学位論文要旨



No 216054
著者(漢字) 辻下,正秀
著者(英字)
著者(カナ) ツジシタ,マサヒデ
標題(和) 天然ガスバーナー火炎中のprompt NO生成に関する研究
標題(洋)
報告番号 216054
報告番号 乙16054
学位授与日 2004.07.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16054号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 助教授 津江,光洋
 東京大学 助教授 土橋,律
内容要旨 要旨を表示する

 天然ガスは単位熱量当たりのCO2排出が少なく,硫黄分を含まないため燃焼時に硫黄酸化物(SOx)を排出しないものの,窒素酸化物(NOx)の排出は避けられないことから,種々の低NOx燃焼法が提案されてきた.天然ガスを燃焼させた場合に生成するNOxはその生成機構に基づいてthermal NOとprompt NOに区別される.thermal NOは火炎の高温領域においてN2が酸化されて生成するとされており,その低減には火炎温度低減と高温域での滞留時間の低減が効果的とされている.一方,prompt NOは燃料過濃な火炎において炭化水素ラジカルが基点となって生成するとされており,その低減には高空気比燃焼すなわち希薄燃焼が効果的とされている.希薄燃焼は,prompt NOに加えてthermal NOの低減にも効果的であることから,ガスタービン,ガスエンジン,ガスボイラーやガス給湯器のバーナーなどに広く適用されている.

 しかしながら,希薄燃焼が適用できず,1次空気比を1もしくはそれ以下で燃焼させる必要のある燃焼器も存在する.一例として家庭用ガス機器にて用いられる自然空気吸引式のブンゼンバーナーや工業用の加熱炉用バーナーなどが挙げられる.ブンゼンバーナーにおいてはガスの噴出に伴うエネルギーのみでは希薄燃焼に必要な空気を吸引できない.また希薄燃焼を行うと熱効率の低下が問題になることから希薄燃焼は加熱炉用バーナーには適用できない.今後,高水準なNOx低減を行うには,thermal NOに加えて,prompt NOを対象としたNOx低減に取り組む必要がある.希薄燃焼以外のprompt NO生成量低減の方向性を見い出すためには,その生成機構の解明が重要と考えられるが,現状では十分ではない.また,実用燃焼器から生成するprompt NOについては,生成場所や生成量,火炎全体にて生成するNOxに占める割合なども,よく解明されていない.

 本研究は,天然ガスの主成分であるメタンを燃料とするメタン空気火炎より排出するprompt NO生成量の低減に不可欠と考えられる,生成機構の解明と小規模なブンゼンバーナー火炎から大規模な工業用バーナー火炎においてprompt NOの生成量,生成場所を明らかにするNOx生成解析の実現を目的として行う.

 本研究を遂行するために,まず,prompt NO生成解析に不可欠な計測手法の水準を向上させた.レーザー誘起蛍光法を利用してprompt NO生成に関与するとされるCH, NH, CN濃度計測の高感度化を実現し,メタン空気火炎からの計測を可能とした.同時に本測定法の誤差評価と適用範囲の確認を行い,信頼性を向上させた.反応速度を決定する火炎温度計測についてはレーザー誘起蛍光法に基づく温度計測法の改良を行い,計測の定量性を向上させた.

 次に,メタン空気火炎中のprompt NO生成機構を明らかにするために,低圧モデル火炎を用いて反応動力学計算の計算結果と実測結果の比較を行うことにより,計算結果の信頼性を調べた.低圧のメタン空気平面火炎についてMiller, Bowman(M.B.)およびGRIにより提案された素反応式の組をCHEMKINにより解いた計算結果について実測結果との対比により検証を行った.それぞれについて空気比の異なる火炎を対象として,計算と実測で得られるNO, OH, CH, NH, CNの濃度分布を比較した.その結果,GRIにより提案された素反応式の組をCHEMKINで解いた計算結果が,実測結果と良く一致することがわかった.メタン空気火炎中のprompt NO生成機構については,反応動力学計算の結果よりCH+N2の反応が基点となり,NH, CN等のラジカルを経由してNOが生成すること,prompt NO生成量はCH濃度と高い相関を持つこと,prompt NO生成量の低減にはCH濃度の低減が不可欠なことなどが予測されていたが,本研究により,これらのprompt NOの生成機構が信頼できることを明らかにできた.

