学位論文要旨



No 216052
著者(漢字) 鈴木,雅士
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,マサシ
標題(和) FR900482の不斉全合成
標題(洋)
報告番号 216052
報告番号 乙16052
学位授与日 2004.07.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16052号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 助教授 徳山,英利
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

 FR900482(1)は、藤沢薬品工業の研究グループにより放線菌Streptomyces sandaensis No. 6897株の培養液から単離構造決定された、抗腫瘍活性を有するアルカロイドである。P388 白血病細胞、B16 黒色腫細胞、EL4 リンパ腫細胞に対して強い細胞毒性(IC50 値 ; 0.4 1μg/mL)を示すばかりでなく、マイトマイシンC 耐性の癌細胞にも有効であることが明らかになっている。ヒドロキシルアミンヘミアセタールやアジリジンを含む高度に官能基化されたこの天然物は、多くの有機合成化学者の研究対象となり、これまでにラセミ体、光学活性体、形式全合成がそれぞれ2例ずつ報告されている。これらはいずれも特色ある手法を数多く含み、合成化学的に興味深い。その一方で解決すべき課題も残されており、特にカルバモイルオキシメチル基の立体選択的な導入には多くの研究グループが苦慮している。筆者は当課題の解決と併せて、従来の合成手法よりも効率的かつ実用的なFR900482 の不斉全合成経路を確立すべく検討を行った。

【分子内光延反応を利用した(+)-FR900482 の形式全合成】

 D-Tartaric acid から3工程で得られるジオール2 の一方の水酸基をTBS エーテルとした後、残る水酸基を酸化し、次いでdimethyl 1-diazo-2-oxopropylphosphonate を用いて一炭素延長したアセチレン3 を得た(Scheme I)。3 と、methyl 5-nitrovanillate(4)から3工程で調製したトリフラート5 をカップリングして得たアルキン6 に、ピロリジンを付加させてエナミンとした後、加水分解することにより、FR900482 の基本骨格を構成する炭素原子をすべて含むケトン8 を合成した。ケトンの還元と生じた水酸基の保護、ニトロ基の還元とノシル化、TBS 基の除去を経て得られたω-ヒドロキシニトロベンゼンスルホンアミド9 を光延反応に付したところ、環化反応が速やかに進行し、ベンズアゾシン10 が得られた。

a Reagents and conditions: a) NaH, TBSCl, THF, 0 °C, 3 h, 76%; b) (COCl)2, DMSO, CH2Cl2, -78 °C, 0.5 h;Et3N, -78 °C to rt; c) dimethyl 1-diazo-2-oxopropylphosphonate, K2CO3, MeOH, 0 °C to rt, 2 h, 49% (2 steps);d) BBr3-SMe2, Cl(CH2)2Cl, 60 °C, 20 min, 61%; e) NaH, BnBr, DMF, 0 °C to rt, 5 h, 59%; f) Tf2O, pyridine,CH2Cl2, 0 °C to rt, 1 h, 95%; g) Pd(OAc)2, Ph3P, THF/Et3N (1/1), 65 °C, 1.5 h, 83%; h) Zn(BH4)2, Et2O, -19 °C,2.5 h, ; i) Ac2O, DMAP, pyridine, rt, 3 h, 92% (2 steps); j) H2 (1 atm), 10% Pt/C, MeOH, rt, 52 h, 65%; k) o-NsCl, pyridine, rt, 1 h, 73%; l) TBAF, THF, rt, 41 h, quant.

 続いてベンズアゾシン10 をFukuyama 等がラセミ体全合成で用いた五環性エポキシド17 へと導いた(Scheme II)。10 をエノン11 を経てスルホキシド12 へと変換した後、Pummerer 反応と引き続くNaBH4 還元を行い、7 位に立体選択的にヒドロキシメチル基を導入した。13 をN-アセトキシベンズアゾシノン14 へと変換し、hydradine 処理すると、7 位の立体化学の反転を伴ってヘミアセタール15 が生成した。15をアセトナイド16とした後、trans-1,2-ジオールを4工程でcis-α-エポキシドへと変換し、五環性中間体17 を得た。

