学位論文要旨



No 216051
著者(漢字) 大崎,慎人
著者(英字)
著者(カナ) オオサキ,マコト
標題(和) Streptococcus suisの表層蛋白質に関する研究
標題(洋)
報告番号 216051
報告番号 乙16051
学位授与日 2004.07.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第16051号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 教授 熊谷,進
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 助教授 伊藤,喜久治
 東京大学 助教授 遠矢,幸伸
内容要旨 要旨を表示する

 グラム陽性病原細菌の表層蛋白質の中には,C末端領域に共通してLPXTG配列を保有し,本配列を介して細胞壁に共有結合する細胞壁結合蛋白質(cell-wall-anchored protein;CWAP)が多く存在する。これらCWAPは,菌の宿主組織への付着や,細胞への侵入等に密接に関与し,細菌の感染成立に必須とされる。従って,グラム陽性菌による感染症対策を考える上で,CWAPと細胞壁との結合機構に関する知見を得ることは重要である。

 近年,Staphylococcus aureusをモデルとした研究により,CWAPと細胞壁との結合は,sortaseと命名された酵素に媒介されることが明らかになった。そして,CWAPは,S. aureus表層に提示される過程で,sortaseによるLPXTG配列の特異的切断を受け,生じたポリペプチド末端がペプチドグリカンにアミド結合することで,細胞壁に配置固定されることが示された。このCWAP配置固定機構が,他のグラム陽性菌にも共通して存在することを示すためには,それらの細菌におけるsortaseの存在を明らかにすることが重要となる。S. aureus sortaseをコードするsrtAの類似遺伝子(srtA homolog)は,ゲノム配列が決定されたグラム陽性菌の全てに存在する。しかし,それらのゲノム中には,通常2つ以上のsrtA homologが存在する。また,これらsrtA homologの産物と,S. aureus sortaseとの相同性は低いが(25%以下),その配列には活性中心と推定される構造が保存されている。これらの事実は,グラム陽性菌に,基質特異性が異なる複数のsortaseまたは類似酵素が存在することを示唆している。しかし,個々の菌種におけるそれぞれのsrtA homologの役割について,詳細な解析はなされていなかった。

 最近になり,口腔StreptococcusであるS. gordoniiでも,S. aureus sortaseと同様な機能を保有するsortaseをコードするsrtA homologが同定され,S. gordoniiのsrtAと命名された。しかし,これら2菌種を除いてsortaseの存在が証明された細菌はなく,グラム陽性菌のCWAP配置固定機構に関する更なる研究が必要とされていた。そこで本研究で著者は,豚の病原細菌であるStreptococcus suisのsortaseおよびCWAP配置固定機構について,一連の解析を行い,以下の成績を得た。

 sortaseの基質と予想されるS. suis CWAPは,これまで muramidase-released protein(MRP)以外に報告されておらず,また,グラム陽性菌細胞壁に結合する種々の蛋白質の中から,CWAPを分離する方法は確立されていなかった。そこで第1章では,新規CWAPの同定を目的としたS. suisからの試料調整法の検討を行った。試料中の蛋白質を2次元電気泳動(2D-PAGE)で展開し,そのN末端アミノ酸配列を決定した。この配列を基に構造遺伝子を同定し,その遺伝子産物がCWAPの特徴であるC末端領域のLPXTG配列を保有することを指標にして,調整法の評価を行った。

 まず,CWAP調整法として一般に用いられる,菌体をmuramidaseで処理することで可溶化した細胞壁画分の調製を行った。2D-PAGE像に現れた蛋白質スポットの1個について,構造遺伝子を同定した。この遺伝子の産物は,細菌のシステイン合成酵素であるO-acetylserine lyaseに有意な相同性を示し,更に,Salmonella entericaシステイン要求性変異株を用いた相補試験で,その酵素活性が確認された。しかし,本産物は,LPXTG配列をはじめとする,細胞壁への結合に必要な既知の構造を保有しなかった。この成績は,未知の様式でS. suis細胞壁に結合する代謝酵素の存在を示唆するという点で興味深いが,新規CWAPの同定には用いた調整法が不適であることを示した。

 そこで,細胞壁に共有結合しない蛋白質を除去するための方法を新たに考案した。すなわち,塩酸グアニジン不溶細胞壁成分を粗精製し,これをmuramidaseで消化した上清画分を調製した。2D-PAGE像に現れた20個以上の蛋白質スポットのうち,8個のN末端アミノ酸配列を基に,4つの構造遺伝子を同定した。その結果,これら遺伝子の1つはMRPを,残る3つは新規蛋白質(SntA,SntB,およびSntC)をコードすることが判明した。そして,いずれの遺伝子産物もC末端領域にLPXTG配列を保有した。以上の成績から,考案した調整法がCWAPの粗精製に有用であることが示され,また,得られた2D-PAGE像はS. suis CWAPの全体像を含むものと考えられた。

