学位論文要旨



No 216057
著者(漢字) 多谷,淳
著者(英字)
著者(カナ) タタニ,アツシ
標題(和) 湿式石灰石膏法におけるSO2の吸収酸化反応機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 216057
報告番号 乙16057
学位授与日 2004.07.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16057号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 大島,義人
 東京大学 助教授 堤,敦司
 東京大学 助教授 引地,史郎
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

湿式石灰石膏法排煙脱硫装置として最も多くの実績を有する別置酸化脱硫プロセスの装置の運転動力削減・保守管理改善を狙って、SO2吸収と亜硫酸カルシウムの石膏への酸化を同一ループで行うタンク酸化脱硫プロセス開発を狙いとしている。まず、タンク酸化プロセスでの排煙脱硫の気・液・固系SO2吸収酸化反応機構を明らかにし、これを基に、グリッドでの硫酸カルシウム析出の防止と重点的吸収塔内酸化を要点とする脱硫プロセスの実用開発を本研究の目的とした。

 具体的目的は

(1) 石炭焚き排煙を処理する湿式石灰石膏法排煙脱硫装置に適用するグリッド充填塔の合理性を高めるためのSO2吸収酸化性能解析手法を明らかにすること。

(2) SO2の酸化反応に触媒効果をもたらすマンガンが吸収剤として使用する石灰石に含まれていることに着目し、今まで十分に把握されていなかった脱硫装置でのMn2+挙動についての検討を行うこと。

(3) グリッド充填塔内流下スラリー中での微量Mn2+濃度領域で且つ極めて短時間の気液接触時間における酸化反応速度を定量的に解明すること。

(4) Mn2+触媒酸化反応速度と気泡からのO2拡散速度が複合して亜硫酸の酸化に与える影響を解析し、酸化反応を促進させるための新しいスパージャを組み入れることによって経済性と信頼性に優れた高性能な湿式石灰石膏法排煙脱硫装置を開発実用化すること。

第2章 グリッド充填塔でのSO2吸収酸化反応

 別置酸化脱硫プロセスにおいて高度脱硫を可能にする機構を実験的に調べ、固形CaSO3・1/2H2OがSO2吸収速度を高いものとしていることを実験的・平衡論的に明らかにした。更に酸化反応が支配的となる全量酸化への移行過程での複雑な反応をシミュレートする脱硫反応解析手法を作成し、タンク酸化脱硫プロセスでは吸収塔タンク内での亜硫酸イオンの直接石膏への酸化と析出が脱硫性能に重要な影響を有することを明らかにした。

 SO2吸収速度について明らかにした点は、亜硫酸カルシウム結晶が存在する場合(部分酸化)

(1) 吸収液側物質移動係数は亜硫酸カルシウム結晶量に強く依存する。

(2) 総括物質移動においては気相側物質移動が律速となり、グリッド充填塔内の総括物質移動係数はガス流速の0.78乗に比例する。

(3) Ca2+がHSO3-と結合することにより、吸収スラリーのSO2吸収能を約10倍に高める。

酸化反応が支配的となり亜硫酸カルシウム結晶が発生しない場合(強制酸化)

(4) 亜量論酸化系、タンク内空気吹き込み強化による量論酸化系、高過剰酸素によるグリッド充填塔での量論酸化の順で脱硫性能が高くなり、各系間で吸収スラリーpHと脱硫率の相関に大きな差が存在する。

(5) タンク酸化脱硫プロセスで脱硫性能を高めるためには亜硫酸イオン酸化速度を大きくし、グリッド充填塔内流下スラリーのSO2分圧上昇を抑制することが有効である。

この結果、高性能プロセスの精密設計を可能とする脱硫反応解析手法を明らかにした。

第3章 亜硫酸カルシウムの晶析とMn2+の挙動

 亜硫酸イオンの酸化に不可欠な触媒であるマンガン化合物が吸収塔タンクで生成する亜硫酸カルシウム結晶に取り込まれる現象を明らかにしている。酸化反応の触媒となるマンガン化合物が吸収剤である石灰石に含まれており、このマンガンを酸化促進の触媒として有効利用することが重要である。しかし、吸収塔タンクで生成する亜硫酸カルシウム結晶にマンガンが取り込まれるためにスラリー中の溶存Mn2+が消失する現象を初めて見出した。溶存Mn2+濃度が高い場合は一定の割合で、溶存Mn2+濃度低い場合には溶存Mn2+濃度に比例して亜硫酸カルシウムの結晶に取り込まれることを明らかにした。

(1) 亜硫酸カルシウム結晶が析出する時、溶存Mn2+が共沈する。

(2) その共沈モル比は溶存マンガン濃度が10ppmまではその濃度に比例して共沈する。

(3) 溶存マンガン濃度が10ppmを越えると共沈モル比が一定限界値に留まる。

(4) 石膏結晶が析出する時には溶存Mn2+が全く共沈しない。

(5) 亜硫酸カルシウムは微小薄板状結晶が凝集した構造を有していることからC型吸着モデル(Giles et al., 1974)によるマンガンの共沈を仮定し、湿式石灰石膏法排煙脱硫装置の酸化触媒として重要なMn2+イオン濃度を予測可能とした。