a Reagents and conditions: a) DIBAL, CH2Cl2, -78 °C, 75 min; b) 4-methoxyphenol, DEAD, Ph3P, benzene, rt,20 min, 68% (2 steps); c) (COCl)2, DMSO, CH2Cl2, -78 °C, 0.5 h, then Et 3N, -78 °C to rt, 72%; d) Me2NH-HCl,37% aq HCHO, Et3N, 2-PrOH, H2O, 90 °C, 4.5 h; e) PhSH, Et3N, THF, MeOH, rt, 3 h; then NaBH4, 0 °C, 15min, 84% (2 steps); f) Ac2O, DMAP, pyridine, 0 °C to rt, 2.5 h, 80%; g) m-CPBA, CH2Cl2, -13 °C, 75 min; h)TFAA, Et 3N, toluene, 0 °C, 0.5 h; then NaBH4, MeOH, -78 °C to rt, 1 h, 73% (2 steps); i) DIBAL, CH2Cl2,-78 °C, 1 h; j) TBSCl, Et3N, DMAP, CH2Cl2, rt, 1 h; k) Cs2CO3, PhSH, MeCN, rt, 1 h, 73% (3 steps); l) m-CPBA, CH2Cl2, rt, 30min; m) Ac2O, rt, 12 h; n) (COCl) 2, DMSO, CH2Cl2, -78 °C, 0.5 h, then Et3N, -78 °C to rt,71% (3 steps); o) NH2NH2・H2O, MeOH/CH2Cl2 (1/1), rt, 1 h, 78%; p) Amberlyst 15E, MeOH, 40 °C, 1 h, 90%;q) PPTS, Me2C(OMe)2, 2-methoxypropene, acetone, rt, 40 min, 78%; r) TESCl, Et3N, DMAP, CH2Cl2, 0 °C, 3 h;s) MsCl, Et3N, CH2Cl2, rt, 3 h; t) TBAF, THF, rt, 1 h, 80% (3 steps); u) NaH, DMF, 120 °C, 10 min, 90%.

【分子内還元的ヒドロキシルアミノ化反応を利用した(+)-FR900482 の効率的全合成】

 五環性中間体17 のより効率的な合成方法を検討した。前述の手法に従ってdimethyl L-tartrate(18)から調製した19 の水酸基をTIPS 基で保護した後、アセトナイドとTBS 基の選択的除去、生じた一級水酸基の保護、10 位水酸基の選択的トシル化を経てエポキシド20 を得た。20 のTBS基を除去して生じた一級水酸基をDess-Martin periodinane を用いて酸化し、得られたアルデヒド21 をメタノール中Pt/C 存在下に接触還元したところ、N-ヒドロキシベンズアゾシン23 が単一生成物として得られた。21 のニトロ基がヒドロキシアミノ基となった時点で分子内のホルミル基と八員環ニトロン22 を形成し、これがさらに接触還元されて23 を与えたものと考えられた。

a Reagents and conditions: a) TIPSOTf, 2,6-lutidine, CH2Cl2, rt, 7 h; b) AcOH/H2O (5/1), 100 °C, 4 h, 61% (2steps); c) TBSCl, Et3N, DMAP, CH2Cl2, rt, 13 h; d) TsCl, DABCO, CH2Cl2, rt, 1.5 h; e) NaH, DMF, 0 °C to rt, 1h, 76% (3 steps); f) CSA, MeOH, rt, 1 h; g) Dess-Martin periodinane, CH2Cl2, 0 °C to rt, 0.5 h.

 得られたN-ヒドロキシベンズアゾシン23 の水酸基をアセタール化した後、TIPS 基を除去し、生じた二級水酸基をSwern 酸化してケトン24 とした(Scheme IV)。24 を含水THF 中、水酸化リチウム存在下にホルマリンと氷冷下で攪拌した後、反応系内に塩酸を加えて室温まで昇温させることにより、7 位への立体選択的なヒドロキシメチル基の導入と引き続くヘミアセタール化が同一反応容器内で進行し、効率良くアルコール26 が得られた。さらに26 をアセトナイド化し、エステル部位をp-メトキシフェノキシメチル基に変換し、五環性中間体17 とした。前述の合成経路と比較して13 工程の短縮と12 倍の収率改善が達成できた。

a Reagents and conditions: a) 2-methoxypropene, TsOH・H2O, CH2Cl2, rt, 10 min; b) TBAF, THF, rt, 12 h, 91%(2 steps); c) (COCl)2, DMSO, CH2Cl2, -78 °C, 0.5 h, then Et 3N, -78 °C to rt, 82%; d) PPTS, 2-methoxypropene,2,2-dimethoxypropane, acetone, rt, 3 h, 84% ; e) DIBAL, CH2Cl2, -78 °C, 1 h, 99%; f) 4-methoxyphenol,DEAD, Ph3P, benzene, rt, 15 min, 96%.