 第2章では,S. suisのsrtA homologを同定し,その遺伝子領域の特徴を明らかにした。更に,遺伝子破壊株の作出と,CWAPの2D-PAGE解析とを併用し,遺伝子の機能を解析した。グラム陽性菌ゲノム中には複数個のsrtA homologが存在すること,また,srtA homologの相同性は低いことを踏まえ,S. suisのsrtA homologの探索には,3種類の手法(他菌種のsrtA homologに共通する近傍遺伝子のクローニング,縮合プライマーを用いたPCR,およびゲノムライブラリーのランダムシーケンス)を用いた。その結果,基準株であるNCTC10234株に5つのsrtA homologを見出し,これらをsrtA,srtB,srtC,srtD,およびsrtEと命名した。srtAはDNA gyrase subunit A遺伝子(gyrA)下流に位置し,この配置はS. gordonii srtAおよび他のStreptococcus属菌のsrtA homologと共通した。srtB,srtC,およびsrtDは,srtAと異なる領域でタンデムに並び,約110 bpの順列繰り返し配列が3つ周囲に存在した。srtEは,トランスポゼース様偽遺伝子を伴い,他とは異なる領域に存在した。これら5つのS. suis遺伝子の各産物と,S. aureus sortaseおよびS. gordonii sortaseとを比較した結果,S. suis srtA産物はS. gordonii sortaseに65%の相同性を示すことが判明した。前述のように,srtA homolog産物間の相同性は通常低いことから,これは特筆すべき値であった。更に,srtA産物は,他のStreptococcus属菌でgyrA下流に位置するsrtA homologの産物に,55%〜85%の相同性を示し,これらの産物は共通した機能を保有することが示唆された。

 続いて,srtA,srtBCD,およびsrtEを,それぞれ抗生物質耐性遺伝子で置換した遺伝子破壊株を作出した。遺伝子破壊株および親株からCWAPを粗精製し,その2D-PAGE像に現れた蛋白質スポットパターンを解析した。親株と比較して,srtA破壊株では,MRP,SntA,SntB,およびSntCに該当するスポットを含む,15個以上のスポットが消失した。そして,発現ベクターに連結したS. suis srtAでsrtA破壊株を形質転換すると,このパターンの変化は完全に復帰した。この結果は,これらのCWAPと細胞壁との結合には,srtAの機能が必要であることを示した。一方,srtA破壊株で消失したスポットは,srtBCDまたはsrtE破壊株には存在し,srtBCDおよびsrtEは,これらのCWAPと細胞壁との結合に関与しないことが示された。以上の成績から,S. suisの5つのsrtA homologのうち,srtAが多くのCWAPの細胞壁への配置固定に必要とされる,すなわちsrtAがsortase遺伝子であると結論した。また,他のStreptococcus属菌でも同様に,sortase遺伝子はgyrA下流に位置すると推定した。更に,粗精製したCWAPの2D-PAGEと,sortase遺伝子破壊株の作出とを併用した解析手法は,グラム陽性菌CWAPを網羅的に同定する系として利用可能と考えられた。

 第3章では由来および系統の異なるS. suis株を用いて,srtAの保存状況を解析した。NCTC10234株srtAはgyrA下流に位置することから,S. suis株の当該領域の解析を行った。その結果,用いた59株全てのgyrA下流にsrtA homologが存在することが判明した。このうち,NCTC10234株srtAを含む56株のsrtA homologは高い保存性を示した。一方,残る3株のsrtA homologとNCTC10234株 srtAとを比較すると,塩基配列相同性は70%〜75%で,推定アミノ酸配列相同性も78%〜84%と,顕著な変異がみられた。そこで,発現ベクターに連結したこれら3株のsrtA homologでS. suis srtA破壊株を形質転換し,遺伝子相補試験を行った。その結果,いずれの遺伝子も,NCTC10234株srtAと同等な機能を保有することが確認でき,これらはsrtAの変異遺伝子であることが示された。S. suis srtA変異遺伝子の配列について詳細な比較解析を行った結果,その変異座位は遺伝子全域に分布し,srtA配列を基にした分子系統樹形は,16S rRNA遺伝子またはchaperonin 60遺伝子の配列を基にした既報の樹形と類似することが判明した。以上の成績は,株の進化の過程で蓄積した点変異によりsrtA配列に多様性が生じたが,遺伝子の機能は保存されていることを示し,本菌種におけるsrtAの生物学的重要性を示すものである。また,用いたS. suis株は健康豚由来株も含むことから,srtAの媒介するCWAP配置固定機構は,S. suisが環境の変化に適応し生残するための普遍的な戦略に必要とされ,病原性の発揮はその中の一例であると考察した。

 本研究では,S. suisに5つのsrtA homologを見出し,その特徴を明らかにした。更に,遺伝学的手法と,新たに考案した方法で粗精製したS. suis CWAPの網羅的解析とを併用して,本菌のsortase遺伝子同定に成功した。また,本菌種にsortaseの媒介するCWAP配置固定機構が普遍的に存在することを明らかにし,sortaseの進化に関する知見を得た。現在,多くのグラム陽性菌でsortaseの研究が進行中だが,それらの研究に先駆けて,本研究で得られた成績は,グラム陽性菌,特にStreptococcus属菌のsortaseに関する重要な情報および解析手法を提供するものとなった。