第4章 亜硫酸イオンの酸化反応に及ぼすMn2+触媒効果

 脱硫性能に大きな影響を与える因子である吸収スラリーのSO2平衡分圧を支配する亜硫酸イオン濃度が酸化反応によって変化する状態を把握するため、亜硫酸イオンの酸化反応で最も重要な溶存Mn2+の酸化触媒効果について詳細な検討を行った。石灰石に不純物として含まれるマンガン化合物が僅か5ppm存在するグリッド充填塔内流下スラリーについて10秒弱の流下時間内での反応を実験的に解析し、亜硫酸イオンの液相酸化反応速度を向上させる機構を明らかにすると共に、グリッド充填塔及び吸収塔タンクのそれぞれにおいて酸素ガス拡散速度と液相酸化反応速度を比較し、従来、複雑とされていた亜硫酸イオンの酸化反応機構を解明した。

(1) Ca(HSO3)2の酸化反応にMn2+イオンが不可欠である。均一系液相酸化反応における反応はMn2+濃度とpHのみ依存しMn2+の2乗と10(0.1038pH)に比例する。

(2) Ca(HSO3)2の酸化反応速度はH2SO3の酸化反応速度の16倍であり、実際の吸収スラリーで求められる酸化反応速度0.1M/h以上になることを明らかにした。16倍の酸化速度の理由について未解明であり、更なる研究が必要である。

(3) グリッド充填塔流下スラリーと吸収塔タンク内スラリー中でのCa(HSO3)2酸化反応においては、Mn2+濃度が約1ppm以上で液相酸化反応速度が酸素ガス吸収速度を越え、従って、実際のスラリー中でのCa(HSO3)2酸化反応速度は気泡率や酸素分圧に比例して大きくなる。

第5章 エア ロータリ スパージャ によるタンク酸化

 吸収塔タンクで亜硫酸イオンを完全に酸化するための効率的な気泡分散装置条件を明らかにした。SO2吸収で生成した亜硫酸イオンの酸化が不十分である場合は亜硫酸イオンが吸収スラリーのSO2分圧を高めるため脱硫性能が低下する不具合をもたらすので吸収塔タンクスラリー中に効率よく空気気泡を分散させることによって亜硫酸イオンを迅速且つ完全に酸化することが求められる。石灰石に微量含まれるマンガン化合物を酸化触媒とした亜硫酸イオンの空気酸化実験を行い、気泡からの酸素吸収速度が亜硫酸イオンの酸化反応に及ぼす影響を明らかにし、更に湿式石灰石膏法排煙脱硫装置の大断面積浅層型タンクで吸収スラリー中に空気気泡を効果的に分散させる方法として、回転式アームによって微細気泡を分散させるエア ロータリ スパージャ(ARS)を発案し、撹拌動力と通気動力が酸素ガスの物質移動係数に及ぼす影響を検討した。

(1) 酸素ガス物質移動係数を与える空気−水系での相関式(Nishikawa et al., 1981)が湿式石灰石膏法排煙脱硫装置でスラリーを扱うタンク酸化に対しても適用出来る。

(2) パドル翼に与えられた同相関式が新しく開発したARSの物質移動係数を与える相関式として有効である。

(3) 通気動力の影響を表すβは空気−水系やスラリー系、パドル翼とARS、それに装置の大きさに拘らず、一定値となる。

(4) 物質移動係数の撹拌動力効果を表すα値はARSがパドル翼に比べて約3倍であり、ARSはより少ない動力数Npでスラリーへの酸素供給が可能である。

第6章 総括

 本論文の要点を総括するとともに、本研究結果が実際の湿式石灰石膏法排煙脱硫装置の基礎になっており、さらに、高性能化の促進に寄与しつつあることを示すと共に、実用装置への展開について述べた。

 グリッド充填塔の大型実用機の基本構成はパイロットプラントに同じとし、断面積は排ガス処理量に比例させ、グリッド充填高さはパイロットでの経験値を参考としている。従って信頼性が高く、湿式石灰石膏法排煙脱硫装置の吸収塔としてグリッド充填塔が多く採用されるに至った。

 吸収塔タンクでは亜硫酸カルシウムを酸化するためのARSを装備している。パドル翼から中型ARSの翼径比16倍(0.794m/0.05m)の違いがある実験装置による結果の解析より得られた物質移動相関式を翼径が中型ARSの5倍(4m/0.794m)程度の実用ARS設計に適用し、期待通りの酸化性能を示した。この経験を基に多数のアーム径4m級の大型ARSが採用されるに至った。

