci遺伝子座は白/黄色素胞特異的に数・形態を調節するホルモン様因子をコードしていると考えられた。ci遺伝子座周辺の高解像度組み換え地図の作成のため、443匹のF2を用いて886減数分裂を観察した。最も強く連鎖するマーカーから約1.6cM染色体を歩行し、ci変異候補領域を含むBACクローン(031N10)を単離した。ショットガン法により決定した95%以上のインサート配列から、候補遺伝子として機能未知の魚類特異的ホルモンであるソマトラクチン相同遺伝子を得た(図2)。メダカソマトラクチンは230アミノ酸で構成され、その発現は脳(脳下垂体)で最も強く検出された。また、転写量は白色背地(白色素胞の拡大・増殖が起こる)で大きく抑制された。ci変異体のソマトラクチン遺伝子は翻訳領域に11塩基の欠失を持ち、そのタンパク質はフレームシフトによりC末端側を重度に(91アミノ酸)欠いている。加えて、脳での転写がほとんど検出されなかった。これらにより、1) ciはソマトラクチンをほぼ完全に欠損した変異体であり、2) ソマトラクチンは白色素胞の分化・増殖に対し抑制的(黄色素胞に対しては促進的)に働き、3) その発現の抑制が白色背地における体色の明化を引き起こすことが示された。

3. i-3遺伝子座にコードされるPタンパク質は、脊椎動物に共通してメラニン合成に関わる

 i-3遺伝子座突然変異体は全身のメラニンを欠損し、ヒト・マウスの白子症(oculocutaneous albinism; OCA)と類似する表現型を有する。シンテニー解析から、メダカi-3遺伝子座周辺領域はヒト19p13に該当すると考えられたが、この領域にはヒトOCA1~4型の原因遺伝子は存在せず、候補遺伝子を見出すことはできなかった。843個体のF2を用いて1,686減数分裂を観察し、高解像度の組み換え地図を作成した。最も近傍のマーカーから約1.7cM染色体を歩行し、i-3変異候補領域をカバーするBACクローン(129C11)を単離した(図3)。そのインサート(約220kb)にはP (ヒトOCA2型、及びマウスpink-eyed dilution変異体の原因遺伝子)を含む6個の遺伝子が存在し、1つを除き全てヒト15q11の遺伝子と相同であった。すなわち、ヒトーメダカ間のシンテニーは200kb程度であれば強く保存されているが、1cMほど(約1Mb)歩行した先では必ずしも保存されていないことが示された。メダカPは842アミノ酸からなる膜タンパクをコードする。ヒト・マウスのPは12の膜貫通領域を有する機能未知の輸送タンパク質と考えられてきたが、私が行った解析ではヒト・マウス・メダカとも11~14と予測され、明らかな2次構造は決定できないように思われた。発現はメラニン産成細胞を含む眼球で強く見られたが、メラニンを産成しない卵巣及び受精卵では異なるスプライシングを受けたmRNAが発現していた。一方マウスの卵巣では、メダカの様なスプライシングバリアントは検出できなかった。i-3変異体のPは翻訳領域における4塩基の欠失により重度(393アミノ酸)にC末端側領域を欠いていた。以上の結果より、1) i-3突然変異体の原因遺伝子はPであり、2) メダカはほ乳類には検出されないPのスプライシングバリアントを卵巣・受精直後の胚に持ち、3) Pは脊椎動物で共通してメラニン合成に関わることが示された。

[結論]

 本研究では、体色に関わる3つの遺伝子をポジショナルクローニングにより同定した。これらの研究成果は2つの重要な側面を持つ。一つは、メダカでも順遺伝学的研究が十分に機能することを示したことである。現在進行中の、ゲノムシークエンシングや大規模ミュタジェネシスの結果とあわせて、今後ますますこの様な方法での原因遺伝子同定が加速されていくと思われる。もう一つは、色素細胞の発生・調節に関する新たな知見を提供したことである。特にAIM-1とソマトラクチンは、本研究により初めて機能が明らかになった遺伝子である。将来より多くのメダカ色素胞関連遺伝子を同定し、それらをマウス(黒色素胞しか持たない)・ゼブラフィッシュ(黒・黄・虹色素胞を持つが白色素胞を持たない)等のモデル生物と比較することで、遺伝子進化と生物多様性とを関連づけたより一般的な考察が可能になると思われる。

[発表論文]

Naruse, K., Fukamachi, S., Mitani, H., Kondo, M., Matsuoka, T., Kondo, S., Hanamura, N., Morita, Y., Hasegawa, K., Nishigaki, R., Shimada, A., Wada, H,, Kusakabe, T., Suzuki, N., Kinoshita, M., Kanamori, A., Terado, T., Kimura, H., Nonaka, M. and Shima, A. A detailed linkage map of medaka, Oryzias latipes: comparative genomics and genome evolution. Genetics 154, 1773-84 (2000).

Fukamachi, S., Shimada, A. & Shima, A. Mutations in the gene encoding B, a novel transporter protein, reduce melanin content in medaka. Nature Genetics 28, 381-385 (2001).