審査要旨 要旨を表示する

 グラム陽性病原細菌による感染成立に重要な役割を担う菌体表層蛋白質の中には,C末端領域のLPXTG配列を介して細胞壁に共有結合するcell-wall-anchored protein(CWAP)が多く存在する。Staphylococcus aureusでは,CWAPは菌体表層に提示される過程で酵素sortaseによるLPXTG配列特異的な切断を受け,細胞壁に配置固定されることが示された。このCWAP配置固定機構で中心的な役割を果たすsortaseはsrtAにコードされる。Sta. aureus srtAの類似遺伝子(srtA homolog)は,グラム陽性菌ゲノム中に通常複数個存在すること,また,これらsrtA homologにコードされる蛋白質とSta. aureus sortaseとの相同性は低いことが知られていた。しかし,sortaseの存在が実証された細菌は,Sta. aureusおよびStreptococcus gordonii以外にはなく,グラム陽性菌におけるsortaseの媒介するCWAP配置固定機構に関して更なる研究が必要とされていた。本研究は,豚のグラム陽性病原細菌であるStreptococcus suisのsortaseに関する知見を得ることを目的として行われ,論文の内容は3章より構成される

 sortaseの基質と予想されるStr. suisのCWAPは,Muramidase-released protein(MRP)以外に報告されていないことから,第1章では,新規CWAPの同定を目的としたStr. suisからの試料調整法の検討を行った。まず,菌体をmuramidaseで処理することで可溶化した細胞壁蛋白質の調製を行った。その結果,得られた蛋白質の1つがシステイン合成酵素であることを遺伝学的に明らかにした。しかし,本蛋白質はCWAPの特徴であるLPXTG配列を保有せず,今回の目的には用いた調整法が不適であると結論した。続いて,S. suis細胞壁に共有結合しない蛋白質を除去するための方法を新たに考案した。すなわち,塩酸グアニジン不溶細胞壁成分をmuramidaseで消化した上清中の蛋白質を調製した。得られた蛋白質のN末端アミノ酸配列を基に4つの遺伝子を同定し,これら遺伝子のうち1つはMRPを,残る3つは新規CWAP(SntA,SntB,およびSntC)をコードすることを明らかにした。これらの成績から,考案した試料調製法がStr. suis CWAPの粗精製に有用であることを示した。

 第2章では,Str. suis NCTC10234株に5つのsrtA homologを見出し,これらをsrtA,srtB,srtC,srtD,およびsrtEと命名して,その遺伝子領域の特徴を明らかにした。すなわち,srtAはDNA gyrase subunit A遺伝子(gyrA)下流に位置し,この配置はStr. gordoniiのsortase遺伝子および他のStreptococcus属菌のsrtA homologと共通していた。srtB,srtC,およびsrtDは,srtAと異なる領域でタンデムに並び,順列繰り返し配列が3つ周囲に存在した。srtEは上流にtransposaseをコードしたと考えられる偽遺伝子を伴い,更に他とは異なる領域に存在した。グラム陽性菌のsrtA homolog間の相同性は低いとされているが,Str. suis SrtA蛋白質は,Str. gordonii sortaseおよびStreptococcus属菌のgyrA下流に位置するsrtA homologにコードされる蛋白質に,特筆すべき高い相同性を示した。続いて,遺伝子破壊株の作出と粗精製したCWAPの2次元電気泳動解析とを併用し,遺伝子の機能を解析した。その結果,MRP,SntA,SntB,およびSntCをはじめとする多くのCWAPの細胞壁への結合にはsrtAが必要とされること,一方,srtBCDおよびsrtEはこれらのCWAPの細胞壁への結合には関与しないことを明らかにした。これらの成績から,Str. suisの5つのsrtA homologのうち,srtAがsortase遺伝子であると結論した。また,他のStreptococcus属菌でも同様に,sortase遺伝子はgyrA下流に位置すると推定した。更に,srtAの機能解析に用いた手法は,グラム陽性菌CWAPを網羅的に同定する系としても利用可能であることを示唆した。

 第3章では,由来および系統の異なるStr. suis株を用いてsrtAの保存状況を解析し,これら全ての株のgyrA下流にsrtAが位置することを明らかにした。更に,株の進化の過程で蓄積した点変異によりsrtA配列に多様性が生じたが,遺伝子の機能は保存されていることを明らかにし,本菌種におけるsrtAの生物学的重要性を示した。これらの成績から,srtAの媒介するCWAP配置固定機構は,Str. suisが環境の変化に適応し生残するための戦略に普遍的に必要とされ,病原性の発揮はその中の一例であると考察した。

 以上本論文は,Str. suisの菌体表層蛋白質の配置におけるsortase遺伝子を同定し、同菌の分子進化に関し新知見を与えたもので,学術上,応用上貢献することが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)論文として価値あるものと認めた。

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