 さらに実用バーナー火炎中のNOx生成解析として,まず常圧下のメタン空気ブンゼン火炎を例に取り,火炎中のNOx生成状況を明らかにした.従来のサンプリング法に加えて,レーザー計測を適用して火炎断面のNO, OH, CH, NH, CNの濃度分布と火炎温度分布を求めた.これより,火炎面にCH, NH, CNが一様な濃度で存在し,火炎全体のNOx生成量である60ppmのうち58%程度をしめるprompt NOが,火炎面にて一様に生成することを明らかにした.さらに希薄燃焼以外のprompt NO生成量低減の方向性を明らかにするために,予混合気温度,酸化剤中酸素濃度を変化させて,prompt NO生成量とCH濃度を計測した.両ケースともにprompt NO濃度は増加したものの,増加の割合はthermal NOのそれに比較すると小さいことがわかった.ともにprompt NO生成量の変化に対応してCH濃度も変化しており,prompt NO生成にCHラジカルが関与することを支持する結果となった.

 最後に大型の実用バーナー火炎中のNOx生成解析として,天然ガスを燃料とする拡散燃焼方式の230kWの工業用バーナーを例に取り,火炎中のNOx生成状況を明らかにした.従来のNOx濃度,温度,流れに基づいてNOxの生成場所,生成量を求めるフラックス解析に加え,CH, OHラジカル濃度計測に基づいてthermal NOとprompt NOを分離して求める新しい計測法を提案して,適用した.これより本火炎全体のNOx生成量である80ppmのうち約45%のprompt NOが1次火炎領域にて生成することを明らかにした.本研究を通じてメタン空気火炎中のprompt NO生成量は,予混合気温度,酸化剤中酸素濃度に対して依存性をもつことを明らかにした.本バーナーからのprompt NO生成量低減を目指して,これらを念頭において,1次火炎領域に炉気を多く巻き込むようにバーナー改良を行った.これによりNOx生成量低減が実現でき,バーナー改良の方向性を見いだすことができた.

審査要旨 要旨を表示する

 工学修士辻下正秀提出の論文は,「天然ガスバーナー火炎中のprompt NO生成に関する研究」と題し,6章から成っている.

 天然ガスは単位熱量当たりの二酸化炭素排出が少なく,硫黄分を含まないため燃焼時に硫黄酸化物を排出しないものの,窒素酸化物(NOx)の排出は避けられないことから,種々の低NOx燃焼法が提案されてきた.天然ガスを燃焼させた場合に生成するNOxは,その生成機構に基づいてthermal NOとprompt NOに区別される.prompt NOは燃料過濃な火炎において炭化水素ラジカルが基点となって生成するとされており,その低減には高空気比燃焼すなわち希薄燃焼が効果的とされている.希薄燃焼は,prompt NOに加えてthermal NOの低減にも効果的であることから,ガスタービン,ガスエンジン,ガスボイラー,ガス給湯器用バーナーなどに広く適用されている.

 しかしながら,希薄燃焼が適用できず,1次空気比を1もしくはそれ以下で燃焼させる必要のある燃焼器も存在する.一例として家庭用ガス機器にて用いられる自然空気吸引式のブンゼンバーナーや工業用の加熱炉用バーナーなどが挙げられる.ブンゼンバーナーにおいてはガスの噴出に伴うエネルギーのみでは希薄燃焼に必要な空気を吸引できない.また,熱効率の低下が問題になることから,加熱炉用バーナーへの希薄燃焼の適用は困難とされている.今後,高水準なNOx低減を行うには,thermal NOに加えて,prompt NOを対象としたNOx低減に取り組む必要がある.希薄燃焼以外のprompt NO生成量低減の方向性を見い出すためには,その生成機構の解明が重要と考えられるが,現状では十分とは言えない.また,実用燃焼器から生成するprompt NOについて,生成領域や生成量,火炎全体で生成されるNOxに占める割合なども,未だ解明されていない.

 このような背景から,本研究はこれらの課題を解決すべく,天然ガスの主成分であるメタンを燃料とするメタン空気火炎より排出するprompt NO生成機構の基礎的な解明を行い,さらには小規模なブンゼンバーナー火炎から大規模な工業用バーナー火炎においてprompt NOの生成量,生成領域を明らかにすることにより,実用バーナーにおけるNOx生成挙動を調べている.さらにこれらの知見を元に,NOx低減に向けた工業用バーナーの改良の方向性を明らかにしている.

 第1章は序論であり,本研究の背景を述べ,天然ガスバーナー火炎における従来のprompt NO生成機構の問題点を検討し,本研究の意義とその目的を明確にしている.

 第2章では,本研究に不可欠な計測手法の精度を向上させるための検討を行っている.レーザー誘起蛍光法を利用してprompt NO生成に関与するとされるCH, NH, CN濃度計測の高感度化を実現し,メタン空気火炎中のこれらの化学種濃度計測を可能としている.反応速度を決定する火炎温度計測については,レーザー誘起蛍光法に基づく温度計測法の改良を行い,測定精度の向上を実現している.

 第3章では,メタン空気火炎中のprompt NO生成機構を明らかにするために,低圧モデル火炎を対象として反応動力学を用いた計算結果の信頼性を調べている.メタン空気火炎中のprompt NO生成機構について,CHとN2の反応が基点となり,NH, CN等のラジカルを経由してNOが生成されること,prompt NO生成量はCH濃度と高い相関を持つこと,prompt NO生成量の低減にはCH濃度の低減が不可欠なことなどが反応動力学計算により予測されていたが,実験結果との比較により,これらprompt NOの生成機構が妥当であることを明らかにしている.

 第4章では,常圧下のメタン空気ブンゼン火炎を対象として,火炎中のNOx生成挙動を明らかにしている.火炎中のNO, OH, CH, NH, CNの濃度分布および火炎温度分布を求めることにより,火炎面にCH, NH, CNが一様な濃度で存在し,火炎全体のNOx生成量である60 ppmのうち58 %程度をしめるprompt NOが,火炎面でほぼ一様に生成されることを明らかにしている.さらに希薄燃焼法以外のprompt NO生成量低減の方向性を明らかにするために,予混合気温度,酸化剤中酸素濃度を変化させて,prompt NO生成量を測定している.

 第5章では,大型の実用バーナー火炎中のNOx生成解析手法を構築することを目的とし,天然ガスを燃料とする拡散燃焼方式の230kW工業用バーナーを対象として,火炎中のNOx生成挙動を調べている.温度,流速,NOx濃度の計測結果に基づいてNOxの生成領域,生成量を求める従来のフラックス解析に加え,CH, OHラジカル濃度計測に基づいてthermal NOとprompt NOを分離してそれらの生成量を求める新しい計測法を提案している.これより火炎全体のNOx生成量である80ppmのうち約45%のprompt NOが1次火炎領域で生成することを明らかにしている.さらにNOx生成解析により得られた知見を元に,NOx低減に向けた実用バーナー改良の方向性を示している.

 第6章は,結論であり,本研究において得られた結果を要約している.

 以上要するに,本論文は,低圧モデル火炎,ブンゼンバーナー火炎および大規模な工業用バーナー火炎について,NOx生成に関する計測結果および反応動力学を用いた計算結果を基に,prompt NO生成解析手法を提案し,天然ガスバーナーのNOx低減に資する技術として,その有効性を実機において明らかにしたものであり,燃焼工学および化学工学上貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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