Nakayama, K., Fukamachi, S., Kimura, H., Koda, Y., Soemantri, A., & Ishida, T. Distinctive distribution of AIM1 polymorphism among major human populations with different skin color. Journal of Human Genetics 47, 92-4 (2002).

Shimada, A., Fukamachi, S., Wakamatsu, Y., Ozato, K., & Shima, A. Induction and characterization of mutations at the b locus of the medaka,,Oryzias latipes. Zoological Science 19, 411-417 (2002).

図1.b遺伝子周辺の組み換え及び物理地図

図2.ci遺伝子座周辺の組み換え及び物理地図

図3.i-3遺伝子座周辺の組み換え及び物理地図

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は3部からなり、第1部はメダカb遺伝子座、第2部ではcolor interfere (ci)遺伝子座、及び第3部ではi-3遺伝子座の各突然変異体原因遺伝子の同定について述べられている。同定の方法は、各遺伝子の染色体上の位置情報のみに基づく純粋なポジショナルクローニングであり、メダカにおける順遺伝学的アプローチの有効性を強く示す論文である。

 第1部-b変異体は、黒色素胞内のメラニンを特異的に欠損する。申請者はDNAマーカーを用いてb遺伝子座周辺の高解像度の組み換え地図を作製した。b変異候補領域を完全に含むコスミドのインサート配列からAIM1を得た。メダカAIM-1は576アミノ酸からなり、12の膜貫通領域を有する輸送タンパク質と予測された。b遺伝子座自然/誘発突然変異体8系統のうち、7系統から翻訳領域に変異を同定し、残る1系統は転写異常であり、プロモーター領域に逆位を検出した。更に、全AIM1を含むゲノム断片のb変異体胚へ導入し、メラニン合成能を回復した。一方、マウスAIM1相同遺伝子を単離し、白人特異的な多型を検出した。これらの結果から、1) メダカb遺伝子は新規輸送タンパク質AIM-1をコードし、2) AIM-1は脊椎動物で共通してメラニン合成に関わるとした。

 第2部-ci変異体の白色素胞は成長に伴って著しく拡大・増殖し、逆に黄色素胞は減少する。ciの白色素胞の色素顆粒は、神経伝達物質やホルモン等の外部刺激に対して正常に拡散/凝集するが、背地の色に応じて細胞数・サイズが変化しなかった。ci変異候補領域を含むBACクローンのインサート配列から、成長ホルモン・プロラクチンのファミリーに属するソマトラクチンを得た。メダカソマトラクチンは230アミノ酸で構成され、その発現は脳で最も強く検出された。また、転写量は白色背地で大きく抑制された。ci変異体のソマトラクチン遺伝子は翻訳領域に11塩基の欠失を持つためC末端側の91アミノ酸を欠いている。加えて、脳での転写がほとんど検出されなかった。これらにより、1) ciはソマトラクチンをほぼ完全に欠損した変異体であり、2) ソマトラクチンは白色素胞の分化・増殖に対し抑制的(黄色素胞に対しては促進的)に働き、3) その発現の抑制が白色背地における体色の明化を引き起こすと結論した。他の魚類でこれまで主張されていた機能と必ずしも一致しない原因は、系統樹解析によりこれまでに単離されたソマトラクチンが相同遺伝子ではない可能性と、ソマトラクチンが種ごとに機能を変化させている可能性があるとした。

 第3部-i-3遺伝子座突然変異体は全身のメラニンを欠損し、ヒト・マウスの白子症(OCA)と類似する表現型を有する。シンテニー解析によりメダカi-3遺伝子座周辺領域はヒト19p13に該当するが、この領域にはヒトOCA1~4型の原因遺伝子は存在しなかった。i-3変異候補領域をカバーするBACクローンのインサート配列にはPを含む6個の遺伝子が存在し、1つを除き全てヒト15q11の遺伝子と相同であった。この結果から、ヒト-メダカ間のシンテニーは200kb程度であれば強く保存されているが、約1Mb歩行した先では必ずしも保存されていないとした。メダカPは842アミノ酸からなる膜タンパクをコードする。ヒト・マウスのPは12の膜貫通領域を有する機能未知の輸送タンパク質と考えられてきたが、申請者が行った解析ではヒト・マウス・メダカとも11~14と予測され、明らかな高次構造は予測できないとした。発現は眼球で強く検出されたが、メラニンを産成しない卵巣及び受精卵ではPのスプライシングバリアントを検出した。i-3変異体のPは翻訳領域における4塩基の欠失によりC末端側の393アミノ酸を欠いていた。以上の結果より、申請者は1) i-3突然変異体の原因遺伝子はPであり、2) メダカはほ乳類には検出されないPのスプライシングバリアントを卵巣・受精直後の胚に持ち、3) Pは脊椎動物で共通してメラニン合成に関わると結論した。

 なお、本論文第1部は、A. Shimada、A. Shimaとの共同研究でNature Genetics誌に公表済みである。本論文第2部は、M. Sugimoto、H. Mitani、A. Shimaとの共同研究でPNAS誌にほぼ掲載決定の状態であり、第3部は、S. Asakawa、Y. Wakamatsu、N. Shimizu、H. Mitani、A. Shimaとの共同研究で、Genetics誌で査読中である。いずれも論文提出者が筆頭著者として主体となって解析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク