学位論文要旨



No 216055
著者(漢字) 池田,英人
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,ヒデト
標題(和) 白金表面における水素の触媒燃焼に関する研究
標題(洋)
報告番号 216055
報告番号 乙16055
学位授与日 2004.07.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16055号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 助教授 津江,光洋
 東京大学 助教授 土橋,律
内容要旨 要旨を表示する

 分散電源の一つとして注目されている溶融炭酸塩型燃料電池システムはリフォーマと燃料電池から構成されている。その中で、燃料電池のアノードから排出される未反応のH2を含んだオフガスはリフォーマの燃焼室に戻され、空気と混合して触媒燃焼する。その燃焼熱は伝熱隔壁を介して改質室に伝えられ、改質反応の熱源として有効利用されている。

 このようなリフォーマの燃焼室を設計するためには、触媒が高温で失活しないようにすることはもちろんのこと、起動時に確実に着火し、又、負荷変化時に消炎したり、気相反応したりしないように配慮しなければならない。そのためには、定常時の触媒燃焼温度を予測するとともに、非定常現象である触媒着火・消炎特性も把握しなければならない。しかし、これまで触媒燃焼温度や触媒着火・消炎温度を定量的に予測した研究はなく、リフォーマの燃焼室の開発は実験的な試行錯誤で行われていた。そのため、目標とする性能を得るのにかなりの開発時間とコストが掛かっていた。

 そこで本研究では、白金表面におけるH2とO2の定常、及び非定常の触媒燃焼特性を明らかにすることにした。また、本研究で得られた知見をリフォーマの燃焼室の設計に応用する方法について開発を行った。

 本論文は全8章で構成されており、各章の概要は以下のとおりである。

 第1章では本研究の目的を明らかにし、触媒表面反応のメカニズム、無反応モードと触媒反応モードの間の遷移現象、及び触媒反応モードと気相反応モードの間の遷移現象について、これまでの研究を調査した結果について述べた。

 第2章では白金細線に垂直にH2−空気−CO2予混合気を流して触媒燃焼させ、白金細線温度を測定することで、触媒燃焼温度に及ぼす予混合気の空気過剰率、及びH2濃度の影響を実験的に明らかにした。次に、H2の触媒表面反応速度は無限大であると仮定して白金細線のエネルギー方程式を解くことで、触媒燃焼温度に及ぼす予混合気の空気過剰率、及びH2濃度の影響を解析的に明らかにした。その結果、以下のことがわかった。

 触媒燃焼温度が十分に高いと、白金表面におけるH2とO2の触媒表面反応速度を無限大とみなし、物質伝達と熱伝達の相似則を仮定することで触媒燃焼温度を予測することができる。この場合、ある遷移空気過剰率を境に空気過剰率の大小によって触媒表面反応特性は大きく異なる。すなわち、空気過剰率が遷移空気過剰率より大きければ触媒燃焼温度は主流のH2濃度に比例し、反対に空気過剰率が遷移空気過剰率より小さければ触媒燃焼温度は主流のO2濃度に比例する。遷移空気過剰率はH2とO2の物質伝達率の比で決まり、λT=αDH2/αDO2と表されるが、対象とする流れ場によってその値は異なる。白金細線に垂直にH2−空気予混合気を流した場合、実験、及び解析により遷移空気過剰率はλT=2.4となる。

 第3章ではH2−空気予混合気の一様流を白金円板に垂直に衝突させてできるよどみ流れ場を対象に触媒燃焼実験を行い、よどみ点近傍の気相の温度分布と安定化学種濃度分布を測定した。そして、これらのデータから白金表面におけるモル拡散流束を求め、総括触媒表面反応流束RSに及ぼす当量比や温度の影響を明らかにした。

 第4章では白金表面の活性サイトにおけるH2とO2の吸着、表面反応、離脱のプロセスの素反応モデルを当量比ごとに近似し、総括触媒表面反応流束RSのモデル化を行って第3章の実験結果と比較した。その結果、以下のことがわかった。

 触媒表面反応速度を有限とみなすと、空気過剰率が大きい場合、ほとんどの活性サイトはOH(a)によって被覆され、僅かな活性サイトだけが空き状態にある。この空き状態の活性サイトにHが吸着されると、周囲にOH(a)が十分あるので、OH(a)+H(a)→H2O(g)の反応によりH2O(g)が生成される。従って、触媒表面のH2(g)濃度が高い程、又、相対的にO2(g)濃度が低い程、総括触媒表面反応流束は増加する。これは総括触媒表面反応流束が単に触媒表面のH2濃度のみに比例するとしてきたScheferの式と異なる。この研究により、空気過剰率が異なる場合でも適用できる総括触媒表面反応流束を導出できた。一方、空気過剰率が小さい場合、ほとんどの活性サイトはH(a)によって被覆され、僅かな活性サイトだけが空き状態にある。この空き状態の活性サイトにOが吸着されると、周囲にH(a)が十分あるのでOH(a)が生成され、更にこのOH(a)が周囲のH(a)と反応してH2O(g)を生成する。従って、触媒表面のO2(g)濃度が高い程、又、相対的にH2(g)濃度が低い程、総括触媒表面反応流束は増加する。このように空気過剰率が小さい場合の総括触媒表面反応流束を導出したのは初めてである。

 第5章では有限の触媒表面反応速度を用いてよどみ流れ場に置かれた白金円板のエネルギー方程式を解き、白金円板背後からの熱損失の熱伝達率と白金温度の関係をプロットするとS字カーブが得られ、無反応モードと触媒反応モードの間の遷移現象を数値解析的に表すことができた。無反応モードで白金円板背後の熱損失を減らしていくと白金温度は上昇し、ある温度に達すると白金温度は一気に上昇して触媒反応モードへの遷移、すなわち、第1触媒着火が起きる。反対に、触媒反応モードで白金円板背後の熱損失を増やしていくと白金温度は低下し、ある温度に達すると白金温度は一気に低下して無反応モードへの遷移、すなわち、第1触媒消炎が起きる。

 第6章では有限の触媒表面反応速度を使って、触媒表面反応と気相反応を考慮した解析結果を触媒表面反応のみの解析結果、及び気相反応のみの解析結果と比較することで、触媒反応モードと気相反応モードの間の遷移現象を表すことができた。触媒反応モードで触媒温度を上げていくと触媒表面反応を維持するが、ある温度に達すると気相反応への遷移、すなわち、第2触媒着火が起きる。反対に、気相反応モードで触媒温度を下げていくと気相反応を維持するが、ある温度に達すると触媒表面反応への遷移、すなわち、第2触媒消炎が起きる。本研究結果より、触媒着火、及び触媒消炎条件を初めて解析で予測できるようになった。

 第7章では、第2章から第6章までに得られた知見を基に、溶融炭酸塩型燃料電池リフォーマの触媒燃焼室の反応、燃焼、伝熱挙動を数値シミュレーションした。その結果、以下のことがわかった。

 触媒燃焼器の入口からH2−空気からなる予混合気を供給すると、主流のH2濃度とO2濃度が最も高い燃焼器入口近傍で触媒温度は一気に上昇して最大値を取る。燃焼器入口近傍の触媒最高温度は予混合気の空気過剰率に依存し、遷移空気過剰率以下であれば空気過剰率の増加に伴って増加する。一方、燃焼室の上流から空気を供給し、多孔分散板を通してH2を含んだオフガスを一様に分散させると、触媒温度が入口近傍で一気に上昇することはなく、下流に行くに従って徐々に上昇する温度分布にすることができる。

 これらのシミュレーションから、触媒が失活しない触媒燃焼温度になる条件を予測し、かつ、起動時に確実に無反応モードから触媒反応モードへ遷移し、又、負荷変化時に触媒反応モードから気相反応モードへ遷移したり、無反応モードへ遷移したりしないような条件についても予測できるようになり、溶融炭酸塩型燃料電池リフォーマの設計に大きく貢献することができた。

 第8章は結論であり、本研究で得られた結果を総括した。

審査要旨 要旨を表示する

 工学修士池田英人提出の論文は,「白金表面における水素の触媒燃焼に関する研究」と題し,8章から成っている.

 水素の触媒燃焼に関する研究は,分散電源の一つとして注目されている溶融炭酸塩型燃料電池システムのリフォーマの触媒燃焼室を設計する上で不可欠なものであり,従来より多くの研究が行われてきた.このようなリフォーマの触媒燃焼室を設計するためには,触媒が高温で失活しないようにすることはもちろんのこと,起動時に確実に着火(第1触媒着火)し,また負荷変化時に消炎(第1触媒消炎)したり,気相反応(第2触媒着火)したりしないように配慮しなければならない.そのためには,定常時の触媒燃焼温度を予測するとともに,非定常現象である触媒着火および消炎特性も把握することが必要不可欠である.しかしながら,これまで触媒燃焼温度や触媒着火,消炎温度を定量的に予測した研究はなく,リフォーマの燃焼室の開発は実験的な試行錯誤で行われていた.そのため目標とする性能を得るまでに,多くの開発時間とコストが掛かっていた.

 このような背景から,本研究ではこれらの課題を解決すべく,白金表面における水素と酸素の定常および非定常触媒燃焼特性を明らかにすることを目的としている.また,これらの知見を基に,溶融炭酸塩型燃料電池リフォーマの触媒燃焼室の反応,燃焼および伝熱挙動を数値計算により予測する方法を開発している.

 これらの技術は,既に溶融炭酸塩型燃料電池リフォーマの触媒燃焼室の設計に採用され,触媒が失活しない燃焼温度になる条件の予測に成功している.また,起動時に確実に無反応モードから触媒反応モードへ遷移する条件の予測,および負荷変化時に触媒反応モードから気相反応モードへ遷移したり,無反応モードへ遷移したりしないような条件の予測可能な手法としてその効果が確認されている.

 第1章は序論であり,本研究の背景を述べ,触媒燃焼の課題を検討し,本研究の意義とその目的を明確にしている.

 第2章では,白金表面における水素と酸素の定常時の触媒燃焼温度の予測方法について述べている.触媒燃焼温度が高ければ,触媒表面反応速度を無限大と仮定することで十分な精度で触媒燃焼温度を予測できると結論付けている.一方,触媒燃焼温度が低くなると第1触媒消炎が生じ,その現象解析には有限の触媒表面反応速度を考慮する必要があることを指摘している.

 第3章では,白金円板に垂直に水素−空気予混合気を流したよどみ流れ場における触媒燃焼実験より,総括触媒表面反応速度を求めている.また,有限の触媒表面反応速度を考慮した解析結果と実験結果の比較を行い,総括触媒表面反応流束をScheferの式のようにアレニウス型の総括触媒表面反応速度と触媒表面の水素濃度の積で表すことは適切ではないことを明らかにし,総括触媒表面反応流束に関する新たなモデルが必要であると指摘している.

 第4章では,総括触媒表面反応流束のモデル化について述べている.触媒表面の活性サイトにおける水素と酸素の吸着,表面反応,離脱のプロセスを考慮した素反応モデルを用いた解析を行い,当量比が小さい場合,触媒表面の水素濃度が高いほど,すなわち相対的に酸素濃度が低いほど,総括触媒表面反応流束は増加することを示している.この結果から,総括触媒表面反応流束を,アレニウス型の総括触媒表面反応速度と触媒表面の水素濃度と酸素濃度の比との積で近似できると結論付けている.

 第5章では,よどみ流れ場を用いた実験および解析により,無反応モードと触媒反応モードの間の遷移現象について調べている.実験結果との比較から,第4章で提案した総括触媒表面反応流束のモデルを用いた解析により,第1触媒着火温度および第1触媒消炎温度を予測することが可能であることを示している.

 第6章では,総括触媒表面反応と気相の素反応を考慮した理論解析結果を,総括触媒表面反応のみの解析結果,および気相の素反応のみの解析結果と比較することで,第2触媒着火条件を明らかにするとともに,触媒反応モードと気相反応モードの間の遷移現象について詳細な検討を行っている.

 第7章では第2章から第6章までに得られた知見を基に,各種触媒燃焼器,および溶融炭酸塩型燃料電池リフォーマを対象とした数値計算を行い,これら燃焼器における反応,燃焼および伝熱挙動の予測結果を示している.

 第8章は結論であり,本研究において得られた結果を要約している.

 以上,要するに,本論文は白金表面における水素と酸素の定常および非定常触媒燃焼特性を基礎的に明らかにするとともに,触媒燃焼温度や触媒着火,消炎温度を定量的に予測する手法を開発し,溶融炭酸塩型燃料電池リフォーマの設計に資する技術としてその有効性を実証したものであり,燃焼工学および化学工学上貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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