 以上、本論文は実際の排煙性状と天然の石灰石の組み合わせとなる純粋ではない、且つ、気・液・固相からなる複雑な反応系を実験、理論面から綿密に解析し、反応の精密な予測法を確立すると同時に世界的に普及が進んでいる湿式石灰石膏法排煙脱硫装置の合理性を高めるためのグリッド充填塔とタンク酸化スパージャに関するSO2吸収酸化性能解析手法を詳述したものであり、今後の化学システム工学の発展のみならず地球規模の環境保全技術の進歩に些かなりとも寄与出来ることを期待したい。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「湿式石灰石膏法におけるSO2の吸収酸化反応機構に関する研究」と題し、安価で豊富な石灰石を吸収剤とし環境汚染問題がない有用な石膏を回収する大規模排煙を対象とする硫黄酸化物除去技術の基礎と実用化の要素に関する研究を纏めたものである。すなわち、排煙脱硫の気・液・固系SO2吸収酸化反応機構を明らかにし、これを基に、有効気液接触面積密度の高い竪型ハニカム状のグリッド充填塔におけるSO2吸収反応と酸素吸収効率の高いスパージャーを組み入れた吸収塔タンクでの酸化反応を主反応とする排煙脱硫装置の実用開発に関する研究を纏めたもので6章からなる。

 第1章は序論であり、湿式脱硫プロセスに関する既往の研究および技術のレビューを行なうと共に、本研究の目的を述べている。

 第2章は別置酸化脱硫プロセスにおいて高度脱硫を可能にする機構を実験的に調べ、固形CaSO3・1/2H2Oの存在がSO2吸収速度を高めていることを実験的および平衡論的に明らかにしている。更にこの結果を組み込んだグリッド充填塔内ガス吸収、液相反応シミュレーションにより、タンク酸化脱硫プロセスでは吸収塔タンク内での亜硫酸イオンの石膏への酸化と析出が脱硫性能に重要な影響を与えることを明らかにし、高性能プロセスの精密設計を可能とするSO2の吸収酸化性能解析手法を述べている。

 第3章は亜硫酸イオンの酸化に不可欠な触媒であるマンガン化合物が吸収塔タンク内で生成する亜硫酸カルシウム結晶に取り込まれ、スラリー中の溶存Mn2+が消失する現象を初めて見いだしている。酸化反応の触媒となるマンガン化合物が吸収剤である石灰石に含まれており、このマンガンを酸化促進の触媒として有効利用することが重要であるが、溶存Mn2+濃度が高い場合は一定の割合で、溶存Mn2+濃度が低い場合には溶存Mn2+濃度に比例して亜硫酸カルシウムの結晶に取り込まれることを明らかにし、酸化触媒として重要なMn2+イオン濃度を予測可能としている。

 第4章は脱硫性能に大きな影響を与える因子である吸収スラリーのSO2平衡分圧を支配する亜硫酸イオン濃度が酸化反応によって変化する状態を把握するため、亜硫酸イオンの酸化反応で最も重要な溶存Mn2+の酸化触媒効果について詳細な検討を行っている。石灰石スラリー中の5ppm程度の低濃度Mn2+による酸化反応速度を10秒弱のグリッド充填塔内流下時間範囲で実験的に解析し、亜硫酸イオンの液相酸化反応速度を向上させる機構を明らかにすると共に、グリッド充填塔及び吸収塔タンクのそれぞれにおいて酸素ガス拡散速度と液相酸化反応速度が拮抗する領域にあることを指摘し、いままで複雑とされていた亜硫酸イオンの酸化反応機構を解明している。

 第5章は吸収塔タンクで亜硫酸イオンを完全に酸化するための効率的な気泡分散装置条件を述べている。石灰石に微量含まれるマンガン化合物を酸化触媒とした亜硫酸イオンの空気酸化実験を行い、気泡からの酸素吸収速度が亜硫酸イオンの酸化反応に及ぼす影響を明らかにし、更に液深に比べてタンク径が5倍程度大きい形状となる吸収塔タンクで吸収スラリー中に空気気泡を効果的に分散させる方法として、回転式アームによって微細気泡を分散させるエア ロータリ スパージャ(ARS)を発案し、撹拌動力と通気動力が酸素ガスの物質移動係数に及ぼす影響を明らかにしている。

 第6章は本論文の要点を総括するとともに、本研究結果が実際の湿式石灰石膏法排煙脱硫装置の基礎になっており、さらに、高性能化の促進に寄与しつつあることを示している。

 以上要するに、本論文は実際の排煙と天然の石灰石を用いた気・液・固相からなるSO2の吸収酸化反応機構を実験、理論面から綿密に解析し、反応の精密な予測法を確立すると同時に世界的に普及が進んでいる湿式石灰石膏法排煙脱硫装置の合理性を高めるための脱硫性能解析手法を提示したものであり、化学システム工学の発展に寄与するのみならず、地球規模の環境保全に大きな貢献をするものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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