 五環性エポキシド17 を11 工程で光学活性なFR900482 へと導いた(Scheme V)。17 をメシラート28 とした後、アセトナイドのカーボネートへの変換とp-メトキシフェニル基の除去を行い、ベンジルアルコール29 を得た。29 をPCC 酸化し、得られたアルデヒドをジメチルアセタールとして保護した後、アジド基の還元を塩基存在下で行うことにより、アジリジン30 を得た。30 の脱保護を行い、最後にカーボネートを加アンモニア分解することにより、光学活性なFR900482を得た。

a Reagents and conditions: a) LiN3, DMF/H2O (10/1), 120°C, 3.5 h, 83%; b) MsCl, Et3N, CH2Cl2, rt, 3 h, 80%;c) TFA, CH2Cl2, rt, 3 h; d) (Cl3CO)2C=O, pyridine, CH2Cl2, 0°C, 30min, 92% (2 steps); e) (NH4)2Ce(NO3)6,MeCN/H2O (4/1), rt, 10 min, 84%; f) PCC, MgSO4, CH2Cl2, rt, 1.5 h; g) CSA, CH(OMe)3/MeOH (1/4), rt, 1 h,81% (2 steps); h) Ph3P, i-Pr2NEt, THF/H2O (10/1), 60°C, 1.5 h, 85%; i) H2 (1 atm), 10% Pd/C, EtOH, rt, 2.5 h,97%; j) 1% HClO4, THF/H2O (10/1), rt, 3.5h; k) NH3 (gas), THF, rt, 2h, 83% (2 steps).

FR900482(1)

Scheme I a

Scheme II a

Scheme III a

Scheme IV a

Scheme V a

審査要旨 要旨を表示する

 FR900482(1)は、藤沢薬品工業のグループによって単離・構造決定された抗腫瘍性抗生物質であり、DNA の配列特異的なアルキル化によってその機能を発現することが明らかとなっている(Figure 1)。ヒドロキシルアミンヘミアセタールやアジリジンを含む高度に官能基化された構造を有する1 は、合成目標分子としても興味深く、過去の合成例からもベンズアゾシノン骨格2の構築と7 位側鎖の立体選択的な導入は特に困難であることが分かっている。鈴木は、簡便かつ穏和な反応条件によってこの二つの課題が解決できることを明らかにし、1 の効率的な全合成を達成した。

 まず鈴木は、ベンズアゾシン骨格構築に向け、FR900482(1)の基本骨格を構成する炭素原子を全て含むケトン7 の効率的かつ位置選択的な合成方法を開発した。トリフラート3 とアセチレン4 とをカップリングして得たアルキン5 に、ピロリジンを共役付加させてエナミン6 とし、これを含水酢酸で加水分解することにより、ケトン7 を収率良く合成した(Scheme 1)。

 続いて鈴木は、ニトロアルデヒド体8 をメタノール中、触媒としてPt/C を用いて水素雰囲気下に室温で攪拌すると、分子内還元的ヒドロキシルアミノ化反応が速やかに進行し、N-ヒドロキシベンズアゾシン9 が収率良く得られることを見出した(Scheme 2)。

 さらに9 をケトン10 へと変換後、含水THF 中、水酸化リチウムを塩基として用い、ホルムアルデヒドとのaldol 反応を行った後、系内に希塩酸を加えることにより、7 位への立体選択的なヒドロキシメチル基の導入と、ヘミアセタール骨格の構築を連続的に行うことに成功した(Scheme3)。得られた11 をエポキシド12 を経てカーボネート13 へと導き、これを加アンモニア分解することにより、光学活性なFR900482(1)の全合成を達成した。

 以上のように、鈴木はFR900482(1)の効率的な全合成経路を確立し、1 の種々の類縁体を効率良く合成する道を開いた。その過程において見出されたケトン合成反応、分子内還元的ヒドロキシルアミノ化反応、およびヒドロキシメチル化/ヘミアセタール化反応は、いずれも無水・極低温条件を必要としない上に、官能基の位置や立体化学を高度に制御できることから、従来の合成ルートに比べてより実用的であることは明らかである。これにより1 およびその類縁体の放射性元素標識体などの合成が容易となり、作用機序解明や体内動態研究の進展が期待される。従って、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認める。

Figure 1

Scheme 1

Scheme 2

Scheme 3

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